48*魔女と騎士の協力
あけましておめでとうございます。
2018年最初の更新です。今年もよろしくお願いします。
そして楽しんでいただけますように。
見ればヒューゴは視線を外す。どこか迷っているようにも見えた。いつもならジノルグの話を自ら進んで行っているのに。うるさいくらいにジノルグの名前を出しているのに。いつもと違う反応に、少し戸惑う。
「あの騎士は」
エマーシャルが答える。
「元気ですよ。特に問題もなく過ごされています」
「そ、そう」
とりあえず元気であるならほっとした。
するとなぜか彼女は目を細めた。
「そんなに彼が気になりますか」
「……え? いや、だって。挨拶もなしにここに来たから」
ジノルグはおそらくこちらの事情を知っているだろう。だが、こちらはジノルグがどこにいて何をしているのか知らない。知らないからこそ聞いたのだ。きっと二人なら何か知っているだろうと思って。それに気になるのは当然だ。お世話になっている相手でもあるし、護衛騎士でもあるし。
「それで、今はどこにいるの? まだ国に?」
「知りません」
ばっさり切り捨てられたような言い方だった。
思わず怯んでしまう。エマーシャルは冷たい声のまま続けた。
「騎士を気にしている暇があるんですか。まずはご自分の心配をして下さい」
はっきりと「今は目の前の事に集中しろ」と言われる。
それは正論で、何も言い返せなかった。むしろ、少し自分を恥じた。
しばらく黙っていれば、エマーシャルは話を変える。
「皇帝には直接お話できる時間を作っていただく予定です。また詳しい日が分かりましたらお知らせします。ロゼフィア様はそのまま仕事を続けて下さい」
ゆっくり頷く。
「では一度失礼します」
すっと横を通り過ぎられた。
ヒューゴも続けて行ってしまう。通り過ぎる際、ちらっとこちらを見られた気がした。何も言われなかったが、おそらく心配してくれたのだろう。その行動は彼なりの優しさにも見えた。いつもきつい言い方をしてくるが、それでも根は優しい人だと知っているから。それだけが救いだった。…………だが。
(もっと、しっかりしなきゃ)
ジノルグに頼り過ぎていた自分を再認識し、心は重くなる。
頑張ろう頑張ろうと思いながら、重い心はなかなか治らなかった。
「あんなにきつく言う必要はなかったんじゃないか」
ヒューゴは歩きながらそう呟く。
自分も口が悪い方だが、隣にいる人物もなかなか負けてない。
「あなたには関係ありません」
エマーシャルは即答する。
それに対し思わず溜息が出た。
「あいつを責めるような言い方はよくないだろう。あいつは何も悪くない」
「ロゼフィア様は魔女です」
「……それが?」
何を当たり前のような事を言うのだろう。
そう思って聞き返す。すると相手はむっとした。
「魔女はどんな時も強くあらねばなりません。一人でも生きて行けるように」
「それは昔の教えだろう。今はそうじゃない」
国を巡る上で色んな魔女と出会う機会があった。魔女によっても個性はそれぞれだ。中には魔女である事を隠して生きている者もいた。だが、どの魔女も一人で過ごしているようで、その近隣の村人達と助け合っていた。つまり、本当の意味で一人ではない。助け合い、補い合う関係。彼女らはその大切さを分かっている。
昔は迫害も多く一人で生きていかなければならなかった場面もあったのだろう。何があっても強くないといけないと言われたのだろう。だが時代は変わっている。理解してくれる人も増えている。いつまでも同じ考えに固着すべきではない。
するとエマーシャルの顔はより険しくなった。
「あなたは魔女について何も知らないのです。本来の魔女がどういうものか、分かっていないから」
「じゃあお前は鳥籠の中の姫か」
「……は」
「いや、姫じゃないか。鳥籠の中の魔女、だな」
「何を言って」
「だってそうだろう。お前は外の世界の事をあまり知らない」
エマーシャルと最初に会った時、少し浮世離れしているなと感じていた。外の事を知っている者なら、知識もあるし相手の考えや意見に同意しやすい。完全に同意できなくても、「そういう考えもある」と思える。だが、彼女は違う。何があろうと真っ向に否定する。魔女はこうあるべきだ、と断言する。それが正しいと思っており、おそらく……囚われている。
