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ふと、今までにやったことがない事をやってみたいと思った。
家の中でずっと本を読んでいるのではなく、他の事を。
なぜそう思ったのかというと、それはユウのおかげだ。
昨日、アイスをユウと一緒に食べた時、僕は今年の夏は楽しいものになるだろうと思った。
……いや、そうしたいと思った。
これまでの何もない夏ではなく、もっと楽しい夏にしたいと。
だからこれまでしてこなかった新しいことをやってみたいと思ったのだ。
……最近、自分でも自分が変わってきたことを感じる。
少し前ならこんなことを考えるのはありえなかった。
僕は良いほうに変わってきている。
少しずつかもしれないけど、確かに。ユウのおかげで。
◆
部屋の扉に隠れるようにしてリビングを覗き込み、軽く見回す。
今の時間は午前十時。
彼女が日曜日のこの時間、いつもリビングで家事をしていることは知っている。
……いた。
リビングの真ん中、そこでユウが机を拭いていた。
今僕がいる場所からは十メートルも離れていない。
少し歩けばたどり着けるだろう短い距離だ。
「……っ」
落ち着け、何度も頭の中でシミュレーションしただろう。
何も難しいことはない。いつものように話しかけるだけだ。
「……ふー」
軽く深呼吸し、精神を集中する。
そして僕は覚悟を決め、そこへ一歩足を踏み出そうとし……丁度その時ユウが机を拭き終わりキッチンの方へと歩いていった。
僕とユウの間の距離が容赦なくはなれていく。
「……」
……ま、まあ仕方ない。こういうこともある。次頑張ろう。
今は駄目でも、まだいくらでも機会はある。
部屋に戻り、椅子に座った。
「……はあ」
突然だが、友達がいない人間が人と一緒に何かしたいと思ったときに、一番最初のハードルはなんだろうか。
人によって違う?まあそれはそうかもしれない。
友達がいない理由によっては色々なハードルがあるだろうし。
でも僕個人のことを言わせてもらうのならば答えは単純だ。
そう、相手を誘うことである。
……人を遊びに誘うってどうやるんだろう。
これまでそんなことをしたことがないから、どうしたらいいのか全く分からない。
今までにやったことがない事をやってみたいと思ってから半日。
ユウと、『親友』と一緒にどこかへ遊びに行こうと計画を立てたのはいいが、その計画は最初期の段階で頓挫しかけていた。
「……うーん」
思えばこの二ヶ月、僕とユウは一緒に外出したことがなかった。
僕は学校以外で外に出かけないし、ユウは僕が家にいない時間に出かけている。
なので、今回の計画はその全てが完全に初めてのことだ。
そのせいで断られるんじゃないかとか、嫌がられるんじゃないかとかの不安があって誘うのが怖い。ユウはあまり外出する方じゃないみたいだし。
いっそユウから誘ってくれないかとも思う。
……いやいや、自分で思っといてなんだがいくらなんでもそれは情けなさ過ぎるか……。
しかし、誘いづらい……どうしよう。
立ち上がり、もう一度リビングを覗き込む。
「あの、さっきから何してるの?」
「うわあ!」
すると、いつの間にか目の前にユウがいた。
突然のことに心臓がはねる。
「さっきからこっちを見てたようだけど……」
「い、いや、ちょっとね……」
落ち着け、これはチャンスじゃないだろうか。
このまま誘ってしまえば良い。
深呼吸をして、覚悟を決める。
「「あの」」
ユウと僕の声が重なった。
えっと……どうしよう。
「ユ、ユウから話して欲しい」
「え、そう?じゃあ先に話すけど」
ユウを促す。
出来る限り後伸ばしにしようという考えがないとは言わない。
「ちょっと相談があって……あの、服がね、あまりなくて」
「服?」
そういえばこの二ヶ月でユウの服を買ったことはない。
「それで、買ってもらえないかなあ、って」
ユウが上目遣いで申し訳なさそうに言う。
服か。買うのはかまわないと思う。
というか服は消耗品だし買うのが当然だ。
……って、あれ?
よく考えてみれば、これは渡りに船という奴じゃないだろうか。
「わかった。じゃあ今日の午後から行こうか」
「うん、ありがとう」
ユウに了承する。
こうして、ユウと一緒に買い物に出かけることが決まった。
結局ユウが誘ってくれたおかげなので情けない気もするけれど。
……まあ、それよりも大事なのはこうして一緒に出かける約束を取り付けることが出来たことだろう。
……うん、次は頑張ろうかな。