14裏
「行こう?」
「え、あ、ああ、うん」
私は真の手を引いて歩きだした。
真は私に事情を聞きたそうにしているけど、言えることじゃないのでどうしようもない。
「……はあ」
真に聞こえないように小さくため息をする。
帰省できて喜んでいる真とは対照的に、私の心境は暗かった。
今回、一緒に真の実家に行く事になったけれど、正直に言って不安しかない。
真は当然のように両親が私のことを歓迎してくれると思っているようだが、私はそこまで楽観視出来なかった。
本音を言うなら、今回の帰省はあまり行きたくなかった。
最初真に帰省の話をされたときも、私は行かず、真にも私のことは隠すようにお願いするべきかとも思った。
それでも今ここにいるのは、単純に帰省している途中に洗脳がとけたら困るからだった。
洗脳は矛盾点を見つけると解けやすくなる。
過去の思い出が多いだろうこの町では、これまでとは比べ物にならないほど洗脳が解け易くなるはずだ。
それを避けるためには一緒に行って細かくメンテナンスするしかなかった。
「はあ」
……怖いなあ。
もし真の両親に受け入れてもらえなかったらと思うと、少し、辛い。
仮に真に近づくなとか言われたら……すごく、困る。
「……うう」
おなかが痛い。胃の辺りがきりきり痛む。
……真が今の私を見たらどうしてそこまで怖がっているのか疑問に思うだろう。
でも、それは真が私に洗脳されているからだ。
客観的に見たら、どう見ても私は怪しいと思う。
真の両親から見たら、私は息子の近くに突然現れた外国人風の外見の女だ。
いきなり現れて息子と一緒に同居していて、学校にも行ってなくて仕事もしてない。
おまけに恋人というわけでもなく、ただの『親友』。
さらに言えば、今私が着ているワンピースも帽子も、持っているキャリーケースもその中身も真に買ってもらったものだ。
私はまだこの世界の価値観には詳しくないけれど、ドラマとかでこういう女がどう言われているのかはなんとなく知っている。
こういう女って、悪女って言われているんじゃないだろうか。
男を騙して生活の面倒を見させたり、色々貢がせたりする女のことだ。
「……はあ」
自分のことながら辛くなって、ため息が出る。
……やっぱり設定とか作った方がよかっただろうか。
……でもそれは。
最初は怪しくない設定を考えてその通りに演技をしようかとも思った。
例えば私は真と同じ大学に通う女、とかだ。それなら怪しさは大きく減るだろう。
もしくはいっそ真の彼女という事にするのもいいかもしれない。
私は元男だから実際に真の彼女になるのは抵抗があるけれど、設定だけなら何も問題ない。
演技の一環で腕を組んで歩くくらいはしてもよかった。
……でも、それも結局やめてしまった。
その理由は横を歩いている真だ。
顔を上げて横を見る。
すると、真が心配そうにこちらを見ていた。
「……」
設定を考えれば確かに問題なく私は真の両親に受け入れてもらえるかもしれない。
でも、その結果として真に両親に対して嘘をつかせることになる。
それも、日常の小さい嘘じゃなく、人生にもかかわるような大きい嘘を。
私はそれを真に強要することは出来ない。
だから設定を諦めた。
それに、真にあまり嘘をついてもらいたくないという気持ちもあった。
真だって人間なんだから嘘をつくくらいはあるだろう。
でも私のせいで真がそういう事をするのは……なぜか嫌だと思う。
「……」
笑顔を作り、心配そうな顔をしている真に笑いかける。
すると、真は安心したようにいつもの能天気な顔で笑った。
……うん、やっぱりこっちがいい。
気付かないうちに止まっていた足をもう一度動かし、前を向いて歩き出す。
……まあ、それに設定なんて考えてもいつかボロが出る可能性もあるし。
今回は大丈夫かもしれない。次回の帰省も大丈夫かもしれない。
でもその次は?そのさらに次はどうだろうか。
ずっと嘘をつき続けると言う事は難しいし、そのことが原因で更なる問題を引き起こすことだってある。
異世界でも、部下がした小さい嘘が知らないうちに大きく膨れ上がって、気がついたらとんでもない事に……なんてこともあった。
あの時の後始末のことは思い出したくない。
……うん、だからきっと、これがいいのだ。
私はこのまま、何もせずに真の両親に会うことを決めた。
「ユウ、もうすぐ着くよ」
そう覚悟を決めた時、真が前を指差して言った。
その先には一軒の二階建ての家がある。
きっとそこが真の家なんだろう。
……がんばろう。
どうなるかはわからない。
でも出来ることを精一杯頑張ろうと思う。
もう家は目の前だ。
覚悟を決めて前に進んだ。
……でもやっぱり心配だなあ。
覚悟を決めても怖いものはやっぱり怖かった。




