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47*何かが動き出す

おそらく2017年最後の更新になります。

今年も大変お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いします。

「え? オルタさんに話?」


 とにかく現状を変えるためには皇帝に会う必要があるのだが、それをいくら副室長のアカネに言ったところで叶う事はないだろう。なので、秘書官であるオルタなら会えるのではないかと思い、聞いてみる。


「ここ数日はどうやら会議があるらしくてね、多分会えないと思うよ」

「そ、そうですか……」


 あっさりと考えた案が却下される。数日とは何日くらいだろうか。できれば早い方がありがたい。だが詳しく聞きすぎるのも怪しいだろうかと思い、黙ってしまう。するとアカネは首を傾げた。


「オルタさんに話って、何かあったの? あたしにも話せない事?」

「あ、その。オルタさんにしか分からない事で……。薬の事だったら、副室長に聞くのですが」


 ぼろが出ないよう、最低限の事を伝える。

 すかさず相手へのフォローも忘れないようにした。


「そっか。またオルタさんに会えたらあたしから伝えておくね」

「はい。お願いします」

「うん。じゃあ、薬運ぶの手伝ってもらってもいいかな?」


 今日はまず大量の薬を運ぶ仕事が待っていた。ちなみにヴァイズは別の仕事を割り振られており、この作業を行うのはロゼフィアとアカネだ。


 どうやら薬は一気に作って保存しているらしい。城の内部で働いている人は多いし、何かあったらいけないからだろう。すでに用意されている木箱の中を見れば、複数の薬が入っていた。粉状の物もあれば、瓶に入っている液状のものもある。


 割らないように注意しようと、ロゼフィアはそっと一つの木箱を持ち上げた。思ったより重みがあり、少しよろめく。すると後ろで腕にそっと手を添えられた。


「大丈夫ですか?」


 振り向けばステフがいた。


 まさか朝一に彼の顔を見る事になるとは。一晩寝てが、やっぱり顔がそっくりだなと思った。一瞬ジノルグに助けてもらった感覚になり、ぎょっとする。慌てて「ありがとう」とお礼を言って距離を取る。


「ああ、来てくれたんだね」


 アカネは嬉しそうに声を出す。

 どうやら助っ人に来てくれたらしい。


「こういうのは男手が必要だからねぇ」


 運ぶのを手伝ってもらおうとお願いしたようだ。確かにここの薬剤師は女性の方が多い。しかも薬剤師の数もそんなに多くない。城の内部だからこそ、力のある騎士に頼むという事か。見れば後から数人騎士が来てくれた。


「丁度いいからロアさんはステフと一緒に倉庫に持っていってもらおうか」

「え」

「「え?」」


 思わず出た言葉に、アカネとステフが声を揃える。


 だが慌てて「分かりました」と答えておいた。ヴァイズに警戒しろ、と言われたので、二人きりになるのは避けた方がいいのではと思ったのだ。だがこの場にヴァイズはいない。しかも、上司であるアカネに頼まれたら断れない。少し不安はあったものの、仕事だから仕方ない、と思って割り切った。




「お疲れ様! じゃあ一旦休憩にしようか」


 アカネの言葉に、他の騎士達もぞろぞろと動き始める。

 ロゼフィアもステフに労いの言葉をかけた。


「助かったわ、ありがとう」

「いいえ。少しでも役に立てたらよかったです」


 朗らかな笑みでそう言ってくれる。


 ステフと二人きりになった時は少しびくびくしたが、他愛ない世間話をしてくれた。思ったより話が上手く、戻る頃にはだいぶ打ち解けるくらいにはなった。


 ロゼフィアは話をして気付いた事があり、一つ提案した。


「あの、敬語はなしにしてもらってもいい?」

「? しかし」

「多分私より年上、よね? 私も敬語を外しているし」


 初めて会った時に流れで普段の口調になったのだ。今更敬語を使うというのは少し難しい。なにより、知り合いと……ジノルグとよく似ているからこそ、少しむずがゆく感じる。敬語は少し距離を感じる。だから外してもらった方がありがたい。


