21*最後に秘密を
「……ねぇ」
ロゼフィアは思わず声をかける。
相手がきっとすぐに反応してくれるだろうと信じて。だがジノルグは難しい顔のままだ。何も反応をしてくれないので、思わず服の袖を引っ張る。
「ねぇ。アンドレア行っちゃったわよ。追わなくていいの?」
さっきからロゼフィア達はずっと二人を観察していた。二人の仲を心配していたが、優雅に踊っていた時はなんとなく仲が良さそうだったので安心していた。だが、踊りが終われば二人は中庭に行ってしまった。人目につかない場所に行くのはちょっと気になる。
「大丈夫だろう。オグニス殿がここで何かをする事はない」
案外あっさり言ってくる。
「何かって何よ。だったらなんでさっき悩んだ顔をしたの?」
「…………」
するとちらっとこちらを見て顔を歪ませる。
なぜそんな顔をするのだろうと思えば、後ろからこちらを呼ぶ声が聞こえた。
慌てて振り返れば、レオナルドだ。しかも彼もちゃんと仮面を被っている。正装もしているので、ぱっと見どこかの貴族のようだ。元々姿勢がよく、容姿が良い事も関係しているのだろう。
「二人共ここで何してるんだ。いくら会場の外だからって、目立つぞ」
確かに辺りを見渡せば、ちらちらこちらを見てくる人達がいた。大体は会場内に入っているが、夜風に当たろうと外に出る人もいる。案外後ろから見たら、自分達の姿は滑稽だったかもしれない。ちなみにレオナルドも少し前からこちらの様子を見ていたらしい。ドア越しに会場の中を探る様子は、周りも驚くという理由で話しかけてきたようだ。
丁度良いのでレオナルドにもアンドレアの事を伝える。
すると彼は「ああ」と頷いた。
「殿下なら大丈夫だろ」
「え、でも」
いくら相手が他国の王子とはいえ、二人きりにさせていいのだろうか。もちろんオグニスがアンドレアに危害を加えるような事はしないだろう。それでも、何を話しているのか気になる。もしかしたら、正体を明かしてしまう可能性だってあるし。
そう伝えれば、屈託のない笑みを向けられる。
「大丈夫だって。タイミング的に今正体を明かしたってオグニス殿に何のメリットもない。それに、他の騎士だってちゃんと警備してる。中庭まで行かれたらさすがに追えないけど、それでも何かあったらすぐ気付けるはずさ」
今回はレオナルドも警備に関与しているからだろう。迷いない言葉に、ロゼフィアも納得する。確かにそうだ。警備は一人だけじゃない。他にもたくさんいる。それに何かあっても頼りになる人は近くにいる。
少し考え過ぎてしまったと思い、苦笑する。
「それに、いい雰囲気になってるかもしれないし」
「え」
「姫と王子が二人きりなら、おかしな話でもない。な、ジノもそう思うだろ?」
「俺に話を振るな」
ジノルグは興味がなさそうに答えた。
するとレオナルドは鼻で笑う。
「よく言う。お前それで行くか迷ってた癖に」
「え、そうだったの!?」
だから難しい顔をしていたのか。確かに危ない目に遭うかもしれないと思ったら迷わず追うだろう。だが、二人の邪魔をするかもしれない、と思えば誰だってそのままにしておく。ロゼフィアが気付いていなかった事を、ジノルグはちゃんと気付いていたのだ。なんだか恥ずかしいと同時にアンドレアに申し訳ない。
「そ、そっか。そうよね……」
そっちの方は全く考えていなかったため、少し動揺する。
どうやら自分だけ空気が読めていなかったらしい。
「いや、そこまで気にする事じゃない」
ジノルグがフォローしてくれる。
彼なりの気遣いが少し身に染みた。
「そうそう。それに二人は別の事を気にする必要があると思うな」
「「え?」」
思わず声が揃う。
するとレオナルドはなぜか後ろに向かって指を鳴らす。
その音を聞いたからか、どこからかぞろぞろと正装の人達が出て来た。ドレスを着た若い女性から、タキシードを着た男性もいる。だがよく見れば、老若男女問わず色んな人達がいた。
いきなりの事にロゼフィアはぽかんとする。
レオナルドは軽く笑いながら説明した。
