ナノは生きているのか、死んでいるのか
~ここまでのあらすじ~
天涯孤独の女の子、ナノは今日も冒険者として遺跡の発掘に勤しんでいた。
そんな彼女は遺跡で謎の箱を拾って持ち帰る。(1話)
しかしその夜、モンスターの襲撃を受け(2話)、相棒のペコが重傷を負ってしまった。
箱の秘密に気が付いたナノは、何とかペコの命を救う。(3話)
しかしそれと引き換えにおかしなナノマシン(なの子)がペコに宿ってしまった。(4話)
まあいいか、と流していたら謎の超回復現象が蔓延し(5話)、同じような箱を持つピコも登場。(6話)
謎の男の子、モコも乱入して(7話)いよいよ恋のさや当てが始まるかと思いきや、モンスターが襲撃してきた。(8話)
雨の降る中モンスターと戦闘していたが、まさかの主人公死亡。
主人公が浮遊霊のまま、しかし物語は進んでいく。(9話~前話)
※すみません、もう少し禅問答のような話の展開が続きます。
ピコは輸血を理解していなかった。
何を思ったか、いきなり小刀を取り出して手首を切ろうとするんだから。
ナノマシンは輸血が何なのか理解しているのだろうから、単にあっちのナノマシンの説明不足だろう。
【あちらは擬似人格を理解させるのにも時間がかかったようですし、マスターの理解が特別早いのですよ。】
そりゃあ、私には日本という科学文明の発達した異世界の知識がありますからね。
そして、ピコはこの世界しか知らない。変な記憶を持たずに生まれた、普通の女の子だ。間違いなく。
ピコとペタは仲良く並んで寝ていて、輸血用のチューブで繋がっている。ナノマシンで作ったチューブなので、注射というよりお互いの皮膚の一部からコードが伸びて繋がっている感じだ。
なの子を通じてペタの体調をモニタリングする。今のところ輸血は順調だ。なの子の言うとおり、小康状態を保っている。落ち着いてきた私は、ちょっとなの子と雑談でもしようかと、意識をなの子に向けて、呼び掛ける。
ねえ、なの子。あっちのナノマシンはピコに自分のことをなんて呼ばせてるの。
【どうしたのですか。】
最初、あんたが個体名に妙にこだわってたからさ。あっちはどうしたのかなって。
【お待ちください。・・・普通に「ナノマシン」と呼ばせているようです。】
え、それでいいの。
【あちらとは別人格ですので、私にはそれでいいのかどうかは分かりません。】
ふうん。あ、そうだ。「あっちのナノマシン」って長いから、適当に名前付けちゃおうか。
【「なの」でなければ、私は構いませんよ。】
ピコのナノマシンだから「ピノ子」とかどう?
【いいと思います。】
そう、じゃあ私となの子の間では、ピコのナノマシンが作る仮想人格をピノ子と呼称します。
【はい、分かりました。】
早速だけど、ピノ子とピコの関係はどんな感じなの?
【どんな、とはどういうことでしょうか。】
んー、仲が良いとか、ピノ子がピコにがみがみ言っているとか。
【ピノ子にとってもピコさんはマスターですから、がみがみはないと思います。】
そうか。
【前にも言いましたが、ナノマシン同士での情報のやり取りは出来ますが、会話は出来ません。】
情報のやり取りって、会話じゃないの?