 するとステフはすんなり了承してくれる。


「分かった。あなたがそう言うなら」

「よかった。改めてよろしく」

「ああ。こちらこそ」


 また優しく微笑んでくれた。

 その笑顔に、ロゼフィアはほっとする。


 まだ少ししか一緒の時間を過ごしていないが、彼はいい人だ。そしてジノルグと少し違うと思った。ジノルグはこんなに頻繁に笑わない。いつも落ち着いていて凛としている。対してステフは人懐こい感じがある。まるで真逆だ。


 人当たりもいいので話しやすい。

 何を警戒する事があったのだろう。




 ……と、そう思えたのはその日だけだったかもしれない。







「お昼一緒でもいいか?」


 ある日食堂でヴァイズと食べていると、ステフがやってきた。

 他の騎士もいたようだが、わざわざ断って一人でやってくる。




 そしてその日の夜。


「お疲れ。今日は星がよく見えるな」




 そしてまた次の日の朝。


「おはよう。よく眠れたか?」




 朝、昼、晩、必ずといってステフは現れた。

 現れたというか、必ずこちらに来る。特に用事もなく来るのだ。


 そしてそれが毎日続くようになった。




「……なんっなんあいつ――!!」


 思わずヴァイズが声を荒げる。


 常にロゼフィアと一緒にいる事が多いので、ステフの言動を見てそう思ったのだろう。そう言いたくなるのは無理もないかもしれない。毎日のように顔を合わせる日々が続く。それはまるで、偶然と言い難い程に。


 さすがのロゼフィアも少し考えるようになった。


「なんでかしら……もしかして魔女ってバレてるとか?」


 こんなに会う頻度が高いなんてそれしか考えられない。

 だがバレる節があったようにも見えない。少しだけ不安になった。


「ロゼ。あんたほんとにそう思っとるん?」


 ヴァイズが呆れたような声を出す。


「え? だってじゃないとこんな毎日会うわけ」

「そんなん絶対ロゼに気があるけんやろ!」

「…………は?」


 全く予想していなかった事を言われ、ぽかんとする。


「いやいや、全然そんな感じしないけど」

「いやいやいや、明らかにロゼを見る目が違うもん。大体なんで敬語なしとか許可しとん! うちが警戒しろって言ったんもう忘れたん!?」


 けっこうきつい口調で言われる。

 思わずうっ、と首が縮まった。


 確かに少し浅はかな考えだったかもしれない。敬語は距離を感じるが、それがないという事は一気に距離が縮まる。とはいえ、別に敬語がないからといってそんな簡単に仲良くなるわけでもないし……。はたしてこれが大きな原因なのだろうか。さっぱり分からない。


 するとヴァイズは親指の爪を噛んだ。どうやら相当いらいらしているらしい。「やけん嫌やったんよ最初見た時からなんかあるやろなと思ったし……」と何やらぶつぶつ言っている。


 そしてしばらくしてからこっちを見た。


「こうなったら、あれしかないな」

「……あれって?」

「ロゼ。うちがあげた薬持っとる?」


 言われてしばらく考えたが、はっとする。


「……まさか」

「そう、それを使うしかない」

「使うって、でも」

「あの食えん相手にはそれを使うぐらいが丁度いいんや。それにはっきりするやろ。なんでロゼに近付いとるんか、とか」


 ヴァイズが言ったのは少し前に店でくれた薬の事だろう。確か「心の声が読める」というもの。本来ならジノルグに使ったらいいと言われていたが、まさか似た人に使う事になるとは。効能としては断片的な内容しか分からない気もするが、確かに何もしないよりはいいかもしれない。


 とはいえ、相手の心を読むというのは少し緊張する。一体相手は何を考えているのだろう。すぐに飲める準備はしておいて、ロゼフィアは仕事に戻った。




 すると案外早くステフに会う機会に出会った。


「お疲れ様」


 今日もまたいつものように近付いてきた。

 背中から声をかけられたので、慌てて薬を飲む。そして振り返った。


「お、お疲れ」

「今日はなぜか挙動不審だな」


 笑われる。今はその笑みさえも少し怪しく見えた。

 ロゼフィアも同じように笑いつつ、言葉をかける。


「その、毎日会うわよね? こっちの仕事が多いから?」


 たまたま会って顔を合わせるだけでなく、仕事でもステフがよく手伝いに来るようになった。アカネは人手が足りないから助かる、と嬉しそうだったが、頼まれて来ているというよりはステフが自主的に来ているように見えなくもない。


