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20裏


 本当のところを言うと、旅行なんてあんまり興味はなかった。


 家で一緒に映画を見ているだけでも十分楽しいし、出かけたいのなら近場で良い。

 わざわざ泊りがけで行く意味がわからない。慣れた家のほうが落ち着いていいに決まっている。そう思っていたからだ。


 それに最近気が付いたのだけど、私にとって旅というものは良い思い出がないから、なおさら興味がないのかもしれない。


 旅行じゃない。旅だ。

 異世界時代に命令されて、遠くに身一つで行かされたやつである。

 要するに仕事だ。現代風に言うなら出張でもいいかもしれない。


 一日中乗り心地の悪い馬に乗って、野営の準備や食料の補給に追われるのは本当に大変だった。

 やっとの思いで補給地点に着いてもまともな設備なんてないし、蚤が大量に巣くった毛布でもあるだけマシという有様だ。


 最後の方なんて馬まで削られて走って現地まで行っていた。

 ……まあ、実は馬より私が走るほうが速いし、馬の世話をしなくていい分、旅が楽になったんだけど。


 もちろん、今回真が計画した旅行がそんなものじゃないという事はよく知っている。

 しかし、これはイメージの問題だ。

 記憶に残っている嫌な記憶が、旅のイメージにマイナスの補正をかけているのだろう。


 なので、私は今回の旅行にあまり乗り気じゃなかった。

 真が一緒に行きたいと言ってるし、それなら行かせてもらおうかなという感じだ。

 だから、旅行の行き先を決めるときもあまりやる気がなかった。


 ……でもこうやって実際に来てみると、案外悪くないかな、と思う。


「お待たせしましたー」

「わあ」


 店員さんが目の前に注文した商品を置いた。

 思わず声がもれる。こういうものを食べるのは初めてだ。


 ガラスの器に抹茶色のシロップがかけられたかき氷が盛られ、その周りにはアイスや餡子、白玉などが乗せられている。

 私にとって、カキ氷と言えば氷にカラフルなシロップがかけられた物だ。こんなに豪華なものは知らなかった。

 

 さっそくスプーンで一口掬って食べる。

 すると、甘みと僅かな苦味が混ざった複雑な味がした。私の知っているあの安っぽい味じゃない。


「美味しい」

「確かに美味しいね」


 向かいの席に座る真も同意する。

 見ると、真も浴衣の袖を押さえながら美味しそうにカキ氷を口に運んでいた。


 ……浴衣、かあ。


 見慣れない真の姿を新鮮に感じる。

 今、私たちは浴衣に着替えて温泉街を散策しているところだ。

 土産物屋を物色しつつ、目に付いた喫茶店に入って名物だと言うカキ氷を注文したところになる。


 真と同じように私も浴衣姿だ。足にも下駄を履いている。

 浴衣も下駄も慣れないので動きにくいし歩きにくい。

 でもそれが、何というか、非日常感を出していて少しわくわくした。


「あ、頭が……」

「くふふ」


 真が頭を抱えて唸っている。

 カキ氷を一気に食べていたからだろう。


 しかし、どれほど勢いよく食べたのだろうか。

 目をつぶり、スプーンから手を離し両手でこめかみを揉んでいる。


 真はたまに子供っぽいところがあると思う。

 特に食べ物が関わるとそうだ。クッキーのときを思い出す。


 真が目をつぶったまま手を伸ばし、机の上をさまよわせる。

 その先には水の入ったコップがあった。

 

 きっとあれを取ろうとしているのだろう。

 取ってあげようと思い、私も手を伸ばした。


「あっ」


 コップに手を触れる直前、真と手が当たった。

 驚いてつい手を引っ込める。


「ユウ?」


 真が薄目を開いてこっちを見る。

 何故か恥ずかしくなって目を逸らした。


「な、なんでもない」

「そう?」


 真が今度こそコップを手にとって口に運ぶ。

 その手が少し、ほんの少しだけど、気になった。


「……」


 手と言えば朝もそうだった。

 出発するとき、いきなりこちらに手を伸ばしてきたから何かと思ったら、ただ荷物を持とうとしていただけだった。


 紛らわしい事をしないで欲しいと思う。

 てっきり、その…………手を繋ごうとしているのかと、思った。


「……っ」


 おかしな気分になりそうになったので、頭を振ってそれを追い出す。

 

 スプーンを持ち直してカキ氷を口に運んだ。

 今度はアイスも一緒に掬ったのでまた違った味わいが口に広がる。

 カキ氷の冷たさで少し頭が冷えた。


 ……最近、私はどうもおかしい。

 これまで気にならなかったことが気になって仕方なかった。


 真の実家から帰ってきてからだ。もう二週間も前の話なのにまだ治らない。 

 むしろ日に日におかしくなっている気さえする。


 これは一体何なんだろうか。


「……」


 顔を上げると、懲りずに真がカキ氷を勢いよく口に運んでいた。

 それを見ていると、つい、胸から知らない感情が湧き出てきそうになる。

 

 ……違う。これは絶対に違う。


 私は元男だ。だから絶対に違うのだ。

 元男の私には、真の恋人になることなんてできないのだから。


 胸を押さえて、深呼吸する。

 少し、落ち着かなくては。


 ……そもそも、私が真のことを好きになる理由なんて無い。

 真のいいところなんて全然……あんまり無いことを私は知っているのだ。


 真のいいところなんて、せいぜい優しいことと、いつもニコニコしてるから居心地いいことだ。

 後はぜいぜい、ご飯をいつも美味しそうに食べてくれることと、質問したら優しく教えてくれること。

 それ以外は毎日毎日しつこい位お礼を言ってくること位だろう。

 ご両親がいい人だってのもプラスかも知れない。


 その他には…………って違う。これ以外なんてない。さっき考えたのも勘違いが含まれている気がする。

 真のいいところなんて、あんまりないのだから。


「……っ」


 なんだか顔が熱くなってきたので真みたいに勢いよくカキ氷を口に運ぶ。

 冷たくて気持ち良い。


 でも次の瞬間頭がキーンとした。

 ……痛い。


 私は片手でこめかみを押さえながら浴衣の袖で涙を拭った。




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