12裏
目が覚めると朝だった。
いつもの部屋。いつものベッドだ。
それなのに、どこか違和感があった。
「……?」
何だろう。とても清清しい気がする。
とても幸せな夢を見ていたような、そんな気が。
えっと、何があったんだっけ。
寝起きの上手く動かない頭で。昨日のことを思い出していく。
昨日は確か……そう、お酒を飲むことになったんだ。
それで夕飯後に飲むことになって。私はそれが少し不満だった。
真に色々話させようとしたのに、お酒が回りにくくなるんじゃ駄目じゃないかって。
でも上手く説得できなくてそのまま飲み始めて……それから。
……それから?
そう思った瞬間だった。
昨日のことが頭に流れ込んできた。
『くふっ、くふふっ、くふふふふふふふっ』
『やだー』
「………………ぁ」
顔に血が集まる感覚がする。
心臓が強くはねた。
『そうだ!真にしつもんしたいことがあったんだった!』
『……わすれた!くっふふふふふ!』
「……ぁ…………ぁ」
視界がにじむ。
心臓がうるさい位鳴っていた。
『…………じゃあ、ほめて』
『あたまなでて』
「……ぁぁ」
顔を下げるとさっきまで使っていた枕がある。
衝動的に顔をそれに押し付けた。
『これからまいにちなでて』
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
夢だ。これは夢だよ。
さっきまで見てた夢。そうだよね?現実じゃないよね?
◆
「夢だよ……こんなの嘘」
ひざを抱え、枕を睨みながら現実を確認する。
あんなの夢なのだ。絶対に夢。
視界の端に映る時計の針がもうとっくに起きる時間を過ぎていることを伝えてくるけれど、知ったことじゃない。
今日の私は調子が悪いのだ。だから仕方ない。
「うう……」
すごく顔が熱い。
熱があるみたいだ。
そうだ、熱があるからあんな夢を見たのだ。
だからあれは全部気のせいだ。そうに違いない。
昨日お風呂に入ってないからちょっと気持ち悪いとか、夢の中と服が一緒だとか、そんなことは全部気のせいだ。
「……あああああああ」
枕に顔を押し付ける。
その時だった、扉からノックの音がした。
「っ」
「ユウ、起きてる?」
真だ。
とっさに返事をしようとして……ふと思いとどまる。
これ、返事をしたら真に会うことにならないだろうか。
「……ぅぅ」
顔が熱い。会うなんて無理に決まっている。
真にいったいどんな顔をして会えと言うのか。
『あたまなでて、ほめて』
『ああ……うん』
あんな、事があったのに。
「……ぅぅぅぅぅぅううううう」
全身をよくわからない衝動が貫いて、身をよじる。
やっぱり無理だ。今日はほっといてもらいたい。
「ユウ?……まだ寝てるのかな」
扉の向こうで真が言う。
そう。それでいいから今は私のことは気にしないで欲しい。
「でももうこんな時間だし……大丈夫なんだろうか」
どうやら私のことを心配しているようだ。
……心が痛い。
時計を見るともう午前十一時だった。
いつもの私ならありえない時間。
真が心配するのも当然かもしれない。
……どうしよう。
返事をするべきかしないべきか悩む
恥ずかしいけど、心配をかけるのはいやだ。しばらく脳内で葛藤して――
「ユウ?」
「……うん、起きてる」
――返事をすることにした。
昨日、あんなことをしてしまったのにこれ以上迷惑を掛けるのは気が引けた。
「入っていいかい?」
「……うん」
返事をすると、扉が音を立てて開いていく。
とっさに扉に背を向けるようにしてベッドに寝転んだ。
「ユウ?調子はどう?二日酔いになってるんじゃないかと思って色々持ってきたんだけど」
「……大丈夫」
背中から真の声が聞こえてくる。
ビニール袋の音もあって、色々買ってきてくれたんだということがわかった。
「起きるのは無理そう?」
「……ちょっと無理」
二日酔いになんてなってないし、別に体調は悪くない。
でも主に羞恥心の問題で無理だ。
私の精神力は返事をした時点で使い果たしてしまった。
今真の顔を見たらどうなるかわからない。
「ぅぅ……」
「ここに飲み物と二日酔いの薬を置いておくから飲めそうなら飲んで」
がさがさと背後に物が置かれた。
ベッドの横のサイドテーブルに置いているんだろう。
……近い。すぐそこで音がして、胸が大きく鳴る。
そんな近くにいると昨日の事を思い出してしまう。
……あの、頭をなでられたときのことを。
「~~~~~~」
叫びそうになった口を押さえる。
真に変に思われなかったか、気になってしかたなかった。
というか、本当に近い。手を伸ばしたら届きそうだ。
それこそ頭をなでられそうなくらいに。
……その時、ふと思い出した言葉があった。
『これからまいにちなでて』
昨日、私が言った言葉だ。
……あれ、もしかして私今から撫でられるんだろうか。
だってこんなに近くにいるし。すぐにでも撫でられるし。
もしかして真も撫でるために私に近づいたんじゃあ……。
頭がジワリと熱くなる。昨日のあの感触を思い出して視界がにじむ。
真がもう一歩私に近寄る気配がした。
まさか、本当に。
「じゃあユウ、また後で。それと今回はごめん。
僕がもっとしっかりしてるべきだった」
「……へ?」
そういうと真は部屋からあっさりと出て行った。
いまさら体を起こして扉を見る。ちょうど閉まるところだった。
「……」
ゆっくりと体を動かし、枕に顔を押し付ける。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
私は何を考えているんだ。
あんな、頭を撫でられるんじゃないかなんて、期待してるみたいに。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
結局、私が部屋を出たのは午後になってしばらくしてからだった。




