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41*迎えに来た使者

「殿下。おかえりなさいませ」

「ありがとう。ヒューゴもご苦労様」


 城に帰れば、侍女であるカティと共にヒューゴが出迎えてくれた。情報を集めに他国に行っていたようだが、先に戻っていたらしい。本来ならこちらが三日で帰国の予定だったので、それに合わせて帰国したのだろう。


「ごめんなさい。帰国が遅くなってしまって」


 こちらからの手紙により事情は察してくれていたようだが、申し訳ない事をした。だがヒューゴは大丈夫だと首を振る。気遣っての言葉だろう。


「それで、情報の方は」


 気になっていた事をすぐ聞けば、渋い顔をされた。


「実は……」







 いつものように外装はどこか古びているが、今日はドアの前に「OPEN」の文字がある。一度来た事もあったため、ロゼフィアはためらいもなくドアを開けた。するとすぐに目的の人物が目に入る。


「おお、帰ってきたんやな」

「ええ。レビバンスの皆からたくさん言付けをもらってきたわよ」


 少し意地悪っぽい言い方をすれば、ヴァイズは嫌そうな顔をした。

 そして何も聞きたくないのか、さっと両耳を手で塞ぐ。


「ちょっと、そんなに嫌なの?」

「嫌って言うか……」


 耳は塞いでいても声を完全にシャットアウトできるわけじゃない。少し大きめの声で伝えれば、ヴァイズは普通にそう返してきた。もごもごと何か言いたそうだったので待っていれば、答えてくれる。


「だって……元々うちの先祖のせいやろ? やけん、子孫のうちが動くのは当たり前というか……むしろ迷惑かけたんはこっちなんやけん」

「でも、悪いのは百年前の王子でしょ? ヴァイズが悪いわけじゃないじゃない」


 結局どっちが悪いだのという事はこの際どうでもいい。起きてしまった事は仕方ない。それに、薬の材料を地道に探してくれたし、何度も国に足を運んでくれたし、皆ヴァイズに感謝しているのだ。だからそれは素直に受け止めて欲しい。そう伝えれば、苦笑される。


「そう、やね。まぁ、また国に遊びに行くわ」


 ヴァイズなりに受け取ってくれたようだ。ロゼフィアはほくそ笑む。城の皆のお願いを無事に伝える事が出来て良かった。今度は素直に直接感謝を受け取ってくれるだろう。そんな事を考えていると、知らぬ間にヴァイズの腕が伸びてきて、がっと肩を掴まれる。そして顔を寄せ、ひそひそ話を始めた。


「で、騎士さんとはどうやったん?」


 隣にジノルグがいるため、わざわざ聞こえないように配慮したのだろう。だが、見た目でバレバレだ。ちなみに彼は気にしてないのか、あえて視線をずらして店の中を見ている。むしろ気を遣われた。


 話の話題が自分からロゼフィアになった事で、今のヴァイズはいつものようににやにやしている。その表情はどこか気に食わなかったが、一応報告するよう言われたので、手短に伝える。するとヴァイズは目を丸くした。彼女からしても、ジノルグの言動がよく分からなかったらしい。


「んー、やっぱり騎士さん食えん奴やね」

「食えないというか、なに考えているか分からないというか……」


 一緒にいる自分でさえ分からない事の方が多い。

 同期であるレオナルドだって分からない事はある、と言っていた気がする。


「あ、そうだ」


 ヴァイズは何かひらめいたのか、拘束を緩める。


 そして並べて置いていた薬の中で、透明の瓶の中に入っているある錠剤を取り出した。色は緑色で、見た目的にも珍しい。何の薬だろうと思えば、相手は嬉しそうに笑う。先程と変わらず耳元でこっそり教えてくれた。


「これはな、相手の心が読める薬なんよ」

「え?」


 そんな魔法みたいな薬、どうやって作るのか。


「あ、といっても断片的にやけどね。単語くらいしか出てこんけど」


 話によれば、この薬を服用した上で相手を見続けると相手の心が読めるようになるらしい。ただし、ヴァイズが今説明した通り、本当に単語であったりちょっとした事しか分からないという。ここで売られている他の薬と同様効果も一定らしく、ちょっとした事に使う場合に最適なのだとか。


