6表
ユウが来てから一ヶ月が経った。
パソコンを教えてからは二週間位になると思う。
最初はアイコンをクリックするたびに不安そうな顔をしていた彼女も、随分とパソコンの扱いに慣れてきて、質問も少なくなってきた。
もう十分パソコンを使えるようになったといっていいだろう。
失敗した時のために控えておいたパソコン教室のURLはどうやら無駄になりそうだ。
誰かに物を教えるということは今回が初めてだったが、上手くいってくれたようで安心する。
しかし、初めて知ったが、人に物を教えるというのは思ったよりも楽しいものだ。
大変ではあったが、一通り終わったときには大きい達成感があった。
今回の経験は僕にとってもいいものになったと思う。
まあだからと言って教師になろうとは思わないけれど。
それに、今回の一件で僕とユウの関係にもいい変化があった。
「あの、真?ちょっと見てもらいたいところがあるんだけど、いい?」
「うん、大丈夫だよ」
ちょっと不安そうな、申し訳なさそうな顔をしている彼女に笑顔で返す。
その表情はこの家に着たばかりの頃は見なかったものだ。
パソコンを教えるようになってユウのいろんな表情を見るようになった。
この家に着たばかりの頃はユウは表情が少なかったと思う。
そのときのことを思い返すと、笑顔のユウしか頭に浮かんでこない。
今思えば、ユウもきっと緊張していたのだろうと思う。
当然だ。いくら『親友』だと言っても彼女が異世界に行っていた期間一度も会ってなかったのだ。
それだけの期間があって、再開したらすぐに昔と同じように、なんてなるはずがない。
緊張してもおかしくないだろう。
大体、他でもない僕だって最初の頃はユウがあまりにも可愛くなっていて少し緊張していた。
今だって、ユウがあんまり変わりすぎていて昔のユウの顔がちょっと思い出せないくらいだ。
きっと僕とユウの間には会わなかった期間の分、大きな隔たりがあったのだと思う。
僕たちはお互いに、距離を測りかねていた。
そして、今回のパソコンの指導はその隔たりを埋めてくれたと思うのだ。
「あ、あのこれなんだけど」
ユウに案内されてパソコンの所まで行くと、ポップアップが画面に表示されていた。
どうやら管理者権限での実行を要求されているようだ。
「あの、あのね?変な所を触ったつもりはないんだけど、いきなりこれが表示されて……」
ちょっと涙目になりながらユウがこちらを上目遣いで見てくる。とても可愛い。
「あの、壊れてないよね……?」
パソコンはそう簡単に壊れたりはしないけれど、まだパソコンを始めたばかりのユウではわからないのだろう。
思い返せば僕も昔はこのポップアップに怯えていた記憶がある。
「大丈夫。壊れてないよ。それはOKを押せば大丈夫」
「そ、そう?よかったあ」
ユウはふにゃりと笑い、大きく息を吐いた。
相当心配していたようだ。
……ちょっと早いけれどインターネットの詳しい使い方を教えようか。
インターネットの簡単な使い方は以前教えたけれど、そのときは検索エンジンの使い方しか教えなかった。まだ基本的な操作が出来てなかったからだ。
でもこの二週間でユウも大分パソコンを使えるようになってきた。
そろそろインターネットのちゃんとした使い方を教えれば自分で疑問を解決できるだろう。
怖いのは自分が理解できないことが起きているからだ。
自分で疑問を解消することが出来ればユウもここまで心配することはないと思う。
「ユウ、あのさ」
「え?なに?」
ユウに声をかけるとユウは満面の笑みでこちらを見た。
その顔が本当に可愛らしく見えて、つい言葉が出なくなる。
「どうしたの?」
「……い、いや、なんでもない」
「そう?」
……考えてみれば、ユウがインターネットの使い方を覚えれば、僕がユウに教えることはなくなるんだよな……。
そしてそれは、さっきみたいなユウの表情を見る機会が減るということでもある。
正直に言って、それは、すごくもったいないことのような気がした。
……インターネットはまだ早いかな、うん。
その辺りのことを教えるのはウイルスや迷惑メールについて教えた後でいいだろう。
とりあえず、僕はそういうことにしておいた。