第4話 宣誓、そして鑑定
王は荘厳さを感じさせる声で名を名乗り、俺達に語りかける。
「貴殿らをこの世界に喚んだのは他でも無い、魔王を討ち滅ぼす力を借りる為である。魔王率いる魔族と魔物共は遥か昔より平穏の地であった人族の治める地への侵攻を開始した--」
それから王は魔族がどのような人種なのかを話し始める。
それはおおよそ10分ほど続き、非常に長ったらしく聴き続けるのは億劫だったので割愛する。
王の話を要約すると、魔族は好戦的で殺戮を好む残虐で野蛮な種族で、その多くが人族の持つ力を上回る身体能力を持っているらしい。
また、この世界では人間の事を人族と呼び、それは他にも亜人と呼ばれるエルフやドワーフといった種族が存在するかららしい。
兎も角、普通に正攻法で交戦すれば人族に勝ち目はなく、最後の手段として超常の力を持つ異世界の勇者の召喚をした結果、俺達がその犠牲者になったという事だ。
魔王とかいう将がいて、そいつが魔族や魔物とやらを率いているということは大規模戦争になる可能性を示唆している。
それをたかが40人で戦況を著しく変えるなど、狂人か馬鹿の発想だ。
例えるなら一般人に軽機関銃を担がせて千の歩兵を相手取るようなものだろう。
分かりやすく言うと、いくら強力な武器を数十人が持っていたとしても数の力には敵わない。おまけに敵の全てが自分の兵より強いとなれば……後は言わなくても分かるだろう。
「このまま人族が魔族と戦い続ければいずれは負ける。だが、貴殿ら異世界の勇者にはこの現状を打破するほどの果てしない力が内に秘められている。魔族に対抗できる力を持ち、我等の救世主となる唯一の可能性を持っているのは貴殿らだけなのだ! どうか……我らの希望となってはくれないだろうか?」
玉座に座ったままではあるが、王は頭を下げた。それを見た側近達は慌ててそれを止めさせようとしている。
王のこの行為と側近達の様子にクラスメイト達にどよめきが走るが、俺はむしろ不快な茶番としか思えなかった。
まず、戦況をありのまま『負ける』と告げたのは非常に性格が悪い。
俺達のような異世界人はこの国に見放されればこの世界に居場所はなく、この国のサポートとを受けずに自立できるのはごく少数、残りの奴らには戦うしか選択肢は残されていない。
そこで、その絶望的とも言える状況に身を置かせるために救世主やら希望やらと煽ててヒロイズムという名の鎖でこの国に縛り上げる。実に不愉快だ。
「王様、先程からのお話を聞いて魔族がいかに凶悪な存在であるか俺達は理解しました。ですが一つだけ確認させてください、俺達には大義はあるのでしょうか?」
「ほう……大義とな?」
不快が脳裏に浮かんで暫くすると、高原がクラスメイトの集団から何歩か前に出て跪き、問いかける。
大義だと? 戦争に大義もクソもあるか。殺し合いをする時点でそんなものは自分を正当化するための都合のいい言葉でしかないだろ。
日本にいたあの時からやたらと仕切りたがるのが好きで性格の悪い高原のことだ、英雄願望が駆り立てられた結果のこの言葉だろう。
「つい先刻召喚された勇者達には想像し難いだろうが、我々人族が受けた所業の数々が理解できるか? 多くの民がほぼ本能で生きる下賎な魔物共に女子供問わず殺される。特に女の扱いは酷いものだ。オークに襲われた日には死ぬまで犯されるのだからな。それだけでなく、未だ多くの村々は常に魔物共の脅威に怯えて暮らさなければならず、過去には高い城壁で囲まれた国が魔族の侵攻で一夜にして滅びた。当然皆殺しだ。惨虐極まりない仕打ちを受け続けた我々に何故大義がないと言える? これは人族の存亡と名誉を懸けたいわば聖戦なのだ」
王の力強い演説に、クラスメイト達の一部は迫るような現実感が響いたのか驚愕に目を見開き、気の弱そうな奴は口を押さえて吐き気を鎮めようとしている。
確かに王の言う通りであるならば、大義はある。しかし、遥か昔からその劣勢の戦いが続いているであるなら、何故まだ人族の文明は存続している?
