59*一つ一つ着実に
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
遅くなりましたが今回更新できました……!
今後も時間を見つけて更新できればと思ってます。おそらくあと数話!
どうぞ最後までよろしくお願いします。
「あ、危なかった……」
ロゼフィアはぜぇぜぇと息を吐きながら森の入り口で一旦止まる。
あのままずっと研究所にいたらサンドラ達にバレる可能性があった。会いたい気持ちは山々だが、もし会ってしまったら帰れるまでに相当の年数がかかってしまう。それは勘弁だ。
「さて、次は森ね」
メモを見つつ歩き出す。
どうやら母であるディミアは複数の薬を注文したらしい。
元々シュツラーゼにいたこともあり、おそらく薬の種類はロゼフィアより分かっている。注文した薬を見ながら、前より薬の取り扱いを増やしたのだなと思った。それとも患者が増えたのだろうか。
そんな話をしたいと思いつつ、はっとして首を振る。
例え母であっても会ってしまえばカウントされてしまう。
改めてルベリカが出してきた無理難題に、溜息が出てしまう。
(まさか拒否しただけで自分の首を締める事になるなんて……)
ロゼフィアは一瞬遠い目になった。
あの魔女の考えている事は本当に読めない。
自分の家が見え始め、ロゼフィアは辺りを見渡しながらそっと進む。民ならセーフとのことだが、話しているうちに会ってはならない人に出会うかもしれない。それは避けたい。
だが進んでも人気はなく、家の傍に寄っても何も聞こえない。
窓を覗いても誰もいなかった。
そーっとドアノブを開ければ普通に開く。
鍵がかかってないという事は、家にいるか近くにいるかどちらだ。
ロゼフィアは足音が聞こえないよう忍び足で入った。
それでもしんと静まり返っている。
見ればテーブルの上にお金と手紙があった。
『シュツラーゼの魔女へ
お金はここに置いて行きます。薬はテーブルの上に。私は薬草を取りに行っているので、もし用がある場合はここで待ってて下さい。ディミアより』
どうやら出かけているらしい。
これはチャンスだ、と思うと同時に、早くしないと帰ってくるかもしれない、という不安に駆られた。ロゼフィアはすぐにお金を専用のお財布に入れ、薬をテーブルの上に置く。そして逃げるようにその場を移動する。
「よかった。ここまでは順調……」
「「なにがー?」」
可愛らしい声が同時に聞こえ、思わずぎょっとする。
見ればそこには、よく薬を買いに来た兄妹がいた。
月日が経つのは早い。成長した姿で身長も伸びている。
変わらないのは顔が似ているところと、無邪気な瞳で見てくるところだろうか。
「魔女さんだー!」
「魔女さんだ! なんでここに? 帰ってきたのー?」
「え、えと、ちょっと待ってその」
ここで大声を出されるとディミアに聞こえるかもしれない。距離は離れているはずだからおそらく大丈夫なのだが、それでも自然と焦りが出てしまう。だが成長してもまだまだ子供だ。叱れるはずもなくロゼフィアはしどろもどろになった。
すると兄妹は顔を見合わせてにこっと笑う。
「これで騎士さんも喜ぶねー」
「ねー」
「え……騎士さん?」
「うん。いつも魔女さんの傍にいる騎士さん」
「魔女さんが一人だった時もずっと傍にいた騎士さん」
「あ、ばかそれは言っちゃだめだって」
「あ」
うっかりもらした妹に、兄が叱責する。
だがそれを聞いて思わず瞬きをしてしまう。
「……どういう事?」
すると兄妹はどこかばつの悪い顔をしつつ、正直に口を開いた。
「あのね、魔女さんがまだ一人で森にいた頃ね、ずっと騎士さんが魔女さんを見てたの」
「なにしてるの、って聞いたら、守ってるんだって言ってた」
詳しく話を聞けば、どうやらロゼフィアがジノルグに会ってない頃の話のようだ。いつも森にいては、ロゼフィアを見ていたらしい。そういえばアンドレアにも言われた。一週間ほど見張っていた、と。どうやらその時にジノルグと兄妹は会ったようだ。
ロゼフィアは思わずくすっと笑う。
だから前にジノルグと会った事があるような素振りを見せたのか。だが兄妹が薬を取りにくるのは週に一度だ。一週間ほどの見張りであそこまで仲良くなるものだろうか。疑問に思って聞けば、二人は首を振る。
「ううん。けっこう前からいたよ」
「ね」
「……え?」
「いつからだっけ。いつもいたよね」
「うん、いつも。ずっと魔女さん見てた」
どうやら数年単位で森にわざわざ来ていたらしい。
アンドレアからは一週間ほど、と聞いていたのに。そういえばディミアから、まだジノルグが十代の時に護衛を頼んだと聞いた。もしかして、あの頃からずっと……?