「改良を重ねてやーっとできたんよねぇ。作るんに骨が折れたわ」

「……毎回思うんだけど、薬って一体どうやって作ってるの……?」


 今回の薬に限らず、ヴァイズが作る物はどこか珍しいものが多い(おかしいともいう)。普通の材料だけで作っているようには見えないし、前々から気になっていた。すると相手はきょとんした顔をした後、またにやぁっと笑う。


「そりゃうち、魔法使いの子孫やし?」


 ……これはその血筋も関係しているに違いない。


「まぁまぁ、それはいいやん。これあげるけん」


 あまり突っ込まれたくない話なのか、先程の錠剤を持たされる。ちなみに一粒だけだ。普通の薬は瓶入りだそうだが、この手の薬は一粒ずつ販売しているのだとか。一日の摂取量も一粒と決まっているそうなので、販売する際に気を付けているらしい。多く摂取しても身体に毒なのはどの薬も一緒だ。


「これはうちからの礼。王子を助けるんに協力してくれて、ありがとう」

「そんな、私は手伝っただけよ」

「やけんそれが助かったんやって。なかなか手際良かったしな。さすが紫陽花の魔女やわ」


 にしし、とおかしそうに笑う。

 そして少しだけ真面目な顔に戻った。


「これ、騎士さんに使ってみ。もっと相手の事、知りたいやろ?」

「え、でも……」

「分からんくても分かる努力はしたいやん。大事な人やろ?」

「……そう、ね」


 そういう努力はいつもしたいと思っている。

 それを相手が望んでいるかは、別物かもしれないが。


「あー、そう。ふーん?」

「え?」

「いや、大事な人って認めるんやなぁと思って」

「……え? そんな事言った?」

「聞いて今『そうね』って言ったやん」

「え……嘘。聞いてなかった」

「もうそんな隠さんでもいいんやで~?」

「ちょっとヴァイズ……!」


 さすがにからかっているのは分かった。

 怒ろうとしたが、その時丁度ドアが開き、お客さんが入ってくる。


 ヴァイズが「いらっしゃい」と声をかけ、ロゼフィアとジノルグは道を開けた。邪魔にならないよう、できるだけ端に移動する。ちなみに入ってきた人物は全身布のようなもので身体を隠しており、顔もよく見えない。下を向いている事もあるが、男女の区別もできなかった。


 その人物はすぐにいくつかの薬を指差し、購入する。買う物を決めていたのか、薬を受け取ればそのままなぜかこちらに近付いてきた。


「……?」


 なんだろうと思っていれば、その人物はすぐに懐から小型ナイフを出してこちらに向けてきた。すぐにジノルグが対応し、守るように庇ってくれる。だがその人物はある物を床に落とした。落とした物は先程買った薬の一つのようで、すぐに液体の薬は床に落ちて飛び散り、白い煙のようなものを出した。


「!?」

「あっ!」


 驚く声とヴァイズの声が交じり合ったと思えば、ジノルグは身動きが取れなくなっていた。先程の薬がジノルグの足元に飛び散り、氷の塊のようになったのだ。白い煙を出しながら床と同化したジノルグは、足元の氷を壊そうと奮闘する。その間にマントの人物はロゼフィアに向かってきた。


「っ! 逃げろ!」


 ジノルグに言われてその場を逃げ出そうとしたが、相手はそれを許してくれなかった。果敢にナイフを動かしながら、逃げないように道を塞ぐ。ロゼフィアはどうにか避け続ける。あまりこういう目に遭っていなかった事もあり身体の鈍りを気にしたが、身体はしっかり覚えていた。避けながら相手の動きが読めてきて、ナイフを持つ腕を掴む。


