02*彼が護衛をする理由
本日二回目の更新です。
「はぁ……」
思わず溜息をついてしまう。
アンドレアからいきなり花姫として出ろと言われ、その後すぐに詳しい話を文官から聞かされる事になった。そして話が終われば、ロゼフィアは多くの書類を手に持っていた。花姫として出るなら出るで、色々と手続きが必要らしい。勝手に決められたというのに、手続きは自分でしないといけないとは。
ちらっと見れば、当たり前のようにジノルグが傍にいる。どうやら王城の中とはいえ、護衛をしてくれるらしい。しかもこれからは四六時中一緒みたいなものだ。もちろん部屋などは別だが、朝は朝で決められた時間に迎えに来てくれるようだ。かなり徹底している。
「なんだか申し訳ないわね」
「?」
「王女の側近だったのに、得体の知れない魔女の護衛に変更だなんて」
自分で言うのもなんだが、もし自分が騎士の立場なら絶対嫌だ。可愛げのない魔女よりも、この国の王女の側近でいた方が地位的にもいいし、周りからの評価も高い。それなのに急に魔女の護衛だなんて、一気に降格したようなものではないか。
「俺は別にそう思わないが」
「ええ?」
お世辞で言ってるんじゃないのか、と眉を寄せてしまう。だがジノルグは平然としたままだ。むしろその表情しかまだ見た事がないので、真意は分からない。
「殿下からの命令であるし、信頼して下さっているからこそ任せてもらえたと思っている。それに、世にも珍しい魔女の護衛ができるのは逆に光栄だが」
「それ褒めてる?」
思わずそんな言い方になってしまう。
確かに自分は魔女だが、そんなに珍しいとは思わない。別に魔法が使えるわけではないし、ただ薬学の知識が人より長けているだけ。それ以外は普通の人とそう変わらない。あと珍しいのは容姿もだろうが、それだって別に珍しい人は他にもいるだろう。別に自分だけに限った話ではない。
するとふっと笑われる。
「殿下の我儘に付き合ってもらう形で出る事になって、魔女殿からすれば不平があるかもしれないな」
「そんなの大有りよっ!」
勢いに任せて怒鳴ってしまう。
アンドレアが強引であるのは元々知っていたが、今回はかなり強引に仕掛けられたと思っている。王族にとって民が大事なように、自分にとっても無下にはしたくない人達だ。一緒にこの国に住んでいるわけだし、薬を買ってくれる人達だっている。だからこそ、人質に取られたのでは出ざるを得ない。
自分が出る事がもう公にされているという事は、わざわざ見るために遠方から来る人もいるだろう。それなのに勝手にボイコットするわけにはいかない。だからこそロゼフィアは選択の余地がなかったのだ。
だがきっぱりと言い切った。
「花姫の時もお世話になると思うけど、護衛はこれっきりにしてもらうから」
「花姫」だけが城下を回るのかと思いきや、どうやら護衛の役割として騎士もつくようだ。花姫だけだと何かあった時に身が危ないという配慮らしい。だが、護衛はそれで終わりにしてもらう。自分から望んだわけではないので、わざわざ守ってもらう必要もない。
「なぜ?」
まさかの聞き返された。
「なぜって……別に、必要ないから」
あれば困る事もないが、なくて困る事もない。
だったらなくていい。自分は今まで通り森で平穏に暮らしたいのだ。
「それじゃあ困る」
「……は?」
予想もしない事を言われる。
「明確な理由もないのに護衛を外されるわけにはいかない」
「そんな。だって私の自由でしょ?」
「騎士は自分の意志で護衛する相手を決める。それなのにそんな理由で外されたのでは、納得できない」
「待ってよ、あなたはアンドレアから命令されただけじゃない」
アンドレアから言われたから護衛をしているだけのはずだ。その言い方はまるで、ジノルグ自身が護衛したい、と言っているようなものではないか。するとジノルグは首を振る。
