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いきなりそっぽを向いたユウに困惑する事しばし。
どうしてそうなったのかと困っていたが、幸いな事にそう時間を置かず夕飯が始まった。
夕飯はこの温泉のある地元で取れた山菜や魚、特産の肉を使った料理で、とても美味しいものだった。きっと素材も料理人の腕もいいのだろう。
ユウも夕飯が始まると顔を赤くしつつもこちらを向いてくれた。
食べ終わった今は笑顔も見せてくれている。
「美味しかったー」
「そうだね」
今は一通り食べ終わってゆっくりしているところだ。
食器もすでに片付けられ、僕は残っている酒を飲み、ユウはお茶を飲んでいる。
手に持ったグラスを傾けると、日本酒が喉を通り抜けた。
甘い香りにあっさりとした後味で飲みやすい。この地元で作られているお酒だそうだ。
「……ふう」
軽く息を吐きつつ、なんとなく外を見る。綺麗な月が空に昇っていた。
雲ひとつない空に満月が浮かんでいて、なんというか、言葉にはしにくいけれど、とてもいいと思った。
窓から顔を正面に戻すと、ユウが持っている湯飲みに息を吹きかけている。
ユウは僕が見ていることに気が付いたのか、首を傾げつつ、こちらを見て穏やかに笑った。
……ああ、幸せだ。
そんなユウの姿を見ていて、ふとそう思った。
僕はこんなに幸せでいいんだろうか。
ほんの数ヶ月前までは空っぽの人生だったのに。
今はユウが目の前にいて、こうして笑ってくれている。
これ以上の幸せなんて、今の僕には想像できなかった。
「ユウ」
「なに?」
ユウに声をかける。
ユウに言わなくてはならないことがあると思った。
「ありがとう」
「え?」
本当に感謝している。
いくら言っても足りないと思うほどに。
「ユウがいてくれて、本当に幸せだ。
……これからも、こうして一緒に旅行したりしたい」
来年も、その次も。
出来る事ならずっとそうしていたいと思う。
「……うん」
僕がそう伝えると、ユウはそう言って頷いてくれた。
その事が、何よりも嬉しい。
「……」
……ちょっと恥ずかしくなってきたな。
言うべきだと思って言った事だけど、少し恥ずかしい事を言ったかもしれない。
……そうだ。食べ終わったんだから露天風呂に入ろうかな。
少し顔が熱いので、冷たい水で流したい。
「ユウ、僕は露天風呂に入ってくるよ」
「……うん」
僕は用意していた服を持って露天風呂へと向かった。
◆
体を流して湯船の中に入る。
お湯がザバリという音を立てて溢れた。
「はーー」
気持ちいい。体の芯まで温まりそうだ。
温泉はやっぱり何度入っても良いものだと思う。
それに、日が沈んで時間が経ったからだろう。
夕食前大浴場に行ったときよりも周囲の気温は下がっていて、肩から上は涼しい。
そして、その温度差が心地よかった。
「やっぱり、来てよかった」
最初はただ旅行に行ってみたいからだったけど、さっきはああしてユウにお礼を言う事もできた。
「また来たいなあ」
初めての旅行だったので今回は短めの日程にしたけれど、次はもっと長めでもいいかもしれない。
流石にこの夏はもういいから、次は冬とかかな。
「……うん?」
そんなことを考えていると、部屋に続く扉が開いた音がした。
……なんだろう。何か忘れ物でも持ってきてくれたのだろうか。
「ユウ?どうしたの?」
「……うん。私も温泉に入ろうと思って」
へえ。ユウも入ろうと思ったのか。
…………え?
驚いて振り向くと、ユウが体にバスタオルを巻いた姿で立っていた。
慌ててその姿から目を逸らす。
なんだ!?一体なにが起こってる!?
「その、私も入るね」
僕が混乱している間に、背後でお湯を体にかける音がして、湯船に人が入ってくる気配がした。
「真」
「ユ、ユウ?ちょっと待って、一体何が……」
近づいてくる気配に必死に声をかけるも、その動きは止まらない。
「あのね、真に伝えたいことがあるの」
「つ、伝えたい事?」
背中にユウが触れた。
まずい。いくらなんでもこれは駄目だろう。早く何とかしないと。
「真、私も一緒だよ」
「な、なにが?……あの、ユウちょっと離れて……」
そうだ、いっそ僕が出ればいいんじゃないだろうか。
それなら問題はないだろう。
湯船に手をついてベランダに飛び降りようとする。
「幸せなの」
「え?」
でも、後ろから聞こえた声で思いとどまった。
驚いて肩越しに後ろを見ると、ユウは僕に背中を向けるようにして座っていた。
「私ね、ずっと幸せだったよ。真と一緒に暮らすようになってから、ずっと」
「……そうなんだ」
体から力が抜けた。湯船のふちから手を外してその場に座り込む。
「嬉しいよ」
ユウに、そう言って返す。
本当に嬉しい。慌てているのが馬鹿らしくなるくらいに。
「ありがとう」
「うん……私もありがとう」
それから、湯船の中でユウと背中合わせでゆっくりと温泉につかった。
……うん、本当に来てよかった。そう思った。




