04*事件の真相は呆気ない
いつの間にか違う風景になる。
見渡せば鬱蒼と生える木々達。場所的には少し薄暗くて一目につかない場所だが、森での生活に慣れているロゼフィアからすれば何も問題はない。そして茂みの中からこっそり、花姫を連れ去った人物を見る。
(…………)
連れ去った人物は全身真っ黒。そして頭に頭巾のようなものを被っていた。担がれるような形で連れ去られた花姫はぐったりとしており、目を閉じている。恐らく、気絶させたのだろう。
(……私、なにしてるのかしら)
周りに誰もいないからか、思わず自分でツッコミを入れてしまう。
この状況に自分がいるのはかなりおかしな話だ。どう見たって相手は逞しい体つきの男性。ただの魔女がどうこうできる相手ではない。とはいえ、自分の性格上仕方ない、という思いもあった。幼い頃から森で生活しており、何かある度に自分で解決してきた。周りに頼る事もできず、たまに森に迷い込む人を救ったのも数知れず。
場所は違えど危ない目に遭った人は放っておけない。そしてつい癖で、自分でなんとかしよう、と身体が動いてしまった。とはいえ、随分考えなしな事をしてしまったものだ。
思わず溜息をついてしまう。
すると、急に相手の動きが止まる。
そしてゆっくりこちらに振り返り、目が合った。ロゼフィアは見つかった事に驚きつつ、それでも目線は逸らさなかった。すると相手もこちらを見たままだ。まるで、どちらが先に動くのかを、お互いに探っているかのようだった。
すると相手から先に動き出した。
小型の刃物を取り出し、ロゼフィアに小走りで近づく。
「っ!」
を持った手が、大きく振りかぶってくる。
ロゼフィアはどうにか避けた。
魔女だから、そしてこんな容姿だから、という事で、護衛術くらいは自分で身に着けてきた。毎日の体操だって、常に身体を動かせる状態にするため。じゃないとこういう時、自分の身は自分で守れない。
だが、相手の男はなかなか狙う位置が上手かった。
顔や首、腰や足。色んな場所から刃物を突きだすようにしてくるため、ロゼフィアは避ける事しかできなかった。が、隙を狙って、護身用に身に着けていた短剣を取り出す。そして相手と刃が交わった。
キンッ!
鋭い音が聞こえる。
相手は驚きつつ、くぐもったような声を出す。
「……紫陽花の魔女が物騒な物を持っているな」
自分の事を知っているのか。
少し驚いたが、それでも怯まない。
「彼女を返して」
「なぜ?」
「彼女には何の罪もないわ」
「君が助ける義理もないだろう」
「うるさい!」
勢いに任せて相手の足を踏む。
「っ!」
男は声を上げる寸前までいった。
この時ロゼフィアは、今履いているのがヒールで良かったと思った。走るのには適していないが、相手に対する武器にはなる。男は痛がる様子を見せながらも、再度手を動かした。頬に小さい痛みを感じる。どうやらいつの間にか刃が当たってしまったようだ。だが気にせず相手を睨んだ。
それを見て男はせせら笑う。
「ただの魔女かと思えば、とんでもないな」
そう言いながら男は近づき、足を引っ掛けてくる。
「あっ」
一瞬の隙を狙われ、バランスを崩す。
背中から地面に向かうのを感じながら、感情のない声で言われた。
「終わりだ」
目の前に来る刃に、ロゼフィアはただ凝視するしかなかった。
急に現れた複数の不審な人物に、騎士らはすぐに捕まえようと行動を開始する。だがパニックを起こした観客達が一斉に動き出したため、身動きも取れずすぐに捕まえる事ができない。
「俺はこっちに行くから、ジノは向こう側に……って」
レオナルドも加勢しようと後ろを向けば、すぐ傍にいたはずのジノルグがいない。見渡すが姿もなく、おそらくどこかに行ったのだろう。状況があまり読み込めなかったせいで、レオナルドは反応が遅れた。
「レオナルドさん!」
急に自分の名を呼ぶ声が聞こえる。
見れば肩まであるサラサラの茶色の髪にぱっちり二重の杏色の瞳を持っている女性が近付いてきた。王城で文官として働いているカミーユ・チェルシーだ。まだ若いが仕事ができ、レオナルドと同じ情報通の一人でもある。今日は確か雑用などのお手伝いで来ていたはずだ。
「どうした!」
彼女はわざわざこちらに近づいて来ようとするが、大勢の観客に飲み込まれている。距離はまだ遠いが、声は聞こえるだろう。叫び返すと、相手もまた大声で叫ぶ。
