冒険者ギルドとモンスター・オーバーフロー
説明回です。
ある程度の設定は固めているつもりですが、書き進むうちに書き直すかもしれません。
遺跡が発見されることは良いことばかりじゃない。
いや、デメリットの方が多いかもしれない。
「モンスター・オーバーフロー」といわれる、遺跡内のモンスターが集団で町を襲う昨夜のような現象は、現在確認されているすべての遺跡で定期的に発生していた。
かつては遺跡が発見されても「モンスター・オーバーフロー」に対応できず、近隣の町や村がモンスターによって壊滅し、やがて入口がどこにあったのかも分からなくなる、ということを繰り返していたと聞く。
だから今は、遺跡が発見されたら最初に防衛拠点として冒険者ギルドが出来て、冒険者を中心とした防衛体制が整備される。
それが地理的にあるいは政治的に整備できなかった町や村は、捨てられる。
私はこの町を出たことがないから他の遺跡のことは知らないけど、今はギルドが整備された町でモンスターに壊滅させられたところはないらしい。この話は冒険者ギルド(仮)を作るために王都から来たギルドのサブマスターが町の人たちに説明したことだ。
王都から持ってきたという大型モンスターに対抗するための兵器なんかも見せてもらって、結果として多くの住民はこの町に住み続けることを選択した。
もちろん全てを信用したわけじゃないんだろうけど、自分たちが逃げ出してリンゴの流通を止めてしまうと、周辺のリンゴ農園を見捨てることになる、というのも大きかったんだと思う。
この町にはそういう男気というか義理堅さもあった。
現に遺跡からの収入の方が圧倒的に大きくなっても、リンゴの流通は今まで通り続けている。
冒険者ギルド(仮)が出来ると、今度は冒険者だ。私やペタのようにこの町の住人で冒険者になった人もいるけど、周辺の町や村、それと王都から、町がもう一つ出来るぐらい集まった。
この町を守るために。
そうやって集まった冒険者というのは、冒険者ギルドに雇われているわけではないけれど、完全に自由人というわけでもなく冒険者ギルドによって管理されている。
まず、遺跡を探索するためにはギルドに発掘申請を出して、発掘許可を受ける必要がある。その申請を出せるのは、ギルドに認められたパーティリーダーだけだ。
それと発掘をしたら必ず報告書を出さなければいけない。内容は探索した地図、どこでどんなモンスターと戦ったか、発掘品の場所など結構細かいらしい。
報告書を出さないと次の申請が出来ないのだけど、報告書を出すことで結構な額の報酬も出る。要は遺跡の情報をギルドが買い取って整理しているわけだ。そうやって集まった情報は冒険者なら無料で閲覧できる上に、この辺りはまだ発掘品の取りこぼしがありそうだとか、この辺りのモンスターは戦闘経験を積んできているとか、ギルドのコメントまで付いている。
パーティリーダーはそういう情報を元に戦略を立て、発掘申請を出す。だからパーティリーダーには情報分析や書類作成など、デスクワークも多い。
ちなみにテラさんは案外そういうのがマメにできるみたいで、報告書が再提出になったことはないと言っていた。私は、アトさんが探索中に取ってる細かいメモのおかげだと思ってるけど。さすが吟遊詩人!と言うとアトさんは怒るかな。
まあそれは置いておいて、ギルドはただ申請を受理して許可を出すだけじゃない。
発掘申請にはパーティメンバーとその戦力評価、目的(発掘、討伐、斥候など)、それから探索場所を書いて出すのだけど、ギルドはその申請の調整もやっている。全体として効率的に探索を進めるため、発掘申請が修正されないことはないらしく、修正された発掘許可への異議申し立てもよほどの事情がないと通らない。
ただし、そのおかげで他のパーティと発掘品の取り合いになることもないので、変にライバル意識がなくていいのかもしれない。そもそも共通の敵があるから、冒険者同士はライバルではなく仲間や戦友という意識の方が強い。
それから、発掘品は品物によって固定額での買い取りになる。
もし発掘品が魔道具だったら何が起こるかわからないし、王都に持っていかないと鑑定もできない。だから遺跡から発掘されたものをそのまま冒険者が使うことはない。
基本的に発掘品は全て”魔道具の可能性が少しだけあるもの”としてちょっと高値でギルドに買い取ってもらう。
ちょっと高値というのがミソで、発掘品の提出は義務ではないものの、結果的にほぼ100%ギルドが買い取っている。
そして、パーティリーダーが書類作成に追われている間にパーティメンバーが何をしているかというと、町を防衛する為の罠の設置や防壁の建設、あとは訓練などだ。
罠の設置だけでなく、訓練への参加もギルドからの依頼となり、少額だが報酬も出る。
もちろん、訓練参加で報酬が出るのは戦力と認められた人だけだけど、それでも町での仕事は安全だから、ほとんどのパーティは参加する。
何だかこうして改めて説明してみると、冒険者ギルドに冒険者って踊らされてないか?
