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あっという間に五日間が過ぎた。
最初に決めていた日程では実家に六日滞在する事になっていたので、明日にはここを離れる事になる。
家からここまでは距離があるので早々帰ってくる事はできない。
次に帰ってくるのは正月になるだろう。
つまり、今晩はこの夏にこの家で過ごす最後の晩に当たる。
なので、僕はしばしの別れの挨拶代わりに父さんとリビングの机で酒を飲んでいた。
「真」
「ありがとう」
父さんが目の前に酒の入ったグラスを置いた。
中にはロックのウイスキーが注がれている。
いい香りがして、なんとなく高いものなんじゃないかと思った。
「……真、ユウさんはいい人だな」
「うん」
父さんの言葉に頷く。
それは僕がこの数ヶ月ずっと思っていた事だ。
「あれほど素晴らしい女性はそう居ない。大切にな」
「……それは、もちろんだよ」
なんとなく言い方に違和感を感じたけど、別に間違ってはいない。
ユウは僕の大切な『親友』だ。
言われるまでも無く大切にしたいと思っている。
「おめでとう、真」
「……ありがとう?」
何を祝福されたのか分からなくて一瞬悩む。
でも少し考えて、ユウという『親友』ができた事だろう、と思い至った。
「その、こういう風に改めて言われると恥ずかしいね」
「そういうものだ」
こんな風に言われるくらい僕は友達がいないことを心配されていたようだ。
照れくさくもあり、恥ずかしくもあった。
「お祝いだ。飲もうか」
「ありがとう」
父さんが中身の減ったグラスに酒を注いでくれる。
その晩は遅くまで父さんと一緒に飲んでいた。
◆
次の日の昼過ぎ。
僕はユウと父さん母さんを含めた四人で駅にいた。
「忘れ物は無い?」
「大丈夫」
母さんの言葉にそう返す。
これまで家を出るときに何度も掛けられた言葉だ。
なんとなく子供のときに戻った気がした。
「ユウちゃんも大丈夫?」
「大丈夫です」
ユウと母さんはこの六日間で随分仲良くなったようだ。
母さんに返事をするユウは笑顔を浮かべていて、行く時の不安な表情が嘘だったみたいだと思う。
「ユウちゃん、いつでも来てくれていいからね?」
「はい。ありがとうございます」
しかし、本当に仲がよくなったなこの二人。
「真、そろそろ電車の時間だ」
「え、もう?……本当だ」
時計を見ると後五分で電車が出る時間だった。
少し急いだ方がいいかもしれない。
「ユウ、行こう。父さん、母さんまた正月に」
「うん。お二人ともそれではまた正月に」
父さん達に挨拶をして駅のホームへ向かう。
時間が迫っているので急いだほうがいいだろう
ユウのキャリーケースを持ちあげ、小走りで移動する。
「ありがとう」
「いや、大したことじゃないよ」
ゆっくりと引いている暇はなさそうだし、当然だ。
実際に駅のホームに着いたときにはもう電車はホームに停止していた。
どうやらぎりぎりだったようだ。
「間に合ってよかった」
電車に乗り一息つく。
何とか目的の電車に乗れた。
見ると、幸いな事に電車は空いていて、空いた席は沢山あるようだ。
二人掛けの席に一緒に座る。
「ねえ、真」
「何?」
ユウをみると嬉しそうな顔をして笑っていた。
「いいご両親だね」
「……ああ、うん、僕もそう思う」
言葉で言うのは恥ずかしいけれど本当にそう思う。
それにユウも実家を気に入ってくれたようで、少し嬉しい。
照れくさくて窓の外を見ると、駅が遠ざかるところだった。
……うん、正月もまたユウと一緒に来よう。そう思った。
◆
それから、少しの時間が経って、僕は少しうつらうつらとしていた。
昨日遅くまで酒を飲んでいたからだろう。電車の一定のリズムもあって、まぶたが重かった。
目が自然と閉じられていく。
そんな時、ユウが僕に声を掛けてきた。
「……真、少し調べたいことがあるからスマホを貸してもらっていい?」
「……スマホ?いいよ」
ぼうっとした頭で、言われるままユウにスマホを渡す。
最近はユウもスマホを使えるようになった。三ヶ月前パソコンの起動ボタンに悩んでいた頃が懐かしい。
……そろそろユウにもスマホをプレゼントしてもいいかもしれないなあ。と寝ぼけた頭で考えた。
「……え……え、え!?」
「……ユウ?」
すると、突然ユウが慌てだした。
見ると顔も真っ赤になっている。
「ああああああああ……」
「……何かあった?」
ユウの慌てぶりに目が覚めた。
心配になって声をかける。
「へ?な、なんでもない!」
「そ、そう?」
ユウが慌てて見ていたブラウザのタブを消し、僕にスマホを返した。
何があったかは分からない。でもなんとなく、ユウの表情を見る限り慌ててはいても悪い事じゃなさそうだな、と感じた。
なんとなく、あのお酒を飲んだ時に似ている気がする。
「ど、どうしよう」
「……」
悪い事じゃないなら、気になるけど聞かない方がいいかな。
タブを消した辺り僕に知られたくないんだろうし。
履歴も見ないでおくことにした。
……まあ、誰にだって知られたくない事はあるしね。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁ」
頭を抱えて小さく叫んでいるユウを見ながら、履歴の全削除を選択する。
何というか、最近、ユウって偶にこうなるよなあ……。




