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34*恋仲

 見ればそこにはダビトの姿があった。


 彼は最初に会った時と同様、軍服だ。そういえば女性騎士はドレスなどを着ているが、男性達は(こちらの騎士も含めて)軍服のままだ。理由は知らないが、何かあった時に動けるようにだろうか。


 赤茶色の髪を持つ彼はオグニスの側近だ。

 歳は三十代らしく、とても落ち着きがある。


「もしかしてお一人ですか?」

「え、ええ。まぁ」


 一人になってしまった、と言った方が正しい気がする。

 すると意外そうな顔をされた。


「確か、護衛騎士が常に一緒なのでは?」


 オグニスに話を聞いたのだろうか。確かにいつもならそうだ。そしてジノルグは絶対に一人にするような事はしない。が、クラウスに放置された。王女の側近まで勤めているというのに。「恋は盲目」なんて言葉があるが、彼にぴったりだ。優先順位としてはアンドレアよりもサラよりも下でいいが、最低限の仕事はしてほしいかもしれない。


 溜息交じりで答える。


「色々あったので……。自分のせいでもあります」


 あんなに幸せそうな顔をしたクラウスとサラを思うと、それ以上は言えない。二人の事は気になっていたし、なんとかなるだろう、多分。


「そうだったのですね。では、しばらく私が傍におりましょう」

「え。でも、王子は」


 側近というのだから、常に傍にいなければいけないんじゃないだろうか。すると苦笑されつつ首を振られる。聞けば、オグニスには必要以上に傍にいないようにしているらしい。それは本人たっての希望だとか。


「守られるよりは守れる人になりたいから、と」


 どこか寂しそうな、でも嬉しそうな、


 だがすぐに穏やかに笑う。


「私で不服かもしれませんが、お役に立てるのでしたら」

「そんな、不服なんて」


 自分にはもったいないくらいだ。

 むしろ何してるんだうちの騎士達は。


「それなら良かった。魔女殿とお話したいと思っていたのです」

「え?」

「ジノルグ殿とは、恋仲なのですか?」

「え」


 顔が引きつる。


 なぜこう、二度も同じような事を聞かれないといけないのだろうか。マリーから聞いていないのか。……いや、あれは個人的に聞かれただけだ。だから、他の騎士に言うはずもない。少し目線を下げながら答えた。


「違います」

「違うのですか?」


 驚くような声を上げられる。


「ええ。ただの護衛対象とその騎士です」


 言いながらなぜか、少し切ない気持ちになる。

 この後も同じ事を言われたら、また悩んでしまいそうだ。


「それは意外ですね。本当に仲が良さそうなのに」

「……そうですか?」

「ええ、とても。むしろもったいない」


 何がもったいないのだろうか。


 分からず首を傾げれば、くすっと笑われる。それ以上は何も言われなかった。ダビトにとってそこまでの意味はない言葉なのかもしれない。


 と、美しいメロディーが聞こえてきた。

 見れば傍で待機していた音楽家達が演奏を始める。


 談笑していた人達は、そのまま音楽に合わせてダンスをし始めた。踊る人は中央に残り、それ以外の人は端に移動する。優雅に、そして楽しく踊っているペアを見ながら、見知った顔があるのに気付く。


 アンドレアとオグニスだ。踊っている人達の中でもより際立って目立っている。さすが王子と王女。元々容姿がいいのもあるが、人々の視線を釘つけにしている。友人としては、少し誇らしい。


「ああ、うちの騎士も踊っていますね」


 ダビトは小さく笑う。


 そちらに視線を向ければ、薄青色のドレスを着たマリーがいた。ドレスの色と銀色の髪がとても合っている。彼女の相手はこの国の騎士のようだ。彼は少し緊張した面持ちでいるが、マリーは楽しそうに笑っていた。


「あの二人、恋人同士なのですよ」

「え」


 衝撃の事実を聞かされ、思わず絶句する。


 確かに距離がやたら近い。騎士の方はしばらくすると緊張が解けてきたのか、笑顔を見せるようになった。それにマリーも嬉しそうに目を細める。その様子に、恋人間の甘い雰囲気があるのは分かった。