 ロゼフィアは質問をした後すぐにステフの顔をじっと見た。


 薬を服用した後、集中して顔を見つめ続けるようにヴァイズに言われたのだ。どうやらこれで薬の効果が表れるらしい。


 しばらくすると、ぼんやりと頭に声が響いた。


「そうだな(可愛いな)」


 ロゼフィアは思わず噴き出しそうになる。

 慌てて顔を背けたが、ステフが驚いたような顔をする。


「大丈夫か?」

「え、ええ。大丈夫」


 まさか不意打ちでそんな事を思われるとは。


 しかも心の声なので、嘘じゃないのだろう。本心の言葉はなかなかに威力が強い。しかしあの場面のどこに可愛さを感じたのか。


 このまま流れないよう気を付けつつ、話を続ける。


「あの、昼間とかよく来てくれるけど、別に気を遣わなくていいのよ? 他の人と食べてもいいし」


 食事も一緒に食べる機会が増えた。


 むしろなぜ一緒に食べるのだろうという話なのだが、遠回しに伝えてみる。これなら相手も傷つけないだろうと思って。遠回しに「来なくてもいい」と言ってるようなものだが。


 するとステフは少し考えてからこう答える。


「なんとなく。気になるんだ、元気かなと」

「……? 別に、いつも元気だけど」


 そんな事を言われて困惑する。

 元気がない時なんてあっただろうか。


「そうか。それならいい」


 話がそこで終わってしまう。


 いや、だからわざわざ自分のところに来る意味が分からないのだが。思わずロゼフィアは心の中で唸る。どうにか目の前の人物の本心が探れないだろうか。


 すると急に声が聞こえて来た。


「(……会いたくなる)」


(え?)


 ステフの心の声に、少し動揺する。


「(守りたい。俺はこの人を守らないといけない)」


(……どういう、事?)


 どうしてそんな事を思うのか。

 どうして……まるで彼のような事を言うのだろう。


 ロゼフィアは思わずステフを見つめ続ける。

 そして思わず口に出していた。


「ジノルグ……」

「え?」


 怪訝そうな顔をされ、はっとする。

 そして慌てて手で口を覆う。


「なんでもないの。ありがとう」


 ロゼフィアはその場からすぐに駆け出す。


 結局ステフの真意がよく分からなかった。でも……あの言葉をくれたのがジノルグだったら、どんなに良かっただろう。そんな事を考えてしまった。


 駆け足だったが、しばらくして足が止まる。

 無意識に自分の首に手が動いていた。


 冷えて固い笛。だけどなぜか温もりを感じるそれを強く握りしめる。

 そうしながら、何もできない自分に苛立ちを覚えた。


 本当はすぐにでも目の前の事を解決したいのに。ジノルグに頼らず、自分一人でもできるところを、皆に見せたいのに。今まで助けてもらったからこそ、その恩返しがしたい。したい……のに、どうしてこの場にジノルグがいない事が、こんなに心が苦しくなるのだろう。


(情けない)


 託されてこの国に来た。

 それなのに何もできてない自分が情けない。


 ジノルグを……ステフを気にしている場合じゃない。

 とにかく今は自分のできる事をしないと。


「――紫陽花の魔女?」


 久しぶりに呼ばれる呼び名に、思わずびくっとする。

 すぐに振り返れば、金髪の長い髪を一つにまとめた青年。


「え……ヒューゴ?」


 確かレビバンス王国に行く前に別れた。魔女の噂を追って、あちこち移動していたはずだ。そう思いだしながら、重大な事に気付く。そうだ、あちこち移動するという事は、おのずとこの国に来る可能性があった。


(まずい)


 普通に彼の名前を呼んでしまったが、それは自分が魔女だと肯定しているようなものだ。大体、素性を伏せてここにいる。このままではせっかく隠していたのに意味がない。慌ててロゼフィアは顔を伏せた。


