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26*路地裏にある店の主人

「素敵な人達だった」


 馬小屋まで向かいながら、素直に言葉を出す。

 すると隣で歩くジノルグは、照れくさいのか微妙な顔をした。


 ロゼフィアはそれを見て思わず笑ってしまう。


 愛のある家庭だと思った。母であるフヅキはとても優しく、祖母であるキャロラインはなかなか強烈な性格だったが、いい人だった。ジノルグをよくからかっていたが、それは彼の事を思ってこそだろう。話を聞きながら、本当にジノルグの事を思っているのが伝わってくる。だからジノルグも真っ直ぐに育ったのだ。


 家族と共に過ごした記憶が少ないロゼフィアからすれば、少し羨ましいかもしれない。幼い頃から一人でいる事に慣れていた。それが当たり前だと思っていた。だが、こうして人との関わりが増える事で、そうじゃない事に気付かされた。


 と、馬小屋に近付けば、そこには先客がいた。


「お、来た来た」


 何頭も並んでいるうちの一頭を撫でていたレオナルドが、こちらに気付いて手を振ってくる。二人は一瞬ぽかんとする。だがジノルグははっとして咎めた。


「レオンお前、一体どういう事だ」


 そういえばレオナルドの事もジノルグに話してしまっていた。これは弁解する余地もないとロゼフィアは慌ててが、彼はいつものようにあっけらかんとした笑顔のままでいる。


「まぁまぁ、細かい事はいいじゃん」


 どうやらこれ以上話す気はないらしい。

 あまりにざっくりとし過ぎた。


 だがロゼフィアも忘れていた罪滅ぼしも込めて同意した。


「そうよ、いいじゃない。もう終わったんだから」


 するとじろっと睨まれる。

 さすがに無理があるか、と思ったが、ジノルグは深い溜息をついた。


「……分かった。もういい。馬を連れてくる」


 言いながら向かってしまう。

 どうやら一番奥に自分の馬を置いているようだ。


 しばらくしてからロゼフィアは向き直る。


「レオナルド、あなた今までどこにいたの?」

「ちょっと市場の方にね。そっちの事は心配してなかったし」


 どうやらキャロラインが客人達を帰らせたタイミングで、レオナルドも外に出たようだ。というより帰らされたと言った方が正しいかもしれない。市場で色々と情報収集できたようで、少し満足そうな顔をしている。


「そう。あ、そういえば、どうして私の正体を明かすような事をしたの?」


 いきなりここに紫陽花の魔女がいる、と叫ばれた時は本当に驚いたものだ。とりあえず上に行けばいいと言われて行ったものの、こちらを見たキャロラインは驚いた……というよりは不思議そうな顔をしていた。なんとかなるという言葉を信じていたのに。まぁ実際なんとかなったわけなのだが。


「ジノルグの事だから、家族にロゼ殿の事は口外してないだろうなって思ってたんだよ。で、周りで騒げばいやでも気付いてくれるかなって」


 レオナルドはキャロライン達がロゼフィアに会いたがっていた事は知っていたらしい。しかも元々あのハシゴは非常用らしく、それも知っていたようだ。一騎士の家族の状況や屋敷の図面も知っているだなんて、一体どこまでの情報を持っているのだか。そしてそれはどこに活かすのだか。


「まぁでも良かったじゃん。仲直りできたみたいで」


 そう言って笑ってくれる。

 確かに、それは感謝している。


「で、何かなかったの?」

「え?」

「何かあるでしょ」

「え……何かって」


 言われて先程までの事を思い出そうとする。


 すると馬の蹄の音と共に、ジノルグの姿が見える。

 花姫の時にも乗せてくれた、真っ黒の馬だ。


 ふとそちらを見れば、目が合う。

 彼は穏やかな表情で口元を緩めた。


 ロゼフィアはそれを見てすぐ頬が熱くなる。


(忘れてたと思ってたのに……!)


