ピコの謎箱(リドルボックス) ~下~
「こんなものを見たことはある?」
そう言って少女は自分のカバンから箱を取り出した。
「ん?それっぽいのなら、最近発掘したな。」
「そうね~。」
「ナノ、まだ持ってるか?」
「ええ、持ってるわ。」
紙は消えちゃったけど、箱も何かの役に立つかもしれない。そう思っているので私の中では貴重品扱いだ。もちろん家には置かずに常に持ち歩いている。
「私達が見つけたのはこの箱なんだけど・・・」箱を取り出しながら続けて問いかける。
「あなた、この箱のことを何か知ってるの?」
ピコと名乗った少女は小さく頷くいて、答えを言う前に私の箱を手に取った。
「私のと同じような模様。やっぱりあったのね、この遺跡にも。」
「他の遺跡でもこんなものが出土するの?」
「こっちは私が住んでいた町の遺跡から出土したものだけど、その他の遺跡のことは知らない。ところで、この箱の中身はもう見た?」
「ああ。もう中も見たよ。ただの紙だったな。」
「ただの?」
「ああ、ただの白い紙だったけど・・・」
「違うわ、ペタ。ただの紙じゃ、なかったのよ。」
見知らぬ子供が同席してるのはちょっと不本意だったけど、きちんと話をするなら今この場しかない。というよりもう話さないと収まらないと思った。
「どういうことだ?」ペタがよく分からないという顔で聞いてくる。
「ごめん、ペタ。いつかちゃんと説明しようとは思ってたんだけど・・・簡単に言うと、この箱に入っていた紙があなたの命を救ったのよ。」
「ということは、紙を使ったのね。」
「使った?」
「そう、あなたがゴブリンに刺された時に、ね。」
「そういえば教会でも紙がどうとか言ってたっけ。」
「あなたが刺された時、私はポーションなんて使ってないし、たとえ持っていても相当深く刺さっていてポーションなんかでは治療できない状態だったわ。」
一瞬、静寂が訪れる。外の雨の音が響く。
「ペタが刺されて気を失ったあと、私はあなたにあの紙を使った。そうしなければ死んでしまうと思ったから。紙は、今はあなたの体内に取り込まれてしまったのだと思うわ。」
「どういうことだ。」
「あの紙には傷を回復させる効果があったのよ。」
「魔道具ってことか。」
「ちょっと待て。モンスターの襲撃はあの紙を拾った夜だ。お前はどうしてあの紙が魔道具だと分かったんだ?それから使い方も。」
「うちに持って帰って見たら破れていたのが元に戻っていた。それで何かあると思ってたんだけど、テラさんに相談する前に戦闘になっちゃって。それで切られた私の足の傷が、間接的にだけど紙に触れたことで治ったから、それなら傷口に直接紙を貼ればもしかしたらと思って・・・」
ナノマシン、とは言わない。魔道具と勘違いしてくれているなら好都合だ。分子の概念もない人達にナノマシンなんてとても説明できない。
この話をしてパーティメンバーからどう思われるか心配していたが、ペタは興奮したように声を上げた。
「スゲー。俺に魔道具が使われてたのか!」
ペタ、ちょっと声のボリュームを下げて欲しい。
私の願いもむなしく、ペタは大きな声でしゃべり続ける。
「あ、それでなのかな。このあいだの訓練で頭防具越しに強烈なのを貰ったのに、全然衝撃とかなかったんだよ。体もすごく動くようになったし、力も強くなったような気がするし・・・」しゃべり続けるペタに、ピコが声をかける。
「ねぇねぇ。」
「ん?なんだよ。」
「あなたがあの紙を取り込んだのなら、声は聞いてないの。」
「声?」
「あの紙の声よ。」
「紙の声?」予想はしていたが、ペタは全くなの子の声を聞いていないようだ。
「紙の声なら、聞いたのは私よ。」
「あら?」
「ピコちゃんだっけ。その話をするということはあなたも紙を使ったのね。そして紙の声を聞いた。そうなるとこの箱に入っていた紙は・・・」
私はピコが出した箱を手に取る。
箱は空だった。「中身は私の中よ。」ピコが答える。
「おい、ナノ。ちょっといいか。そこの嬢ちゃんも。」
ピコと二人で話をしていたところにテラさんが強引に割り込んできて、ピコとの会話が途切れる。
「なあ、俺達には全く話が見えないんだ。分かるように説明してくれ。」
そう言いながらテラさんはイクサさんに硬貨を渡して、ピコの飲み物を注文した。
ピコも含めて、改めてテーブルに着く。
「さてと。聞いていた限りじゃ、だいぶヤバい話のような気がするんだが。」
そう言って、テラさんは周囲を見渡す。
雨が降っていて外仕事は出来ないからか、いつもより中にいる人数は多い。そして皆がこちらに聞き耳を立てているような気がした。
「何が?」
「いや、ナノもお嬢ちゃんも魔道具をギルドに売らずに使っちまったんだよな。」
「あら、発掘品だからって全部ギルドに売らなきゃいけないって決まりはないわよ。」
「まあ、それはそうなんだけどよ。」