「聞こうと思ってたけど、なんで二人共今は仮面被ってないんだ? せっかく髪色を変えても、顔が分かったら意味ないぞ」
確かに今はロゼフィアもジノルグも仮面を被っていない。というのも、別に会場に入るわけでもなかったので、邪魔だしつけなくていいだろうと思っていたのだ。ジノルグの場合は顔全体が隠れるものなので窮屈らしく、顔を隠す理由がなかったという。
だからってなぜこんなにも人が集まるのか。
二人が何か言う前に、その人達がぞろぞろとこちらに寄ってきた。
「ああ、本当に綺麗な瞳。まるで宝石のようですわぁ」
「魔女は確か薬の知識がおありよね? 簡単に調合できる薬とかあるのかしら?」
「本当にお美しい。一緒にあちらでお話をしませんか?」
男性もいるが、ロゼフィアに来るのはほとんど女性だ。ロゼフィアの外見を見てはうっとりしている。それでいて薬の事まで聞いてきた。
「いやぁ、まさかこんなところで剣術の腕前がある騎士に出会えるなんて! ぜひその技をここで見せてくれよ」
「どうしたらそんなに強くなるんですか? 自分も騎士に志願しようかなぁ」
「確か見合いの話が出ておりましたが、あれからどうなっておりますの? 良ければぜひうちの娘と会っていただきたいのですが」
対してジノルグのところに来るのは男性が多い。有名な騎士だからか、その強さの秘訣を知りたがっていた。そして以前アンドレアが言っていたように、どうやら見合いの話も広がっているらしい。ここぞとばかりに自分の娘をアピールしようと話そうとする貴婦人もいる。
二人は慌てて対応するが、騒ぎを聞きつけて人が増えるばかりだ。
せっかく周りに分からないようにしていたというのに、仮面をつけなかった事によって結局バレてしまった。レオナルドは助ける事もなく、楽し気に様子を見る。元々有名な二人だ。いやでも目に付くし、目についてしまえば話しかけたくもなるだろう。
(それにしても)
レオナルドは心の中で呟く。
異性だけでなく同性にも好かれるとは。
それだけ両者とも魅力があるのだろう。
アンドレアは緊張気味に目を閉じていた。
些細な身じろぎの音が聞こえ、オグニスが仮面を外しているのを感じる。見る事ができなくても、触れる事はできるのだ。仮面の下の素顔はどうなっているのだろう。やっと自分の知りたい事が知れると思うと、胸の鼓動が止まらなかった。
すると、そっと手を掴まれる。
オグニスが触れてきたのだ。
そして、両手を持ち上げられる。ゆっくり、ゆっくりと、肌に触れた。おそらく、触れたところは頬だろう。温かくも柔らかい感触に、アンドレアは相手が驚かないように手を動かす。普通の人と変わらない、だが触れた事がない感覚だった。
「好きに触れていい」
オグニスが呟く。
そのおかげで、どこに口があるのかが分かった。アンドレアはゆっくり手を上に動かしたり、下に動かしたりした。鼻は高くて、目もあって。指が目に当たってしまうんじゃないかと少し心配したが、オグニスも目を閉じていた。なので瞼に触れる事もできた。繊細な場所なので、あまり触れないように注意しながらも、彼がどんな顔をしているのか、想像する事ができた。
「……ありがとう。もういいわ」
そう言いながら手を離す。
一通り触れさせてもらって、満足した。仮面をつけているのは、もしかして顔に傷があるからではないかと思った。だから傷があるのか、そして傷に触れる事で彼が痛いと感じないか、注意して触れた。でも、そんなものはなかった。それに、彼は痛がる様子もなかった。つまり、顔に傷があるわけではないらしい。
じゃあどうして、仮面を被っているのだろう。
でも、そこまでは聞けない。むしろここまでしてもらえただけ感謝だ。少しでも彼の事を知れる機会をもらった。これ以上望む事はない。まだおそらく仮面を被ってないだろうと思い、アンドレアは目を閉じたまま待っていた。
すると、オグニスがこう言った。
「顔を見せないのは、君を信頼していないからじゃない」
「…………」