 だが、少しだけ信じられない。

 あんな事を言ってくるくらいだから、ジノルグに……。


「どうかされました?」


 こちらの顔色が変わったからか、ダビトに聞かれる。

 はっとしつつ、思わず言葉は出ていた。


「いえ、あの、マリーさんに」


 名前を出してしまった。

 慌てて口を閉じる。


 するとにこっと笑われた。


「うちの騎士が関係あるのでしたら、尚更聞かせていただきたいのですが」


 自分で墓穴を掘ってしまった。だが、いい機会かもしれない。ダビトは大人だ。きっとこちらの問いに対し、冷静に優しく答えてくれるだろう。そう思い、ロゼフィアは先程起こった事を伝える。すると苦笑された。


「ああ、やはり」

「やはり?」


 どういう意味だろう。

 すると丁寧に説明してくれる。


 元々レビバンス王国の騎士達は、オグニスからロゼフィアとジノルグの事を聞いていたらしい。「護衛騎士」という珍しい役職であるから、常に傍にいる事も。それよりも前からジノルグの事は耳にした事があったらしく(主に騎士としてすごいと)、色々と教わりたいと思っていたようだ。


 だがそこで、ロゼフィアとの関係を問うた騎士がいたようだ。もし恋人同士であるならば、二人の邪魔をしてはいけないのではないだろうか、と。


「ですからまずはお二人の関係性を聞こうと思ったんです。先程私が恋仲かと聞いたのもそれが理由ですね。もし大丈夫なら、ジノルグ殿に時間を作ってほしいと考えていて」

「……あの、」

「はい?」

「マリーさんに『よかった』って言われたのって、もしかして」


 ダビトが「ああ」と声を出す。

 そしてあっさりと言われた。


「剣術を見てもらえるとほっとした上で出た言葉でしょうね」


 それを聞いた瞬間、ロゼフィアはがっくりとした。まさか自分が考えていた事とは全然違ったなんて。やはり憶測で物を考えるのはよくない。ここでダビトに聞いておいて正解だった。


 するとどう思ったのか、頭を下げてくれる。


「すみません、混乱させるような事をしてしまって」

「い、いえ……。私がジノルグに合わせる事ができますし」


 騎士団の方に行かないといけないなら、自分が行けばいい話だ。そうすればジノルグも時間を作ってレビバンス王国の騎士達と交流できる。その方が互いにとってプラスになるだろう。


 ジノルグの事だから、騎士達から直接言われても護衛の事を気にするかもしれない。なら自分から言った方が聞いてくれるだろう。ジノルグに伝えると言えば、ダビトは嬉しそうに頷いてくれる。


「それはありがたいです。よろしくお願いします」


 これくらいならお安い御用だ。

 思わずこちらも微笑んだ。


 と急に後ろから腕を取られた。

 いきなりなので驚いて振り返れば、ジノルグがいる。


「おや、ジノルグ殿」


 ダビトはたいして驚きもせず声をかける。

 ジノルグはすぐに頭を下げた。


「うちの護衛対象を預かって下さり、ありがとうございます」

「いいえ。魔女殿、また機会があればお話を聞かせて下さい」

「は、はい」


 そう言うと、彼はすっとその場から引いてくれる。

 あまりに早い動きで、少し目を疑いそうになった。


「ロゼフィア殿」


 名前を呼ばれ、思わずびくっとする。

 そーっと顔を合わせれば、半眼で見られた。


「説明してくれる約束だっただろう。なのになんで一人でいる」

「それはっ! だってクラウスが」


 やっぱり言われた、と思って言い返す。

 自分だって好きで一人になったわけじゃない。


 すると頷かれた。


「クラウス殿のせいなのはすぐに分かった。来る途中、二人に会ったからな」


 どうやらクラウスはまだサラと一緒にいたようだ。顔を見るだけの予定じゃなかったのか。だがジノルグは気にせずさらっと「クラウス殿にはちゃんと言っておいた」と報告してくれる。言っておいた、ってどんな風に言ったのだろう。それは少し気になる。後でサラにでも聞こう。