最初から劣勢が延々と続いているならばもうとっくに滅んでるだろう。しかし未だに城という建造物が打ち崩されていないのなら、この城の外は城下街が広がっているだろうし、つまりは魔族や魔物との戦いは優勢、もしくは拮抗しているか、そもそも戦争すら行われていないのかもしれない。
この理論が間違っているかもしれないが、王が完全な正義である可能性は限りなく低い。よって信頼は下手にしない方が身のためか。
「……王様達の事情は理解できました。分かりました、ならば俺達は力を持つ者として、これ以上の惨劇を繰り返さないため、魔族達の野望を阻止してみましょう、全ては大義の為に!」
高原の決意表明とも捉えられる宣誓に、この大部屋に居る人間からは思わず、おぉ。と感心のつぶやきが漏れる。
しかし高原、お前さらりと述べたが俺達という言葉はクラスメイト全員有無を言わさず従わせるつもりか?
「そなたらの決意、しかと受け取った。ではこれより、鑑定の儀を行う。ゲーテル、準備させよ」
「はっ!」
王も王とてそなたらは止めろ、少なくとも俺と慶はこの国に残ろうとは思っていないぞ。
王の命令に従い、ゲーテルが他のローブに指示を出すと、王座のある側の壁の端にある通路らしき場所からは透き通った翡翠色の水晶玉が置かれた装飾の刻まれた艶のある木製の台座を持ったローブが四人現れ、王座の前にそれを並べた。
「皆様にはこれより鑑定の儀を行なっていただきます。ここに用意しました四つの鑑定の宝玉にて勇者様方のステータスを調べさせていただきます。皆様は40人いらっしゃるようですので、10人ずつに分かれて順に鑑定しますので宝珠の前に並んでください」
鑑定、ステータス? 急に謎の単語が出てきたぞ。俺が疑問に首を傾げていると、クラスメイトの一部から、ゲームみたいとか、『らのべ』のテンプレみたいだよなと言葉が出てくる。
らのべとやらが何かはわからないが、ゲームか……もしかしたらこの世界は最新技術で作られたゲームの中の世界なのかもな。もっとも俺はゲームに関しては殆ど知識がないが。
言われるままに宝珠の後ろに並ぶ。当然俺は一番後ろだ。慶をはさんだ場所の。
「ステータスに鑑定……ホントにこれ異世界か? 何かサブカルに侵された人間が作った箱庭なんじゃねぇの?」
「箱庭?」
慶がまたしても分かりにくい言葉で独り言を呟くが、最後の言葉が引っかかり、聞き返す。
「そう、箱庭。一瞬ゲームの世界かとも思ったけど、それにしては感覚がリアル過ぎてさ。五感プラス疲労感とかが全て備わったゲームなんて今の技術じゃ作れない。だとしたらここは地球のどこかにある実験施設か何かで、俺達は踊らされてるんじゃないかって」
「だと良いんだけどな」
「それな。でも、だとしても俺達は当初の予定で行くしかない。はぁ、最悪」
結局のところはどれだけ想像し、予想してもこれからの行動は変わない訳か。
その事実に落胆していると、一番初めに鑑定されたクラスメイト……高原の元で叫び声が上がった。
「『全魔剣聖』!? まさか伝説級スキルの持ち主が現れるだなんて、ステータスもレベル1でこれ程なら、成長したらまさしく勇者そのもの……」
どうやら高原は相当に強い戦力として認められているようだ。当の本人も困惑気味ではあるが、喜びを露わにしている。
高原もまじまじと宝玉を見つめ、改めて自分のステータスを確認している。
「すみません、強いと言われてもどれほど強いのか分からないので、一般的なレベル1のステータスがどれ程か教えて下さい」