アンドレアは黙ったままになる。見透かされているとはこの事だろうか。どうしてこちらは言葉にも、表情にも出していないのに、彼には分かるのだろう。
「ただ……まだその時じゃないんだ」
「それは、いつになるの?」
思わず聞いてしまう。
「分からない。でも、そう遠くはないと思う」
「そう……。なら、いいわ。待ってるから」
オグニスの息を呑む音が聞こえる。
迷いないこちらの言葉に、少し動揺しているかのようだった。
「どうしたの?」
「待っていて、くれるんだなと」
「もちろん。私は約束を守るわ」
「……ありがとう」
噛みしめた言い方だった。
なんとなくだが嬉しそうな物言いに、アンドレアも嬉しくなる。
そしてそろそろ目を開けてもいいか申し出ようとした。が、それよりもオグニスが動いた方が早かった。両腕を取り、自分の方に引き寄せる。先程よりも近い距離にいるのを感じる。相手の吐息が、頬を撫でた。
「あの、」
「このまま挨拶をしたい。仮面をつけたままでは、君の顔に傷がつくかもしれないから」
オグニスが言っていたもう一つのお願い事か。
納得し、頷く。すると相手はほっとしたように息を吐く。
「じゃあやるよ。まずは右頬から」
言われて自分も右頬を差し出す。
するとオグニスが頬を合わせてきた。
次に左頬。これも同じように合わせる。
柔らかい。そして少しこそばい感じがした。慣れない挨拶ではあったが、互いに触れあう機会があるのはいいかもしれないと思った。どうしても初対面の相手には距離を取ってしまうものだ。だが、このような挨拶がある方が、早いうちから打ち解けるような気がした。
そういえば、リチャードもレビバンス王国に行った時に挨拶をしたのだろうか。おそらく多くの人と出会った事だろう。その時は、一列に並んで一人一人行うのだろうか。なんだかその光景を思い浮かべるだけで、微笑ましくなってしまう。
するとオグニスは手を離して距離を取る。
そしてまた身じろぎした。おそらく仮面をつけているのだろう。
「目を開けていいよ」
言われた通りにすれば、仮面を被ったオグニスの姿がある。ずっと目を開けていなかったので何度か瞬きをした。先程まで感覚でしか彼を感じなかったが、今改めて目にして少し不思議に思う。ぼんやり見つめていると、彼は小さく微笑む。
「ありがとう。願いを叶えてくれて」
「いいえ。初めてだったけど、いい経験だったわ」
「陛下と同じ事を言うね」
話を聞けば、リチャードもレビバンスに行った時に挨拶を快く引き受けてくれたらしい。そして多くの民に歓迎されたそうだ。一人一人と頬を合わせるため、長蛇の列ができたとか。それでも嫌がらず最後まで挨拶をしてくれたのが印象的だったらしい。
「そう。お父様も……」
「嫌がるか遠慮するか意外な反応をされるか、ほとんどはそのどれかなんだ。それでも陛下は一人一人に優しく接してくれた。それだけで嬉しかった。そして……君もそんな人なんだと知れて嬉しかった」
アンドレアは微笑む。
確かに違う文化をすぐに受け入れるのは難しい。でも理解を示す事、そしてそれに従順に従ってみる事は大事な事だ。自分達と違うから否定するのではない。互いに受け入れ、認めるのが、良い交流にもつながる。
「そろそろ行こうか。まだ夜は長いからね」
オグニスは手を差し出してくれる
迷わずその手を取った。
「ええ。そういえば、紹介したい人がいるの」
「誰だろう」
「とても素敵な友人よ」
本来ならきっと一人で楽しんでいるはずだが、ちょっとくらい大丈夫だろう。そう思いながら探せば、まさか正体がバレて大勢に囲まれているとは思いもよらず。しかもジノルグも同じ状況になっていて思わず笑ってしまった。そしてしばらく人の波が収まるのを、オグニスと一緒に待った。
「始めっ!」
響き渡る音と共に二人の青年は動き出した。
まず先にジノルグが動き、剣を動かしては相手の急所を狙う。オグニスは器用にそれを避けながら、自身も剣を抜き、対応する。ちなみにジノルグが長剣なのに対し、オグニスは少し短めの剣だ。長い方が有利なイメージだが、オグニスは左右に素早く身体を動かす。相手の剣をかわしながらも、どこかチャンスを伺っているかのように見えた。