「ジノルグさんはロゼフィアさんを追いました! 彼女は花姫を連れ去った人を追ったみたいで!」
「……はぁ!?」
簡潔に言ってくれてとても分かりやすかったが、思わずそんな言葉が出てしまう。ジノルグが連れ去った人物を追ったのかと思えば、まさかのロゼフィアの方が追ったのか。しかもそれをジノルグが追っているのか。ジノルグがロゼフィアを追うのは分かるが、ロゼフィアが連れ去った人物を追う理由がよく分からない。しかもそんな危ない事を自らして、あの男が黙っているとでも思っているのか。
「はー……こりゃ予想できないな」
普通の女性ならそんな事するはずがない。
とりあえず無事なのを祈っておくが、ジノルグが追ったならまだ一安心だろう。
「きゃあっ!」
はっとして見れば、いつの間にかカミーユが不審な人物に捕まっていた。首を腕で絞められており、もう一方の手には短剣を握っている。それを首に突き付けており、その傍にいた観客は叫ぶように逃げた。
「カミーユ!」
レオナルドがすぐ助けようとするが、カミーユはすぐに腕を動かした。肘を思い切り自分の方に引き、相手のみぞおちに入れる。そしてその後すぐに体制を整え、綺麗に大外刈りを決めた。男は「ぐええっ!」と声を出しながら、地面に叩きつけられる。
レオナルドは唖然としてそれを見た。
文官と言えども身体は鍛えるように指示されているのを知っていたが、こうもしっかり相手を撃退できるとは。実際に見るのは初めてであるし、騎士団に所属する女性はやっぱり強いな、とこっそり思ってしまった。するとカミーユは両手を払った後、こちらを見てにっこりする。
「大丈夫ですよ」
「そうみたいだな……」
微妙に笑いながらそう答える。
すっかり伸びてしまった相手を見つつ、カミーユは何か考えたのか、顔を歪ませる。そしてその場で動かなくなった相手の頭巾を取った。見れば白目をむいている男だ。
「あ!」
急にカミーユが声を上げる。
「どうした」
「この人、西地区の警備についてる騎士です」
「は? どういう……ってちょ、おいカミーユ!」
慌てて名前を呼んだのは、カミーユが倒れている男の顔に何度もビンタし始めたからである。じゅうぶん伸びているのにそんな事をする必要はないと言うが、カミーユは無視してビンタを続ける。そして何度かすると、その男は痛そうに目を開けた。そして自分の顔が晒されている事に焦った顔をする。
だがカミーユは容赦なく問い詰めた。
「どういう事ですか、西地区配属のグレンさん。今日は確か別の仕事でここにはいないはずでは?」
文官の仕事上、どの騎士がどこに配属になっているのか、そしてどこで仕事を行うのか、逐一連絡が届くようになっている。だからこそカミーユは相手の顔も名前も分かっているのだろう。情報通なのは趣味だと聞いたが、確実にそれは仕事にも直結している。名前だけでなく顔まで覚えているのはすごい。全員分覚えているのだろうか。
「これは悪質な悪戯よりタチが悪いですね。このまま罰則受けます?」
カミーユは黒い笑顔を見せる。
なかなか怖い。
すると相手の騎士は、首を横に何度も振った。
「ま、待ってくれ! 俺はあの人から頼まれただけでっ!」
「あの人?」
聞き返すと、周りからも驚いたような声が上がる。
見れば他の怪しい人物も、どうやら同じように仲間の騎士だったようだ。見ればレオナルドが知っている顔ぶれもある。それを見てレオナルドはすぐに察し、周りに聞こえるように叫んだ。
「撤収開始! 聞こえたか! 速やかにこの後始末を行え!」
すると加勢していた騎士達の顔が歪んだ。
どうやら皆、この事件の真相を理解したようだ。
素早く手が動かされたが、高い金属音が耳に響く。しばらくロゼフィアは目を閉じたままでいたのだが、特に何も起こらない。それに痛みも感じない。
「……!」
そっと目を開ければ、ジノルグの姿があった。
よく見ればロゼフィアが地面に倒れる前に駆けつけてくれたようだ。片腕で背中を支えてくれており、しかももう一方の手には剣を握り、相手の刃に対抗している。起きたロゼフィアが身じろぎをしたからか、ジノルグは気づいたようだ。目線は前だが、声をかけてくれる。
「大丈夫か」
「……え、ええ」
どうにか答えた。
するとジノルグはロゼフィアを支えていた手を優しく放す。そして剣を両手で持ち、思い切り振った。瞬く間に相手の短剣は弾き飛ばされ、男もいきなりの騎士の登場に戸惑っているような様子だった。