話を聞けば、村の長に言われてロゼフィアに協力を頼んだようだ。それまではずっと長の傍で補佐をしていたのだとか。その長とやらがどんな人物なのかは知らない。だが外の世界を知らない魔女に、このような重要な仕事を任せるだろうか。よっぽど信頼されているのか、それとも。
そこまで考えて、ヒューゴはふっと笑う。
どうして興味のない事まで考えねばならないのだろう。
協力関係にいるからこそ今は彼女の傍にいる。本来ならばこの手のタイプは扱いにくい。自分の意志が強すぎる。一番身近にジノルグというお手本がいるが、男はあれくらいで丁度いい。だがこれが女の場合は面倒だ。何より可愛げがない。
……が、最初に会った時よりは感情が露わになるようになった。ただ無表情で皮肉を言うよりは、自分の思いをぶちまける方が人間らしい。それに、遊び相手がいないと退屈だ。ただ使われるだけなのは気に入らない。
「これから嫌でも一緒だ。その考えが今後どう変わるか、見ものだな」
「……騎士の風上にも置けない」
ぼそっと悪口を言われる。
なかなかに生意気だ。だがヒューゴは鼻で笑って前を向いた。
「あれからめっきり顔見んなぁ」
「うん……」
いつものようにヴァイズと一緒に食堂で食事を取る。
ヴァイズが言ったのはステフの事だ。
あの日以来、ステフは顔を見せなくなった。
アカネ曰く、何も話は聞いていないらしい。見かける事はあるそうなので、城の中にいないわけではないのだろう。たまたま来なくなっただけだろうか。だが、それにしてはタイミングが良すぎる。もしかしたら自分のせいだろうか、とも思ったが、そう言える理由もなかった。それにいなくなった今、彼がどういう思いでいるのかも分からない。
「ま、うちとしたらおらんなってありがたいと思っとるけど」
「……ヴァイズはあの人の事が苦手そうだったものね」
苦笑しつつ答える。
するときょとんとされた。
「だってロゼにはあの騎士さんがおるやん」
「……?」
「別の人に介入してほしくなかったんよ。だってお互い一途やしさ」
「…………待って、何の話してるの?」
どうしてステフの話からそうなったのだろう。よく分からず聞き返せば、ヴァイズははっとするように口に手をやる。そして何事もないように別の話をし出した。
「そいや、まさかあの魔女と騎士さんが来とったとはねぇ」
ヴァイズもあの後直接二人に会って話を聞いた。
そして四人で後日、フィリップスと話をする予定でいる。
「それにしても何なんかなぁ。うちらのおかげと言っても結局正体バレとんやろ? うちらが隠しとった意味よな」
「まぁでも、明かしたのは皇帝とオルタさんだけだから……」
「何の話ですか?」
急に声が聞こえ、びくっとする。
見れば室長であるディミトリスがいた。どうやら今から食事らしい。
いつものように笑っているような顔をしながら、首を傾げる。
「陛下とオルタさんのお名前が出ていたので、何かあったのかと」
「い、いえ。その、私は面接をさせていただいたので……」
「ああ。そういえばそうでしたね」
ディミトリスがにこっと笑う。
すると別の薬剤師が近付いてくる。
「室長。さっき荷物が届いてました」
「ああ、ありがとう。中身は何だったかな」
「ハーブです。いつものところでいいですか?」
「ああ、頼むよ」
すると薬剤師はそのまま小走りで行ってしまう。
話の内容を聞いていたヴァイズは、きょとんとした。
「ハーブ?」
「他の国で譲ってもらった分だよ。扱いに気を付けないといけない種類だから、別で届けてもらっているんだ。僕は研究もしているから」
この城には調合に使う薬草を自分達の手で育てている。ハーブもその中に入っているはずなのだが、種類によっては頼んでいるものもあるらしい。そしてどうやらディミトリスは調合だけでなく研究も受け持っているようだ。
同じく研究をしているサンドラとなら、話も合うかもしれない。とはいえ、今の時点では言えないのだが。いつか、自分の正体を明かす機会があるなら、言いたいかもしれない。そんな日が来るなら。
「へぇ。ちょっと見てみたいなぁ」
薬師として気になったのだろう。
わくわくするような声を上げたヴァイズに、ディミトリスは穏やかに笑った。
「今は研究の最終段階だから、ごちゃごちゃしていてね。落ち着いたらぜひ二人にも見てほしいな」
