26表
突然だが、一人暮らしをする上で、最も困る事はなんだろうか。
料理?掃除?それとも洗濯?
もしかしたら朝起きる事、なんて言う人もいるかもしれない。
確かにそれらは大変だと思う。
それまで実家に住んでいて、全てを親に頼っていた人ならなおさらだ。
僕だって一人暮らしを始めたばかりの頃は苦労していたし、ユウが来てくれるまでは面倒くさいと思いながらやっていた。
でも、僕個人の考えだけれど『一人暮らしをする上で、最も困る事』というのなら、それらは違うと思う。
家事や朝起きる事は大変だけれど、慣れれば何とかなったりするからだ。
『一人暮らしをする上で、最も困る事』は、もっと自分一人だとどうにもならないことだと思う。
……色々と引っぱったけど結論を言おう。
僕の思う『一人暮らしをする上で、最も困る事』、それは病気だ。
これだけは、本当に一人だとどうにもならない。
◆
「……ゴホッゴホッ」
咳をするたびに喉が痛み、頭がガンガンとする。
熱で頭はくらくらとして、ものを考えるのも億劫だ。
ベッドの横のサイドテーブルに置かれた水が欲しくて手を伸ばす。
コップを手にとって口元に運ぶという、ただそれだけの動作が辛かった。
「……っはあ」
風邪を引いてしまった。
それもかなり酷いやつを。
多分、季節の変わり目で気温が大きく変化したからだ。
ここ数日、熱くなったり寒くなったりとせわしなかった。
……あと、諸事情でここ数日あんまり眠れなかったのもあるかもしれない。
ここ数日は天気が悪くて、ユウが布団を干す事もなかったし。
「……ゴホッ……ゴホッ」
咳をするたびに頭が痛む。
薬は飲んだけどあまり良くなっている気はしなかった。
あまりに辛くて、いっそ眠れたらとも思うけれど、残念な事に目はさえている。
今の僕にできる事は、目を瞑って時間が経つのを待つことだけのようだ。
「真、入るよ?」
そんなことを考えていると扉からノックの音が聞こえた。
どうやらユウが来たようだ。
「真、おかゆを作ってきたよ」
ユウは小さな土鍋が載ったお盆を持っていた。
重い頭を動かして時計を見るともう十二時になっている。そろそろ昼食の時間のようだ。
ユウがサイドテーブルに土鍋を置いた。
……正直、食欲はないんだけど、ユウが持ってきてくれたんだから食べないわけにはいかない
「真、あーん」
「……」
ユウがおかゆを掬い、笑顔で差し出してくる。
口を開けると、口の中におかゆが入れられた。
恥ずかしいとは思うけれど、朝食の時に一度やった事だ。
朝食の時は抵抗してもだめだったし、もう諦めた。
「味はどうかな?美味しい?」
「……うん」
素直に美味しいと思う。
鼻が詰まって味がわかりにくいけどそれでもだ。
暖かいおかゆが体の中を通り抜ける感覚が心地よかった。
一口食べるごとに体が元気になっていく気がする。
……本当に、ユウがいてくれてよかった。
ユウがいなかったら今頃どうなっていただろうか。
食事は取れないし、病院にいくこともできない。
多分、置いてある常備薬と水を飲んで寝ていたと思う。
「あーん」
「……」
最後の一口を飲み込む。
食欲はなかったけど、気が付いたら全部食べていた。
「熱は……まだ熱いね」
ユウの手がおでこに当てられる。
ひんやりとした感覚が伝わって気持ちいい。
ユウがコップと薬を手渡してくれたのでそれを飲んだ。
「やっぱりまだまだ治らないみたいだね。家事も終わったし、昼からは私もここで真のことを見てようかな」
「……え」
ここで見てるって、そんなことをしたら風邪が移るんじゃないだろうか。
僕とユウの両方が倒れたら大変な事になる。
「大丈夫、風邪を引けるような体じゃないから」
懸念を伝えると、ユウは笑顔でそういった。
引けるような体じゃないって変わった表現だと思う。
どういう意味なんだろうか。
「さ、真は眠らないと」
「あ」
ユウが僕の体に布団をかける。
そして、サイドテーブルの食器をまとめて部屋を出て行った。
どうやらユウの中では午後この部屋にいるのは決定事項らしい。
……本当に大丈夫なんだろうか。
そんなことを考えていると、睡魔がやってきた。
食事をしたからだろう。まぶたが重い。
そのまま、僕は眠りについた。