ジノルグはゆっくりと体制を整える。
そして相手を思い切り睨んだ。
「ま、待て!」
ここからまた戦闘が始まりそうな予感を感じ取ったのか、相手は焦ったように両手を上げる。そしてなぜか自ら被っていた頭巾を外す。見れば少し白髪が目立ってきた黄土色の髪を振り回す男性だ。太陽にしっかり当たっただろう土色の肌は健康的に見え、深い皺が所々にあった。
するとジノルグが目を見開く。
「キイル殿……!」
「ジノルグ。お前さん、なかなかやるな」
男性はがっはっは、と笑う。
だがロゼフィアにはちんぷんかんぷんだ。
「だ、誰?」
「あーそうかそうか。普通知らんわな。俺はキイル・ギュプシ。騎士団では中隊の責任者を任されている」
どうやらジノルグ達の上官らしい。ダンディな風貌は若い女性から人気も高いのだと、なぜか自慢げに教えてくれた。とりあえずそれなりの地位に立っているようだ。だがロゼフィアは目をぱちくりさせてしまう。なぜそんな立派な人がここにいるのか。いや、むしろなぜこんな犯罪者的な事をしているのか。
「……キイル殿。これはどういう事ですか」
「そう怖い顔しなさんな。お前さんそれなりに顔はいいんだから」
だがジノルグは無言で納得いかない顔をする。
切迫した雰囲気に、ロゼフィアまで緊張してしまった。
するとキイルはさりげなく言う。
「そういや花姫はまだ途中だったよな? 今から行けば間に合う。紫陽花の魔女、彼女と一緒に行きなさい」
「え、行くって……」
促されて見てみれば、「鈴蘭」の花を持った花姫がすぐ近くまで来ていた。さっきまで苦しそうな表情をしていたというのに、今はただにこにこしている。それを見て驚いたロゼフィアがしばらく固まっていれば、鈴蘭の花姫は丁寧に挨拶をしてくれた。
「お初にお目にかかります、紫陽花の魔女。私も騎士をしております」
どうやら女性騎士のようだ。可憐な白いドレスに身を包んでいる姿は普通の女性とそう変わらない。まんまと騙されてしまった。だが女性は嬉しそうに両手を掴んでくる。
「まさか魔女にお会いできるなんて、とても感激しております」
「え、あ、ありがとう……」
なぜか瞳をきらきらさせて言われるが、ロゼフィアはとりあえずお礼を言う事しかできなかった。それはまだ今の状況が理解できないからだ。何が起こってどうなったのか。むしろなぜこうなったのか。とりあえずキイルに先に戻れと言われ、その状態で女性騎士に連れていかれる事になる。
その姿を見送ったジノルグは、すぐに上官の顔を見る。
何か言う前に、キイルの方から答えた。
「今回の件は、全てアンドレア殿下のお考えだ」
のんびり答える。真相としてはこうだ。
会場に何か起これば、ロゼフィアも少しは怖い思いをしてくれるのではないか、と考えたらしい。そしてもし危ない目に遭っても、きっとジノルグが優雅に助けるだろうと。そして助けてくれた事に感動して、これからも王都に住んでジノルグを護衛としてつけてくれるだろう……と。
ジノルグは額に手にやった。
「……なんですかその夢物語のような話は」
「はっはっは! 俺も聞いた時はそんな上手くいくとは思わなかったがな」
呑気に大笑いまでしている。
こちらは渋い顔になるだけだ。
「まぁいい機会でもあった。最近たるんでる奴も多かったからな。だからこそ訓練みたいなものだ。民もびっくりしただろうが、日々危険な事はあると認識できた。何より騎士に対する信頼感も得られる」
「…………」
確かにその通りでもあるので、文句が言えない。
だが、まさかアンドレアがこんな無謀な事を考えていたとは。頭は切れるが、それでもまだ若い。しかもロゼフィアに恐ろしいくらい執着している。それは姉のように慕っているからだろう。側近としてついていたからこそ、彼女の思考はジノルグにも分かった。
「ほら、お前もそろそろ戻らないと」
確かに混乱が落ち着いたら、また再開されるだろう。
馬の準備もしないといけないし、迎えに行かなければならない。
「キイル殿」
「なんだ」
「後片付けは誰がするんですか」
「…………」
「事情を知らない他の騎士達は必死になって警備したはずです。その者達の努力を無駄にするような事はしないおつもりですよね?」
するとキイルは、はっはっは、と笑う。
ジノルグの肩にぽん、と手を置いた。
「後は頼んだぞ」
そうしてすぐに逃げられる。
「…………」
ジノルグは溜息をつく。
どうせこうなる気はしていた。