約束をしてくれてヴァイズは嬉しそうに声を上げる。そんな二人の様子を見て、ロゼフィアも少しだけ微笑む。少しだけ気分を変える事ができた。
「……まさか、魔女だったとはな」
「も、申し訳ありません」
久しぶりにフィリップスに会ったが、相変わらずその圧は厚いものだった。傍にオルタがおり、そして仲間がいるものの、やはりこの重圧はすごい。
「いや、謝る必要はない。むしろ言ってくれてありがとう」
ふっと口を緩めたフィリップスは、今まで見た中で一番優しく見えた。大変な重圧の中を皇帝になったのだから、きっと苦労は多かっただろう。そして苦労している人の気持ちもよく分かっている。本当は優しい人なのだろう。少しは空気が和らいだ気がした。
「それで、一体何が気になるのですか」
オルタが少し緊張した面持ちで言う。
秘書官として、色々と立場もあるのだろう。
エマーシャルが簡潔に伝える。
「まず『魔女の噂』についてです。城の方々は特に聞いた事がないそうですが」
ヒューゴによると、外部ではそんな噂が流れていたらしい。だからこそこの国が噂の発端だと分かったようだ。だが、働いているロゼフィア達からすれば、その噂は皆無だった。二人も微妙な顔をする。
「魔女か。その名を聞くのも久しぶりなくらいだな」
「魔女の長と連絡を取る事があっても、魔女と関わる事はほぼありませんでしたし」
どうやらこの国に魔女は住んでいないらしい。
住んでいたらいたで、シュツラーゼの方にも連絡があったかもしれない。
「では、薬剤師として以前働いていた方とかいますか?」
今度はロゼフィアが聞く。
置かれていた道具について知っている薬剤師はいなかった。もしかして二人なら知っているだろうかと思って聞くが、これも首を横に振られる。どうやら薬剤師を雇う際、面接等行っているのはディミトリスとアカネのようだ。ロゼフィアの場合、最初は側室として入る予定だったので、レアケースだったのだろう。
しかし、早くも話が詰まってしまう。
すでにディミトリスとアカネには以前薬剤師として働いていた人がいたか聞いている。そして二人共知らない様子だった。フィリップス達も知らないなら、話が進まない。一瞬で部屋が静まり返る。
「少し、気になる事がある」
するとフィリップスがゆっくりと口を開いた。
一斉に視線が動く。
「私の噂は聞いているだろう」
「…………」
「忘れられない女性がいるそうですね」
オルタが何か言いたげな顔をしたが、エマーシャルは難なく聞く。フィリップスの噂と言えばそれしかない。本人も広まっている事に気付いていたようだ。いや、むしろ隠すつもりはなかったようにも見える。
「ああ。だが、誰なのか分からない」
「それはどういう事ですか」
忘れられないその女性が分からない……改めて聞くとおかしな話だ。それはフィリップス自身も感じているらしい。だが気になるのはこの事ではないようだ。言葉を続ける。
「月に一度、その女性が姿を現すんだ」
「!? そんな話、私には」
「落ち着けオルタ。客人の前だぞ」
思わず声を荒げた彼に、フィリップスは窘める。
すると彼はぐっと堪えた様子で、静かになる。詳しい話を聞くと、こうだ。
その女性は必ず月に一度、決まった日、決まった時間に現れるらしい。時間としては深夜。他の者も寝ている時間だという。寝ている自分の傍に来て、何かを話しているようだが、その内容までは分からない。ただ、まるで訴えかけているかのようにも聞こえるらしい。
「女性が現れると気付いてからは、寝たふりをしている。起きてその女性がいなくなったら困ると思ったからだ。彼女の言葉に耳を傾けたいという思いはあるが、消えられたら敵わない。それに、その声はどこか懐かしく感じる」
「その女性の風貌とかは、覚えているんですか?」
その女性が誰か分からなくても、顔が分かれば何かの手がかりになるかもしれない。詳しく分かれば絵描きに描かせる事だってできる。だがロゼフィアの質問に、フィリップスは暗い表情で首を振った。
「はっきりとは分からない。おぼろげだ」
「……そう、ですか」
むしろ分かっていたらフィリップスの事だ。すぐにでも同じ事を試したかもしれない。少しは望みがあるかと思っていただけに、少しだけ落胆してしまう。だがヒューゴはあっけらかんとした。