まあ、誰も疑問を持ってないみたいだし、いい関係ってことにしておこう。
つまりこの町でも昨夜のような襲撃に対する備えはあったんだ。
だけどこの町では遺跡発見から今まで襲撃がなかった。
この町は大丈夫。そんな雰囲気が町全体にあり、単純に私たち皆が油断していた。
昨夜の見張りに至ってはサボってカードをやっていてモンスターの接近に気付かなかった。
落とし穴などはともかく、人が作動させる罠や大型の兵器類はほとんど機能しないままに防衛ラインを突破され、私達は連携した動きも取れないままに町中で各個撃破することになった。
私が鐘の音を聞き、アトさんが魔法を暴発させて大やけどを負ったのもこのタイミングだ。
幸いにも、それほど強力なモンスターは含まれていなかったこと、冒険者の大半が遺跡から戻っている(そしてお酒を飲み始めるにはまだ早い)時間だったこともあり、何とか追い払うことは出来た。
建物の被害は多々あったようだが、主戦場となった新区画の住人は大半が冒険者だった為、人的被害は少ない。
これがこの町の最初の防衛戦。
酷い内容ではあったけど、それでも何とか町は守れた。
色々あったけどね。
「まあ、なるようになるわ!」
オーバーフローから明けて翌朝。
眠い目をこすりながらペタと並んで旧区画へ朝帰りだ。
やましいことは何もないけど、ちょっと照れるシチュエーションね。
なの子に聞きたいことはたくさんあるけど、50cm以内まで接近するということに躊躇しているうちに、いつもの分かれ道でいつものように別れてしまった。
そのまま家の前まで戻った私は、外から掛けていたカンヌキが外れていることに気付かなかった。
家の入り口をくぐって、扉を閉めようと後ろを向いたとき室内に人の気配を感じる。
「誰!」
急いで振り返る。
そこには細身の剣を構えた同い年ぐらいの身なりのいい男の子がいて、そこで私の風景は暗転した。
―*―*―*―*―*―*―*―
「テラさん、一匹そっち行っちゃった!」
「こなくそ!!」
忌まわしきモンスター・オーバーフローの日から2週間ほど、私達は復興作業に明け暮れた。それでもまだ元通りというには程遠く、復興支援の仕事はギルドの掲示板にも多く貼り出されている。しかし安定はしなくてもお金になるのは遺跡探索だ。
発掘申請がようやく認められた私達は、久々に遺跡に入った。
あの日出会った男の子のことはまだ誰にも話をしていない。
それと私にはもう一つ、確かめたいことがあった。
「こいつらも勝手に回復しやがる。」
「そう言うな。俺たちだって回復するんだからさ。」
「撤退するか?」
「それしかないわね~。」
そう。
ナノマシンを取り込んだペタだけでなく、周囲にいる私達や他の冒険者、モンスターまでが、明らかに異常な速度で怪我が治っている。
ウイルスが感染していくように、ナノマシンが広がっている。
そうは言ってもウイルスと違って病気になるのではなく超回復現象だから大きな問題はないだろう、最初は私も楽観してた。
でも、モンスターも回復するというのが問題だった。
①味方も敵も勝手に回復するようになると戦闘が長引く。
↓
②物音を聞きつけて別のモンスターが寄ってくる。
↓
③数で押されると逃げるしかない。
という三段論法で、遺跡の発掘もモンスターの討伐も遅々として進まない状態になったのだ。
私達の久しぶりの遺跡探索も散々な成果で、逃げるように町に戻ってきた。
あとで聞けば今はどこのパーティもそんな有様だとか。
次の襲撃を先延ばしにするためにも、少しでも遺跡のモンスターを減らしておきたいのにこれはまずい。
なんとか、なの子と話をしなければ。
ただ、同じパーティメンバーというだけの男の子と自然に50cm以内まで近づくようなことがそう都合よく起きるわけない。ここまで好機を伺うだけで何もできなかったが、ようやく危機感が羞恥心と逆転した。
多少不自然でもやるしかない!
