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16*結婚に対する考え

「今回王子が来るのは、国を見てもらうためだ。前回は私がレビバンス王国に行ったが、実際来てみたいと言ってくれたからね」

「では、アンドレア殿下と会うわけではないのですか?」

「ああ」


 ジノルグの質問にチャールズは頷いた。


 見合い云々の話をしていたので、てっきりアンドレアと会うために招待するのだと思っていた。だがチャールズ曰く、まずは互いの国の交流を大事にするらしい。なんでも相手に見合い云々の事は言っておらず、ただ娘とも話をしてみればどうだ、と提案だけしたらしい。


「すぐに結婚まで結びつける必要はないのだが、私が彼を気に入ってしまってね。それにアンドレアも年頃だし、結婚を意識するいい機会でもあると思ったんだ」

「ですが当日はどうされるんですかな。アンドレア殿下と鉢合わせになる可能性もあるでしょう」


 キイルの質問に、ロゼフィアも最もだと思った。招待するのは城にだろう。城にはアンドレアもいるし、使用人も大勢いる。いやでも噂で王子が来たと、アンドレアの耳に届くのではないだろうか。


 するとはは、とチャールズは笑う。


「いいんだ。王子にはレビバンス王国の使者(・・)として来てもらう事になっているから。使者ならいきなり来てもアンドレアも文句はないだろう」


 つまり、「王子」という事を隠して来るのか。

 新たに秘密を与えられた気がして、ちょっと気が重くなる。


「常に行動を共にする必要はないが、観察だけはしてくれ。そしてどう思ったのか、素直に教えてほしい」


 チャールズはそう締めくくった。







「どうした。ロゼフィア殿」

「え?」


 部屋から戻る途中、声をかけられる。

 するとジノルグは自分の眉の間をとんとん、と指で叩いた。


「眉間にしわが寄っている。考え事か?」


 慌てて眉の間を揉んでおく。

 そういうつもりはなかったが、無意識に眉を寄せていたんだろう。


「別に、なんでもない」


 苦笑して見せる。

 言う程の事でもないと思い、ロゼフィアは誤魔化した。


 本当は先程のアンドレアの事を気にしていた。この国の姫という以上、いつかは結婚する事になる。それは分かっていたのだが、なんだか早いなと思ったのだ。アンドレアは十八。かくいう自分は二十歳。自分より年下なのに、もう結婚の事まで考えないといけないなんて。本人はどう思っているのだろう。


「ロゼフィア殿は、」

「ロゼ!」


 ジノルグが名を呼んできたが、それよりも大きい声が被さった。呼ばれた方向を見れば、アンドレアが腰に手を当ててこちらを見ている。その顔はどこか睨んでいるような気さえした。若干顔が引きつる。無意識に身体も逃げようと動いていた。


 だがそれよりも、アンドレアの方が早かった。


「まさかジノルグだけじゃなくてロゼまで呼ばれるなんてね。それで? 一体何の話をしていたの?」

「いや、別に……」

「しらばっくれても駄目よ。ロゼは隠し事が苦手ですものね?」


 自分の性格を知っているが故の言い方だ。ちょっと得意げなアンドレアの顔を見つつ、思わず唸りそうになる。ここで何か単語一つでも出したら、すぐにボロが出てしまいそうな気がする。するとジノルグが助け船を出してくれた。


「もし何かあったとしても、殿下にお話する事などありません」


 きっぱりと言ってくれた。

 彼の性格は、こういう時に役立つ。


 するとアンドレアは分かりやすくむっとした。


「ジノルグは何も言わなくていいわ。話してくれない事くらい分かってるもの。だからロゼフィア」


 ほっとしたのも束の間。

 がっちりと腕を掴まれる。


「今から私の部屋に行ってお話ししましょう? 美味しい紅茶もあるの」


 にっこり笑っているがその顔が若干怖い。

 明らかに何か企んでいる表情だ。


「殿下」


 ジノルグが仲裁に入る。


 アンドレアに捕まれている腕を、ジノルグが解こうとしてくれる。が、アンドレアも強情なので、簡単に離してはくれない。ジノルグはもう片方の腕を取って、引っ張ろうとする。


