表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

二人は永遠に一つになりました。お幸せに!

 まずは、と彼女は言う。その声が酷く懐かしく感じられた。作業が終わるのを待つ間上の出口を眺めていた私は視線を彼女にやる。


 足音はこちらへ近づいている。

 彼女は通路の先を。正確には曲がり角を見ていた。私もそっちを見る。

 まずは、と再度彼女は唇を開く。まずは直近の仕事を終わらせようかと。


 足音は小さくなった。

 小さく息を溢しながら、私は角へ歩み寄る。同僚は自分が行こうとしたみたいだけど、私はそれを制する。

 屋敷では響いている筈の剣戟の音も、怒号も、ここへは、枯れた古井戸には届かない。それでも足音は近づいてくる。どうやら撃ち漏らしらしい。


 足音が止み、誰何の声が代わりに届く。

 後で苦情の一つも入れてやろうかと思いつつ、すらりと剣を抜く。実のところ、剣はあまり得意ではないけど、十分な力を発揮することだろう。

 外へ逃げるには、この場所を通るしかない。屋敷の裏口はきっちり押さえてある。勿論、玄関も。この通路を始めとした、複数の隠し通路もだ。うちの情報収集能力を舐めてもらっては困る。

 それでもこっちに来ることないのにと、己の不運を呪う。

 隠し通路担当は、特に名声を得られる訳でもないけど、特に私はそんな物に興味はない。貰えれば貰っておくけど。今の私に有るのは、一日のおまんまをどう確保するかについてだ。


 相手が構えるのが音で確認できた。

 さぞ使いやすい人材だろうな。自嘲の笑みを浮かべつつ、無造作に突撃。いきなり飛び出た私に対応しようとする侍女を切り捨てる。強引に、剣ごと叩き折るようにバッサリと。短いのを選んで大正解だ。横着しないで良かった。

 数が多くても、廊下から出る為には一人ずつになるしかない。そんな狭い作りにした、自分等の当主を恨むべきだ。

 血しぶきを上げながら倒れる侍女を、後ろを蹴り飛ばす。血が更に勢いよく、ぴゅうと迸る。

 回避しようにも後が詰まっているから、侍女の後ろの太った女、これも侍女だ。侍女その二は侍女その一を受け止めるしかない。

 受け止めた侍女その一、二を、人間から焼く前の串肉に変えてやる。そして再度蹴り、反動を利用して剣を引き抜く。重なりあって倒れた二人に再度剣を突き立て、捻る。上のその一の心臓を貫いて楽にしてやり、下のその二の腕を踏んづけてへし折っておく。足でも掴まれたら嫌だからだ。侍女は呻き声を漏らした。


 ”三人”を踏みつけて進む。柔らかくてでこぼこしていて、なおかつ足に合わせて沈む。歩きにくいことこの上ない。


「後始末よろしく」


 後ろで見ていた同僚、つまりエレーナに頼む。これだけ仕事をしたんだ。文句は無いだろうと

「はいな」


 やる気のない返事が返ってきた。まあ、良いだろう。後ろからやけに生々しい音が聞こえる。ぐうっと呻き声も。


 正面の子供の顔は転がったカンテラで下から照らされ、陰影で少し面白いことになっていた。

 照らし出された顔は赤く染まり、青い部分と赤い部分の対比が少しばかり奇妙に感じられた。

 ガタガタ震えている少年は哀れにも動けなくなっているみたいだった。その子の後ろの女が強引に前に出る。ぐいっと引いて、隙間から。

 若い女だ。茶髪で、優しげな顔の。それを恐怖と怒りと、その他諸々の感情に歪ませた。素人臭い、これまた小刻みに震えている。そんな同い年位の少女。


「若様は、やらせません!」


 短剣を両手で構える。柄を両手で握り締め、こちらへ突き出す。あちこちにぶれる剣先が彼女の内心を如実に反映している。

 威勢だけは良い。威勢だけは。だが短剣でどうしろと。まずもって彼女の腕では無理だ。

 可哀想に、彼女がそう後ろで呟くのが聴こえた。

 ずぶりと刺し貫く。剣の不得意な私が、なんの雑作もなく三人殺れたのは、単純に身体能力に勝っていたからだ。相手が反応できない速度で突っ込んで、相手の体が耐えられない威力の一撃を食らわせ、相手の攻撃は全て回避すれば良い。

 私は常人より肉体強化の技能に優れていただけの話だ。単純だけど、すごく強い。分かりやすいのは良い。


「エルゼ!?」


 少年はここで初めて悲鳴を上げた。身を切るような、悲痛な叫びだった。お気に入りだったらしい。侍女からの慕われようから随分と仲の良い屋敷だったことが伺える。


「エルゼ! エルゼ! エルゼ!」


 倒れた娘に向かって、少年は壊れたように名前を連呼する。娘は口を動かす。


「なに!? なに……?」


  「わ、わか、若様……に、にげて……」


 死んでいないことに驚愕する。肺は潰した筈だ。心臓も。それなのに喋れる。こいつの才能は、魔法適正は凄いと思う。きっちりと使い方を知っていたら危ないところだった。一撃は貰っていたかもしれない。

 私も子供を殺しまくることに思うところが無い訳でもない。だから娘の言葉が、少年に届くように押し黙る。物音ひとつ立てぬように気を付けて。

 後ろから鼻を啜る音が僅かに聞こえた。そう言えばエレーナはこういうのに弱いのを思い出す。劇を観に行けば、決まって最後には泣いていた。喜劇でもだ。涙脆いにも程がある。