【違いますよ。私達の通信でやり取りされるのは情報だけで、感情は含まれません。例えば、私はピノ子がピコさんからナノマシンと呼ばれているという情報を取得しましたが、そのことをピノ子がどう思っているのかは分かりません。会話であればその言い方一つで、それをどう思ってるのか容易に想像が出来ます。】
そういうものか。
納得がいったような、まだモヤモヤするような、そんな中途半端な返事をした時、ピコが唐突に目を開けて上半身を起こすと、「ナノさん、そこにいるんですか?」などと言いだした。
【どうやら、ピノ子がマスターの存在をピコに話したようです。】
何だって。なの子には、私の存在はピコに伝えないで欲しいと言っていたはずだけど。
【ピノ子の判断ですね。ピノ子もまた、私の持つ情報は自由に取得できます。私はマスターの言葉に従いますが、ピノ子が従うのはピコさんですから、ピコさんが望めば真実を開示するでしょうね。】
なるほど、そういうことになるのか。うーん、想定外の展開だ。
私への呼びかけを続けているピコを見ながら、なの子との会話を続ける。
【ピノ子は、私が制御されていることからそのマスターは健在なはずだと推測し、それを以前からピコさんに伝えていました。】
そういえば、ピコがペタにそんなこと言っていたわね。
【ですから、どちらかというとピノ子がピコさんにマスターの存在を明かすのは想定内と言えるかもしれません。それに私も、何故ピコさんに明かしていけないのか、理解できません。】
ん、妙に突っかかって来るね。
【怒っていますか。】
怒りはしないけど・・・そうね、ちゃんと説明しておいた方がいいのかもね。
私はピコの方に少し目をやる。ペタとチューブで繋がっているので動いたりは出来ない。何の反応もないからか、ひとまず呼び掛けることはやめたようで、またおとなしく横になった。
ピコもピノ子と会話しているのだろう。それに干渉できない以上、ピコのことは私にはどうしようもない。
私はなの子に向き合った(つもりになって)呼び掛ける。
まず、なの子は不老不死ってどう思うの。
【どう思う、ですか。私は仮想人格なので、自分の判断を持ちません。】
いいえ、あなたは自分で判断できるレベルの意思を持っているはずよ。ただ、私の判断を優先させているだけ。そうでなければ、私が死んだときに、あなたの判断で私をピコの箱に移すことは出来ない。
【そう、ですね・・】
なの子はちょっと語尾を濁す。
【私が不老不死をどう思っているのか・・・】
少し間があって、なの子が語りはじめる。
【死の苦痛から解放される。人がそれを望み、そして私が生まれました。不老不死を授ける事が私の存在意義だと思っています。】
不老不死を望まない人もいると思うけど。
【いちど不老不死になってしまうと永遠に生き続ける、というなら困る場合もあるでしょう。例えば逃れられない苦痛や、淋しさといったものですね。その時は不老不死であることを止めることもできます。もっとも、病気からくる苦痛なら私が治療できますし、淋しいのであれば、私が話し相手になります。】
完璧ね。
【マスターが不老不死を嫌う理由が分かりません。】
理由。
本当は、ただ直観的に危険な気がしただけだった。でもその直感を裏付けるものが私の中にはあるはずだ。
私は私の考えを私の中から掘り起こす。
聞いて、なの子。
私は、人が死ぬことに意味も理由もあると思っている。
【それはどういうものですか。】
知識や経験を、やり直すことよ。
【やり直す?】
そう。
人は死んでもDNAを子供に託していくわ。ヒトという種は永遠に続いていく。でも知識や経験は、受け継がれるものもあれば、失われるものもある。
私という人格ですら一瞬でコピーできるなの子には非効率に見えるかもしれないけど、莫大なコストをかけて親から子に知識と経験を移していく。劣化や変質は避けられないし、伝わらないものも多いわね。
でもそれでいいじゃない。いや、失われるから良いんじゃないかしら。
【分かりません。】
人工知能はどうなのか知らないけど、人間の脳は一度成功したことは、考えたつもりになっているだけで再度は考えずに前回と同じ行動を取ろうとするわ。思考に使うエネルギーを節約する為ね。それは悪いことじゃないし、効率的なことだけれど、新しいものが生み出せなくなる。
だからどちらも必要なのよ。若い、非効率な、けれど新しいものを生み出す可能性がある存在も、年をとり、効率化された存在も。
不老不死が実現されてしまうと、そういった人の入れ替えが起こらなくなってしまうわ。
