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「……暑い」
視界が陽炎で揺らめいていた。
時刻は午後の二時。一日で一番熱い時間帯だ。
きっと、うだるような暑さというのはこういうことを言うんだろう。
汗が次から次へと噴き出してきて気持ちが悪い。
「先週までは涼しかったのになあ」
今年の夏は例年にない涼しさだ、なんて先週まで言われていたのが嘘みたいだった。
今日の太陽はこれまでの不調を取り戻すかのように絶好調のようだ。
「はあ……」
現在地は学校前の商店街。
いつもは人で賑わっている道が、今日は驚くほどに空いていた。
……クーラーのあるところに行きたい。今すぐに。
軽く周囲を見渡して近くに入れそうな店がないか探す。
喫茶店とファストフードの店があった。
近づいて中を覗いてみる。
……駄目か。
皆考えることは同じなのだろう。
中は人で埋まっていた。
こうなると僕のようなコミュ障にはハードルが高い。
この様子だと他の店も同じだろう。
あきらめておとなしく家を目指すことにした。
足を引きずるようにして家への道を歩く。
「暑い……」
やっとの思いでアパートにたどり着いたときには、シャツは絞ったら水が滴り落ちそうなほどになっていた。
エレベーターを待つのも嫌で、最後の力を振り絞るようにして階段を上る。
僕の住む部屋は二階だ。低めの階の部屋を借りておいてよかったと心から思う。
クーラーの効いた部屋に思いをはせ、部屋の扉を開けた。
「ただいま」
全身を冷気が包む。
熱された体が急激に冷えていく感覚が気持ちいい。
「ふー」
気が抜けて大きく息をはく。
すると、部屋の中からパタパタという音が聞こえてきた。
「お帰りなさい」
部屋の中からユウが笑顔で顔を出した。
熱気でゆだった頭には、その金髪と青い目が涼しげに見える。
「わ、すごい汗だね。はいこれ。濡れタオル」
手を伸ばし、ユウが差し出してくれたタオルを受け取る。
タオルは冷やされてひんやりとしていた。
「ありがとう」
礼を言って顔を拭くと、体に溜まった熱気が抜けていく気がした。
気持ちがよくて、一日の疲れが無くなっていく気がする。
ユウがこれを用意してくれるようになったのは三日前からだが、完全に虜になってしまった。もうこれなしではやっていける気がしない。
「さ、早く着替えてきて。そのままだったら風邪引いちゃうから」
「ああ、うん、わかった」
ユウに促されて脱衣所に向かう。
脱衣所の扉を閉めるときに、ユウがこちらを笑顔で見ているのが見えた。
◆
着替え終わり、リビングに顔を出す。
すると、ユウが机に何かを並べていた。
「それは?」
「アイス。ネットで調べたらレシピがあったから作ってみたんだ」
見ると、そこにはバニラアイスがあった。
皿に綺麗に盛り付けられていて、とても美味しそうに見える。
スプーンを手に取り早速口に入れた。
「冷たくて美味しい」
「よかった」
感想を言うと、ユウは嬉しそうに笑った。
そして僕の前に氷の入ったアイスコーヒーを置いてくれる。
「ふー」
コーヒーを一口飲んで軽く息を吐く。
一ヶ月前、クッキーを作ってくれたときから、ユウはたまにこうして手作りのお菓子を振舞ってくれるようになった。
クッキーから始まり、パン、ホットケーキ、プリン、この前はロールケーキなんてものも作ってくれたか。どれも美味しくて、作ってくれるのがすっかり楽しみになった。
「うん、本当に美味しい」
スプーンを持ち、もう一口アイスを食べる。
甘さが疲れた体に効く。
……夏だなあ。
さっきまでも暑さに苦しんでいたけれど、アイスを食べていると強く実感する。
「……」
僕は夏には何も思い出がない。
いつも一人でいたからだ。
家でただ本を読んでいるというのは、僕の中では思い出とは言わない。
小学生の頃はいつも窓から外で遊ぶ子供を見ていた。
中学生の頃はこれがいいんだと強がっていた。
高校生の頃からは諦めていた
それがこれまでの僕の夏休みだった。
「……でも」
今年からは違う。
顔を上げ正面を見るとユウも向かいの席に座ってアイスを食べていた。
……うん、今年はきっと楽しい夏になる。そう思った。