「す、すみません。人違いです」


 だがヒューゴはすぐに首根っこを掴んでくる。

 まるで猫にでもなった気分だ。じたばたしても、その場から動けない。


 そして彼は溜息交じりに言ってきた。


「嘘をつくな。そんな容姿をしているのはお前しかいないだろう。どうしてここにいる、と言いたいところだが……話は聞いている」

「え!?」


 すると、こちらに近付く足音が聞こえる。


「その通りです」

「……あ!」


 見れば肩まである癖のない茶色の髪が揺れ動く。

 紅茶色の瞳を持つ女性は、相変わらず表情のない顔をしていた。


「エマーシャル……」


 彼女はいつものマントで身を包んでおらず、少し綺麗めの服装をしていた。前はフードで隠れていたが、横髪には赤い髪留めをつけている。しかも左右共に、だ。珍しい刺繍がされており、初めて見た。


「ご心配なく。ここに私とこの方がいる事はすでに皇帝に伝わっています」

「!?」

「ロゼフィア様の素性もお伝えしました。この方にも事情を説明しています」

「な、なんで」


 皇帝に魔女だと明かした事もだが、ヒューゴにどこまでの事情を説明したのだろう。「シュツラーゼ」の事は伝えてはいけないと聞いたのに。


 するとヒューゴが腕を組む。


「勘違いするな。事情は聞いたが村の事までは聞いていない。それに俺が欲しいのは噂の発端、そして現状起きてるおかしい問題を解決する事だけだ。村の話など興味ない」


 どうやらなぜロゼフィアがここにいるのか、そしてシュツラーゼの魔女達が何をしようとしているのか、という事情は聞かされたようだ。シュツラーゼからすれば村に注目されなければなんでもいいというわけか。どこからどこまでがラインなのか分からないが、厳しいエマーシャルが何も言わないのなら別に問題はないだろう。ほっとしつつ、すぐにもう一つの事が気になった。


「皇帝に、素性を明かしたのはどうして?」


 元々は素性を隠して皇帝を調べるようにルベリカに言われていた。今明かしたという事は、なんのために自分はここに入った、という話になる。素性も隠して仕事をしつつ情報を集めていたのに、それさえも無駄だったという事か。


 するとエマーシャルはゆっくり口を開く。


「ロゼフィア様達が動いて下さったおかげです」

「……?」


 彼女はすっと胸元から手紙を取り出す。

 その字はロゼフィアのものだ。情報については手紙で伝えるようにしていた。


「手紙に書かれている内容を見ていると、皇帝自身に問題があるわけではないと判断しました。そして今後それ以上情報を得られるものはないだろうと思い、私達が動く事にしました」


 得られるものがない、というのはちょっと胸に刺さる。

 一応オルタに話をつなげようとした努力は認めて欲しい。


 エマーシャルによると、どうやらディミアが直々に皇帝であるフィリップスと連絡を取ったようだ。本来なら約束さえ守れば特に干渉しない間柄だった。だが、フィリップス自身も何かしら問題を抱えていると分かりし、それを手助けできるのではないかと思ったらしい。そしてロゼフィアとヴァイズの事も一緒に伝えたようだ。


「皇帝は話を聞いて丁重にもてなして下さいました。ですから私も自由に城に入る事ができるのです。この方は、丁度この国に来たばかりのようで」


 続きはヒューゴが言う。


「たまたまこの魔女に会って、紫陽花の魔女の事も聞いた。俺もこの国から噂が広まっている事までは突き止めた。それ以上情報を得るのは難しいと思って、協力する事にしたんだ」

「この方の肩書きを持ってすれば、よりできる事は多いと思いましたので」


 確かにヒューゴは伝令役として各国を回っており、顔も広い。実力も申し分ないし、信用のおける相手だ。だからエマーシャル(この場合ディミアだろうか)は利用できると思ったのだろう。おそらくヒューゴも同様の理由のはずだ。


 するとヒューゴは鼻で笑う。


「まさか紫陽花の魔女以上に不愛想な魔女に出会うとは思わなかったけどな」


 エマーシャルは口元だけ緩ませる。


「私もこんなに上から目線で不躾な騎士に出会うとは思いませんでした」

「なんだと……?」

「あら、本当の事を言っただけですが」


 二人は火花を散らしている。

 どうやら相性は良くないとみた。


 ロゼフィアは冷や汗が流れる。この二人と一緒で大丈夫か少し不安を覚えたが、はっとする。雰囲気に押される前に、聞いておきたい事があった。


「ね、ねぇ二人共。ジノルグには会った?」


 するとすぐにしんとなる。

 なぜだが空気が変わった気がした。

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