18裏
「……どうしようかなあ」
ため息をつき、頭を抱える。
本当にどうしていいかわからない。
「うう」
真の実家から帰ってきて三日。
それほど長旅でもなかったし、移動の疲れなんかとっくに抜けて、普段の生活に戻っている。
真だって今日も何かを貰いに行くと、学校に出かけていた。
……こうして頭を抱えている私とは違って。
「……ボーイフレンド、かあ」
真の母さんに言ってしまったあの言葉。
あれに私はこの三日間悩まされ続けていた。
……正月の帰省、どうしよう
正月も帰省すると別れ際に言ってしまった。
なので、今更止めたとは言いづらい。
「真に言わないと駄目だよね……」
真のお母さんは私が真の恋人だと思っているだろう。
きっと次に帰省したら私は真の恋人として扱われると思う。
だから、その前に真にその事を説明しておく必要があった。
恋人のフリをするにしても、誤魔化すにしても予め言っておかないと駄目なのだから。
……でも、そんなことどうやって言えというのか。
真のお母さんに恋人だって言っちゃったからよろしく、なんて言える筈が無い。
「はあ」
いっそ真のお母さんにあれは間違いでした、と言えばいいのかもしれない。
ボーイフレンドの意味を間違えてました、と正直に言うのだ。
そうすれば何の問題も無く終わるだろう。
「……なんて、それが言えれば苦労しないよね」
帰省五日目のあの時、真のお母さんに「あの子のことをお願いします」と言われた。
それに私はいったい何と返したのか。
『はい。真は、その……私の、ボーイフレンド、ですから』
「……ぁぁぁぁぁぁぁぁ」
無理だ。あの時、あんな雰囲気で言った言葉を、やっぱり嘘でした!なんて言えない。
あの時の真のお母さんは優しい顔をして穏やかな雰囲気だった。
でもあれは間違いなく本気で言っていたと思う。
真のお母さんは本気で真のことを私に、真の恋人に頼んだのだ。
それに対してそんなことを言えるほど私の精神は強くない。
「……本当にどうしよう」
もういっそ気にしないことにしようか。
将来の事は将来に任せるのだ。問題の先送りとも言う。
なんだか色々嫌になってソファに体を投げ出す。
ちょうどその時、玄関の開く音がした。
「ただいま」
真の声が聞こえる。どうやら帰ってきたようだ。
今は夏の真っ盛りだ。きっと汗をかいていることだろう。
冷蔵庫から濡れタオルを取り出して玄関へと向かう。
「お帰りなさい」
真は予想通り汗まみれになっていた。
手には家を出るときには持っていなかった手提げ袋がある。中に入っているのは本だろうか。
「ありがとう」
真がタオルで顔を拭く。
男の汗の匂いがして、真も男だもんなあ、と思った。
……ボーイフレンド、か。
さっきまで考えていたことが頭に浮かび上がってくる。
それってつまり私が真の恋人だってことだ。
これまでみたいに『親友』として一緒にいるんじゃなくて、もっと違う形になる。
手を繋いだりとか、腕を組んで歩いたりとか……それ以上にも――
――って私は何を考えている!?
真と腕を組んで歩いている姿が頭に浮かんで、慌てて頭を振る。
……私は本当に何を考えているのか。
顔が熱い。体温が何度か上がった気がする。
「……落ち着こう」
少し、頭を冷やした方がいい。リビングへと足を向けた。
……冷たいものでも飲もう。
きっと体を冷やしてくれるだろう。
◆
それから少しして、真がリビングで冊子を広げていた。
「旅行なんだけど、どこがいいかな」
どうやら以前言っていた旅行の計画を立てようとしているようだ。
手元にある冊子には旅先の写真や紹介文が所狭しと詰まっている。
「……色々あるんだね」
色々書いてあるけど目がその上をすべる。
旅行なんて行ったことがないしよくわからない。
「どれが人気があるの?」
わからないので素直に聞く事にした。
こういうのは人気の場所ならだいたい間違いは無いと相場は決まっている。
「オーソドックスなのはこの辺かな」
「……へー」
真が指をさしたのは私でも聞いたことがあるテーマパークだった。
テレビのCMもよく流れている有名なところだ。
よくわからないけどこれでいいんじゃないだろうか。
テーマパークには行ったことが無いので少し興味があった。
冊子にも、楽しそうにしている写真やアトラクションの絵が描かれている。
……って、あれ?これは……。
ふと、とある一文が目に入る。
強調したいのか記事の中でそこだけ色が変えてあった。
『カップルに大人気!!』
「……」
頭の中に私と真が腕を組んだ姿が浮かび上がった。
「……こ、ここはだめ!」
「そ、そう?」
とっさに頭を振っておかしな想像を振り払う。
さっきから何なのか、この変なのは。もう許して欲しい。
「こ、こっちがいいと思う」
あまり冊子を見たくなくて適当に別のところを指差す。
そこには温泉の絵が書かれていた。
「これって、温泉?」
真が少し驚いたように冊子を覗き込む。
適当だったけど悪くないかもしれない。
こっちなら大丈夫だと思う。多分。
何が大丈夫なのかは知らないけど。
「ここにしようか」
真が冊子に折り目をつけて閉じる。
どうやら乗り気になったらしい。
あのテーマパークじゃ無くて安心した。
軽く安堵の息を吐く。
「よし、じゃあ旅行準備をしよう。今から出かけたいんだけど、ユウは何か用事がある?」
「……?大丈夫だけど、何処に行くの?」
真が突然立ち上がって言った。
準備って少し早くないだろうか。まだ日程も決まってないのに。
「スマホを買いに行こうか」
……スマホ?




