5裏
少し、混乱していた。こんなものは知らなかったから。
まず、最初にパソコンを教えてくれるように頼んだら、予想とは違って教えてくれることになった。
これはいい。最初に随分悩んでいるようだったが、それでも教えてくれることになったのはやっぱり『親友』の洗脳が強かったからなのだろう。これは理解できる。
そして、教えてもらい始めると、説明もわかりやすかった。
これもいい。真に教師としての才能があったのだろう。これも理解できる。
問題なのはその後だ。
「もう覚えたのか。すごいよ。僕はこんなに早くできたかなあ」
「そ、そうかな」
これだ。真は教えてもらっている間、やたらと私を褒めてくるのだ。こんなことはこれまでに経験が無くて、困っている。
少し私が成功するごとに大げさに褒めるその態度が、いちいちほめてくるその態度がうっとおしくて、
…………そして、少し、ほんの少しだけど、照れくさかった。
「文字は書けるようになったし、次は書いた文章を保存してみよう」
「……はい」
しかし、わかりやすい。
異世界のクソ教官とは大違いだ。
……いや、比べるのも失礼か?
あのクズどもときたら、見て盗め、覚えろとか理不尽なことを当然のように言う。
職人芸のような感覚重視のことならわからないでもないが、報告書の様式だとか、定期連絡の仕方とか教えられないとわからないようなことも当たり前のように見て盗めと言われた。
そして、そんなずさんな教育をしているくせにミスしたら鬼の首を取ったかのように攻め立て、私の給料を罰という名目で奪おうとするのだ。
何が、俺は忙しいんだ、だ。お前らが巡回とか言って出て行って、娼館に入り浸ってるのを知らないとでも思っているのか。
「はあ、はあ」
「ユウ、どうしたんだい?」
「え……なんでもない」
……いけない、つい腹が立ってヒートアップしてしまった。冷静にならなくては。感情に支配されて興奮して行動してもろくなことにはならない。異世界で学んだ。
まして、今はまともに教えてもらっている最中だ。別のことを考えるなんて失礼だろう。
顔を挙げ、真の顔を見る。不思議そうな顔をして私を見ていた。
……普通の顔だ。イケメンでも醜くも無い、普通の顔。
……?
なぜだろう。なぜか、新鮮に思える。
この二週間で見慣れてきた顔のはずなのに。
不思議に思い、少し考えて、わかった。
目が違う。
真は優しい目で私を見ている。
王族や貴族どもの下等生物を見るような目でも、宗教関係者どもの道具を見るような目でもない。
兵士どもの化け物を見るような目でも、山賊どもが向けてきた性欲に濁った目でもない。
親しい人を見る、親愛のこもった優しい目。
真が私に向けているのは、そんな目だった。
「うん。保存も出来てる。いいね」
「……はい」
「次は……やめておこう。切りがいいし今日はここまでにしようか。今日やったことでわからないことがあったらいつでも聞いて。遠慮は要らないから」
「……はい」
真が広げた資料を片付け始める。
自然とその視線が私から外れて……それを少しだけ、残念に思った。
真はいつから私をあんな目で見ていたんだろうか。
さっき?それとも昨日から?
もしかしたら、この一週間、ずっとあんな目で私を見ていた?
……そうかもしれない。きっと一週間前からだ。
一週間前、私は『親友』だと設定したんだから。
「……」
洗脳したことに、罪悪感なんて無い。異世界は地獄で、私はそんなところで数年間生きた。
そんな私にとって、真は平和ボケした都合のいい存在でしかない。
……ないはずだ。
だけど、それなのに、なぜか、少しだけ、胸がちくりと痛んだ。