「!」


 相手は驚いたように身体が止まる。

 ロゼフィアは迷わず手でナイフを振り払った。


 床にナイフが落ちる鈍い音が響く。


「…………」

「あなた、誰なの」


 静かに聞けば、相手はすっと手を引いた。

 そして隠していた頭の部分を外した。


 前髪は真っ直ぐ切られており、肩まである癖のない茶色の髪。

 そして紅茶色の瞳を持つ女性は、表情のない顔でこちらを見た。


「さすが、動きは鈍ってないみたいですね。ロゼフィア様」

「……あなた、私の事を知っているの?」

「ええ、もちろん。むしろ安心致しました。魔女にしては珍しく護衛の騎士がついており、自分の身を自分で守られるのか少し不安でしたが……」


 どうやら最初からロゼフィアが狙いだったらしい。

 わざとジノルグを足止めしたのはそのためか。


「どうやら杞憂だったようです。魔女たるもの、一人で生きられるように訓練されているはずですものね」

「……あなた、誰なの?」


 いやに詳しい。

 特に魔女について。


「申し遅れました、私の名はエマーシャル。魔女です」

「え」


 声を上げたのはヴァイズだ。ロゼフィアとジノルグは、神妙な顔つきのままエマーシャルを見つめる。いつの間にか薬の効果が切れたのか、ジノルグの足元にある氷の塊はなくなっていた。足止め用に作られた薬らしいが、まさかこのように使われるだなんて。ヴァイズも驚いていた。


「ロゼフィア様、あなたにはすぐに『シュツラーゼ』に来てもらいます」

「…………」

「シュツラーゼ? どこなん、それ」


 各国を回ったヴァイズさえ知らない地名。

 だがそれは無理もない。なぜなら世間一般では知られてないはずなのだから。


「シュツラーゼは……魔女の村よ」


 シュツラーゼ・イレブノ。通称「魔女の村」と言われるそこには、多数の魔女が暮らしている。今や各国別々に暮らしている魔女達だが、そんな魔女達のための村があるのだ。村は大昔からあり、魔女の拠り所として存在している。だがそれ以上の情報は、どこにもない。どこにあるかさえ知っている者は少ない。


 ロゼフィアは幼い頃に何度か村に行った事があった。母の手を引かれて。だが幼過ぎたので、村の記憶はあまりない。今彼女の口から村の名前を聞かなければ、思い出す事さえなかったのかもしれない。


「その通り。その村の長である婆様が、ロゼフィア様をお待ちなのです」

「……? どうして、私を?」


 村長がいる事も、婆様という存在がいる事も知らなかった。

 その事にも驚きだが、なぜ自分が指名されるのだろう。


「それはあなたが魔女であり、これから重要な仕事をしてもらうためです」

「仕事?」

「この国でもささやかれているのではないですか。各国で魔女に関する悪い噂ばかりが流れていると」

「!」







「どういう事……?」


 ヒューゴの言葉に、アンドレアは困惑していた。

 だが彼は冷静に繰り返した。


「ですから、情報がどこにもないのです」

「ないだなんて、だって、その噂は広まっているのでしょう?」

「広まってはいますが、どこからその情報が来たのか、誰も分からないのです」


 聞けばどの国でも、魔女に関する噂はあっても、その情報源がどこなのかまでは分からなかったようだ。しかも知り合いの騎士や上の階級を持つ貴族に聞いても、噂があるだけでどこで知ったのかも曖昧らしい。


「むしろ罠かもしれません。あえてない噂を作っているとか」


 傍にいたクラウスがそう意見する。

 だがヒューゴはすぐに否定した。


「それなら先日ここで起きた事件はどうなる。噂自体が嘘なら、魔女が出てくるはずがない」

「それは……」

「むしろ私は隠しているように思います。実際に何か起きているのに、それをないように見せかけているのです」

「…………」


 アンドレアはただ黙って聞いていた。


 どちらにせよ、はっきりした事はまだ分かっていない。

 誰に対しても危険な状態にある事は変わりがなかった。


「ですので、もう少し時間をいただけないでしょうか」


 ヒューゴはすぐにそう言った。


「まだ近隣の国の調査しか終わっていません。もう少し時間をください。少し遠い国では、もっと情報がある可能性もあります。俺に任せていただけませんか」


 真剣な表情で問いかけた。


 元々真面目なところがあり、仕事を全うに行う騎士だ。

 それだけでなく、自分の信念を貫く強さもある。アンドレアはすぐに頷いた。


「分かりました。この件についてはあなたに任せます」

「ありがとうございます」


 ヒューゴは大きく頭を下げた。


 何か起こらなければ、こちらも動けない。

 アンドレアはどこか歯がゆい気持ちになっていた。


 今のところ何も起きていない事は平和なのかもしれない。

 だがそれが、嵐の前の静けさにならない事だけを願った。







「噂って……あなた、何か知って」

「知っているのは私ではありません。婆様が知っておられるのです」


 詳しい事までは分からないが、彼女の話を聞いていると、自分に無関係ではない事が分かった。しかも指名で、相手はこちらを知っている。魔女は仲間意識が強く、秘密主義だ。そして魔女しか得ていない情報もあるはず。これは自分にしかできない事だと思った。


