閑話休題というにはスケールの大きすぎる話を道中でさらりと、そして今日は日曜日
~ここまでのあらすじ~
天涯孤独の女の子ナノは仲間と共に今日も冒険者として遺跡の発掘に勤しんでいた。
そんな彼女は遺跡で謎の箱を拾って持ち帰る。(1話)
しかしその夜、モンスターの襲撃を受け(2話)、相棒のペコが重傷を負ってしまった。
謎の箱がナノマシンだと気付いたナノはそれを使ってペコの命を救う。(3話)
しかし引き換えにおかしなナノマシン(なの子)がペコに宿ってしまった。(4話)
まあいいか、と流していたら謎の超回復現象が蔓延し(5話)、同じような箱を持つピコも登場。(6話)
謎の男の子、モコも乱入して(7話)いよいよ恋のさや当てが始まるかと思いきや、モンスターが襲撃してきた。(8話)
雨の降る中モンスターと戦闘していたが(9話)まさかの主人公死亡。
主人公が浮遊霊のまま、しかし物語は進んでいく。(10~11話)
ナノと同じくナノマシンのマスターであるピコはナノが本当に消滅してしまったのか疑問に思っていた。(12話)
しかしそんな折、モンスター襲撃を裏で操っていた怪しいフード男にペタが襲われる。(13話)
何とか退けるものの重傷を負ったペタはギルドの医務室に運ばれた。寝込むペタの周りでパーティメンバーにサブギルを加えてなんやかんやお話合い。(14~16話)
その結果、まずはペタとサブギルの右手を付けるため、工房のある町へ行くことになりました。
「俺、馬車なんて乗るの初めてだ。」とはしゃいでいた朝が懐かしい。
何度目かの「まだ着かないのか。」「半日はかかると言っただろう。」というペタとサブギルとの会話が流れる。
ペタやピコが退屈だというように、風景を楽しむにもこの辺りはまだ開拓が進んでおらず、延々と続く薄暗い森の中を縫うように道が続いていた。
それでも想像以上に道が整備されているからか、スピードは出ているが揺れは少ないみたいで、馬車酔いはしていない。ちなみにモコは貴族なので馬車には乗り慣れている感じだ。サブギルが休憩するときは代わりに御者台に座っている。
「町に着く前に話をしたいんだがいいか。」サブギルが馬の手綱を操りながら声をかける。退屈しのぎだ、といつもの飄々とした言い方にペタとピコも快諾する。
「まず嬢ちゃんの魔道具について教えてくれないか。俺は魔道具の中身までは聞かされてないんだよ。いったいどんな力があるんだ?」
サブギルの言葉にピコはちょっと表情を硬くしてモコを見る。
まあ、昨日はそれを巡ってモコに襲われかけたんだからしょうがない反応かもしれない。あの時モコがどこまで本気だったのかは分からないけど、まるっきり冗談ってわけではないだろう。
モコにとってピコはあの雨の日の襲撃で行動を共にしただけの存在だ。昨日の話ぶりからすると、自分が忠誠を誓う王を困らせた平民の子というイメージの方が強いんだろう。
そんなモコを気にしながら、それでもピコは話はじめた。
「私のナノマシンは身体強化の魔法みたいなものです。ただ、冗談みたいに強化されるけど。例えば石造りの家を壊してしまうような打撃を受けても吹っ飛ばされるだけですんだり、トロールのような巨人を片手で持ち上げたり、ね。」
「トロールの頭に飛び膝蹴りをするようなジャンプ力もだな。」モコが付け加える。
「そりゃまた、規格外の強さだな。この国一番の騎士も越えられるかな。」
「越えられるでしょうね。ただし、それを使うためにはマナとも違う別の力を集めなきゃいけないの。」
「別のパワー?」
「そう。私はそれをクリスタルパワーと言っているけど、ナノマシンの敵がモンスターを使役するのにも使っている力よ。そいつらを倒せばクリスタルパワーが回収できるんだけど、モンスターもクリスタルパワーで強化されているからとんでもなく強くなってるの。強化された私とモンスターとの戦いには、貴族の貴方たちも参加できないと思うわ。」
「そんな話は初めて聞いたぞ。」
「それはそうよ。王様は知ってると思うけど、あまり広めないようにするって言ってたらしいわよ。」しれっとそんなことを言う。王様が広めないようにするというなら、貴族であるモコとサブギルは、他言無用にせざるを得ない。
「俺達では参加すらできない敵との戦い、か。」ちょっと聞いただけのつもりが、なんだかとんでもない話になったとサブギルは呆れた。