だがジノルグも相手の動きをよく見て動きを変える。そして隙が見えた瞬間迷いなく腕を振った。が、鋭い音と共に相手はもう片方の手に剣を持っていた。どうやら両手持ちだったらしい。大体騎士は戦闘中、剣を一つしか持たない。周りも動揺した声を上げる。
ちなみに見ていたのはロゼフィアにアンドレア、レオナルドやキイルだ。他の騎士はいない。レビバンス王国の使者が来る事や王女であるアンドレアが稽古場に来る事自体珍しい。なので本日は関係者以外立ち入り禁止になっているのだ。しばらく接戦は続くが、互角だった。二人は真っ直ぐ目と目を合わせている。迷いがない眼差しとはこの事だろう。ロゼフィアはその姿に見入ってしまった。
そして終盤になった頃、ジノルグは仕掛けた。
剣を交わす相手をわざと横に移動させるようにし、見えないうちに自分の足を引っ掛ける。相手は少しだけ身体を傾かせたが、ジノルグからすれば十分だった。そしてすぐに首元に剣を向ける。あと数センチで当たるだろうというところにまで向けた時、ようやく審判は腕を上げた。
オグニスは小さく笑う。
「今回は負けてしまったようだけど、楽しかったよ」
朗らかな声色だ。
そしてこちらに手を出して来る。
「良い腕前でした」
ジノルグも力強く握手を返す。
なんとなく友情が芽生えたような瞬間だった。
「強さの秘訣はあるのかな」
そう聞けば、ジノルグは一言で答える。
オグニスは目を丸くしたが、すぐに納得した。
「本当に、お世話になった。ありがとう」
皆に見送られる形で、オグニスは乗ってきた馬の傍に立つ。
そしてちらっとジノルグとロゼフィアを見る。近くにいたアンドレアに耳打ちした。
「彼はすごいね」
「そうでしょう。王国一ですもの」
自慢の騎士でもあるため、得意げに言ってしまう。だがそんなジノルグと互角に戦ったオグニスもすごいようなものだ。そう言えば、彼は首をする。そしてくすくすと笑った。
「理由を聞いたら彼が強いのが分かったよ」
「なんて?」
「『守るべき存在がいる事』だってさ」
それを聞いてアンドレアも後ろに控えている二人の姿を見る。少し距離があるのでこちらの会話までは聞こえないのだろう。二人共「?」と眉を寄せながらこちらを見てくる。思わずアンドレアも笑ってしまいそうになった。ロゼフィアと会う前から彼は強いと言われている。それなのに彼からそんな言葉が出てくるとは。「努力の積み重ね」と真面目な回答をするかと思いきや、意外な理由だ。
「僕にも守りたいものはたくさんある。けど、彼はきっと『その想い』が強いんだろうね」
守りたいものがたくさんある人もいる。だがその数に限らず、一人の人を守りたいという気持ちが強いのだろう。その意志の強さと必ず行動に起こすところは、アンドレアも尊敬に値するところだ。
そろそろ準備ができたのか、オグニスは馬に跨る。
アンドレアは最後にこう伝えた。
「今度は必ず、私が会いに行くわ」
「ああ、待っているよ」
そしてそっと頬に触れてくる。
「次は王子として、君と会える事を楽しみにしている」
「え……」
「それじゃあ、元気で」
軽快に馬を走らせ、オグニスはその場を去る。
残されたアンドレアは一瞬頭が真っ白になったが、慌てて後ろを振り向く。
ジノルグを見れば微妙に笑った顔。
ロゼフィアも苦笑している。
「ええっ!?」
思わず叫んでしまう。
これが彼の言った「もう一つの秘密」だなんて。
だがどこか嬉しいと思う自分がいた。
最後にはアンドレアも苦笑してしまった。
今回、エイプリルフールの小話を書いてみました。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/455765/blogkey/1686714/
活動報告に載せています。よければこちらも覗いてみて下さい。




