第1章 5話 苦しむ少女
「あの......なんで私たちこんなことしてるんですか?」
私は注文したオレンジジュースをストローですすりながら風雅さんに聞く。
「だって有栖さんも気になるでしょ?しかも彼女自身も俺たちのせいでもありますけど組織の人たちに何かやられるかもしれません」
風雅さんも注文したアイスコーヒーを飲みながら答える。
「そうですよね......」
え?私たちが何をしているかって?
実は私たちは今、あの少女を見守っている。そう、決してストーキングとかそういうのじゃないんです。
「にしても、なんの動きもないですね......」
かれこれ30分ぐらい経っているのに、あの子はずっと1人でジュースを飲んでいる。今も飲み終わってしまったジュースを注文しようとしているところだ。
なんというか......自分が気になるって言ったのに失礼かもしれないけど、やることがない!
「暇ですね......上げた指の本数当てるあのゲームやりましょ!じゃあ私から、いっせーのーで、3!」
「やりませんよ!?そもそも2人でやってもすぐ終わるじゃないですか!」
「あっ、このゲーム、地方によって掛け声が違うらしいんですけど風雅さんはなんて言います?」
「俺は『いっせーのーせ』ですけど......今この情報入ります?」
「だって、ゲーム内で掛け声が違ったら違和感があるじゃないですか」
「やらないって言ってるじゃないですか!こんなことしてる間に何処かに行ってでもしたら......」
「大丈夫ですって、まだどーせジュース飲んでますから......あれ?」
ふと目を少女が座っていた席に目を向けると、そこに少女はいなかった。
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「ったく......なんで私に関わってくるの?」
ファミレスに1人で行ってしばらくすれば、追跡をやめてくれると思ったのに......
私、朝霞 澪は人に助けられるのが嫌い、というか間違っていると思う。これは自分の短所であり、長所であると思っている。
だからさっきの人たちには悪いけど迷惑そうな顔をしてしまった。まあ実際、悪気はないのだろうけど迷惑だったが......
「はぁ〜......ちゃんと説明しなきゃ......」
そうぼやきながら、自分の仕事場であり、最も嫌いな場所のドアを開けた。
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私の家は普通の家族だった。家系も普通。両親の職業も普通。学校も普通。運動神経や頭の良さも普通。かといって貧乏かといえばそうではない。
でも、そんな家が好きだった。金持ちが羨ましいとか、親の七光りが欲しいとか、そんなことは一切思わなかった。
お父さんは少し頼りなくて、でも優しく、家族のことを思ってくれている。お母さんはそんなお父さんが会社のことで落ち込んでいたら、明るく元気に会話をして、支えてあげている。私も将来、こんな家族がつくれたらいいな、なんて思うこともあった。
でも、普通ではなくなった。
お父さんの会社が倒産してしまったのだ。急に収入源が無くなる恐怖。お父さんは必死に次の仕事を探したけど、なかなか見つからなかった。代わりにお母さんがパートを掛け持ちして家計を支えることでになり、お父さんは酷く申し訳なさそうだった。
しかしここでも不運なことが起こる。お母さんが働きすぎで倒れてしまった。お父さんは病院に行って診てもらえ、と言った。しかし、お母さんは病院に行くお金がもったいないと言い、病院には決して行こうとしなかった。私も心配だったから、病院へ行くように説得しようとしたけど、お母さんは、「寝れば治るよ」と言って安心してしまった。
それからお母さんの体調は徐々に悪くなっていった。そして、一年もせずにお母さんは死んでしまった。お父さんは自分のせいだと、自分で自分を追い込み、鬱になってしまった。私もお母さんの言葉を鵜呑みにしてしまったことを後悔した。
それから2カ月ぐらいして、お父さんはだいぶ元に戻ってきたものの、お金の問題は解決はしていなかった。家賃を払うことさえ難しく、借金をするしかなかった。
しかしこれも間違えだった。借金が返せず借金をする。そして、いわゆる闇金融に借金をしてしまい、どんどん追い詰められていった。
そしてついに、住んでいる家に闇金融の奴が借金返済の催促をしにきた。
「なあ、早く借金返してくれないかな?これ以上期間が過ぎると困るんだけどなぁ?」
「すいません!必ず、必ず、来月に返しますから......許してください......」
「そのセリフ聞き飽きたんだよ!来月、来月ってさ〜、いい加減返せよ!人から奪ってでも、臓器を売ってでも、返せ!」
「もうやめて!」
私はもう耐え切れなかった。私たちの普通をどんどん奪っていくこの人が、お父さんを困らせ、泣かせるこの人が。
「へぇ〜。じゃあ君が払ってくれるのかな?君の容姿だったらいくらでも稼げると思うけどさ〜?」
「澪!下がってなさい!」
「......お父さん、私が絶対にお父さんを助けるから」
「澪......」
「いくらでも働くし、言われたことはなんでもするから......お父さんをいじめないで!」
それから私は憎き闇金融の奴らのの元で働くことになった。
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ドアを開けると、このグループで働いている人たちが殺気立って私を待ち受けていた。
「お帰りなさい、澪さん。なぜみんながこんな感じかわかりますよね?」
このグループを束ねる金子 龍弥だ。眼鏡をかけて体つきは他の人より細身のくせに喧嘩についてはかなり強い。
「はい。ですが、あの人たちが勝手にやったことで私が仕込んだものではありません」