「確かにそれもあるが、自分の意志もある」
「私の護衛をしたいって?」
「ああ」
間髪入れずに答えるのだから、こっちは呆れるしかない。大体出会ったのも今日が初めてだ。相手からすれば一週間前には自分の事を知っていたかもしれないが、それでもどうして護衛をしたいなんて思ったのだろう。何の面白みもない魔女であるのに。
信じられず相手の顔をじっと見てしまう。
するとジノルグは見つめ返してきた。
「護衛を外してほしいなら、花姫が終わった後に正当な理由を言ってくれ。それなら諦める」
「正当な理由? じゃあ、もしそれが正当な理由じゃなかったら?」
「勝手に護衛を続ける」
なんてこった。騎士なのに騎士らしくもない。全うな事を言っているようで勝手な事を言われている。そんなので納得できるわけがない。が、それは相手も同じようで、全く引いてはくれなかった。
こうなったら、正当と言える理由を見つけ出すのみだ。
「へぇ、そんな事言われたんだ?」
最新の流行を備えた服が揃っている店内で、あちこち動き回って見ている女性が一人。長い金髪に若緑色の瞳を持つ彼女の名はサンドラ・ポーション。王都にある大きい研究所で薬剤師兼研究者として働いており、同じ薬学に通ずる事もあって、ロゼフィアともよく情報交換をしている相手だ。女性だが研究者故か、ちょっと変わった口調を持つ人物でもある。
「理由もはっきりしてないのに私の護衛をしたいとか、ほんと意味分からない」
当の本人であるロゼフィアは試着室だ。
花姫で着るドレスの採寸に、仕立て屋に来ていた。
アンドレアは王女でもあるため、そうそう城下には来れない。なので代わりにサンドラが付き添いで来てくれたのだ。そして採寸中、このように他愛のない話をしていたりする。
サンドラはくすくすと笑う。
「そういえば私も言われたなぁ」
「ええ? 誰に?」
「騎士だよ。元々孤児だったのを私が見つけた子でね。その頃騎士団では人が足りなかったらしいから、団長が引き取って下さったんだ。今じゃそれなりに立派になった」
うんうん、と頷いている。
まるで親のような口ぶりだ。
「ふうん。じゃあ恩返しに護衛をするって言ってきたの?」
それならちゃんとした理由になる。
今までの恩を返すために守る、と言われら、素直に嬉しいだろう。もし自分が言われたら、護衛を断ったとしても、その気持ちはありがたく頂戴する。
「うーん別にそう言われたわけでもないんだけどねぇ。今は研究所の警備をしてくれてるんだけど、個人的に護衛もしてくれてるんだ」
研究所にはそれなりの重要機密もあるため、厳重に警備されている。なので入り口、そして中にも複数の騎士が常にいる状態になっている。サンドラがいつも外出する際、その騎士が護衛をしてくれるらしい。聞けば特に何も言わずに、自然と護衛をしてくれるようになったそうだ。
「へーぇ」
「でも私も気になったから、ある日聞いてみたんだよね。何で護衛をしてくれるのって」
「そしたら?」
「ただしたいから、だってさ」
「ええ……?」
サンドラも理由はよく分からないらしい。
だがありがたく、護衛を毎日お願いしているようだ。
「あれ、待って。今日は護衛いなかったじゃない」
今日は一緒に仕立て屋まで来たはずだ。
ジノルグは当たり前として、他の騎士の姿は見ていない。
「邪魔にならないようにいつも遠くで見守ってくれてるんだよ」
「それ、危ない目に遭った時に助けられるの?」
「それは大丈夫だよ。何かあった時もすぐ反応してくれるし」
さらっと言われる。
つまり、実際そんな事もあったのだろう。
そこはさすが騎士、とでも言うべきか。
感心していると、急に腰をぐっと引っ張られた。