「……分かった。行くわ」

「ロゼフィア様ならそう言って下さると思っていました」


 そう言いながら、相変わらずの無表情だ。

 いまいち彼女が何を考えているのか掴めない。


「では、すぐに参りましょう。他の方には内密に」

「……え?」

「? どうかされましたか」

「内密って……もしかして、誰にも言わずに行くの?」

「そうですが」

「それは駄目よ。せめてアンドレアだけでも」

「許しません」


 すぐに言われる。

 心なしか、強い口調に聞こえた。


「『魔女の掟』をお忘れですか。シュツラーゼに関する事を他者に口外するのは禁じられています」

「!?」


 そんな事は初耳だ。

 大体、魔女の掟がある事さえ知らない。


「本来ならばあなた様お一人に伝えるつもりでした。ですが、いつも護衛がいる上、この国は人が多すぎます。昔のように森で暮らしていらっしゃったら、こんな手間もかからなかったのですが」

「そんな、でも、二人の前では」

「この方達なら口止めしてくれると思ったからです。もし邪魔をしたり口外すれば……排除しますが」


 ぎらっと視線が動き、ヴァイズとジノルグに目を向ける。ヴァイズはぎょっとして隅の方に移動した。すぐに「威嚇するのはやめて」と伝える。するとこちらに目を戻す。元々危害を加えるつもりはないらしい。


「でも、何も言わずに行く事はできないわ。心配をかけてしまう」

「心配……? 魔女を心配する人間がいるというのですか?」


 少しだけ胸が痛くなる。


 昔の自分だったら、同じ事を考えたかもしれない。だが、今なら分かる。こんな自分でも、心配してくれる人がいる事を。


「ええ。だから、せめて、ここを出る事だけでも伝えたいの。場所や、詳しい事までは言わないわ」

「……変わりましたね」

「え?」

「分かりました。では出発は明日の朝に変更致します。その間までに別れの挨拶は済ませておいてください」

「わ、分かったわ」


 あっさりとそう言ってもらえ、少し拍子抜けする。

 だが彼女は念押しするように言った。


「くれぐれも、シュツラーゼの事は言わないように。『魔女の掟』についても明日、ご説明致します。では、またお迎えに上がりますので」


 エマーシャルはフードを被り直し、その場から歩き出す。

 ちらっと一度ジノルグの方を見た後、店から出て行ってしまった。


 一瞬でしんとなり、思わず息を吐く。

 知らず知らずのうちに緊張していた。


「……なんなん、あの人」


 ヴァイズもぐったりするような声を出した。


「ごめんなさい。同胞が」


 知り合いではないといえ、同じ魔女だ。

 するとヴァイズは苦笑交じりでこう言う。


「気にせんといて。別にロゼが悪いわけじゃないし。けど……まさか他の魔女が来るなんてな」

「ええ……」


 長年この国に住んでいるが、他の魔女が来る事はなかった。しかも、シュツラーゼの使者のようだったし。一気に自分は魔女で、他とは違うのだという事を見せつけられたような気がする。この国が、自分の国だと思っていたのに。少し沈みそうな気持ちを押さえて、前を向く。


 まずは、アンドレアに伝えないといけない。

 早い方がいいとジノルグの方を見る。だが、彼はまだ扉を見つめていた。


「ジノルグ……?」


 見つめたまま、微動だにしない。


 先程エマーシャルも彼を見ていたし、もしかして知り合いなのか。いや、出会った時に知り合いのような雰囲気は出していなかった。……だが、どこかもやもやした。知っている人なのか聞いてみればいいだけなのに、なぜか聞けなかった。

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