「若様……私は、幸せでし……た」


 少女は口の端をピクピクと動かす。時折咳き込み、血を噴出させながら。口からもごぽりと溢しながら。というか本当に凄いなこの女。


「僕もだよ……僕もだよ! エルゼ、僕は君が好きだった」


 少年の告白が最後の一押しだったのだろう。彼女の努力は実を結ぶ。ピクピクと動かしていた口の端。口角はきっちりと上がり、笑顔を、優しくも朗らかな笑顔を形作る。

 少年は気が付けば、彼女の手を握っていた。端正な面持ちの少年だ。将来は期待できるだろう。それと可愛らしい侍女との、最期の別れ。絵になる場面だ。

 だから私は二人を結びつける事にした。物理的に。ちょうど良く一直線になった頭部を刺し貫くという形で。これで二人は永遠だ。他の二人も一緒だ。一緒に混ざり合って永遠に仲良し。

 目の前に敵が居るのに、唐突に恋愛劇を繰り広げる馬鹿の最期としては上等な部類だろう。


 二人の死体を何となく眺めつつ、しゃがんでカンテラを拾い上げる。やはり思った通りだった。最新式の高価な代物だ。奇石で発光する代物。

 実は開発者から贈られたのを一つ持っているが、この際拝借しておこうと思う。予備にでもしようか。


 話の種と、戦利品を手に入れたとほくほくの私は、そう言えばとエレーナに話を振る。後ろを振り返り、引いた。かつてない程に彼女が号泣していたからだ。


 けれども、その涙はすぐにやむ。涙脆くも、直ぐに泣き止んでケロリとしているのが彼女の常だ。私も初見はぎょっとした。今でもたまに驚く。



 先程の位置に戻ったところで、エレーナは口を開く。

「それで、さっきの話ってなに?」

 首をかしげている。さっき私が言い掛けた話が気になっていたみたいだった。


「ああ、猊下に聞いたんだ。東方では井戸から女の悪霊が現れるそうだよ」


 エレーナはぶるりと身を震わせる。この手の話が大の苦手なのだ。夜中に用を足しに行けなくて、私に泣き付く程に。


 彼女は目を細めた。私を咎めているのだろうか。


「止めてよ……そういうの。なんで突然」

 その様子から、私はにやつきながら懇切丁寧に解説してやろうと決意した。彼女は止めろ止めろと不機嫌な顔だ。それでも私を止めるには足りない。


「カンテラでほら、下から照らされてたろう。あれ、怪談をするときのお約束らしいよ」


「あーあー聴こえない聴こえない」


  子供のように彼女は耳を塞いだ。その様子に思わず笑う。笑いながらぼろきれで顔の血を拭う。返り血だ。あの五人の。


「都合良く五人の死体があるし、いつか出るんじゃないか? 悪霊。少年少女が二人に、侍女が一。妊婦の侍女が一。胎児が一で」


 これだけ殺しまくった奴を平時ではどう呼ぶのだろうか。悪魔、とはちょっと違う気もする。それでも、今まで殺してきて、これからも殺してまくる予定の私でも、死後は見事に天上へ行けると言うのだから驚きだ。

 異教徒は認めずに殺人鬼は赦す。神は度量が狭いのか、大きいのかよく分からない。多分身勝手なだけだろう。都合が良いか、悪いか。気に入るか気に入らないか。多分この二面だけだろうと、私は踏んでいる。


「ああ、あれやっぱり妊婦さんだったんだ」


 彼女は得心したと何度か頷く。


「多分間違いないよ。羊水らしいのが混じってたし、手応えもそれだった」


 妊婦を始末するのは初めてではない。むしろ推奨されている。最優先で狙えとも言われている。神を裏切った、薄汚れた穢らわしい血は断絶すべきだ、とのことだ。

 異教徒は教化もしくは浄化する。教化は主に徹底した教育、という名前の拷問と洗脳で。

 浄化は教化出来ない場合、神が与えし修行の地であるこの地上に、再び舞い降りる為の資格を取得させる。穢れをこそぎ落とす為の転生を、有り体に言えば殺戮だ。


 だから私達は殺して殺して殺しまくる。神の名の下に、気に食わない人。異教徒指定された哀れな人々を、生活の糧を獲るために。




「永久追放終了です。お二方、上がってきてください」


 作戦終了と、兵士が告げに来た。これでようやく終ったと、エレーナは嬉しそうだ。彼女は腰に手をやって、うんっ、と体を伸ばしている。


「上がるとき少し手伝ってくれないか?」


 上の兵士に頼んでみる。彼は了承してくれた。逆光で良く顔が見えないが、声から察するに少し嬉しそうだ。私もそこまで鈍感ではない。同性ばかりな集団とはなんと辛いものだろう。男一人に黄色い声を上げる同僚も珍しくない。例え婚約者が居ようとも、普段から会えなければ、それは半ば居ないのと同じだと思う。

 要するに中々無い異性との接触の機会に、すっかり彼は興奮していたと言いたいのだ。私は。


 その後、井戸から抜け出た私達の後ろで、彼が役得役得と呟いて、兵士仲間から散々小突かれていたのに必死に気が付かない振りをしたのは良い笑い話だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