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7表


 その日はいつもとは少し違っていた。


 朝食のときに午後の予定がないか聞かれたり、昼食の後に出来ればしばらくキッチンのほうには来ないでくれと言われていた。


 何があるんだろうと不思議に思っていたけれど、それが今わかった。


 机に、色取り取りのクッキーが並べられている。

 普通のクッキー、チョコが混じったもの、ジャムが入っているもの、ナッツが混ぜられているもの、その他にもいくつかの種類があった。

 しかも少し湯気が立っているのが見える。どうやら出来たてのようだ。

 

「大したものじゃないんだけど」


 そう言ってユウは控えめに笑った。

 いやいや、これが大したものじゃないわけないだろう。


「すごいな、これ。全部手作りだよね」

「うん、だからちょっと失敗しちゃったのもあって」


 確かにいくつかのクッキーは少し焦げ目がついていたり、形が歪だったりしている。

 でもそれは手作りだということを考えると、愛嬌のようなものだろう。


 むしろ手作りだという事がわかって、魅力が増しているのではないかとすら思う。

 率直に言ってすごくいい(・・)と思った。


 ……しかし、何故クッキーを?

 今日は何かあっただろうか。


「その、お礼がしたいと思って。こんなもので申し訳ないんだけど」

「お礼?」


 ユウが少し恥ずかしげに言った。

 ……僕は何かお礼をされるようなことをしただろうか?


「うん。パソコンを教えてくれたお礼」


 ああ、それか。

 そんなもの別にいいのに。


 このクッキーは嬉しいけれど、そもそもパソコンを教えたのだって普段家事をやってくれることのお礼のつもりだった。

 

 だから今回のクッキーはお礼にお礼を返された形になる。


 ……ユウは律儀だなあ。

 思わず苦笑がもれる。


 ……さて、せっかくだしいただこうか。

 せっかく焼き立てなんだし冷めたらもったいない。


「食べてもいいかな?」

「うん」


 ユウに許可を取り、普通のクッキーを一枚手にとって口に入れる。

 

 ……いいな、これ。

 甘さ控えめで、食べやすい。その上まだ暖かいので柔らかいのがいい。


「美味しい」


 素直にそう思う。これなら次々食べられそうだ。

 二枚、三枚と口に入れていく。


「どうぞ」


 コトリという音がしてコーヒーが目の前に置かれた。

 顔を上げると、ユウが優しい顔で笑っているのが見える。


 ……少しがっつきすぎただろうか。

 気が付くとクッキーが見てわかるくらい減っていた。


 少し恥ずかしくなったので、目を逸らしコーヒーを口元に運ぶ。


 ……美味しい。

  

 コーヒーは安心する味がした。

 この一ヶ月で飲みなれた味だ。 

 

「ふう」


 ……幸せだなあ、と思う。


 一ヶ月前、ユウが来るまではこんなことはなかった。

 いつもいつも一人でいた。

 誰とも会話せず、一人で食事して、一人で本を読んで、一人で金を稼いでいた。


 毎日毎日代わり映えがなくて、こんな生活を死ぬまで続けるのかな、と自分の将来を悲観したこともある。


 でも今は違う。

 ちゃんと会話をする人がいて、一緒に食事をしたり、一緒にパソコンをいじったりする人がいる。

 これがどれだけ幸せなことかなんて、言うまでもない。


 ……本当に、ユウが来てくれてよかった。

 

 前を見ると、向かいの席にはユウが座っている。

 そこはこの一ヶ月で自然と決まったユウの座る場所だ。


 その場所でユウは手に持ったコーヒーに息を吹きかけていた。


 ……そうだ。


 ふと、以前のことを思い出す。


 最初の頃、ユウに必要なものはないか、と聞いたことがあった。

 あの時はユウはそんなものはないといったが、今はどうだろう。もしかしたら欲しいものがあるかもしれない。


「ねえ、ユウ」

「ん?何?」


 首を傾けるユウの肩をさらさらと金髪が流れる。

 何度も思っていたがやっぱり綺麗だと思う。


「ユウは何か欲しいものはない?」

「欲しいもの?」


 この家に住んでそろそろ一ヶ月だ。

 欲しいものや不便に思うことは絶対にあると思う。


「……ねえ、一つ聞いていい?」

「ん?もちろんいいけど」


 ユウはなにやら神妙な表情をしている。

 どうしたんだろう。


「あの、なんで欲しいものを聞くの?」

 

 何で欲しいものをって、それは単純だ。


「それは、まあ普段の家事のお礼だよ」


 本当に助かっているのだ。

 それに見合うだけの礼をしたいと思う。

 パソコンの指導はこうしてお返しをされたわけだし。


 ユウに、僕がかなり助けられていることを伝える。


 家事をやってくれて助かっていること。

 料理が美味しいから毎日楽しみなこと。

 パソコンを教えるのも実はちょっと楽しかったこと。


 そしてユウが来てから毎日が楽しいということ。

 少し気恥ずかしいが正直に言った。


「へ?」


 するとユウが呆然と口を開けた。

 そして数秒動きが止まったかと思うと、どういうわけか突然笑い出した。


「くふっ。くっふふふふ、くっふふふふふ!」


 ?何故だろう。

 僕は何か変なことを言っただろうか。


「ごめ、ごめんなさい、でも、くっふふふふふ!」


 こんな笑い方をしているユウは初めて見た。

 変わった笑い方だと思う。でもどこかユウに似合ってるなとも思った。


 それからしばらくして、ユウが落ち着く。


「ご、ごめんなさい。えっと欲しいものだったよね?

 ……うん、なにもないかな。私はここの生活に満足してるから」


 前と同じ台詞が帰ってきた。

 ユウは本当に遠慮深いと思う。もっとわがままを言ってくれてもいいのに。


 まあでも、無理強いすることでもないかな。

 ……これも前回思ったことか。


「わかった。でも何かあったらいつでも言って欲しい」

「うん。わかった」


 ユウが楽しそうに笑顔で言う。

 僕はその姿を見ながら次のクッキーに手を伸ばした。

 


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