「あまりに冗談が過ぎると黙ってはいませんよ」

「あら、ただの護衛騎士と王女ではどちらの身分が上か分かっているのかしら?」

「普段は身分の差を口にしない殿下が、ここで使われるとは」

「護衛対象だからってロゼはあなたのものではないわ。手を離して」

「お断りします」

「ロゼが困っているでしょう?」

「困らせているのはあなたもですよ、殿下」

「も、もう、分かったからっ!」


 ロゼフィアは声を上げる。


 このままでは埒が明かない。

 声を上げた事で、二人はぱっと手を離してくれた。


 もしこの場で一人だったなら、きっと耐えられずチャールズに言われた事を話してしまったかもしれない。だが、おかげさまでジノルグがいる。それにやはり秘密と言われた事は守り通さないといけない。さすがにそれくらいは守れる。だから真っ直ぐアンドレアの目を見た。


「アンドレア。ジノルグの言う通り、私達から言う事は何もないわ」


 すると相手は静かになる。

 しばらくしてから、ぼそっと呟いた。


「……どうせお父様から見合いを受け入れろ、みたいな事を言われたんでしょう」

「いや、そういうわけじゃ」


 厳密に言うとそうではない。しかもまだ見合いと決まったわけじゃない。だが、観察をお願いされたわけだし、見合い関連にはなるのだろうか。どう言えばいいか分からず、言葉を濁してしまう。するとアンドレアはふう、と息を吐く。どうやら諦めてくれたようだ。


「別にいいわ。そろそろ結婚を考えないといけない事は分かっていたもの。他の国では十六で嫁いでいる姫もいるらしいし、私も国や民のために、意識しないといけないんでしょうね」

「アンドレア……」


 本人も意識はしていたようだ。それが彼女らしいといえばらしいが、ちょっと不思議だった。いつも賢く、取り乱すような事をしないのに(自分の事では)、今回は頑なだった。なぜここではあっさりと認めているのに、あの場では駄々をこねていたのだろう。そう聞けば、アンドレアはむすっとする。


「お父様の事だから、きちんと話してくれると思ったのよ。それなのにいきなり相手に会ってみろだなんて……そんな事を言われても、心の準備なんてできないわ」


 なるほど。急な話についていけなかったのだろう。もし自分が同じ立場だったとしたら、同じ気持ちだ。実際いきなり森に来たジノルグに城へ来いだの護衛をするだの言われてわけが分からなかったのだから。それと似たようなものかもしれない。思わず頷く。


「じゃあ結婚する気はあるのね?」

「ええ、もちろん」


 あっさりと頷く。


 ロゼフィアは少し笑ってしまう。あれだけ長い言い争いをしていたというのに、もしかして互いに相手の話を聞いていなかったのか。おそらく互いに意見を言うだけ言って、その裏に隠された気持ちまでは伝わっていなかったのかもしれない。親子や親しい相手とは、どうしても先に自分が正しい、と主張しがちだ。だが改めてチャールズとアンドレアの言葉を聞き、互いの事を思い合っているという事は分かった。


「ロゼは?」

「え?」


 いきなり話題を変えられる。


「ロゼは結婚を考えているの?」

「えっ? いや、別に……」


 急に自分に話がふられるとは。しかも考えた事もなかった。誰かと一緒になる生活が今までなかったし、結婚どころか人との交流でさえほぼなかったのに。結婚なんて自分にはハードルの高い話だ。困って黙っていると、アンドレアは苦笑した。なんとなく察してくれたらしい。


「ジノルグは常に見合いの話が出るわよね」


 今度はジノルグに話をふる。


 話の矛先を変えてくれたのは嬉しいが、ちょっと驚いた。知らなかったが、ジノルグにもそんな話が出ていたなんて。だが彼はいきなり言われたのにも関わらず、しれっと「さぁ」と答える。


「あら、ばあやが言っていたわよ。毎日見合い写真が届くって」

「俺は知りません」

「興味がないからでしょう? あなたもそろそろ考える時期じゃないの?」

「……ジノルグって、いくつなの?」


 そういえば知らなかった。

 ここぞとばかりに聞いてみる。


「二十五よ。そろそろ伴侶も決めないといけないって、キイルによく言われているわよね」


 ちゃっかりキイルの名が出てきたが、豪快に笑いながらジノルグにそう言っている姿は想像できた。するとジノルグはげんなりした顔になる。どうやら普段から色々と苦労が多そうだ。


