19表
ユウと一緒に近所の携帯ショップへの道を歩く。
大通りから外れた裏道のような道だ。
両脇に建物が建っているため、日差しが遮られて少しだけ涼しく感じられた。
「……」
横を歩いているユウを見る。
狭い道なので歩道も狭く、いつもよりも少し距離が近い。
今日のユウは白いワンピース姿で、その可愛らしい外見もあって、まるで映画の一場面を抜き出してきたかのように見えた。
「あの、本当にいいの?」
僕が見ている事に気付いたのか、ユウがこちらを伺うように上目遣いで見上げる。
あれからスマホなんて、と遠慮するユウをしばらく説得して、ようやくこうして連れ出したけれどまだ遠慮が残っているようだ。
「うん。というかむしろ今まで持ってなかったことがおかしいくらいだよ」
ここで少しでも躊躇する様子を見せたらきっとユウは帰ろうとするだろう。
正面からユウの目を見て言う。
別に嘘を言っているわけじゃない。
現代日本においてスマートフォンは生活必需品だ。
スマホがあれば電話やメール、インターネットはもちろん、アプリを入れれば地図や料理のレシピなども簡単に見ることが出来る。
店などのサービスもスマホを用いたものがあるし、スマホが無いと受けられないサービスも多い。
スマホのクーポンを見せれば~%引き、なんて広告はよく見ると思う。
今はもはや、スマホがあると便利な時代ではなく、スマホがないと損をする時代になりつつある。
「でも、高いんじゃあ……」
「最近は安いものもあるから」
実は少し前にも一度、ユウにスマホを買おうと言ったことがある。
でもそのときも、今言っているように高いからと遠慮して断られてしまった。
「さっきも言ったけど、連絡手段がないと旅行先ではぐれたときに困るから」
「……それは、そうだけど」
今回こうしてつれてくる事ができたのも、こう言って説得したからだ。
そう考えると今回の旅行はタイミングがよかったのかもしれない。
「うーん……」
ユウは納得がいってないのか唸っているけど、やっぱり連絡手段くらいは持っておくべきだと思う。
……それに、ユウには言ってないが、少しだけ友達とスマホでやり取りをしてみたかったのだ。
「さ、行こう」
歩くスピードが落ちてきたユウを促す。
ユウの気が変わらないうちにさっさと買ってしまったほうがいいだろう。
「……真」
「ん?何?」
ユウからの声に、歩くスピードを落とさないようにしながら横を見る。
すると、ユウが少しだけ意外なものを見るような顔をしていた。
「真、少し変わったね」
「え?」
変わった?僕が?
自覚は無いけどそうなんだろうか。
「少し前の真なら、私が断ったら諦めてたと思う」
「それは……そうかもね」
ユウの言葉に納得する。
少し前の僕なら相手が断っているのに、自分の意見を押し通そうとは思わなかったはずだ。
実際に前回スマホを勧めたときはあっさりと諦めているのだから。
……いつからだろう。
少し前、僕は、今までやったことがない事をやろうと思った。
これまで遠くから見ていることしかできなかった事をやってみたいと。
今回旅行をしようと考えたのもそれがあったからだ。
友達との旅行に憧れていたからこそやってみたいと思った。
……でも、そうは言っても、これまではあくまでユウに迷惑を掛けない範囲で、だった。
ユウが拒否すればすぐに諦めたし、しつこく言ったりなんてしなかった。
実際に、最初の頃は提案したけどユウが乗り気じゃなかったから諦めた事もある。
その僕が、今こうしてユウを促している。
確かに、気が付かないうちに僕は変わっていたようだ。
「……その、こういうのだめかな」
自分の変化に気が付くと、だんだんと不安になってくる。
もしかすると僕は調子に乗っているんじゃないだろうか。
今もユウに不快な思いをさせているのかもしれない。
次から次へと不安が湧き上がってきた。
「え?そんなこと無いよ
……うん、その方がいいと思う」
でも、そんな不安もユウの一言で消えた。
こちらを見上げるユウは笑顔で、嘘を言っているようには見えない。
「……そうかな」
「うん。真はもっと自分の意見を言った方がいいよ」
そう言うと、ユウは僕の背中をポンポンと軽く叩いた。
……なんというか、勇気付けられた気がする。
たったそれだけのことなのに、それまでずっと肩に乗っていた重石が一つなくなった気さえした。
一歩前に出す足が少し軽い。
……本当に、僕はユウにはお世話になってばかりだ。
いつもいつも助けられて、どうやったら返せるのか全くわからない。
ユウを見ると、ニコニコと笑っている。
見ているだけで幸せになれそうな笑顔だった。
胸に何か感情が湧き出て来る。
何かユウに言わなければいけない気がして口を開いた――
――ちょうどその時だった。
「……ん?」
後ろから車の出す大きな音がした。
振り向くと狭い道には不釣合いな大型のトラックがかなりの速度で近づいてくる。
「……!」
とっさに車道側に立っていたユウを抱き寄せて、トラックから遠ざける。
その直後、トラックは全く速度を落とさずに大きな音を立てて通り過ぎていった。
「あ、危ないな」
こんな狭い道であんな速度を出すなんて。
ユウに何かあったらどうするのか。
久しく覚えていなかった怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「え?え?」
胸元から聞こえてきた声に顔を下げると、ユウが顔を真っ赤にしていた。
「ユウ、大丈夫?」
「え、えっと、うん。大丈夫」
顔は赤いが、痛みで顔をしかめている様子はない。
とっさに無理に引き寄せたからどこかをぶつけなかったか心配だったが大丈夫なようだ。安心した。
手から力を抜き、ユウからはなれる。
そして今度は僕が車道側に立った。
この道は狭くて少し危ない。さっさと大通りに出た方がいいだろう。
「ユウ、行こう」
「……う、うん」
それから、携帯ショップに向かった。
店につくまでの間ユウはどこか上の空で、やっぱり怪我でもしたのかと思ったけど、ユウは否定していたのでよくわからなかった。
……しかし、ユウが無事で本当によかった。




