サブギル
~ここまでのあらすじ~
天涯孤独の女の子、ナノは今日も冒険者として遺跡の発掘に勤しんでいる。
そんな彼女は遺跡で謎の箱を拾って持ち帰る。(1話)
しかしその夜、モンスターの襲撃を受け(2話)、相棒のペタが重傷を負ってしまった。
箱の秘密に気が付いたナノは、何とかペタの命を救う。(3話)
しかしそれと引き換えにおかしなナノマシン(なの子)がペタに宿ってしまった。(4話)
まあいいか、と流していたら謎の超回復現象が蔓延し(5話)、同じような箱を持つピコも登場(6話)、そして謎の男の子モコも乱入して、ついに恋のさや当てが始まるのか。(前話)
そして、このあらすじで全く語られない、大けがを負ってしまったアトさんの復帰はいつだ?!
「おい、もう一杯くれ。」
テラさんが何かを諦めたようにモコ君にもリンゴ果汁の水割りを注文して席に戻ってくる。
なんやかんやあった後、隣のお姉さんには帰ってもらったので、テラさん、イクサさん、私、ペタ、ピコ、モコの6人で小さなテーブルを囲んだ。
「それじゃあ、改めて自己紹介でもしてもらおうか。」
テラさんがモコの方を向いて自己紹介を促す。
皆はモコに目を向けているが、当人は下を向いて不貞腐れている。そんな彼に困ったような顔でテラさんが私を見る。やっぱり私が紹介しなきゃダメか。
別に座ったままでもいいのだろうけど、私はなんとなく立ち上がった。
「えぇと、彼はモコ君です。ちょっと色々あって、今は私の家にいます。」そう言うと、いきなりペタが動揺した。
「それと、彼は王都から来た貴族です。」情報を加えると、今度は何故かイクサさんが動揺している。
王都と貴族どっちに反応したんだろう。
「後は、神殿を調査した貴族というのが彼みたいです。」そこまで情報を出してようやくテラさんも驚いてくれた。
ピコは・・・うん、自分でリンゴ果汁のお代わりを買ってきて飲んでいるわね。あの子は放っておこう。
「えぇと、以上で。」
私が座ると、モコがすっと立ち上がって私を睨んできた。
「モコだ。」
「え?うん。」
「僕はモコと呼んでいいとは言ったが、君に君付けで呼んでいいとは言っていない。」
「あ、そう・・だね。」
それだけ言うと、モコはまた自分の席に戻ってまた黙り込んだ。
あぁ、雨の音が良く聞こえる。
「いいか?」ペタが周囲を伺いながら手を挙げて質問する。
「どうしてお前がナノの家にいるんだ?」
ペタのその質問を聞いた途端、今度はペタを睨みながら席を立ち、
「モコだ。お前にお前と呼んでいいと言った覚えもない!」そう叫ぶとまたすぐに席に座る。その後は届けられたリンゴ果汁の水割りを睨んでるだけ。
「モコ、ならいいのか。」ペタが確認するように問いかけると、「そうだ。」とモコは短く返答した。
「それで、モコはどうしてお前の家にいるんだ。」モコとは会話しにくいと思ったのか、ペタは私に聞いてきた。
「あの日、モコが私の家に押し入って、色々となんやかんやあって私が彼を匿うことにしたのよ。」
「あの日?」
「モンスターが町を襲ったあの日よ。」
そう、あの日の朝、私が家に帰るとモコがいた。
家の中にあまりにも何もないので、空き家だと思ったらしい。まあ、殆どギルドの食堂かお弁当ですませて、キッチンには鍋も食器も置いてないからしょうがないけど。
誰もいないと思って油断したところで私が帰って来たので、思わず魔法を使って私を眠らせたのだという。それで私も一度はモコに捕まった形になるわけだけど、目を覚ましてから彼がここに来るまでの経緯を聴いた私は、解放してもらう代わりにしばらく匿うことにした。
「というわけよ。」
「おい、いきなり黙ったあと、そういうわけよって分かるか!誰に説明したんだ。ちゃんと声に出して説明しろ。」
やれやれ。やっぱり説明しなきゃダメか。
ペタがうるさいのでちゃんと声に出して説明しました。
「というわけよ。」
「なるほどな。」
「いいな~、私もまだナノちゃんの家に行ったことないのに~」相変わらず一人ズレてる人もいる。
「それで、ナノの家に行くまでの経緯っていうのは。」ペタが今度はモコに聞くが、「それは・・・」と、モコははっきり答えない。
まあこれだけ周囲で聞き耳をたてられてるんじゃ、言いづらいだろう。
「ねえテラさん、場所変えられない?」私がテラさんにそう言うより前に、それを遮って口をはさむ奴がいた。
「モコさん。あなた魔道具を発動させたと勘違いして逃げてるんでしょ?」さっきまでジュースを飲んでいたピコだ。