「今はそんな事よりも、仕事を優先させたいので」


 アンドレアはそれを聞いて息を吐く。


「本当、ジノルグは仕事が好きね」


 まるで聞き飽きた、と言わんばかりだ。確かに真面目だし誠実だし仕事が好きそうに見える。実際自分の口で言うのだから、好きなのだろう。こんなにも仕事人間で将来大丈夫なのだろうか。他人事であるのになぜか心配になる。だが、生き方を選ぶのは自分自身だ。自分だって自分のやりたいようにしている。だから他人が口出しする事ではないのかもしれない。


 するとアンドレアはふふ、と笑い出した。


「ああ、久しぶりに二人と話して楽しかったわ。最近城にこもりがちだったから」


 先程と打って変わって清々しい顔をする。

 少しは機嫌が良くなったようだ。


 だが、後半の言葉に心配になる。


「そうなの?」

「ええ。勉強漬けの毎日よ。王族として責務は果たさないと」

「……ほどほどにね」

「ロゼもね。あなた、頑張り過ぎると倒れちゃうんだから」


 痛い所をつかれ、苦い顔になった。


 少しその辺を散歩する、と言いながら、アンドレアはその場を移動する。いつものように朗らかな表情に戻って歩いて行った彼女を見て、少しほっとした。どうなるか少し不安だったが、これなら実際王子が来ても大丈夫だろう。


 アンドレアはとてもしっかりしている。それに今回はアンドレアに会う事が目的ではないらしいし、相手の王子がアンドレアの事をどう思っているか分からないし(チャールズに見合いと言われたわけじゃないのだから、あまり考えていないかもしれないし)、それは自分の観察力次第だ。


「そういえば」


 急にジノルグが口を開く。


「うん?」

「剣を教えてほしいと言ってたな」

「あ……まぁ、そんな事言ってたわね……」


 アンドレアの見合い話が衝撃過ぎて忘れていた。ジノルグが言ってくれなかったら、多分忘れたままだっただろう。だが今更な気もする。あの時は大勢の騎士がいたからこそ、色々とレクチャーしてもらえるかと思っていたのだ。


「今なら時間がある」

「え、い、いいわよ」

「なぜ?」

「なぜって……」


 と言いながら断る理由が見つからず、少し悩んでしまう。本来なら教えてほしいとは思うのだが、ジノルグに教わるのがちょっと気になる。真面目な彼の事だから、かなりスパルタに教えられるんじゃないかと思ったのだ。ちょっとした基礎さえ教えてもらえたら別にいいのだが。


「心配しなくても、難しい事までは教えない」

「本当?」

「そんな事を教えなくても、俺がいるからな」

「…………」


 護衛がいるからそこまで教える必要性がない、という事か。だがもしもの場合だってあるし、もしかしたらジノルグが傍にいない時が出てくるかもしれないじゃないか。と言ったら言ったでどうせまた何か言われるのは目に見えていたので、ロゼフィアは頷く。するとジノルグはある場所へと案内してくれた。


 騎士団の方へ歩き、向かった先は小さい中庭のような場所だった。木々が育ち、花も植えられている。場所も端っこの方にあるせいか、人がいない。ジノルグ曰く、あまり人が来ないらしい。


「広々としたところで練習したがる奴らが多い」

「まぁこんなに広い敷地があるんだから、わざわざ狭いところなんて行かないわよね……」


 むしろその広さを使わない方がもったいないという話だ。


「だがロゼフィア殿は目立たない場所の方が好きだろう」


 どうやら気を遣ってくれたらしい。確かに大勢の騎士の前で下手な姿を見られるのは恥ずかしいかもしれない。その気遣いには感謝だ。途中稽古場に寄って持ってきた木刀を渡される。


「最初から剣は持てないだろうから」

「……やっぱりそれって重いの?」


 興味本位で聞く。するとジノルグはすぐに腰から抜き、渡してくれた。持った瞬間ずしっとした重さがやってきて、思わず膝ががくっとなる。これは、ちゃんと腕と足を鍛えてないと振り回すのは無理な話だ。


 自分の身をもって体験し、すぐさま木刀に持ち替える。

 するとジノルグは剣を持ってまず握り方を教えてくれた。


「こう?」

「もう少し脇を閉める」

「こう?」

「ああ、それでいい」


 その後も基本的な事を教わった。剣の振り方、後は身体の動かし方など、色々と覚える事がある。とりあえず身体ができていないのに剣を振り回しただけじゃだめだという事は分かった。