そう思うと、何とも言えない気持ちになる。
胸に温かいものが広がり、あの頃から自分は守られていた事を知った。
森で兄妹と別れた後、ロゼフィアは騎士団に向かう。
先程まで気を張り詰めていたのだが、兄妹の話を聞いて少しだけ心が浮ついた。だが、ここでもし会ってしまえばしばらくまた離れ離れだ。立派な薬師として成長したい思いはありつつも、それでもやはり、大切な人に会いたい気持ちもある。最後の配達。緊張感は忘れないようにした。
騎士団に行けば相変わらず人が多くいる。騎士団自体大きいのだからそれだけ騎士も多い。知っている人に会わないようにだけ気を付けないといけない。ロゼフィアは目立たないようにそそくさと歩き、救護室に向かった。配達先はここで最後だ。
だが、向かえばそこに救護の先生はいなかった。
机の上にメモだけ残されている。「稽古場にいます」と。
その文字を見た瞬間、ロゼフィアは顔をしかめた。
稽古場が一番知っている騎士が多そうだというのに。
しばらく待っていようと数十分待機する。
だがなかなか帰ってこない。
これはもしかして何かあったんだろうかと思い、ロゼフィアは意を決して稽古場に向かった。顔と髪が見えないよう、念入りに確認してから小走りで向かう。
稽古場に行けば、なぜか人だかりができていた。
そこには倒れ込んでいる騎士、そして手当てをしている金髪の女性がいる。
「あ、あー!! いてぇー!!!!」
「じっとしなさいと言っているでしょう! これじゃろくに手当てもできないわ!」
声を上げている金髪の女性が救護室の先生だと分かり、ロゼフィアはそっと近付いた。すると相手も気付いてくれたのか、「シュツラーゼの魔女さん」と声を出す。すると今度は、そう呼ばれた事で周りの騎士達がざわざわし始めた。
「え? 魔女?」
「シュツラーゼの魔女だってさ」
注目がこちらに向く。怪我した騎士がいちいち騒ぐので手当てを手伝っているのだが、これは非常にやりにくい。ロゼフィアは口をきゅっと結びながら手を動かす。ここで自分も動揺してしまっては負けだ。すると先生も慌てて「見世物じゃないんだから散りなさいっ!」と声をかける。
「先生、うちの騎士が怪我したって」
後からやってきたのか、とある騎士の声が聞こえる。
ロゼフィアはぎくっとした。久しぶりだが覚えている。この声はリオネだ。
最初に会った時も教官として指導の立場にいたが、今もそれは変わらないらしい。落ち着いた様子で先生に騎士の状態を聞いている。あの頃より少し大人びたような印象を受けた。
「……あの、頼まれていた薬ですが」
二人が話し終わったタイミングで声をかける。
できるだけ小声にし、声で分からないように気を付けた。
すると今お金を持っていたようなので、薬とお金を交換する。
手当てを手伝った事に先生は何度も頭を下げてくれた。
これで配達は終わったが、まだ油断はならない。
ロゼフィアはその場で一礼した後、すぐさま移動した。
人がいないところまで小走りする。そこはどうやら小さい庭園のような場所だった。騎士団の中にはこんな場所もあったのかと、少し驚く。緑が多く、小さい花々も咲いている。真ん中には小さい噴水があり、その水で植物や花が育っているのだと分かった。人がいなかったのもだが、自然がある事で心が落ち着いた。思わずふう、と息を吐く。
これで無事に配達は終了だ。やり遂げた安心感と、ちゃんとできたという自信で少しだけ頬が緩む。これで少しはあの魔女にぎゃふんと言えるだろうか。
