右の右手と左の右手
~ここまでのあらすじ~
天涯孤独の女の子ナノは仲間と共に今日も冒険者として遺跡の発掘に勤しんでいた。
そんな彼女は遺跡で謎の箱を拾って持ち帰る。(1話)
しかしその夜、モンスターの襲撃を受け(2話)、相棒のペコが重傷を負ってしまった。
謎の箱がナノマシンだと気付いたナノはそれを使ってペコの命を救う。(3話)
しかし引き換えにおかしなナノマシン(なの子)がペコに宿ってしまった。(4話)
まあいいか、と流していたら謎の超回復現象が蔓延し(5話)、同じような箱を持つピコも登場。(6話)
さらに貴族の男の子―モコも乱入して(7話)いよいよ恋のさや当てが始まるかと思いきや、モンスターが襲撃してきた。(8話)
雨の降る中モンスターと戦闘していたが(9話)まさかの主人公死亡。
主人公が浮遊霊のまま、しかし物語は進んでいく。(10~11話)
ナノと同じくナノマシンのマスターであるピコはナノが本当に消滅してしまったのか疑問に思っていた。(12話)
しかしそんな折、モンスター襲撃を裏で操っていた怪しいフード男にペタが襲われる。(13話)
何とか退けるものの重傷を負ったペタはギルドの医務室に運ばれた。寝込むペタの周りでパーティメンバーにサブギルを加えてなんやかんやお話合い。(14~16話)
その結果、まずはペタとサブギルの右手を付けるため、工房のある町へやってきました。(17話)
ハッ、ハッ
苦しそうな呼吸音が町を覆う霧に溶け込む。
ちょっと大丈夫だろうかと思うほどの速さでドクドクしている心音をモニタリングしながら、私は意識を取り戻す。
どこだ、ここは。
ペタは走っていた。
時々振り返ってるけど、追手がいる?
ペタの左手にはピコの箱が握られていた。
だから私は意識を取り戻した。
でもどうして今こんなことになったのか、その部分がよく分からない。
―*―*―*―*―*―*―*―
町に着いてすぐ、サブギルと一軒の鍛冶屋を訪れたものの、いかにもといった風貌の爺さんに安息日だから明日来てくれと言われ、宿屋を探し、無理を言って食事を出してもらい、観光だと"すごい所"に連れて行かれて「まあ確かにすごいんだろうね、動いていれば。」って白けた雰囲気になり、もう後は早々に宿屋に引き上げて、安息日だから大したものは出さないよって感じの質素な夕食を食べ、早々に部屋に戻った。
そこでペタとピコの部屋が分かれたので私の意識も一度途切れる。
そう、今の私は肉体を持たない。
私の記憶というか魂(?)はピコが持つ箱に入っている。ただそれを扱うためのナノマシンがペタの体内にあるので、ペタとピコ(の持つ箱)が離れてしまうと、私は意識を保てなくなってしまう。
それからどれぐらい経ったのか、おぼろげながら部屋の中で争っているような風景が見えてきたと思ったら、ペタが私(の入った箱)を持って部屋を飛び出し、町を走りはじめた。
はっ。はっ。
ペタは走る。
どうやら何かトラブルがあって、ペタは追われる身になったらしい。
何があったのかは分からないけど、私達を襲撃しようとする相手なんて、フードの男しかいない。
この町で襲われたということは、最悪の想定だったということなのか。
とにかく今は状況を確認したいのだけど、ペタは必死に走ってるだけでイマイチ状況が見えない。
と思ったらペタも息が上がったのか、適当な物陰を見つけて隠れた。
ピコの箱を持っているってことは、私が覚醒していることも分かっているはず。
さあプリーズ、説明的セリフ。
状況が分からないと、手助けもできないよ。
そんな風に伝わらない想いを、そうと知っていてそれでも念じていると、ペタに魔法が使用されたことをなの子が検知する。
この状況なら使われている魔法は千里眼や索敵と言われる探知系の魔法だろう。
私は考えておいた指示をなの子に出す。
すぐになの子が追手の索敵魔法に干渉を始めた。
どう?上手くいってる?