そうは言っても、そういう雰囲気というのはある。ただの冒険者が魔道具を持ったり使ったりしてもいいのかというと、いけないだろう。
王都で国宝として管理され、英雄となった人たちに王様が褒美として渡すものだ。
本当は人のいないところでテラさんに相談するつもりだったんだけど、この子がこんなところで箱を出したものだから、予定は狂いっぱなし。確かにこの子の言うように罪にはならないのかもしれないけど、ダメ・・・なんじゃないかな。
テラさんが困ったように頭を掻いた。
「その紙は、その、もう元には戻らないのか?元の紙には・・」
「戻らないわ。」
「無理、みたい。」
こんな時ばかり声を揃えて返事をする。
「そうか。それは、その紙の声がそう言ったってことか?」
「そうよ。」
「ふむ。」
「ねえ。それってもしかして・・・」
「あ、まて。」
「なに?」
「お前が言いたいのは・・・」
そう言ってテラさんは声を潜める。
「(今の回復現象と関係があるかって事だろ?)」
「(そうよ~。)」
テラさんが私の方を見る。私は頷いておいた。
それを確認したテラさんは、ピコの方も見るが、ピコは薄めたリンゴ果汁が珍しいのか、飲むのに夢中でひそひそ話は聞こえていないようだった。
「(どうしたの?)」
「(もし関係があるなら、その・・慎重に行動する必要があるだろ。)」
テラさんはまだ私を庇ってくれるつもりだ。
そう思うと本当にうれしかったけど、テラさんの態度をみるとやっぱりマズいことだったんだなと思う。あぁ、もっと早く相談しておけばよかった。
ていうかこの子はちょっと空気読みなさいよ!
ばたん!
そんな時、食堂の入り口が乱暴に開けられた。濡れた髪から雨のしずくを落としながら女性が男の子を引っ張って入ってくる。
「ナノはいるかい?」
入ってきたのは私の隣に住むお姉さんだ。お姉さんはすぐに私を見つける。
「あ、いたいた。ナノ!」
「一体どうした・・・」
思わず声が止まった。お姉さんが引っ張ってる男の子が問題だ。
「この子があんたの家の中でごそごそやってたからみんなで捕まえたんだけどね。ナノの許可は貰ってるとか言うもんだからさ。突き出す前に一応アンタに確認しておこうと思ってさ。」
「モコ君・・・」
あぁ、やっぱりそうなっちゃうのか。
私はその男の子に声をかけながら、心の中でため息をついた。
■年齢について②
最後にちょっとだけ登場したモコ君も加えて、今時点で予定している主要な登場人物は全てです。
という訳で、改めて全員の年齢設定を。
ピコ・・・ 9歳
モコ・・・11歳
ペタ・・・11歳
ナノ・・・12歳
アト・・・18歳
テラ・・・25歳
イクサ・・26歳
この世界では一般的に10歳を過ぎたぐらいで見習いとして働きに出ます。奉公に出されたり、家業を手伝わされたりですね。15歳ぐらいで体が出来上がれば一人前と扱われるようになりますが、それまではお駄賃のような給料で雑用をさせられる感じです。
ですからナノやペタが冒険者見習いをしているのも、仕事の内容が危険が伴うために家族にいい顔をされないことを除けば、それほどおかしなことではありません。
若すぎる設定のような気はしますが、戦争も多く家内制手工業中心で生産性も高くない時代ですから、こんなものでしょう。
ナノの普段の生活は、性別は違いますがラピュタのパズーのような感じです。
また先に本文で、紙は珍しいというほどではなく皆読み書きぐらいは出来ると書いていますが、7歳ぐらいから、読み書きソロバンを手の空いている老人の所に教わりに行きます。3年ほど毎日1~2時間程度で、習得出来たら働きに出るという感じですね。町民として生きる分にはそう複雑な表現や計算は必要ないので、3年程度で習得可能だろうと思います。漢字もないですし。
先にも書きましたが、女性はだいたい16,7歳で結婚します。男性はある程度の経済力を付けてからなので若くても22歳ぐらいからでしょうか。町民の場合、男性は経済力をつけなければいつまでたっても結婚は出来ません。逆に貴族は経済力というより家の格と政略が絡みますから、男女共に5歳でも50歳でも結婚しちゃうことはありますね。
また女性は子供を産むことを期待されているので、25歳を過ぎるとぱったり結婚話が来なくなります。もちろん25歳はまだ子供は産める年齢ですが、以下のように考えました。
まずは現代より高い乳幼児死亡率を考えて平均で5人程度出産することを期待されているとします。そうすると2年間隔としても5人の出産に10年。最後に産んだ子を一人前まで育てて15年。先に成人の平均寿命を50歳強と設定していましたから、この世界での結婚適齢期は25歳までと考えられているわけです。
もっともこれは設定として決めたこの世界の一般論で、彼・彼女らにはもう少し違う人生を歩んでもらう予定です。