 意識しないようにと、あれは事故なのだと気にしないようにしていた。そのおかげですっかり忘れていた。が、一度意識してしまってはもう忘れる事はできない。思わず視線を下げてしまう。


「ロゼ殿?」


 レオナルドが不思議そうに声をかける。

 だがそれも返事ができなかった。


「どうした?」


 ジノルグも近付いてきた。

 だが顔は見せられない。


 しきりに黙る様子に、レオナルドは軽く笑った。

 そしてジノルグに向き直って腕を組む。


「どうせジノがなんかしたんだろ?」


 面白半分で言っている様子だ。

 ここでいつものジノルグならすぐ否定する。


 だが、今回はそうじゃなかった。


「あ……」


 ジノルグも思い出したのか、動揺するような声を出す。

 そしてみるみるうちに耳の縁が少し赤くなった。


「え、まじ?」


 予想外の展開に、レオナルドはロゼフィアとジノルグを交互に見る。だが二人とも黙ったままだ。そしてお互いに視線を逸らすような行為をする。ジノルグは早口でまくし立てた。


「俺は先に戻る。レオンは彼女を送ってくれ」

「え、なんで俺? ジノが送れば」

「頼む」


 そう言いつつ馬に乗り、そそくさと行ってしまう。


「ええ……?」


 同期のあまり見ない行動に、レオナルドは意外な声を出してしまう。

 そしてちらっとロゼフィアに目を戻した。


「ロゼ殿、どういう事だよ」


 そう問われるが、黙るだけだ。

 むしろどう説明したらいいかも分からなかった。







「ああ、ロゼおかえり。……あれ、隣がジノルグくんじゃないなんて珍しいね」


 レオナルドと共に戻ってきたからだろう。

 ちなみにジノルグは研究所には帰ってきてなかった。


 先に戻っているはずだろうと思っていたのだが。

 だがレオナルドは察したのか、鼻で笑う。


「多分騎士団の方だろ。あの様子じゃロゼ殿と顔が合わせづらいみたいだし」


 横目で見てくる。その視線を微妙に避ける。分かってるか分かっていないのかどっちなのだろう。ここまで帰ってくる間にも散々色々と聞かれたが、とりあえず黙ったままでいた。口を開けばぽろっと言ってしまいそうで怖かったのだ。特にレオナルドに対しては。


「……あいつ、仮にも護衛騎士なのに他の騎士に任せたのか」


 傍にいたクリストファーがありえない、といった顔になる。

 確かにいつものジノルグならそんな事しないだろう。だが、今のロゼフィアからすればありがたいと思った。あのままでは顔も見れないし何を話していいのか分からない。本当は即刻忘れるべきなんだろうが。


「まぁまぁ。ジノルグくんはまだ休暇のはずだろう? その間の護衛はレオナルドくんにお願いしてたみたいだし、たまにはいいんじゃないかい?」


 サンドラは穏やかな笑みのまま宥める。


 確かにそうだ。数日は留守のはずだったが、一日で帰ってきた。本来ならば見合いをする予定だったので、数日に分けて色んな女性と見合いをするはずだったのだろう。


「で、ロゼ。私からお願い事があるんだけどいいかな?」

「? うん。なに?」


 何だろうと思っていれば、分厚い書類のようなものを渡される。

 全て手書きで、字がびっしりと書かれている。


「研究データが書かれている資料だよ。それを路地裏にある店の主人に届けてほしいんだ」

「これ……全部薬の資料みたいだけど」


 効能や副作用の説明がある。

 街に知り合いが住んでいるのだろうか。


 するとサンドラはにっこりと笑う。


「うん。おかしなお店をしている薬師だよ。ほら、おかしなお菓子を前に食べたでしょ?」

「え、もしかして」


 あのよく分からない効果があったお菓子を作った張本人の元へ行ってほしいというわけか。そういえば後から実験のために協力していると聞いたが。むしろ届けたついでに実験に付き合ってほしいとか言われないか少し不安になる。