【今のところは順調です。】
そう。気を抜かないで何かあったら教えて。
【分かりました、マスター。】
なの子との感覚のリンクに集中する。
順調に無効化できてるみたいだ。
【マスターは、よくこんな方法を思いつきましたね。】
まあ、「私も魔法が使えるかも」と思っていた頃に、アトさんから索敵魔法のことはいろいろ聞いていたからね。
私はなの子と知覚情報を共有している。
なの子は様々なタイプのセンサー型ナノマシンを周囲にばらまいていて、その中にはマナを感知できるものもあるみたいなんだよね。
生前の私はマナを全く感知することが出来なかったので、魔法の適性も耐性もなかったのだけど、マナの感知さえできれば魔法が使えなくたって魔法に対抗することは出来る。
それを説明するには、まず索敵魔法がどうやって敵を知覚しているか説明しないといけないかな。
索敵魔法は次のような過程で動作する。
①糸を紡ぐようにマナを縒り合せて、周囲に蜘蛛の巣状のマナ・ネットワークを作る。
②マナ・ネットワークの所々に周囲を知覚する為の節を作る。
③節で知覚したものをマナ・ネットワークを介して術者の所まで運ぶ。
ここで付け込む隙があるとすれば、術者は節と直接リンクしているわけではないというところだ。
節はそれぞれが自立していて、集めた情報を独自にフィルタリングしてその結果だけを送信している。何でも送ってたら術者がパンクしちゃうからね。
索敵魔法の難しさは節をどういう設定にすれば求める情報が集まるのかというところで、世が世なら優秀な事務員か秘書になっただろうアトさんが索敵魔法を得意としているというのも、なるほど納得の仕様。
それでちょっと考えてみた。
節に情報を渡さないようにするのは難しいけど、節に大量のノイズの情報を渡せば、フィルターが機能して、結果的に術者には何の情報も送られないんじゃないのかって。
つまり、索敵魔法に対してネットワーク攻撃の定番であるDos攻撃を仕掛けようってこと。
案の定、追手はペタのすぐ近くまで来ていながら、ペタを見つけられないでいる様だった。
「ちっ、この俺が子供一人追いきれないとはな!」
霧のせいでぼやけた追手が悪態をついている。
ただし、ぼやけていても輪郭から相手が誰なのかははっきり分かった。
その輪郭の右腕がなかったからだ。
悪態をつきながら追手は駆け出す。
・・・違和感を感じる。
まるで聞かせるように悪態をついていたんじゃない?
私は急いでなの子のセンサーから収集した情報を、ペタの網膜に直接映し出してやる。
「ナノか。」
最初は驚いたように首を振っていたが、やがて私の仕業だと分かったのか手の中の箱を見た。ペタを驚かせたくはなかったけど緊急事態だ。追手は駆け出したフリをしただけでまだそこにいる。アイツは一芝居うったのだ。
相手も身を隠し、息を潜めて周囲をうかがっていた。油断してペタが出てきたところを捕まえようというんだろう。
まったく敵に回すと本当に厄介な大人だ。
それでも、気づかれることなく相手の位置を俯瞰できたなら、相手の死角を突いて移動することは難しくはない。
私達はそっとその場を離れる。
「行かなきゃいけないところがある。」
十分に距離を取ってから、ペタが呟いた。私に聞かせるためだろう。
追手の位置はもう分からない。なの子が自分のナノマシンを制御出来る範囲はせいぜい数メートルで、とっくに圏外になってしまっている。ただし、また索敵魔法を使われたら同じ手で無効化するだけだ。
その状況を知ってか知らずか、ペタは慎重に霧の町を進む。
「俺の右手は取り返さないとな。」
そう言ってペタがやって来たのは、この町に来た日に追い返された鍛冶屋だった。
ちょっと待って。
この町に来て何日が経っているのか。
裏口から忍び込んだ鍛冶屋の作業台には、完成した義手が二つ並んでいた。
そしてそれを熱心に調整している若い鍛冶職人もいた。
■索敵魔法の対応
この世界での一般的な魔法への対応は、魔法を構成するマナに対して別の命令で上書きしたり、命令そのものを無効化するものです。しかしマナが正しく動作しなければ術者にも対応されたことがバレてしまいます。
今回ナノが行った対応はマナに対してではなく、発現した物理現象としてのネットワークや節に対して、ナノマシンを使ってノイズ情報を与えるというものです。マナや魔法は正常に発動しているので術者には気付かれません。
索敵魔法で作られるネットワークはすぐに消えてしまうその場限りのものなので、この世界ではマナが作るネットワークへの研究や対策はあまり進歩しなかったのでしょうけど、その構造はみなさんがこの小説を読んでいるWebと同じものです。
前世でネットワークの知識があるナノだからこそ思いついた方法だということにして下さいね。