「それで、ダビト殿とはなんの話を?」

「…………」


 思わず無言になる。

 だが、慌てて口を開く。


「えっと、レビバンス王国の騎士達が、ジノルグに剣術を教えて欲しいって」

「待て。今の間はなんだ」


 なんでこういうのは察しがいいのか。


「別に? 言いたい事をまとめてただけ」


 我ながら上手い返し方だと思った。

 だが相手はなぜか眉を寄せる。ひどい。


「夜会の前から様子がおかしいと思った。なにかあったのか?」

「なにもないって。気にしないで」

「……」


 すると急に腕を引っ張られる。

 思わず「えっ?」と声が漏れた。


 だがジノルグはどんどん前に進む。

 こちらの事なんてお構いなしだ。


 ロゼフィアは進む先を見てぎょっとした。思わず「ジノルグっ」と声をかける。だが相手は無視する。どうにか腕から逃げようとしても、力の差は歴然だ。逃げられるわけがない。


 ジノルグは中央に立ち、あえて人からの視線を集めた。


 元々噂される騎士であるからだろう。すぐに人々はひそひそ話をする。どこか熱っぽい視線もあった。そして自分も注目された。そうだろう。こんな目立つ容姿をしているのだから。またさらにひそひそ話をされる。怖い。自分は周りにどう見られているんだろうか。


 固まったロゼフィアに対し、ジノルグはすっと片足を折る。

 そしてそっと手を取り、軽く口づけしてきた。


「!?」


 周りからきゃあきゃあ黄色い歓声が上がる。

 手から伝わる感触に、全身の血が一気に巡った気がする。


 ジノルグは真っ直ぐ見つめてくる。


「俺と踊っていただけませんか」


(な……んで!?)


 ロゼフィアは必死にそう叫びたくなる気持ちを抑える。

 舞踏会の時はここまでしなかったくせに。


 だが周りの視線は一気にこちらに来る。ここで断る、なんて選択肢はなかった。むしろそれができる勇気もないだろう。だからせめて堂々とする。挙動不審だなんて思われたくない。


「喜んで」


 力強く答えると、彼は口角を上げた。




「ジノルグの意地悪」


 踊り始めてからすぐに文句をぶつける。

 一応周りには気を遣って小声で言った。


 前回舞踏会で初めて踊ったものの、踊り方なんて覚えているわけがない。大体踊るつもりだってなかったのに、あんな風に注目されて踊る事になるとは。とりあえず、全てジノルグに身を任せる。すると上手くリードしてくれる。ありがたいのだがどこか釈然としない。


「私がなにも言わないからって、あんな目立つ事」

「もちろんそれだけが理由じゃない」


 相手は気にしない様子で言ってくる。


「じゃあなんで」

「ただロゼフィア殿と踊りたかっただけだ」

「はぁ?」


 遠慮なくそう言ってしまう。


 前に舞踏会で踊った事があるだろう。

 それなのにここに来てまた踊りたいというのか。


「あの時は仮面を被っていた。ロゼフィア殿は俺と分からず踊っていただろう」

「そうだけど、でも後で教えてくれたじゃない」

「今日は最初から俺と分かって踊ってほしかったんだ」

「なんで?」

「お互いの顔がよく見えるだろう」


 そう言われて顔を見上げる。

 一瞬見つめ合ってしまい、思わず視線を逸らした。


「だ、大体、今回の主役はアンドレア達でしょ。なのに目立つような事をしたら駄目じゃない」


 今回はアンドレアの付き添いでここに来た。踊るのは勝手だろうが、主役はアンドレアとオグニス。間違っても自分達が目立っていい話じゃない気がする。


「お二人は気にしない」


 ジノルグは視線を向けた。

 ロゼフィアもそちらに顔を動かす。


 確かに、ずっとお互いを見つめている。見つめながら、微笑んでいる。王子と王女なので周りには人だかりができており、皆、踊っている二人を微笑ましく見ていた。だがそんな周りからの視線を物ともせず、二人は二人の世界に入っている。決して楽な身分ではないだろうに、堂々と王族の風格を見せていた。


 なんとなく、羨ましい。


 自分は今だって周りにどう見られているのか不安があるというのに。堂々としている風に見せても、それは所詮見せているだけ。本当に堂々としている人は、そんな事も気にしないのだろう。二人のように。


