あの子は
~ここまでのあらすじ~
天涯孤独の女の子、ナノは今日も冒険者として遺跡の発掘に勤しんでいた。
そんな彼女は遺跡で謎の箱を拾って持ち帰る。(1話)
しかしその夜、モンスターの襲撃を受け(2話)、相棒のペコが重傷を負ってしまった。
箱の秘密に気が付いたナノは、何とかペコの命を救う。(3話)
しかしそれと引き換えにおかしなナノマシン(なの子)がペコに宿ってしまった。(4話)
まあいいか、と流していたら謎の超回復現象が蔓延し(5話)、同じような箱を持つピコも登場。(6話)
謎の男の子、モコも乱入して(7話)いよいよ恋のさや当てが始まるかと思いきや、モンスターが襲撃してきた。(8話)
雨の降る中モンスターと戦闘していたが(9話)まさかの主人公死亡。
主人公が浮遊霊のまま、しかし物語は進んでいく。(10~11話)
ナノと同じくナノマシンのマスターであるピコはナノが本当に消滅してしまったのか疑問に思っていた。(12話)
しかしそんな折、モンスター襲撃を裏で操っていた怪しいフード男にペタが襲われる。(13話)
何とか退けるものの重傷を負ったペタは、ピコから輸血を受ける。(14話)
「それは・・・何やってんだ?」
ペタとチューブで繋がれて何をしていたんだとテラさんが質問しているのだが、ピコも輸血が何なのかよく分かっていないのだから、ちゃんと答えられるはずもない。
結局『なのましん』というピコの魔道具の力で、ペタを回復させたと言って、ピコはテラさんを強引に納得させる。
血の量が増えて顔色も良くなったペタを見れば、テラさんもそれ以上何か言う必要はないと思ったのかもしれない。
その後、ナノはまだ生きているのではないか、と言いだしたピコを落ち着かせながら「ペタの看病、まかせきりにして悪かったな。」と、話題を変えるようにテラさんが声をかける。
「そんなことは別に・・」とピコが言いかけたところに、後ろからモコが口を挟んでくる。
「ピコはまだナノの死が受け入れられないのか。冒険者や傭兵は、あんなふうにあっけなく死ぬことだってある。君だってナノだって、それは覚悟していたはずだ。」
モコは相変わらず可愛げがない。顔は可愛いのに。
「そんな風に言うな。」
テラさんがモコをたしなめるが、モコはテラさんにも反抗的だ。
「僕は戦場で人が死ぬのをたくさん見てきました。今は割り切って前を見なければいけないんです。」
「俺だってたくさん見てきたさ。王都があれだけあちこちで戦争やってりゃ、確かに人が死ぬのなんて珍しくもねえ。だが、珍しくなくったって仲間が死ぬのはつれえんだよ。貴族様はそんなことも分かんねえのか。」
王都がやってる戦争、か。テラさんがここに来る前は、冒険者じゃなく兵士だったのかもしれない。そして、モコは貴族で戦争をやってる側の人間だ。そんな貴族が人の死を軽く言うな、というテラさんの主張は分かるけど、モコはまだ子供なんだよ、テラさん。モコに戦争の責任はないよ。
それでも、テラさんの言葉の裏の意味まで理解したモコは、それ以上言うのを止める。
「ペタの前でそれを言わないでいてくれたらいい。」
テラさんも言いすぎたと思ったのか、語尾がごにょごにょしている。
モコも失敗したとは思っているようだが、すみませんとは言わず、無言で押し通すことにしたようだ。
不愉快な沈黙はしかし、そう長くはなかった。イクサさん、アトさんが遅れて部屋に入って来る。
「女の便所は長いな。」
「そういうこと、いちいち言わないの~」
「それより、何か騒いでたようだけど?」
「何でもねえよ。ちょっと、その、ナノの思い出話をしていただけだ。」
「ナノちゃん、か。思えば不思議な子だったわね~」
えっ、イクサさんの中では私って不思議ちゃん扱いだったの?死んでから知ったことの中で一番の衝撃だ。
「そうだな。」
うわ、テラさんも即答で同意した。
「賢い子でしたけど、それが暴走しているというか・・・」
アトさんまで、上げて落としてきた。
「僕は一週間ほど彼女に匿われていたが、確かに変わっていたな。」
「私は一日しか一緒にいなかったからよく分からないけど、変わった人だったのね。」
トドメにピコとモコが、私の[変わった人認定]を確実なものにした。
まあ、いいわよ。おかげで雰囲気は和らいだ。
これはあれだ、お葬式が終わった後の感じだ。お母さんの時も、近所の人が夜通し私の前で語り合ってくれた。
「そういえば、ナノさんは魔法も使えないのにどうして冒険者になったの?」
ピコの疑問は当然かもしれない。
腕力で劣る女性冒険者はイクサさんやアトさんのように魔法が使える人がほとんどだ。私のように魔法の使えない女性冒険者はいないだろう。少なくともこの町には私だけだった。
「そうだな、ナノは何か難しいことを言っていたが、正直なところよく分からねえ。冒険に憧れる子供が住む町でたまたま遺跡が発見されて、身内がいないから反対もなかった、ってところじゃねえかと思うぜ。」
いや、隣のお姉さんには猛反対されたし、説得は大変だったよ。
「ナノちゃんが騎士ごっこをやったら、裏であれこれやって、最後に美味しいところを持っていく感じかしら~」
「確かに。奇襲とか好きそうですよね。」
「その時はペタちゃんがおとり役ね~」
「あぁ、ありそう。」
ちょっと、最後みんなでハモってたわよ。
ペタは寝てると思って言いたい放題だ。まあ、だいたい間違ってはいないんだけど。
【マスターは策士だったんですね。】
いや、子供の頃なんて女の子の方が頭も口もまわるし、確実に勝てる方法を考えたらそうなるんだって!
