26裏
お玉で一口分のおかゆを掬い、小皿に入れる。
小皿を口元に運び、傾けると、ちょうどいい塩味と梅の風味が口の中に広がった。
「……うん、いい感じ」
土鍋をコンロから下ろし、鍋敷きと共にお盆に載せる。
そして真の部屋へと向かった。
「真、入るよ?」
ノックをして、声をかける。
今の真に返事をする余裕がないのは知っているので、返事を待たず扉を開け、中に入った。
「真、おかゆを作ってきたよ」
布団の横のサイドテーブルにおかゆを置いて私も椅子に座る。
真は少し前に見たときと変わらず、辛そうな顔をしていた。
薬は飲んだけど、まだ良くなってないようだ。
「真、あーん」
「……」
おかゆを掬い、息を吹きかけて冷ます。
そして真の口元に運ぶと、おとなしく口を開けてくれた。
朝は動かない体を動かして抵抗していたけど、今度は大丈夫のようだ。
何で抵抗したのかはわからないけど、こういうときくらいは素直に頼って欲しいと思う。
「味はどうかな?美味しい?」
「……うん」
風邪を引いたときは味覚が変わると聞いていたので少し不安だったけど、大丈夫だったようだ。
朝も作りはしたけど、私は病人におかゆを作ったことがあまりない。
そのため、少し緊張していたので安心した。
「あーん」
「……」
口元におかゆを運ぶと真はパクパクと食べていく。
食欲はあるようで、あまり時間をかけずに完食した。
土鍋を片付け、薬の準備をする。
「熱は……まだ熱いね」
手を真のおでこに当てるとかなり熱かった。
この調子なら最低でも今日一日は起き上がれないだろうと思う。
……うん、やっぱり傍で見ていたほうがいいかな。
この様子じゃあトイレに行くのも一苦労だろう。
ふらつきながら歩いて、倒れでもしたら大変だ。
「やっぱりまだまだ治らないみたいだね。家事も終わったし、昼からは私もここで真のことを見てようかな」
「……え」
そう言うと、真が困惑したような声を上げた。
不思議に思って聞いてみると、どうやら私に風邪が移ることを心配しているらしい。
言われてみると確かにその通りだ。
二人して倒れてしまったら大変な事になるだろう。
……でも、それはあくまで私が普通の人間だったらの話だ。
「大丈夫、風邪を引けるような体じゃないから」
私の体は異世界の化け物と戦うために調整されたものだ。
身の丈十メートルの魔物の攻撃を受けても傷がつかないこの体は、風邪を引く事ができるほど普通じゃない。
会う人全てに化け物扱いされたのは伊達じゃないのだ。
私自身、化け物なんじゃないかと思うほど人間を逸脱しているのだから。
……ああ、でも。
いつの間にか下がっていた顔を上げ、正面を見る。
すると、真が辛そうな顔をして横になっている姿が見えた。
……この疎ましい体のおかげで真の看病が出来るというのなら、少しはこの体のことが好きになれるかもしれない。ふと、そう思った。
「……さ、真は眠らないと」
「あ」
なんとなく目頭が熱くなってきたので、真の体に布団を掛け、立ち上がる。
食器まとめて台所へと向かった。
……異世界、か。
歩きながら先程考えたことを思い出す。
そういえば、近頃異世界のことを思い出すことが少なくなってきた。
この世界に帰ってきたばかりの時は、事あるごとに当時の事を思い出して憤っていたはずだ。
それなのに最近は思い出すこと自体稀だった。
……これも、真のおかげなのかな。
真と一緒にいると、幸せで昔のことをつい忘れそうになる。
今の私が旅行と聞いたら、真と一緒に行ったあの旅行を思い出すだろう。
異世界の旅を思い出すことは、もう無いのだ。
「……」
そんなことを考えているうちに台所に着いた。
何となく真の顔が見たくて、いつもより早めのペースで洗っていく。
片づけが終わって真の部屋に戻ると、真は目を閉じて眠っていた。
「……くふふ」
椅子に座り、真の顔を見る。
少しは薬が効いてきたのか、穏やかな顔をしていた。
「……あ」
見ると、真の顔に汗が浮いていた。
起こさないように注意してタオルで拭う。
「……う…ゆ…ん」
「……くふふふふ」
真が小さく寝言を呟く。
そしてそれが、そんな真をこうして見ていられることが、嬉しくて仕方なかった。