終わったら長居は無用。さっさと帰ろうと足の向きを逆にする。
と、誰かがやってきて慌ててロゼフィアは近くにあった茂みに入る。
一人でここにいるのは不審がられるかもしれない、という理由故だ。
見れば男女の騎士がお互い見合わせていた。
「それで、話ってなんだ」
そう言ってきたのは男性の騎士の方だ。真剣な表情をしているが、おそらく硬派なのだろう。雰囲気でなんとなくそう感じた。
「……セキュル殿」
女性の騎士も真剣な顔をしつつ、緊張している様子だった。
「すっ」
(え、まさか)
ここで告白!? と思わずどきどきしながら展開を見守る。
すると女性の騎士は叫んだ。
「好きなスイーツはなんですかっ!」
(……あれ?)
「好きなスイーツ……? 特にない。そもそも甘いものは苦手だ」
「そっ、そ、そうですか……」
明らかに彼女は残念そうな顔をする。
だがセキュルと呼ばれた騎士は大して気にしていなかった。
「あの、私、すっ」
(おっ!)
「好き、な食べ物が知りたいんですが……」
明らかに最後のトーンが下がっている。
(……いや絶対それ聞きたい事じゃなかったでしょ)
ロゼフィアは思わずツッコんでしまった。
「好きな食べ物は鶏のスープだな。白スープが特に好きだ」
「……そ、そうですか」
「? お前さっきからどうした?」
「え、あの。その」
「おーいセキュル。会議始まるから来い」
「ああ分かった。すまんマナ。また後で」
「え、あの……」
マナと呼ばれた女性騎士は一人取り残される。
なんとなく心情を察し、ロゼフィアも苦い顔になった。
まだ彼女だけ残っているのでとりあえず見守っていれば、ぎょっとする。彼女は静かに涙を流していたからだ。おろおろしつつ周りを見ても誰もいない。
ロゼフィアは居ても立っても居られなくなり、そっと茂みから出た。そしてハンカチを手渡す。彼女は驚いたように目を丸くしたが、すぐにハンカチを受け取る。そして、感極まったのか、声を上げて泣き始めた。
「……落ち着いた?」
「はい」
まだ鼻を鳴らしているが、涙は止まった。
マナはちらっとロゼフィアを見る。
「あの、魔女の方ですよね」
見た目が普通と違う事が分かったのだろう。
ロゼフィアは小さく頷く。すると彼女に腕を掴まれた。
「あのっ! 惚れ薬とかないんですか!?」
「…………」
こういうやり取りは前にもした事がある。
前に言ってきた相手はおそるおそる聞いてきたが、彼女は必死だ。
「気持ちは分かるけど、私は作らないの。ごめんなさい」
「……そ、そうですか」
明らかに残念そうに言われる。
ロゼフィアは不躾ながらも聞いた。
「さっきの彼、好きな人なんでしょう?」
すると彼女の顔がみるみるうちに赤くなる。
図星なのだろう。見ていて可愛らしい。
「……気持ちを、伝えたくて。でも、上手く言えなくて……」
話を聞けばやはり先程の騎士はかなり真面目らしい。そして全然こちらの気持ちに気付いてくれないようだ。どうにかして伝えようとするも、なかなか素直に言えないらしく、先程のような事もここ最近ずっと続いているらしい。
「私、一生気持ち伝えられないかもしれない……」
溜息と共に彼女はずーんと落ち込む。
少し不憫に思いつつ、ロゼフィアはそっと背中をさすった。
「気持ちを伝えるって、難しいわよね」