「でもペタにはその戦いに協力して欲しいの。」
「え、俺?」
「そうよ。あなたもナノマシンのマスターなら、共通の敵のはずよ。」
ちょっと、なの子。そんなこと私も聞いてないけど。
【私も初めて聞きました。ちょっとピコのナノマシンの履歴を検索します。】
「フードの男も、その敵なのか。」サブギルが切り落とされてしまった右腕を見ながら問いかける。
「まだ分からない。今まで戦ってきた敵は人型じゃなかったし、『りふじーん』って叫びながら襲ってきたから、分かりやすかったのよね。」
何だソレは、という顔をしたモコとピコが会話を続ける。
「その『くりすたるぱわー』はもう残ってないのか?」
「どうして?」
「いや、そんなにすごい力を持っているのに、フードの男に襲撃されていた時には結構ピンチになっていたからな。」
「ああ、そういうこと。んー、クリスタルパワーはまだ十分残っているわ。ただ、身体強化にはちょっと時間が必要なのよ。」
「時間?」
「おまじないの言葉を唱えながら舞を舞って、最後に決めポーズをしなきゃならないの。それが面倒なのよね。」
「ふうん、大変なんだな。」
「そうよ。パパッと使える魔法の方がだんぜん便利よ。」
ああ、やっぱりファンシーな変身するのね。男性陣は揃ってよく分からないって顔をしてるけど、目の前でキラキラ変身するのを見たらどんな顔をするのやら。
「それじゃあ、俺もその身体強化は使えるのか。」ペタは何を興奮してるのかピコと顔が近い。
・・・ちょっと離れたほうがいいんじゃないの。
いくら揺れが少ないって言っても、事故はいついかなる時に起こるかわからないじゃないの!
「さあ。私は『だげきとっか』だってナノマシンは言っていたけど、仲間の能力は私とは違うものになるらしいから、何か別の能力があるんじゃないの。」ピコはお座成りに答える。
「俺のナノマシンにも回復以外に攻撃できる能力があるといいな。」それでもペタは嬉しそうだ。
「それも箱を回収してからね。まあ私は回復してくれるだけでもかなり助かるわ。」
ピコの話では、初めてナノマシンの敵と戦ったときには丸一日かけてようやく倒したらしく、満身創痍で一週間は動けなかったらしい。骨折しても戦い続けたとか聞いてるだけで痛い。「あなたみたいにお腹をサクッと切られてドバッと血が出ても一晩で動けるなんて、素敵。」とか言っている。
そんな話をじっと聞いていたモコが「それなら武術の訓練をした方がいいんじゃないか」と言いだした。
「身体強化されていても避けられる攻撃は避けたほうがいいし、急所を狙えれば効率もいい。昨日の戦いを見る限り、体のさばき方は素人だし、敵のフェイントにもあっさり引っかかっていた。ピコは魔法使いだからそんなものだと思っていたが、体を使って戦うなら訓練して損はないだろう。」
死にかけても大丈夫、の前にまず死にかけないようにすることが先決だ、とモコに言われても、ピコは「ああ」とか「うーん」とかはっきりしない。
「なんだお前は。戦闘訓練をしたくないのか?」とモコが大きな声を出せば、ピコは「そうよ、わたし体を動かす訓練なんて嫌いだもん。」と悪びれることなく言い切ってしまった。モコは返す言葉もないようだ。
うーーん、何故それで打撃特化のナノマシンを引いてしまったのか。
モコが、やっぱりこいつを殺して魔道具を回収しましょう、という顔でサブギルを見たが、当のサブギルは肩をすくめて「それも含めて王が決めたことだ。」と答える。
「それで、ナノマシンの敵ってのは、まだ襲ってくるのか?」
「そりゃ、私と彼らとの戦いはまだ始まったばかりだもの。」
「そいつらは何者なんだ?」
「知らないわ。ただ狙いは私の箱よ。だからあの時、私はサブギルに警告したの。ナノさんの箱を狙う敵も現れると思ったから。ほら、あの時に後でちゃんと話をするって約束したでしょ。」
「そういえばそうだったな。律儀にありがとよ。」そう言ったサブギルはしばし考えに耽りながらぶつぶつ言っている。
「モンスターが魔道具を狙う。もしかしてモンスター・オーバーフローは遺跡から持ち出された魔道具を回収しようとしているのか?」
サブギル、つぶやきが全部漏れてるよ。