【いえ、マスターらしいな、と思います。】
私らしいって、なの子は私を何だと思ってるんだ。
「でもな、ピコ。これだけは言える。俺たちはナノを足手まといだと思ったことはなかった。」
「そうね~」
「あの子は、良く考えて動く子でした。」
みんな、ありがとう。嬉しくて成仏しようかと思ったよ。
【それは困ります。】
なの子、突っ込み早っ!
「私だって騎士ごっこの時は、お姫様なんてやらないわ。」
「ピコはトロールを蹴り飛ばしてたな。」
「そうそう。アレにはびっくりした。ピコの『なのましん』って箱の力か。」
「ナノちゃんの箱にも、あんな力があったのかしら~」
「どうだろうな。しかし箱は奪われたままだし、取り戻したとしてもそれを制御できるのはペタだけ。」
「箱は必ず取り戻します。そしてペタと一緒に王都に行って、アカデミーの賢者に観てもらいます。」
あら、いつの間にかそんな話になっていたのね。ピコも初耳だったらしく「え、そういう話になったの?」なんて言っている。
「ピコちゃんにはまだ話をしてないの?」
「あ、そうだった。」
「どいうこと?」
「ピコに聞いた箱の性質から考えて、あのフード男はまたペタを狙ってくるだろう。箱と中の紙で一対の魔道具ってことだからな。」
「そうね。」
「だったら無暗にあの男を追うより、ペタを守って待ち構えようってことになった。まあ、逆に言えばペタが襲われるまで無暗に男を追って、ペタが襲撃される可能性を考えてなかった俺たちの落ち度だな。お前さんから箱のことは聞いていたっていうのに。」
「それで、その後のことは?」
「ああ、王都へってやつか。」
「あの箱を調べるのは勝手だけど、その所有者ということなら、元はナノさん、今はペタさんだと思うわ。」先回りしてピコが釘をさす。
「まあその辺は・・・」テラさんが濁そうとしたところで、こういう時にめんどくさいモコが勇んで口を挟んできた。
「制御出来れば味方だけを自動回復させることも出来る魔道具だ。王都が持っていた方が有効活用できる。」
「有効活用!どうせ戦争でしょ。」ピコも負けじと反論する。
「君達、冒険者は知らないかもしれないけど、そもそも遺跡発掘は、戦場で活用できる魔道具を探すためのものだ。」
「そんな事、冒険者ならみんな分かっているわよ。遺跡周辺の町を危険にさらして、自分たちでは守ることもせず、発掘品を献上させるためのシステムだってね。」
「それの何が悪い。魔道具を有効活用できればそれだけ戦場での死者も少なくなる。戦争が終われば平和にもなる。」
「そもそも、戦争なんてやらなきゃいいじゃない。」
「平民が政治のことも分からず好き勝手言うな。」
「じゃあモコは政治のことが分かってるの?それなら私に説明してみてよ。」
「・・王が、その英知で判断したのだ。戦争は避けられない、それなら打って出るしかないと。魔道具は不利な状況から逆転するための策だ。」
「それって運頼みってことじゃない。いい魔道具が出土すれば勝てるかもしれないって可能性だけで戦争を始めたの?」
「違う!」モコがどんどんヒートアップする。うん、モコは王様大好きだったね。
「王都周辺は他国に比べても遺跡が多い。勝てる賭けだ。実際、魔道具のおかげで不利だった我々が5年も戦ってこれた。そして、さらにそれを押し返すためにはもっと魔道具が必要なんだ。どうしてそれが分からない。君の魔道具だって、本当はサブギルが戦場で使うべきなんだ。」
「私の箱まで取り上げようっていうの。でもザンネン。箱だけじゃダメよ。私のカラダにとり込まれた『なのましん』がないとね。」
「ああ知っているさ。君の話は王都でも話題になったんだ。平民風情が魔道具を独占して好き勝手やってるって。それを王はお許しになられた。その温情が君には分からないのか。」
「関係ないわ。この箱は元々私の物だったし、誰にも渡す気はない。たとえ王様でも!」
「ピコ。王都では君を殺してでも魔道具を回収するべきという意見が大多数だったんだ。」
モコの言葉が強くなる。「ちなみに僕も同意見だ。」ピコの周りの空気が揺らいだ。モコが魔法を使った?!
