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22表


 いきなりそっぽを向いたユウに困惑する事しばし。

 どうしてそうなったのかと困っていたが、幸いな事にそう時間を置かず夕飯が始まった。


 夕飯はこの温泉のある地元で取れた山菜や魚、特産の肉を使った料理で、とても美味しいものだった。きっと素材も料理人の腕もいいのだろう。


 ユウも夕飯が始まると顔を赤くしつつもこちらを向いてくれた。

 食べ終わった今は笑顔も見せてくれている。


「美味しかったー」

「そうだね」


 今は一通り食べ終わってゆっくりしているところだ。

 食器もすでに片付けられ、僕は残っている酒を飲み、ユウはお茶を飲んでいる。


 手に持ったグラスを傾けると、日本酒が喉を通り抜けた。

 甘い香りにあっさりとした後味で飲みやすい。この地元で作られているお酒だそうだ。


「……ふう」


 軽く息を吐きつつ、なんとなく外を見る。綺麗な月が空に昇っていた。

 雲ひとつない空に満月が浮かんでいて、なんというか、言葉にはしにくいけれど、とてもいい(・・)と思った。


 窓から顔を正面に戻すと、ユウが持っている湯飲みに息を吹きかけている。

 ユウは僕が見ていることに気が付いたのか、首を傾げつつ、こちらを見て穏やかに笑った。


 ……ああ、幸せだ。


 そんなユウの姿を見ていて、ふとそう思った。

 僕はこんなに幸せでいいんだろうか。

 

 ほんの数ヶ月前までは空っぽの人生だったのに。

 今はユウが目の前にいて、こうして笑ってくれている。


 これ以上の幸せなんて、今の僕には想像できなかった。


「ユウ」

「なに?」


 ユウに声をかける。

 ユウに言わなくてはならないことがあると思った。


「ありがとう」

「え?」


 本当に感謝している。

 いくら言っても足りないと思うほどに。

 

「ユウがいてくれて、本当に幸せだ。

 ……これからも、こうして一緒に旅行したりしたい」


 来年も、その次も。

 出来る事ならずっとそうしていたいと思う。


「……うん」


 僕がそう伝えると、ユウはそう言って頷いてくれた。

 その事が、何よりも嬉しい。


「……」


 ……ちょっと恥ずかしくなってきたな。

 言うべきだと思って言った事だけど、少し恥ずかしい事を言ったかもしれない。


 ……そうだ。食べ終わったんだから露天風呂に入ろうかな。

 少し顔が熱いので、冷たい水で流したい。


「ユウ、僕は露天風呂に入ってくるよ」

「……うん」


 僕は用意していた服を持って露天風呂へと向かった。





 ◆





 体を流して湯船の中に入る。

 お湯がザバリという音を立てて溢れた。


「はーー」


 気持ちいい。体の芯まで温まりそうだ。

 温泉はやっぱり何度入っても良いものだと思う。


 それに、日が沈んで時間が経ったからだろう。

 夕食前大浴場に行ったときよりも周囲の気温は下がっていて、肩から上は涼しい。

 そして、その温度差が心地よかった。


「やっぱり、来てよかった」


 最初はただ旅行に行ってみたいからだったけど、さっきはああしてユウにお礼を言う事もできた。


「また来たいなあ」


 初めての旅行だったので今回は短めの日程にしたけれど、次はもっと長めでもいいかもしれない。

 流石にこの夏はもういいから、次は冬とかかな。

 

「……うん?」


 そんなことを考えていると、部屋に続く扉が開いた音がした。

 ……なんだろう。何か忘れ物でも持ってきてくれたのだろうか。

 

「ユウ?どうしたの?」

「……うん。私も温泉に入ろうと思って」


 へえ。ユウも入ろうと思ったのか。


 …………え?


 驚いて振り向くと、ユウが体にバスタオルを巻いた姿で立っていた。

 慌ててその姿から目を逸らす。


 なんだ!?一体なにが起こってる!?


「その、私も入るね」


 僕が混乱している間に、背後でお湯を体にかける音がして、湯船に人が入ってくる気配がした。


「真」

「ユ、ユウ?ちょっと待って、一体何が……」


 近づいてくる気配に必死に声をかけるも、その動きは止まらない。


「あのね、真に伝えたいことがあるの」

「つ、伝えたい事?」

 

 背中にユウが触れた。

 まずい。いくらなんでもこれは駄目だろう。早く何とかしないと。

 

「真、私も一緒だよ」

「な、なにが?……あの、ユウちょっと離れて……」


 そうだ、いっそ僕が出ればいいんじゃないだろうか。

 それなら問題はないだろう。

 湯船に手をついてベランダに飛び降りようとする。


「幸せなの」

「え?」


 でも、後ろから聞こえた声で思いとどまった。

 驚いて肩越しに後ろを見ると、ユウは僕に背中を向けるようにして座っていた。


「私ね、ずっと幸せだったよ。真と一緒に暮らすようになってから、ずっと」

「……そうなんだ」


 体から力が抜けた。湯船のふちから手を外してその場に座り込む。


「嬉しいよ」


 ユウに、そう言って返す。

 本当に嬉しい。慌てているのが馬鹿らしくなるくらいに。


「ありがとう」

「うん……私もありがとう」


 それから、湯船の中でユウと背中合わせでゆっくりと温泉につかった。


 ……うん、本当に来てよかった。そう思った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 甘い…砂糖吐いちゃう… 可愛すぎる無理耐えられないキュン死してしまう! 描写っていうか心境想像させるのが上手い。文才つよつよ。 [気になる点] なし。すばら [一言] 是非頑張ってくださ…
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