吹っ切ると行動は早いものだ。
さっそく、ギルドの食堂で一人お茶を飲んでいるペタを見つける。たぶん訓練の後の休憩だ。私はペタに気付かれないように背後から近づく。
「だーれだ。」
「ナニョぐぇ?!」
とりあえずペタにチョークスリーパーをかけてやった。不意打ちだったので綺麗に喉仏に腕が入ってる。
ペタの顔が面白いぐらいにどんどん赤くなってるんだけど、気にしない。
【お久しぶりですね。】
なの子の声が聞こえた。
あんた、この間はよくもやってくれたわね。
【何のことでしょう。】
まあいいわ。それより超回復現象がペタ以外にも起こってるのよ。原因の説明と対策を30秒でまとめて。
それ以上はペタの生命に関わるから急いで。
無茶は分かってるけど、その時はそれくらい切羽詰まってるって言いたかったのよ。
なのに、なの子は【分かりました、マスター。】と澄まして言った後、こともあろうに圧縮した情報を直接私の脳内に送り込んできた。
あ、これ、絶対ヤバいやつだ。
視界が妙にクリアになる。遠くの訓練施設で剣がぶつかる音まではっきり聞こえる。圧縮された情報を理解できるよう、脳内物質の栓が一斉に解放されて、脳の処理能力が強制ブーストさせられている。(理解力が高まったことで、自らの脳内の出来事も理解できてしまった。)
ああ、今なら空だって飛べそう。
I can fly!!
その直後、私は鼻血を出して倒れる。
そう、ペタに後ろから抱きついて、鼻血を出して倒れたオンナ、それが今の私。
薄れゆく意識の中で、食堂に入ってくるイクサさんの姿が見えた。
私、終わった。
■王都(ギルド)の経済事情
冒険者ギルドは王都の出先機関のような存在で現実的には遺跡の管理は王都が行っています。
そして王都は発掘品の買い取りに相当お金を出しています。
支払ったお金は冒険者の装備や食料、魔道具由来の生活用品の供給などで回収しています。第2話でナノが食べていたお弁当などがそれですね。
いくら王都とはいえお金が出ていく一方だとバランスが悪くなりますのでそういう設定にしました。王都が主導して構築した仕組みで王都が損をするようなことにはならないでしょう。
そして豊かになるというのは、お金を貯めることではなくお金を回すことです。
ただし、王都が魔道具を買い漁る裏には穀倉地帯への重い年貢などの問題があり、その辺りはいずれ物語とも絡んでくるかもしれません。
■訓練参加の報酬
今でも避難訓練や防災講習とか、参加するとお茶とおにぎりなんかを配ったりしてますね。
まあ今時ペットボトルに釣られて参加するなんて人はいないでしょうけど、それでも人を動かすには物で釣るのが一番ってことですかね。
■防犯について
この世界の一般的な住宅の扉には現代のような鍵はなく、せいぜいカンヌキをかける程度です。外出時に内側のカンヌキはかけられませんが、不在を示すために扉には外からつっかえ棒をしています。作中では細かく説明するのも分かりにくいかと思い、カンヌキと言って済ませました。
そういう状況の為、その気になれば誰でも入れます。
この世界の一般的な庶民の防犯対策は、町の区画ごとに入り口に誰かが立って不審者が入ってこないように見張る人力セキュリティで、この手の話でよくある、裏路地に入ったらガラの悪いのが「てめえ見ない面だな。」とか言ってくるアレです。
もちろん、ナノの住む区画はまともなところなので、仕事の出来ない小さい子供が道路で遊びながら見張っていて、知らない人が来たら大人を呼ぶ、みたいなシステムでしょうね。
町内同士は何の防犯もありませんが、気心も知れているというか、今日のおかずから年収まで筒抜けですから、隣人に窃盗して急に金回りが良くなったらバレます。
なので外からの不審者だけ警戒していればいいわけですね。
第2話でナノが「旧区画だからまだ一人暮らしもできた。」と言っているのはそういう事情もあります。建物自体は独立していますが、長屋のような雰囲気で、一人暮らしというよりは一人部屋を持った、ぐらいの感覚かもしれません。
またそんな状況なので、ナノは夜襲の際に貴重品と発掘品である紙と箱も持って出たわけです。
最大の防犯対策は、盗られて困るものは家に置いておかないということです。
はっ、もしや勇者が勝手に他人の家に入ってタンスの中のものを盗っていくのもそういうことか?!
■後ろから
ナノは気付いてませんが、女の子が後ろからチョークスリーパーとか、胸が当たって年頃の男の子は大変なことになりますね。
ペタくん、良かったね(笑)