「大丈夫だよ。無理強いはしないし愉快な人だから」


 あんなお菓子を作ったくらいだから愉快な感じはする。結局不安は拭えなかったが、レオナルドもいるし大丈夫だろうという事ですぐ向かう事になった。




「……ここが」


 路地裏にある事もあってか、外装はどこか古びた印象だった。小さい看板が上からぶら下がっており、その隣にあるランプには光がない。ドアの前には「CLOSE」の文字がある。これでは中に入れないし、薬師がいるのかどうかさえも分からない。


「とりあえず叩いたらいいんじゃない?」


 レオナルドは呑気に拳で何度かドアを叩く。

 するとしばらくしてからキイッ、と音を立てて開いた。


 二人はそっと中に入る。

 だが中には誰もおらず、暗い。


「あの、すみませ」


 声を出そうとすると急に目の前にぬっと人影が動いた。

 そして口を大きく開けてこちらを呑み込もうとする。


「っ、いやあっ!」


 ロゼフィアは勢いのまま手を思い切り動かした。するとその人影はすぐにいなくなる。よく見れば人影ではなく煙だったらしい。部屋にあるランプが徐々につき始め、部屋の中が明るくなった。そして中央に立っている人物がおかしそうにくっくっく、と笑い声を立てている。


 ロゼフィアとレオナルドがそっと近付けば、その人物は被っていたフードを取った。緩やかな髪が揺れ、口元に笑みを浮かべている。珍しい白髪の髪に柘榴色の瞳をしている女性だ。まだ若い。


「ようこそ。『おかしな店』へ」

「あの、あなたは」

「うちはこの店の主人、ヴァイズ。サンドラから聞いとるで。よう来たな、紫陽花の魔女」


 涼やかな綺麗な声をしているが、口調は珍しい。

 どことなくサンドラとも雰囲気が似ていた。


 ロゼフィアは挨拶しつつ、頼まれていた資料を渡す。

 するとヴァイズは目を輝かせた。


「あー! これこれ! 待っとったんよね! これがないと売る事もできんし」


 嬉しそうにぱらぱらとめくりつつ、その内容を黙読する。あの時自分も食べてしまったチョコレートの性能も書かれていたりするんだろうか。けっこう繁盛しているお店らしいが、そのような薬を求める人が多い事に少し驚いたりする。どうか被害は最小限で楽しんでほしいところだ。


 するとその間に大体読み切ったのか、満足げに頷く。


「うんうん、やっぱりうちの見解は間違ってなかったなぁ。そういえば紫陽花の魔女も協力してくれたんやね」

「あ、はい」

「……あれ? キャンディーは全然効果出てないなぁ」


 そっと見れば、確かジノルグ達が食べていたキャンディーだ。

 確か媚薬の薬だったが、確かに三人ともそんな素振りを見せなかった。


 あの時はちょっとほっとしたが、ヴァイズからすれば面白くないのだろう。先程まで晴れ晴れとしていた顔が多少曇った。そしてすたすたとどこかに向かうと、瓶に入っている同じようなキャンディーを持ってくる。