「僕が勘違い?」
「そう。この町の異常回復現象を引き起こしたのが自分だと思ってる。」
「違うのか?」
それには答えず、ピコは私を見た。
「あなたは最初から真相を知っていたはず。」
「それは・・・」
「だから罪悪感でこの子を匿ったんじゃない?」
視線が一斉に私に注がれる。
「最初からってわけじゃない。状況がちゃんと分かったのは昨日よ。だから今日テラさんに相談して、それからモコや皆にもちゃんと話そうと・・・」嘘は言っていない。怪しいな~ぐらいのことは最初から思っていたけど。
「じゃあ、今ははっきり分かっているのね。この異常回復の原因があなたの『なのましん』だってことが。」とピコが私を指差したとき、さらに男の人が入ってきた。
「それは、詳しく話を聞きたいね、お嬢ちゃん。」
「はぁ、サブギルか。」
「おう、テラ。お前のところの子供たちが騒いでるってギルドに連絡があってな。急いできてみたんだが。あー、お嬢ちゃんは確かさっきギルドにあいさつに来た子か。えぇと・・・」
「ピコです。さっきはどうも。冒険者ギルドのサブマスター、ギルさんでよかったかしら?」
「おう、サブマスターのギルだから、みんなサブギルって呼ぶけどな。それで、誰が状況を一番わかっているんだ?」
「あぁ、俺から説明しよう。」
テラさんからサブギルに今までの話が要約され声に出して報告される。
「というわけだ。」
「なるほどな。」そう言ってモコに目を向けるが、モコは目を逸らす。
「それで、テラよ。結局、今ギルドを悩ませている問題は解決するのか。」
「知らん。」
「おいおい。」
「・・・分かってるよ。ただ俺もほんとに知らんのだ。いま話を聞き始めた所だからな。」
「まあ、そりゃそうか。あーー、ピコちゃんが一番詳しそうだな。まずその箱が今回の原因となった魔道具ってことでいいのか。」
最初から話を聞いていないからか、テラさんの要約が大雑把すぎたのか、箱が魔道具ってことになっている。
「さあ、この町の回復現象は私じゃなくてあの子の箱の方が引き起こしてることだから、あの子に聞いた方がいいと思うけど。」
ピコも訂正もせずに、あの子、と言いながら私を指差す。
また私に視線が集まる。特にサブギルからの視線は鋭い。ギルドのサブマスターなんて、昨日まで半人前だった私に面識はない。どういうつもりでこの場に来たのか。私を捕まえに来たのか。
そこでふと気が付く。このシチュエーションは私の箱を渡せば乗り切れるんじゃないか?
「・・・この箱が異常回復の原因です。」そう言いながら私は箱をサブギルに渡す。
箱を受け取ったサブギルは、箱の模様を指でなぞったりしながら検分する。
「ふむ。魔道具と確定したものは俺も初めて見るからな。」
「サブギルさんは魔法も使えるのね。あの箱を魔道具として起動しようとしているみたい。」何をしてるのかと不思議そうにしている私に、ピコがそっとささやいてくれた。
その声が聞こえたのか、サブギルが私達を見て何か言いかけようとしたとき、つい最近も聞いた鐘の音が鳴り響いた。
モンスター・オーバーフローが起こった合図だ。
「モンスター?!早すぎる!」
サブギルはすぐに外に飛び出す。私達を含む食堂にいた冒険者たちもその後を追った。
雨はさらに激しくなっていた。雨の音にまぎれてときどき聞こえてくる情報を必死に拾う。まだ敵は遠くにいるようだ。ただ、大型のモンスターも混ざっているらしい。絵本でしか見たことがないトロールのような巨人も今回の相手に含まれているってことだ。
サブギルが私達の方に戻ってくる。
「ひとまずこの箱は預かる。敵はまだ遠いみたいだから俺は一旦ギルドに戻るけど、君たちも準備が出来たらすぐギルドに集合だ。そこで持ち場を割り当てる。あぁ、ピコちゃん。君はひとまずテラのパーティで戦闘に加わってくれないか。こいつの腕は俺が保証するし、魔法使いのこともよく分かってる。気に入ったのならずっとこのパーティでやってくれていいぜ。」
「俺は構わねえよ。」
「私もそれでいいわ。」
「そうか。」
「あ、待って。」慌ただしく行こうとするサブギルにピコが声をかける。
「その箱は、ギルドの建物で保管するの?」
「ああ、モンスターが来てるからな。奪われたりしないよう厳重に保管するよ。」
「そうね。モンスターはその箱を狙ってくるかもしれないわ。」
「何か知ってるのか?まあ今は時間がない。後で聞かせてくれるんだろうな。」
「そのためにもしっかり守ってね。」