「あぁ、なるほど。では仕方ないですね。ですがね、息子があなたが守らなかったせいで殺されかけたって言うものですから......」
あの程度で殺されかけたと言うなんて、あきれてしまう。
「そのことに関しては、悪かったと思います」
「いいんだよ。それより借金は回収できたのですか?息子の教育も頼みましたけど、本来の目的は達成していますよね?」
「......いえ、できてません......」
「なるほど、回収できていないと......」
不意に金子は近づいてきて、胸倉を掴んできた。
「回収できなかったじゃねーだろうが!なぜ回収しなかった?俺は言ったよな!今日は大事な取引で金が必要だと!その金が必要だと!邪魔が入ったんだとしても、そいつらがいなくなった後に回収すればよかっただろ?何か他のトラブルでもあったか?それともなんだ......」
金子は哀れむような目で私を見て言い放った。
「今更ながら情でも湧いたか?」
「ーーっ!」
「とにかく今日中に借金を回収してこい。回収できなければ父親がどうなるかわかるよな?」
「......はい」
私はそう答えるしかなかった。
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わかっていた。今更なことも。
でも苦しかった。自分の願望を叶えるために人を踏み台にするのは。
耐え切れなかった。自分と同じような人がまた生まれるのが。
今回なんて似すぎていた。他の闇金融に借金をして、その借金を返すためにここに借金をしてしまった。その人にも子供がいる。正直、今までの中で一番気が乗らなかった。
そんな時、あの人たちが来た。最初に見た時に普通の人が注意をしに来ただけだと思った。もしそうなのであれば、軽く受け流そうと思っていた。でなければ、常識知らずの、金子の息子が乱暴をするだろう。
案の定、あの息子は自分の力を見せつけるために暴れようとしていた。
でも想像以上の強さだった。そして私は一つの希望を見つけてしまった。あの人たちなら私も助けてくれるかもしれないと。
それでもあの人たちを追い払ったのはこれ以上私のせいで犠牲が出るのが嫌だったからだ。たとえあれだけ強くても金子に勝てるかはわからない。それに私の周りの問題を押し付けるのも間違っていると思った。
だから自分で解決しなければいけない。掛け持ちしているバイトで稼いだお金がそこそこあったはずだ。足りないかもしれないが、どうにか言いくるめて借金の回収日を少し遅らせよう。
そうと決まれば急がないと。金子がしびれを切らしてしまう前に。
しかし、急いで自分の家に向かう私は、後ろの人影に気づかなかった。
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横腹が痛くなっても走り続け、やっと家に着きドアを勢いよく開けると......
「澪......」
「お帰りなさい。何をしに家に戻って来たんですか?」
「......金子......さん?」
そこには金子たちと、縄で縛られて床に転がされているお父さんがいた。
自分の目と耳が信用できなかった。なんでお父さんは縄で縛られている?なぜこの男が私の家にいるんだ?
「部下から聞きましたよ。借金は回収せずに家に戻っていると。何をしに戻って来たんですか?」
「いや......その......回収は間に合わないと思ったので、私が先に払っておこうかと......」
「ほぉ?それでちゃんと用意できているのですか?」
「......いえ、本来の金額には約10万ほど足りません......」
私がそう言った瞬間、場が凍りついたのがわかった。
「......はぁ、なんでですかねぇ......」
金子は眼鏡を乱暴に投げ捨てる。
「なぜだ!俺はお前たちの借金をチャラにしてやっている上に雇ってやってんのによ!恩を仇で返すつもりか!」
容赦ない暴力と罵詈雑言が私に降りかかる。
「それになんで足りないことがわかってて帰って来た!そんなことをしていて俺が、父親とお前を助けたままでいると思ったか?!」
私が馬鹿だった。こいつが金のことで妥協するはずがない。そしてこいつには情なんてものは持ち合わせていないことも。
「くそっ!......もう我慢ならない。父親を殺せ」
「えっ......いや、ちょっと......」
「保険金が出るだろう。それを全部俺たちの資金にする。それまではお前は殺さないでおいてやるよ」
「なんで?!私を殺せばいいじゃない!やめて!お願い!お父さんだけは......私ならどうなってもいいから!」
ははっ、自分は何を言っているのだろうか。
当然の報いだろう。今まで似たようなことを私はしてきたじゃないか。そして、同じように助けを請い願われた。だが、それを私は冷たく見放した。自分が助かるために。
それなのに、私はこんなところでお父さんをおいて簡単に死ねるわけがない。
「待ってくれ!本当に殺すのか?!誰か助けてくれ!死にたくない!」
「ーーっ!」
お父さんが必死に助けを求めている。なのに体が動かない。私は誰一人として救えなかった。それどころか犠牲を増やしてしまった。
「誰か......助けてくれ......」
お父さん、ごめんなさい......本当にごめんなさい。
刀は鞘から抜かれ、綺麗な弧を描いてお父さんの首を落とそうとーー
「大丈夫か?!」
「ーーっ?!」
その寸前だった。激しい音を立てて扉が開けられ、誰もが目を奪われる。
「警察......ではないよなぁ?誰か知らねぇがこの現場を見たからには生きて帰れると思ってないよな?」
「それはこっちのセリフだ。この町で悪事を働いて俺らが許すと思うなよ。」
夕日が逆光になり、誰が入ってきたか分からなかった。だが、次第にその姿が鮮明になる。
「なん......で......」
そこに立っていたのは、見たことのある青年と女の子の二人組。
「四宿天皇の一人、織部 ヨシの代理人、清宮 風雅」
「そっ、その弟子、広瀬 有栖!」