「三人中三人とも効果がないっていうんはちょっとおかしいな。ちょっと二人共、食べてくれん?」

「え」

「いいですよ」


 ロゼフィアは思わず固まる。

 だがその間に、レオナルドはキャンディーを受け取った。


「ちょっとレオナルド」

「え、いいじゃん。面白そうだし」


 この騎士は面白ければ何でもいいのか。

 心の中でツッコミつつ、レオナルドは口に入れてしまう。


 普通に食べているが、顔色は変わらない。


「うん。普通のキャンディーですね」


 前の三人と同じような反応だ。

 思わずほっとする。


「あれー? なんでやろ。ちょっと薬の量少なかったんかな?」


 と言いつつこちらにもキャンディーを差し出して来る。

 どうやら拒否権はないらしい。強引だなと思いつつ、ロゼフィアも受け取った。


 四人とも大丈夫なら、きっと大丈夫だろうと信じて。意を決してキャンディーを口に入れる。甘い苺味が広がり、普通に美味しかった。


 そしてしばらく食べ進めるが、何か起こる様子はない。

 やっぱりただのキャンディーだ。


「んー、これは失敗作かなぁ」


 二人の反応にヴァイズは肩を下ろす。


 よく分からないが、とりあえず何も起こらなくて良かった。だがレオナルドが異様に静かだったので、ちらっと見る。彼はどこかぼーっとしながら、目がとろんとしていた。


「……レオナルド?」

「ん、ロゼ殿。俺、」

「え」


 こちらに近付いてきて思わず後ずさりする。

 だが次の瞬間、レオナルドはこちらに覆いかぶさるようにして倒れて来た。


「わっ、ちょっと!」


 恐怖のせいか距離を取っていたので自分の所までは倒れなかったが、レオナルドは綺麗に床にダイブするような形になる。そしてそのまま突っ伏して、いびきをかき始める。思わずそれを見て唖然とした。


 するとヴァイズは「ああ」とキャンディーの瓶を見る。


「間違えた。これ色んな薬が入っとる方のキャンディーやったわ」

「え!?」

「多分この騎士が食べたんは眠り薬入りの奴やね」


 だからそのまま寝てしまったのか。

 惚れ薬じゃなくて良かったと心底思ったが、はっとする。


「あの、それじゃあ私が今食べたのって」

「うん。惚れ薬やないね」

「じゃあ一体何の」

「いや、色々混ぜとるけん、どの奴かは効果を見な分からんなぁ」


 ははは、と苦笑する。


 なんて適当なんだ。仮にも薬ならちゃんと種類ごとに分けるだろう。自身も薬の調合をして種類別に分けているため、そんなツッコミを入れてしまう。


「……どうすれば、元に戻りますか」


 無難に聞けば、相手はすぐに首を振った。


「どんな薬か分からんのに、治す事はできんやろ。それに、うちの扱っとる薬は害はない。効果も一定やし、しばらくの辛抱やわ」


 分かってはいたが、やっぱり解決してくれるのは時間か。

 ヴァイズは言葉を続ける。


「まぁその間はあんまり人に会わん方がいいな」

「? どうしてですか?」

「人に会う事で発動する薬もあるって事よ。惚れ薬なんて典型的やな。誰もおらん中で薬使っても効果なんて出てこんやろ」


 そう言われると分かりやすい。レオナルドは寝てしまったし、確かにしばらくこの店にいた方がいいかもしれない。時間があるので、店内を自由に見ていいと言われた。せっかくなのでお言葉に甘える。


 お菓子だけでなくそのまま薬として売られているものもあれば、脅かし要素もある物も売っているようだ。先程この店に入った時に出て来た白い煙の人影も、普通に売られていた。棒状になっており、中央にあるボタンを押せば出てくる仕掛けになっているらしい。暗闇の中なら何事だろうと思うだろう。


 お菓子も種類が豊富で、その中でも色んな薬が使われているようだ。ミツバチの蜜でできたキャンディーもある。色合いが綺麗だと眺めれば、ヴァイズが補足説明してくれた。


「これは人を惹きつけるキャンディーやね」

「人を惹きつける?」

「そう。蜜を求めるミツバチのように、これを食べたら人が寄ってくるんよ。食べた本人が蜜で、引き寄せられる人達がミツバチみたいになるって事」

「へぇ……」


 やっぱりおかしなものだ。

 だがどこか面白いと思ったりもする。


 これが人々を魅了しているのだろうか。


「キャンディーは正直作りやすいんよね。手軽やし色んな効果を得られる」

「……じゃあ、それぞれどんな効果があるのかも覚えてるって事ですよね?」

「そりゃもちろん。けど、かなり種類あるで? やけん、今紫陽花の魔女が食べたんがどのキャンディーかまでは分からんなぁ」


 やっぱり無理か。

 少し期待していたのだが。


 するとヴァイズは口元に手を寄せる。


「そうやなぁ。ちょっと度の過ぎる物もあるけん、それじゃなかったらいいけど……」

「え、それって」


 すると急にドアが開く。


 入ってきたのはジノルグだった。

 ロゼフィアは少し目を丸くした。


「ジノルグ? どうしてここが」


 彼は何も言わずこちらに向かってくる。


「ジノ、」


 すると急に抱きしめられた。

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