でもサブギルの意見には私も賛成だ。私が箱とナノマシンを回収した夜に急編成したモンスター軍団が町を襲った。それが撃退されると、今度はしっかりと部隊編成して陽動まで織り交ぜた第二陣。そしてそれでも目的を達成できなければ、今度は単騎で奇襲をかけてくる。
「魔道具を得ようとすれば、遺跡を潰すまで戦い続けるってことか。」
そうなるんじゃないかな、と私も思うよ。
今の私達は、ただ遺跡を盗掘してるだけだ。
魔道具をただ盗っていくだけでなく、ちゃんと学術的に調査して、遺跡の目的を暴かなければならない。
「ま、そんなわけないか。」
ちょっとサブギル、そうじゃないよ。私達は遺跡を盗掘するんじゃなくて調査するんだって。そうしなきゃダメだって。
「どうしたんだ、サブギル。」
「いや、冗談みたいな妄想だ。そんなこと考えたってしょうがないからな。」
え、ちょっと。妄想じゃないよ。サブギルも一緒に考えようよ。
【マスター、ようやくピノ子の履歴の検索が終わりました。ピコさんの説明にウソはないようです。】
なの子が疲れたような声で呼びかけてくる。
ああ、はいはい。何だっけ。もう何でもいいよ。
私は完全に不貞腐れることにした。
そんな話をしているうちに、馬車は森を抜けて湿地帯に入る。木がまばらになり、少し視界が開けた。
風景が変わったことで、ペタやピコはちょっと元気になったみたいだ。
「くさいな~」
「ひどい臭い!」
お子様二人は元気になった途端にまた文句が多くなった。
湿地帯の中でも地盤の固いところが道になっていて、沼を大きく迂回したり道はさらに曲がりくねっている。サブギルは慎重に手綱を捌くが速度は落とさないので、道を踏み外して沼に落ちないか心配だ。
そして太陽が頭上に来るころ、ようやく前方に町が見えてきた。
「あれが技師達の集まる町、鍛冶の町とか霧の町とか言われてるな。」
「霧の町?」
「今は昼間だから霧もないが、ここは湿地帯だからな。朝夕は霧が町を覆うぞ。」
「へえ。」
「この辺りを掘ると泥炭が採れる。鉄鉱石は運んでこなけりゃならないが、それほど遠くないところに石切り場がある。お前らここに来たことはないんだろ。驚いて腰を抜かすなよ。ここは色々すごいからな。」
サブギルがお子様二人を煽りはじめた。
私は町から出たことはないし、ペタだって同じはずだ。
ピコは・・・別の町から来たと言っていたけど、目をキラキラさせて何か期待しているみたいだから、たぶん初めてなんだろう。
やがて馬車が町に着く。
ところで、ギルドのサブマスターともあろう人が気づいていないはずはないが、今日は安息の日曜日。
サブギルは、お昼には町に着いて鍛冶屋と打ち合わせだとか言ってたけど、町に入っても開いているのは教会だけだ。
鍛冶屋も定食屋も肉屋も八百屋も、全部閉っている。屋台も市も出ていない。
まあ安息日は働いちゃダメな日だからね。
・・・サブギル、これからどうすんの。というか昼食は?
■街道
道がデコボコしていないのは魔法のおかげです。この世界の魔法はその土地のマナを消費することで発動し、術者の魔力を消費するわけではありません。術者が手間を惜しまなければ、馬車の中から魔法で整地させるのはそう難しいことではありません。
そして、子供達でなくても馬車の旅は退屈です。暇つぶしに道のデコボコを直していく魔法使いは多いのです。魔法の練習にもなりますし、整地されていればスピードが出せますから、退屈な時間が短くなりますしね。
■変身
戦うヒーロー・ヒロインは変身するというお約束も、そんな文化のない世界に無理やり持ち込めば「おまじないを唱えながら舞を舞って最後に決めポーズ」って感じになっちゃうのかな、と思います。
もちろん敵も変身が終わるまで待ってくれませんから、結構リスクありです。
■曜日
オリジナルの曜日設定は混乱するだけなので、この世界も月曜から日曜までの7日間が一週間で、週休は0.5です。"働く日曜日"と"安息の日曜日"が交互にあるので、13日働いて1日休みってことです。
ただし"働く日曜日"も普段よりも軽めに働いたり早めに切り上げたりして、ちょっと体を休ませます。
あと、"働く日曜日"はもとより"安息の日曜日"でも教会は開いてます。ただ、お祈りの為に礼拝堂の扉を開けているだけで、神父さんもお休みです。みんな好き勝手にお祈りしてます。神様がお休みしてるのに、神父さんが働くわけにはいきません。