「今日はここまででいいだろう」


 見れば空の色が変わりつつある。

 いつの間にか時間が過ぎていたようだ。


「ありがとう。剣って奥が深いのね」


 もっと厳しく教えられるのかと思っていたが、ジノルグは丁寧に教えてくれた。楽しく学ぶ事ができたし、やはり教えるのが上手いのだろう。慣れた様子で質問に答えてくれた。これは他の騎士から教えてほしい、と懇願される理由も分かる。ロゼフィアは木刀を返しながら聞いた。


「また教えてもらってもいい?」

「ああ」


 当たり前のように返事をしてくれた。

 それをありがたいと思いつつ、少し考えてしまう。


「でも、あれね」

「?」

「もしジノルグが結婚したら、教えてもらえないわね」


 苦笑しながら言う。


 見合いの話がたくさんあるとアンドレアも言っていた。ジノルグ自身はそうでなくても、きっと彼と結婚したいと望む人は大勢いるだろう。実力だけでなく人柄も好かれているのだから。今はなくても、ジノルグだってきっと家庭を持つ。そうしたら潔く身を引かなくては。個人的に教わるのは良くないだろう。相手からしても気持ちの良い事ではない。護衛もその時はさすがに遠慮する。自分はただの魔女なのだから。


「俺は、」


 ジノルグが一呼吸置く。


「今はロゼフィア殿を守りたい。それだけだ」

「…………」


 こういう時、どう言えばいいのだろう。

 自分にはもったいない言葉など、何度思った事だろう。


「ありがとう。……でも結婚したら、絶対その人を守ってあげて」


 今は護衛騎士として守ってくれている。

 それはとてもありがたい。


 だが結婚したら、仕事ではなく家庭を一番に守ってほしい。自分じゃなくて、その人を守ってほしい。ジノルグならきっと守れる。良い家庭を築けるのではないかと思った。するとジノルグは、何か言いたげに口を開きかけたが、閉じる。ロゼフィアが真っ直ぐ思っている事を伝えたからだろう。分かってくれたのだろう。小さく頷いてくれた。


「良かった」


 ロゼフィアは微笑んだ。

 この時のジノルグの表情に、気付かずに。







 王子が来ると予定されている日。


 ロゼフィアは門がある近くの建物の上に待機していた。もうすぐ王子が来るという知らせを受けたのだ。この場所なら、外から誰が来たのか見える。迎えはキイルがするという事で別にここで待機する必要はないのだが、朝からそわそわしてここでずっと待っている。


 ちなみにもちろんジノルグもいる。

 文句も言わずに律儀に来てくれるところはさすがだ。


「もうすぐね」

「ロゼフィア殿が緊張してどうする」


 最もなツッコミを入れられる。

 だがすぐに返した。


「だって観察しないといけないじゃない。ちゃんと見ておかないと……!」

「…………」


 何か言いたげな目をされたが、黙られた。

 おそらくそこまでしなくても、と言いたいのだろう。


 確かに最初から最後まで観察しろという話ではない。だが気になってしまうのだ。観察は相手の事を見て相手の事を理解しないといけない。今まで人との関わりが手薄だった分、相手の良さも見つけられるようにしておかないと。だからこうして気合いを持って朝から待機しているのだ。


 しばらくすると、一頭の馬に乗ってこちらにやってくる人物が見えた。鈍色の髪を持ち、真っ直ぐ門の中に入ろうとする。しばらくすると門は開き、その人物とキイルが歩いてくる。という事は、彼が王子なのだろうか。どんな顔をしているのだろうとロゼフィアが凝視していると、突然眉を寄せた。


「どうした」

「あれって……仮面?」


 ジノルグも同じように見る。


 素材の良い服に身を包みながら、その顔は……確かに目元の辺りにだけ仮面をつけていた。しかも黒く、金の刺繍がある豪勢なものだ。王族なのだからそこもこだわりがあるのだろうと思うが、なぜ仮面をつけているのだろう。レビバンス王国の王子は仮面をつけている、なんて話は聞いた事がないのだが。


 これにはジノルグも一緒に首を傾げていた。

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