「ロゼフィア殿」


 名前を呼ばれ、はっとする。

 どうやら見入っていたらしい。


 顔を戻すと、ジノルグが真っ直ぐ見つめてくる。


「俺を見ろ」

「え……?」


 よく分からず、聞き返す。


「周りは気にしなくていい。俺だけ見れば、怖いものはないだろう?」


 何度か瞬きする。

 思わずふっと、笑ってしまった。


「確かに、ジノルグだったら熊が出てきても大丈夫そう」

「負ける気はしないな」


 本気なのか冗談なのか、話に乗ってくれる。

 ロゼフィアは小さく笑い声をあげた。


 するとジノルグも、嬉しそうに口元を緩ませる。


「ロゼフィア殿は笑った方がいい」

「え?」

「いつも怖い顔をしているからな」

「ちょっと、それどういう意味?」

「ほら、そういう顔だ」

「失礼な……!」


 そう言いながらも、すぐに笑いが込み上げてくる。ジノルグがなぜそんな事を言ってきたのか、分かったのだ。彼は、怒らせるために言ったのではない。少しでも笑わせようとしてくれたのだ。気にしないようにと。


 いつも突拍子もない事を言ってくるが、その理由が今になってようやく分かってきた気がする。ジノルグは、いつも傍にいて助けてくれる。これほど心強い人はいない。……せめて今だけは、素直にならないと。


「ジノルグ」

「?」

「ありがとう」


 心から言えた気がする。


 すると相手は目を丸くする。珍しいからだろう。自分でもそう思う。今までお礼を言う事はあっても、こんなに感慨深く言った事はない。さぁ、この後は何て言われるだろうか。「明日は槍でも降るんじゃないか」とでも言われるかもしれない。もし言われても、にやっと笑って返してやろう。


 と思っていたのに、予想外の事が起きた。

 まだ踊っている最中であるのに、ジノルグに抱きしめられたのだ。


「え、ちょ、ちょっと」

「ロゼフィア殿は」


 耳元で呟かれる。

 どこか含み笑いになっていた。


「本当に可愛いな」

「な、な!?」


 何と返したらいいか分からず、口をぱくぱくさせてしまう。前にも似たような事を言われたが、あの時とは比べ物にならないくらい、顔が熱い。と同時に、心臓がどんどん高鳴ってきた。


 しかも抱きしめられた瞬間、周りから一斉に声が上がった。また目立ってしまっている。ジノルグに気にしなくていいとは言われたが、これは気にするしないの問題ではないのではないだろうか。余計に心臓の音が早くなる。ジノルグに聞かれているかもしれないと思うと、さらに恥ずかしい。だが、触れあっている今が、不思議と嫌じゃない。


(……そういえば、嫌だと思った事はないかも)


 今までだって色々あった。その中でジノルグと触れる機会もあった。あの時も……少なくとも、自分は嫌ではなかった。どうしてだろう。そんな事を思いながら、ロゼフィアはそっと目の前にある軍服を掴んだ。







「なー、レオン。なんであの二人付き合ってないんだ?」


 机の上に並べられている豪華な料理を、先輩騎士達は素早くそして正確に口の中に運ぶ。だが目線だけは踊っている人達を見ていた。踊っている人達というよりは、ロゼフィアとジノルグを見ている。あんな目立つ事をされたら、誰だって注目してしまう。


 同じように傍にいたレオナルドは、持っているグラスを何回か振る。

 そして鼻で笑った。


「知りませんよ。聞いても教えてくれないんですから」

「え、お前ジノルグに聞いたの? 勇気あるー」

「それはさすがに聞けねーわ」

「…………」


 好き勝手言う先輩達に、何も言えない。

 すると一人の先輩騎士が笑った。


「にしてもあれで当人達は分かってないのかね」

「ま、『恋人』ではなくても『恋仲』だよな」


 他の騎士達も大きく頷く。

 レオナルドも無意識に頷いていた。


 恋仲。互いに恋い慕っている間柄。

 どう見ても今の二人にぴったりな言葉だろう。 

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