「おい、待て。やめろお前達。」
テラさんが慌てて止めようとするが間に合わない。フード男の時と同じだ。魔法使いはこの距離で対応手段がない。ピコなら小さな火の玉ぐらいは出せるかもしれないが、それを承知で突っ込んでくる前衛は止められない。さすがにモコも本気じゃないと思うけど・・
「モコ、そこまでだ!」
知らない声が部屋に響き渡る。
「サブギル・・」モコは足を止める。
多分ずっと入り口で中の様子を見ていたんだと思う。絶妙のタイミングで部屋に入ってきた。サブギルが何かしたのだろうか、ピコの周りの空気の揺らぎもなくなっていて、ピコは素早く距離をとり、例のファンシーなスティックを出して構えている。
「ピコの魔道具所有を認めたのも王だ。お前は王の決定に逆らうのか。」
いや、モコの周りの空気が揺らいでいる。ピコにかかっていたモコの魔法を打ち消して、さらにモコに魔法をかけたのか。
「そういうわけではありません。ただ、ピコがあまりにわがままを言うので、つい。」
「つい、か。」
そう言うとサブギルは何気なくモコに近づき、鞘に入った自分の剣をふわっと肩に担いだかと思うと、ものすごいスピードでモコの肩に叩き落とす。
「がはっ!!」モコは膝から崩れ落ちてその場に倒れた。
「貴族が感情で行動するな。戦場で冷静さを失えば、お前だけじゃなく仲間も死ぬんだぞ!」サブギルが一喝する。
「は・・い。すみませんでした。」
モコは倒れたまま、なんとか返事だけする。
サブギルは片腕になってもこの町のだれより強い、そんな気がした。
「ピコ。君の魔道具は君のものだ。そのかわり、君の方も王都と交わした約束があると聞いている。」
サブギルがピコに向ける表情には"モコが暴走してすまない"という気持ちが少し入っているようだが、声に出しては言わない。モコもそうだけど貴族はめったに謝罪をしないと聞く。そういえばサブギルも貴族出身だとテラさんが言っていた。
「分かってるわ。」
「それとそこの坊主の魔道具だが、俺が預かっていて盗られたんだ。一旦返すのが筋だってのは分かる。だが返すべき子は死んだって話だ。そうなるとその管理はパーティリーダーのテラになるんだが。」そう言って、サブギルはテラさんを見る。テラさんがサブギルの言葉を継いだ。
「・・ピコ、お前はどう思っているか知らんが、俺は魔道具なんて身の丈に合わないものは持ちたくない。王都に納めるべきだと思っている。ペタとはもちろん話をしなきゃなんねえと思うが、魔道具を取り込んだ状態ってのは同じ国の人間からだって狙われるんだ。仲間も含めて勝手に回復する効果は魅力的だが、ナノみたいに即死だったら意味はない。殺して奪い取ろうってやつは絶対に出てくる。それこそ、フードの男みたいにな。」
「フードの男・・・」
「あの男は危険だ。1対1でサブギルを圧倒する実力を持っていて、さらに見たこともない魔法まで使う。」
そうね、でもそれはピコが一番わかってる。
「分かってるわよ。でもそれじゃあ、ペタさんから取り出すことが出来ない時はどうするの。」
「どうもしねえ。その時はペタに選んでもらうさ。お前さんのように自由に生きるか。それとも王都の兵士になるのか。自由に生きるっていうのなら、俺のパーティメンバーだ。最後まで俺が面倒を見る。」
テラさん、かっこいい。私はこの人のパーティメンバーで本当に良かったと思う。
「じゃあ、殺せば取り出せるとしたら。」
「今の王は非情じゃねえ。お前さんの魔道具所持だって、ややこしい条件はついてるみてえだが認めてもらってるんだろ。お前さんって前例はあるんだ。心配しなくても大丈夫だ。」
「サブギルも一緒に行って、口添えしてくれるって言ってるわよ~」
「ああ、俺はこの町に来るより前からこの人ことは知ってるが、悪いようにはしねえ人だ。安心しろ。」
「出来る限りはするよ。王都では大した権力もないけどね。ああ、王都に行ったらモコの方が頼りになるかもしれない。」
サブギル、そんな人を打ち据えたけど大丈夫なの。
みんなの注目がモコに集まる。
「ふん。」モコは力を貸すとも貸さないとも言わず、立ち上がった。