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15裏


 正直に言って、かなり予想外だった。


「あの、食器ここに置いておきますね」

「ありがとうユウさん」


 食器をキッチンへと運び、流しに置く。

 そうして真のお母さんに声をかけると笑顔で返事が返ってきた。


 その笑顔に影は見えない。

 異世界で色々な顔を見てきた私だ。悪意があるかどうかを判断するのには自信があった。


 だから、真のお母さんはきっと私には悪い感情を持っていないと思う。

 ……そしてそれがわかるから、私は今困惑していた。 


「ありがとうユウさん。手伝ってくれて」

「いえ、当然です」


 どうなるかと心配していた夕食はあっさりと終わり、今は後片付けの時間だ。

 真のお母さんが後片付けをしようとしていたので手伝いをしている所になる。


「でもユウさんはお客さんなんだしゆっくり座っていてもいいのよ?」

「そういうわけには。色々教えてもらいましたし」


 夕飯のメニューは魚の煮付けに煮物だった。

 最初は私の外見から、予定を変更して洋風の料理にしようと真のお母さんは思っていたらしい。

 でも私が少し無理を言ってこのメニューにしてもらった。

 

 煮物などの和食は家庭ごとの味がある場合が多い。

 そのため、せっかくだし真の実家の味を教えてもらいたかった。

 

 さっきの夕食でも真は美味しそうな顔をして食べていた。

 きっと家でも作れたら喜ぶだろう。


「先程は味付けの指導でお世話になりましたので、手伝わせてください」

「……そう?じゃあ洗った皿を布巾で拭いてもらえるかしら」

「はい」


 真のお母さんから受け取った皿を布巾で拭いて乾燥台に立てかけていく。


「……」

「……」


 それからしばらくの間真のお母さんと二人で後片付けをした。

 会話は無く、黙々と作業を進めていく。

 何故か気まずさはあまり無かった。

 不思議だ。普通こういうときは落ち着かないと思うんだけど。


 皿を拭きながら横目に真のお母さんを見る。

 ニコニコと笑いながら皿を洗っていた。

 

 ……本当に不思議だ。

 何でこんなに上機嫌なんだろう。


 私のことを怪しいとは思わないんだろうか。

 真のお母さんは別に私と真の関係を知らないわけじゃない。


 夕飯の時世間話の一環で聞かれ、それに返答したからだ。 

 流石に元男だの異世界だのという話は無かったが、ある程度は私と真の歪とも言える関係について話した。

 

 それなのに真のお母さんもお父さんも特に何も言わず私を受け入れている。

 私にはそれが何故か理解できなかった。


 もしかしてあの息子なだけあって両親も能天気なんだろうか。


 ……いや、それは無いか。少なくとも真のお父さんはそうは見えなかった。


「……ユウさん」

「はい」


 真のお母さんに名前を呼ばれる。彼女がそうやって私を呼ぶ口調は穏やかだった。

 ……やっぱり、分からない。


「ありがとう」

「……え?」


 突然、礼を言われた。

 ありがとうって何にだろう。こうして手伝いをしている事にだろうか。


「真が、あの子があんなに楽しそうにしてるところは本当に久しぶりなの。

 ……だから、ありがとう」

「……そう、なんですか?」


 楽しそう?真が?


「ユウさんにはそうは見えなかった?」

「……はい」


 私の目には今日の真はいつもとあまり変わらないように見える。

 実家だからか少し気が抜けているようには見えたけど、特別楽しそうにしているとは思わなかった。


「ならきっと、ユウさんに会ってから変わったのね」

「……」


 真が私に会ってから変わった?


 ……そうなんだろうか。


 そもそも、私には真のお母さんが言っている『楽しそうにしてるところは本当に久しぶり』という言葉がよく理解できない。

 それはつまり、以前の真は楽しそうじゃなかったと言う事だろう。


 私の知っている真はいつも能天気に笑っている男だ。

 いつもヘラヘラしていて、いつも楽しそうにしている。

 それは初めて会ったあの日から変わってない。


 ……ああでも、そういえば。


 ふと、二ヶ月前のことを思い出した。

 あの、真にクッキーを作った日の事を。


 確か、真はあのときこう言っていた。

 私が来てから毎日が楽しいと。

 それまでよりもずっと楽しいのだと。


 それはつまり、それまでは楽しくなかったと言う事だったのかもしれない。


「……あの、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「なにかしら?」


 考えてみれば、これはいい機会だと思う。

 これまでも何度か試してみたけど、主にお酒のせいで失敗してしまった事だし。

 

「真、さんのことを教えてもらえませんか? 

 私に会う前のことを」


 私は昔の真のことを何も知らない。

 真に聞いても何も教えてくれなかったからだ。

 でも真のお母さんなら知っているだろう。


「あの子からは聞いてないの?」

「……教えてくれなくて」


 真は質問しても、いつも何もなかったと言う。


「そう……じゃあせっかくだし、この後その話をしましょうか」

「はい!」

  

 それから、皿を洗い終わった後、私と真のお母さんは一緒にアルバムが保管してあると言う部屋へと向かう事になった。


 ……昔の真のことがやっとわかるのか。


 私はいつの間にかここ数日ずっと抱えていた不安を忘れ、少し楽しくなっていた。


 

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