自分も何度も遠回りした気がする。勘違いもした気がする。ぶつかる事もあった。それでも、ようやく伝えられて、今では、それだけで自分は頑張れている。遠く離れていても、気持ちが通じ合っていれば、何も怖いものはない。
「……本当に伝えたいと思うなら、それはきっと相手に伝わるはずよ。大丈夫。あなたならきっと伝えられるわ」
「…………魔女さん」
マナはぎゅっと口を結んだ後、強く頷く。
「なんだか、勇気もらいました。魔女さん、ありがとうございます!」
少し話しただけでそう言ってもらえるのはこちらこそありがたいものだ。思わず微笑めば、なぜか今度はきらきらした眼差しで見られる。
「ちなみに魔女さんには恋人いるんですか!?」
「えっ」
「誰ですか? 同じ魔女?」
「ちがっ」
なぜ彼女の話からこちらの話にすり替わるのだろう。
しかも切り替えが早すぎる。
「それとも騎士の人?」
「っ!」
「え、うそ本当に!? 一体誰なんですか?」
「わ、私の事はいいからっ」
「マナー。マナ、いるか?」
「わっ、セキュル殿!?」
いつの間にか戻ってきたらしく、ロゼフィアは慌ててまた茂みに隠れる。
彼女は少し畏まって身体を彼に向けた。
「な、なんでしょうか」
「いやお前が話があるって言ってたから。それで、何の話だ」
「え、あ、いえ……」
まさか戻ってくるとは思っていなかったんだろう。
明らかに動揺し、言葉を濁している。
しばらく無言が続くが、相手は真顔のままで待っていた。
マナも覚悟を決めたのか、深呼吸をした後、一気に言う。
「好きです!」
ちゃんと伝えていた。すごい。
ロゼフィアはよく頑張った、と心でマナを褒める。
するとセキュルは一瞬顔色を変える。
だがすぐにふっと笑った。
「なにが?」
「……え?」
「散々人の好きな物聞いてきただろう。お前は何が好きなんだ」
「え、え、ええと……」
変化球で来た事で混乱したらしい。
一段決心で言ったのだから当たり前だ。ロゼフィアは頭が痛くなった。
言葉を詰まらせるマナに、セキュルは顎に手を乗せる。
「そういえば一つだけ聞いた事なかったのがあったな」
「え……え?」
「好きな人。お前だ」
「…………はい?」
「俺は、お前が好きだ」
「……え、うそ」
「うそじゃない。お前それだけ聞かないんだもんな」
「だって、そんな素振り全然」
「出してなかっただけさ」
そう言うと彼はぎゅっとマナを抱きしめた。
いきなりの事にロゼフィアも驚いて顔を下にする。
「おいセキュルっ! まだ会議なのになに勝手に抜けてんだよっ!」
「む」
「え、会議って終わったんじゃ……」
「終わってねーよ。勝手に『大事な用があるから』って抜けやがって……」
「まぁ大事な用だったしな」
「威張るなっ! 上官もいる場で何やってんだよお前はっ!」
そのまま他の騎士に首根っこを掴まれ、セキュルは連れていかれる。だがセキュルは平然としたままでマナに小さく笑って手を振った。そんな姿にマナも苦笑しながら手を振り返す。二人の姿が見えなくなると、マナはゆっくりこちらに近付いてくる。そしてこそっと「ありがとうございました!」ととびきりの笑顔を見せてくれた。これにロゼフィアも笑顔になる。
そうしてマナはそのまま行ってしまった。
しばらくしてからロゼフィアは立ち上がる。
どうやら二人は両想いだったらしい。それは喜ばしい事だ。お幸せに。
さて今度こそ帰ろうか、と足を動かす。
と、急に別の声が聞こえた。
「ロゼ! ロゼいるんでしょ!?」
この声に、ロゼフィアは目を見開いた。