「落ち込むところじゃないだろう。陛下のお言葉通りなら、その時間帯に誰か見張りを立てればいい。その女性に会って詳しい話を聞く事もできる。……そうですよね?」
「ああ。そうすれば彼女のためにもなる。なにより私も、思い出せるかもしれない」
そして今抱えている問題を解決に導く事ができるかもしれない。そのために、ロゼフィア達に協力を頼みたいという。一つの望みを得た事に、ロゼフィアは嬉しくなる。ヴァイズを見れば、彼女も笑ってくれた。
「だったら私が、」
「いや、紫陽花の魔女は駄目だ」
立候補しようとすると、即座にヒューゴに止められる。
「どうして? もしかしたら、あの時の魔女と何か関係があるかもしれないし」
栗色の長い髪を持つ毒物に詳しい魔女。あの魔女の目的は分からないが、それでも魔女の悪い噂が出てきたのはこの魔女が現れた頃からだ。一概に関係がないとは言えない。ロゼフィアはその魔女について知っているからこそ、自分がした方がいいと思って手を挙げたのだが。
すると横目でちらっと見られる。
「あのな。いくら深夜とはいえ、女性が一人陛下の部屋付近にいたら怪しまれるだろう。特に紫陽花の魔女は容姿が目立つ。夜這いしに来たなんて噂立てられて見ろ。仕事しにくくなるぞ」
そう言われて思わず顔が熱くなる。
「な、よ、夜這いなんて! そんなのするわけ」
「分かってる。だが周りはそう思わない。側室になろうとして薬剤師になったんだ。やっぱり側室狙いだったんだとなり兼ねない。だから俺がやる」
「ヒューゴが?」
「むしろ俺が適任だろう。他国から来てるし、男だし。まぁ仮に陛下の首を狙いに来た、なんて噂されても逆に燃えるしな。騎士としては」
「なっ、」
「滅多な事言うもんじゃないで……」
さすがのヴァイズも苦笑する。
危ない発言になっていたからだろう。
ちらっと見れば、オルタは微妙な顔をしていた。
だがフィリップスは楽し気に笑った。
「いや、いいな。それはそれで面白そうだ。それに……そう簡単に首はやれん」
最後は静かな口調で言う。
この国の王である威厳を感じられた。
「では、一つよろしいでしょうか」
ヒューゴは気にせず手を挙げる。
フィリップスが「なんだ」と答えれば、隣を指差す。
「見張りは私と、隣にいるこの不愛想な魔女と行います」
周りが驚く中、エマーシャルも眉を寄せる。
明らかに嫌そうなのが目に見えて分かった。
「見張りは一人より二人の方がいいでしょう。何が起こるか分かりません。それに彼女も他国の人間であり、ここでは客人扱いになっています。常に一緒に行動します。別々に行動する事はありませんので、お許しいただけないでしょうか」
「それなら構わない。君達に任せよう」
フィリップスは頷く。オルタも問題ないようで、同じように頷いた。ヒューゴはそれなりに腕も立つ。もし何かあっても大丈夫だろう。その信頼もあるからこそ、すんなり二人は認めてくれた。ロゼフィアはなぜエマーシャルも一緒なのか少し気になったが、きっと何か考えがあっての事だろうと予想した。
「……なぜ私も」
「さっき言った通りだ。あの場でその言葉が出なかっただけ褒めてやる」
「でしたら不愛想な魔女という紹介は省いてほしかったですね」
「事実そうだし言われたくないなら愛想笑いの一つでもしてみたらどうだ?」
するとエマーシャルは思いっきりヒューゴを睨む。
あまつさえ軽く舌打ちまでしていた。……本性が出てきたのだろうか。
「ま、まぁまぁ」
後ろにいたロゼフィアは慌てて二人の間に入る。
ヴァイズも渇いた笑いをしつつ「相性悪いな」と呟いた。
「ああ、そうだ。紫陽花の魔女」
振り向きざまにいつもの呼ばれ方をする。
慌ててロゼフィアは辺りを見渡した。
「ちょっと名前で呼んで。誰が聞いてるか分からないのに」
「俺がそんなヘマをすると思うなよ。ロア」
皮肉交じりに名前を呼ばれる。
偽名で呼ぶ辺りはさすがだ。久々に自国の時のヒューゴを見た気がする。
「……それで、何」
「あのオルタっていう秘書官だが、陛下について何か言っていたか?」
「オルタさん? いや、特に何も」
言ったとしても、陛下が「恋煩い」であるくらいだ。
それ以外には特に聞いてない。するとヒューゴは「そうか」とだけ言った。
「それが……どうかしたの?」
「いや、別に。少し気になっただけだ」
ヒューゴはどこか遠くを見て考えを巡らせていた。