「いたたたたっ!」
「あ、コルセットかい?」
サンドラはけらけらと笑ってくる。
自分が着ないからって失礼な。
「体のラインを綺麗に見せるためだからねぇ。まぁいい経験になるんじゃない?」
「他人事な……」
まさかドレスを着るのにコルセットをするなんて、誰が想像するだろうか。貴族や王族は当たり前のように着こなしているそうだが、こんなものわざわざ着る必要ないと思う。自分はただの魔女なのに。
「ジノルグくんとは面識あるけど、まさかうちの騎士みたいな事を言うとはね。でも、彼は真面目でいい子だよ」
「……それは、なんとなく分かるけど」
「とりあえず花姫まではありがたく守ってもらったらいいよ」
そう締め括られる。
ロゼフィアは小さく溜息をついた。
今までずっと、森の奥深く一人で暮らしてきた。
今更誰かの手を借りるとか、誰かと一緒にいる生活なんて、逆に苦痛で仕方ない。物語上の魔女だってそうだ。一人で暮らし、一人で息絶える。それが当たり前とでも思っていた、のに。
採寸が終わり店を出れば、ジノルグが待ってくれている。
と、よく見れば隣にもう一人いた。同じように軍服を着ている騎士だ。藍色の髪でストレート。前髪が長めだが、よく見ると濃い緑色なのは分かった。
するとロゼフィアの後ろにいたサンドラが声を上げる。
「クリス!」
そのまま笑顔で駆け寄った。
「どうしたんだ? 人前に出るなんて珍しいじゃないか」
「……研究所に客が来てる。早く戻った方がいい」
「そうか。教えるために来てくれたんだな。ありがとう」
サンドラは笑顔のまま、こちらに顔を向けた。
「紹介が遅れたね。彼はクリストファー・カルロ。さっき話していた騎士だよ」
「え、この人が!?」
クリストファーは小さく会釈してくれた。
今日は仕立て屋に付き合うだけだったので、自然と別れる形になる。
「じゃあロゼ、またね」
「うん、また」
二人は先にその場から歩き始めた。
見れば楽しそうに会話をしているので、仲は良いのだなと思う。
ロゼフィアは思わず後ろ姿を眺めていた。
するとジノルグも同じように二人を見ていた。
「クリスはサンドラ殿の護衛もしている」
「さっきサンドラから聞いたわ。そんな事、騎士団としてはいいの?」
「与えられている仕事をこなしているのなら、問題はない」
「ふうん。そう」
組織からすればどうなのだろうと思っていたが、騎士なんてある意味実力社会だ。ちゃんとしていればちょっとした私事も認めてもらえるのだろう。
するとちらっとこちらを見られる。
「言っただろう。騎士は自分の意志で護衛する相手を決めると」
それを聞いて思わずむっとしてしまう。
わざわざ同じ事を言わなくてもいいではないか。
「でも双方同意してからじゃないと、いい関係が築けるとは思えないけど」
そっちは良くても、相手側からしたらいい迷惑だ。
もちろんありがたい事には違いないかもしれないが、それでも一緒にいる時間が長い以上、不満だって出てきてしまう。だったら双方が認めた上で行うのが道理ではないだろうか。
「なら魔女殿が同意してくれたらいいだけだろう」
「私があなたに合わせるって? 冗談じゃないわ」
強く言い返せば、ジノルグもむっとする。
そしてそっぽを向かれた。
「その話は花姫が終わってからだ」
ロゼフィアはこれにかちんと来た。
「なによ、そっちが話に出したんでしょう?」
「それに分かりやすく乗ってきたのは魔女殿だろう」
「私のせいだって言いたいの?」
「違う。ただ事実を言っただけだ」
「だからって」
「あれ。ジノ?」
二人は同時にそちらに顔を向ける。
急に話に割り込んできたのは、亜麻色の髪にルビーのように赤い瞳を持つ、これまた同じ軍服を着た騎士だ。何が面白いのか、にやにやしながらこちらを見てきた。