「そうだな。まあそういうのは大人に任せておけ。じゃあまた後で。」サブギルはそう言ってテラさんに手を上げてから走って行った。
「さて、と。一難去ってまた一難だな。それじゃあ、各自フル装備でまたここに集合だ。おっと、モコ・・様は付けたほうがいいか?」
「呼び捨てでいい。言葉づかいも改まる必要はない。」
「そうか。じゃあ遠慮なく。それでモコはどうするんだ。ナノの家に戻るのか?」
「冗談じゃない。ここにモンスターが押し寄せてくるんだろ。遺跡のそういう性質のことは承知して来ている。もちろん僕も戦うさ。」
「あら~、勇ましい貴族様ね。」
「勇ましいさ。剣も魔法も君たちよりは使えると思うけどね。」
「ははは。そりゃ頼もしいな。それなら俺たちと一緒に来るか?ただ、その場合は俺の指示をある程度聞いてもらうことにはなるが。」
「僕に指示するつもりなのか。」
「強くても孤立したら死ぬぞ。まだ若いようだが戦場を知らないわけじゃないんだろ。」
「もちろん知ってるさ。他の遺跡で、町の防衛をやったことだってある。」
「そうか。」
「・・お前の言うとおり、今の僕はこの町の指揮命令系統には組み込まれていない。」
「そうだな。」
「この町の地理にも不案内だ。」
「そうだろうな。」
「今は貴様の指示を聞くしかないというのは分かる。」
「そうか。」
「だから、そうした方がいいと僕が判断した指示には従おう。」
「ああ、上出来だ。」
モコのあまりの上から目線にもびっくりだけど、それに全く動じないテラさんにもびっくり。んと、誰も言わないのはこれが普通なのか?戸惑ってるうちにテラさんが話を進める。
「モコは武器や装備は持ってるのか?」
「ナノの家に置いてある。」
「じゃあ、みんなも準備をしたらいったんここに集合だ。それからギルドに向かう。」
「分かった。」
「アトさんは?」
「ああ、しょうがねえな。俺が呼びに行くよ。」
「私が行くわよ。あんた準備がいつも遅いんだもの~」
「ん、そうか。じゃあ任せる。」
「それじゃあいったん解散!」
テラさんがそう言って、私達は装備を取るため自宅に戻った。
厳しい戦いになるかもしれないけど、あっちが来てくれるのなら、これは逆にチャンスかもしれない。
その時はまだそんな風に考えていた。
■貴族
王都は割とよく戦争をやっています。そのため、貴族といってもパーティやダンス、昼下がりのサロン遊びに耽るような優雅なものではなく、戦国武将が近いかもしれません。
故に貴族は幼少より様々な武器の扱いと魔法の英才教育を受けており、体力の余ってる町人が片手間に訓練を受けただけの冒険者と比べると、次元の違う強さになります。
モコが本編の最後の方で、剣も魔法も冒険者風情に遅れは取らない、と言っているのはあながち間違いではありませんし、テラさんも貴族の実力は知っているのでそれを否定はしませんでした。
ナノはそのあたりの知識がないので唖然としていますが、イクサさんや年齢の割に冒険者歴の長いピコは分かっています。ペタはナノ同様に唖然として言葉が出なかったクチですね。
■火力
メンバーも増えたので、改めて火力比較を。
サブギル>>>>>>>>>>>>ピコ>>>>テラ>モコ>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>ペタ>>イクサ>ナノ>>>>>>>>>>アト
上位が増えたのでちょっと縮尺が変わりました。
ピコは火力のある魔法使いです。対してモコは剣の補助として魔法を使う場合が多く、単純火力で言えばピコが上です。ただし、対人勝負をすると、たとえ遠距離だったとしても、モコには勝てないでしょう。
あと、テラさんとモコの火力を比較すると、体格と筋力で上を行くテラさんが勝ちます。ただしテラさんは魔法が使えません。魔法が封じられた状況ならテラさんにも勝機が見えてきますが、魔法ありの実戦ならほぼ100%モコが勝つでしょう。
魔法は色々と弱点もありますが、非常に強力な存在です。
また、サブギルは元貴族の三男坊です。
魔法が使える上にモコと同様、幼少から訓練を受けており経験も豊富ですから、この町で一番強い存在でしょう。
尚、ギルドマスターは名誉職というかお飾りなので、サブマスターであるサブギルが実質このギルドのトップです。
また余談ですが、ペタはナノマシンを取り込んだことで(誰も知らないままに勝手に)肉体改造をされており、ちょっとランクが上がっています。