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店の中をユウと歩く。
場所は家の近くにあるデパートだ。
周りには多くの店が並んでいて賑やかだった。
今日は何かのイベントをやっているようで視界の端ではピエロが踊っている。
何人かの人がそれを見て歓声を上げていた。僕も普段なら足を止めてみていたかもしれない。
でも、今の僕にそれを気にする余裕なんてなかった。
「ここに服屋があるの?」
「あ、ああ、うん」
僕とユウの周りを微妙な雰囲気が包んでいた。
原因はわかっている。僕だ。
こうして人と一緒に買い物をするのなんて初めてで、緊張して上手く頭が回らない。
さっきからユウが話しかけてきても上手く返せていなかった。
そんな僕を見てユウは不思議そうな顔をしている。
自分でも不思議だった。
普段なら何も問題なく話せるのに、こうして外に出ているだけでこうも緊張するのか。
……いや、不思議でもないのか。
僕がどこでも誰とでも普通に話すことが出来るのならこれまでの学生生活でも問題なんてなかっただろう。
僕の対人関係の問題は筋金入りだ。そうでなければ十年以上も一人で過ごしたりはしない。
……これまでユウとは普段普通に話せているから、どこでも大丈夫だと勘違いしていたのかもしれない。
一歩一歩目的地に向かっているが、残りの距離が何倍にも思える。
暑くもないのに汗が出てきた。
あれ?僕は普段ユウとどんなことを話していたっけ?
家をでるまではわかっていたはずなのに、今はなぜか出来ない。
やっと目的地に着いたときには早くも疲れていた。
ユウも僕を心配そうに見ている。
「ここなんだけど……」
僕が普段服を買っているフロアに案内する。
近くには女性向けの物も扱っているからきっとユウの服も大丈夫だろうと思った。
ユウが近くの服に着いた値札を確認する。
「あの、高くない?」
「……そうかな?」
服なんて長く使うものなんだからこんなものだろう。
それに今回の買い物はユウが初めて僕に要求してきたものだ。出来るだけいい物を買ってあげたかった。
僕も近くにある服の値札を手に取って見る。
「こんなものじゃない?」
「そんなわけないよ……」
ユウが呆れたような声で言う。
まずい、何か間違っただろうか。焦りがでてくる。
「……こっちにきて」
突然、ユウに手を引かれた。
手に触れた感触とその温度に驚く。ユウの手は冷たく、柔らかかった。
ユウに引かれるままに近くのベンチに座らされる。
ベンチに着くとユウの手が離れ、少し残念に思った。
「はい、これ飲んで」
そう言ってユウは持っている鞄から水筒を取り出し、中身をコップに注いで渡してくれた。
見るとコップの中にお茶が入っている。
促されるままにお茶を飲む。
そのお茶はいつもの、家で飲みなれた味がした。
「……」
渇いた口の中に潤いが戻る。
冷たいお茶が体内を通る感覚は茹で上がった頭を冷やしてくれた。
「落ち着いた?」
「……ああ、うん」
少し、頭が冷えた。
顔を上げてユウを見ると不安そうな顔をしている。
……僕は何をしているんだ。ユウにこんな顔をさせて。
「あのね、服は欲しいけどもっと安いものでいいから。あんな高いもの悪くて、申し訳なくてもらえないよ」
「……そうだね」
冷静に考えればこうなることは簡単に予想できた事だ。ユウが遠慮深い子だってことを僕はよく知っている。
「ごめん」
僕はどれだけ緊張していたんだろう。目の前にいる子のこともよくわからなくなるなんて。
「うん、じゃあ行こうか」
笑顔でそう言ってユウは立ち上がった。
僕もそれに続いて立ち上がる。
不思議とさっきまでの緊張は感じなかった。
◆
それからいくつかの安めの服を置いている店を回った。
初めて知ったがどうやらユウは買い物に時間を掛けないタイプの人間らしい。
驚くほどあっさりと終わって時間が余った。
だからその後は二人でデパートを見て回ることにした。
特に買うものはなかったので、ユウと目的もなく歩いて店を冷やかした。
食料品や酒の類を見て買ったりもした。
どうやらユウは酒をまだ飲んだことがないらしい。
ユウは僕と同い年だからもう酒は飲めるはずだ。今度一緒に飲むことになった。
帰りには行きしに見逃したピエロを見た。
以前本場のサーカスで見たものと比べると残念だが、ユウはこういうのを見るのは初めてのようでしきりに感心していた。
そして今、家の近くにたどり着いた。
日はもう落ちかけていて、夕日が辺りを照らしている。
その夕焼けの光がユウの髪を金色に輝かせていて、美しいと思った。
「ユウ、ありがとう」
一言、礼を言う。
今日はユウのおかげで本当に楽しかった。どれだけ感謝しても足りない気がする。
「え?お礼を言うのは私だよ。服を買ってくれてありがとう」
ユウが僕の両手にある紙袋を指差して言う。
そんな物、大したことじゃない。
「さ、家に入ろう?」
ユウがそう言って家に入る。僕もそれに続いて家に入った。