「そうですね、例えば一般的な成人男性のHPが20だとしたらリュウセイ様のHPは500。他のステータスも一般人のおおよそ25倍のステータスです。素晴らしいです」
つまり常人の25倍の能力を突如手に入れたということか? ……気持ち悪い。
何が気持ち悪いって、こんなもの、自分で鍛えた力以上の力が突如自分の中に押し込まれているようなものじゃないか。
汗水垂らして、血反吐を吐くかもしれないぐらいにしてようやく鍛えた力以上に価値ある力は無いと考える俺にはそれに喜びを覚えるのは全く理解できない感覚だ。
自分の中に自分じゃ無い何が蠢いている……考えただけでもゾッとする。そして恐らく俺の中にもそれがあると考えると嫌悪感が全身を支配しているかのようだ。
「茜、顔色悪いぞ?」
「ああ、悪い、大丈夫だ」
実際のところ精神的に耐え難い苦痛に晒されている訳だが、慶を無駄に心配させる訳にはいかない。
その後も鑑定の儀は滞り無く続いていき、異世界に拉致されたという現状に絶望していた奴らも次第に顔色が明るくなってきた。きっと何かしらの希少なスキルを持っていたのだろうが、それらは頭に入ってこなかった。
「次は俺の番か、茜も見るか?」
「ああ、見させてくれ」
「それではこの宝玉に手を触れてください。暫くするとステータスが宝玉に映し出されます」
ローブの指示に従い慶は宝玉に手を触れる。すると何やら記号のような文字列が順に浮かび上がり、それが段々と俺にも読める文字へと変わっていく。
暫くするとそれがゲームの画面のように変わっていくが、ある程度それが完成したところで、一瞬その文字列が全て、まるでテレビ画面にノイズが走った時のようにぶれた。
ノイズのような何かが収まると、そこには慶のステータスが表示されていた。
名前 ケイ=イトウ
性別 男
年齢 18
種族 人族
LV 1
ジョブ 無し
生命力 78/78
魔力量 315/315
腕力 24
体力 64
魔力 182
敏捷 38
防御 20
運 5
パッシブスキル
『異世界言語翻訳』
アクティブスキル
『炎氷術師』
『火魔法Lv5』
『氷魔法Lv5』
『爆氷魔法Lv1』
『燃氷魔法Lv1』
称号 異世界の勇者
なるほど、慶は炎氷術師という能力を手に入れたようだ。炎と氷、相反する能力の使い手ということか。漫画なら格好いいのかもしれないが、やはり今まで使えなかったものや未知の力を入れられていることを考えるとあまり見ていていい気分の物じゃない。
「うーん、と? やっぱり見ただけじゃ分からないな。どうなのこれ」
「ええ、ケイ様も素晴らしいステータスの持ち主です。恐らく魔法系のスキルですので魔力が高い事もさることながら、腕力等の肉体的ステータスも常人のおよそ4倍近くありますね」
「ふーん……なるほど。それじゃ後は茜だけみたいだな、俺も見てもいいよな?」
「構わない、続けてくれ」
慶も相当な力の持ち主と認められたようだ。しかし、慶が魔法か……似合わないな、どちらかというと暗殺者とかのスキルだった方がしっくりくるのにな。
慶に続いて俺も宝玉に手を触れる。慶の時と同じように、奇妙な文字列が文章らしきに変わっていく過程はあったが、ノイズのようなものが走ることは無かった。
名前 アカネ=クロツキ
性別 男
年齢 18
種族 人族
LV 1
ジョブ 無し
生命力 22/22
魔力量 45/45
腕力 18
体力 12
魔力 35
敏捷 10
防御 48
運 2
パッシブスキル
『異世界言語翻訳』
『壁魔法以外魔法使用不能』
『壁魔法以外アクティブスキル使用不能』
アクティブスキル
『壁魔法Lv1』
称号 異世界の勇者 逆らいし者
……ん?