25表
沈黙が辺りを包んでいた。
「……」
「……」
目の前にユウがいて、僕の事を見ている。
呆然とした顔だ。目を大きく見開き、口を開けていた。
そして、僕はというと困惑しているところだ。
……一体どういう状況なんだろう、これ。
視線をユウの顔から下に動かす。
そこには布団に包まれたユウの体があった。
布団で体を簀巻きにするように巻いていて、暖かそうに見える。
「……ぁ、え?」
ユウが小さくうめくような声を出した。
顔が段々と赤くなっていく。
……ユウが布団で体を簀巻きにしている。このことは別におかしくない。
もう十月に入って少し寒くなってきた頃だ。
今日は特別寒いと天気予報でも言っていたし、布団に包まりたくなる気持ちもわかる。
僕だって今日の朝は布団から出るのが億劫だった。
……でも、そう、布団に包まっていることは問題なくても、別の問題があった。
ユウが体に巻いている布団、それは僕の布団だ。
そして、ユウが腰掛けているのは僕のベッドになる。
つまり、現状を端的に説明すると、ユウは今、僕の部屋で僕の布団に包まっているという事だ。
……本当に、一体どういう状況なんだろう、これ。
こうなったきっかけは、僕が授業で使うテキストを忘れてきた事だった。
幸いな事に授業開始まで時間があったため、学校から家に帰ってくると、ユウが僕のベッドに寝ころんでいたのである。
それも、ただ寝ているだけじゃなく、枕に頭を擦りつけたり、笑いながら体に布団を巻きつけて右へ左へと転がったりしていた。
それを見た僕が、思わず声を出してしまい、今の状況になっている。
「……」
ユウが僕の部屋にいたり、ベッドに座ったりするのは別に珍しい事じゃない。
ユウは僕の部屋の掃除もしてくれているので、普段から出入りしているし、僕だって自由に出入りして良いといっている。それに椅子が一つしかないため、話をするときにユウが座るところは自然とベッドになるからだ。
でも、流石に今回のように寝転んだり枕を顔に押し付けたりということはしていなかった。
……なんでこんな事をしていたんだろう。
もしかして羽目を外したかった、とかなんだろうか。
一人暮らしを始めたばかりのときに下着姿で一日中過ごしてみたりするあれだ。
誰も見てないからと、やりたいほうだいする奴である。
……どうしよう。
もしそうなら、見たらかわいそうなものを見てしまったのかもしれない。
「……ぁ、あの」
そうやって悩んでいると、ユウが顔を上げて僕を見ていた。
その顔は真っ赤で目も潤んでいる。
「ち、違うの!違うんだよ!」
「……そ、そうなんだ」
何が違うのかはわからないけど、とりあえず頷いておく。
「その……そう!私と真の布団で寝ごこちが違うのかなって思って!」
「……あ、ああ、なるほど」
様子からして多分違うんだろうな、とは思うけれど、口には出さない。
僕だって羽目を外している姿を見られたら辛いと思うし。
「……ぅぅ」
呻きながら、ユウが顔を隠すように、胸に抱いた枕に顔を押し付けた。
きっと恥ずかしいのだろう。
……でも、ユウ、顔を押し付けてるその枕って僕のじゃないだろうか。
「……」
本当にどうしよう。
やっぱり見なかったことにするべきだろうか。
僕がここで何を言っても逆に恥ずかしくなるだけだと思うし、見なかったことにして何事もなかったかのように振舞うべきかもしれない。
問題は恥ずかしがっているユウだけど、これまでユウがこんなふうに混乱しているときは、時間を置けば落ち着いていた。
僕が学校に行けば、しばらくは時間が置けるし、その間に落ち着いてくれると思う。
……うん、とりあえずそれで行こうかな。
まずは僕の用事を済ませることにしよう。
「そうだ、僕は忘れ物を取りに来たんだ」
少しわざとらしく言って、机から教科書を取り、鞄に入れる。
そして、部屋の扉まで歩いてベッドの上のユウに振り返った。
「じゃあ、もう一度学校に行ってくるよ」
「え?う、うん。いってらっしゃい……」
そのまま何事もなかったかのように玄関へと向かい、家をでた。
……これで大丈夫だろう。
「ぁぁぁぁぁぁぁ」
扉の向こうからユウの叫び声が聞こえた。
……夕方には落ち着いているといいんだけど。
僕は少し悩みながら学校へと向かった。
◆
その晩。深夜零時。
僕は布団から体を起こした。
「……」
あれから、夕方まで学校で過ごし、家に帰るとユウは落ち着いていた。
たまに顔を赤くしながら僕の顔を伺っていたけれど、最初に一言ベッドに入った事を謝った後は自分から朝の事を口に出す事もなかったので、僕も特に何かを言ったりはしなかった。
だから、僕も安心していたんだけど……今新しく問題が起こっていた。
「……眠れない」
布団、特に枕からユウの匂いがする。
落ち着かなくて、全然眠れなかった。
多分、あの時枕を抱きしめたり、顔を押し付けたりしていたからだと思う。
「……明日朝早いんだよねえ」
眠れない。でも、眠らないわけにもいかない。
無理やりもう一度体を布団に寝かせる。
目を閉じるとすぐ近くにユウがいるような気がした。
「……」
結局、眠れたのは深夜二時を回ってからだった。