それは前世で、日本にいた時に考えていたことだ。
私はナノマシンの研究をしていた。医療分野への応用、不老不死とまではいかなくても体の機能を修復し、寿命を延ばすための研究だ。そんな研究をしていれば寿命や人の死について考える機会は多くなる。
【でもそれは社会的な側面だけの話ではないでしょうか。マスターの個人的な感情というものも、同様に死んでも構わないと思っているのですか。】
どうかしらね。
知性のない生命体なら、死ぬ瞬間まで、自分が死ぬなんて考えない。
私達は知性を持ってしまったから、他人が死ぬのを見て、自分もいつか死ぬのだと思う。
刻一刻と迫ってくる死の恐怖から解放されたいというのは万人の望みだろうし、私もそう思うわ。
死が恐怖だというのは間違いない。
特に今のように理不尽に死が訪れてしまう世の中では。
【マスターは、私の判断で勝手に不死となったことを、どう思っていますか。】
どう思っているか・・。
ねえ、なの子。その質問は、あなたが私に怒られるんじゃないかと思っていることの裏返しかしら。
【どういう意味でしょうか。】
あなたが私のためにやったと自信を持って言えるのなら、「どう思うか」なんて聞く必要ないわ。
【・・・そうですね。確かに私は、マスターがそれを望んでいないんじゃないか、と思っていました。】
認めるのね。
【事実ですから。】
でも、私なの子とそんな話した?確かになの子の情報を受け取ったときにあなたの力は理解したけど、その次の日にはモンスターが来たから、そんな話はしてないと思うけど。
【いえ、マスターが私の箱を簡単に手放した時、そう思いました。あの箱はマスターを不死にする時のマスターの精神の入れ物になるものです。不死を望んでいれば手放す筈はありませんが、マスターはむしろ喜んで遠ざけようとしているように見えました。】
そうか。
そのとおりね。あれが手元にあると迷いが生じると思ったわ。
でもそれは、私が迷っているということでもあったのよ。
【迷ってる?】
私だって、積極的に死にたいってわけじゃないのよ。
だから、あの時あなたが私をピコの箱に移してくれたこと、私を救ってくれたことには素直に感謝している。
なの子。私はあなたを怒ってはないわ。
【ありがとうございます。】
こちらこそ、ありがとう。
そんな風になの子に語りかけながら、私はさらに考えている。
感謝しているならこの違和感は何だろう。
何か見落としている気がする。
なの子は人類を不老不死にするために作られた。
大昔にそれだけの科学文明がこの世界にあったんだ。
でも、そう!それなら何故、それは使われていなかった?
何か理由があるのだ。なの子が使われずに放置されていた理由。
【それなら、やはり私の箱を取り返して下さい。あの箱にはまだ私がコピーしていない情報もあります。】
あの箱を持っているのは、ペタを襲ったフードの男。
その男を追っていたモコが帰ってきている。落ち着いたらモコの話も聞けるだろう。
何故フードの男はペタを襲ったのか。
あの男が箱を狙って動いているのは間違いない。
もしかしたらあの男もナノマシンを取り込んでいるのかもしれない。
そして。
私は考える。
今回はペタも死なずに済んだけど、もし死ぬようなことがあれば私はなの子に願うのだろうか。私と同じようにペタに不死を、と。
―*―*―*―*―*―*―*―
「何やってんだ。」
テラさんとモコが部屋に入ってきて、ピコに呼びかけている。
ピコは早速、テラさんとモコに「ナノさんは生きている。」という話をしたが、二人はピコが襲われて錯乱している、と思ったようだ。
何度も思うけど、この状態って生きているって言っていいんだろうか。
ピコが起き上がろうとする。
輸血はもう十分だろう。ペタも安定しているので、輸血用チューブはなの子に分解してもらう。
テラさんがちょっとびっくりしていたが、「お前さんの魔道具の力なのか。」といったきり、その話題は終了となった。
まあ、目に見えない世界のことを理解してもらうのは難しい。
私もそっち側の存在になったのだな、と思いながら今は事の成り行きを見守るのだった。
■異世界人
ナノの言うとおり、ピコは異世界人ではありません。
異世界人なのは、ピコのパパです。転生なのか転移なのか、苦労したのか無双だったのかは分かりませんが、最終的にハーフかクオーターのエルフと結婚して娘まで授かったのですから、まあ良い方の異世界生活だったんでしょう。
この世界で、小っちゃい女の子がでっかいモンスターをぐーパンチで殴り倒す。という図柄を最も違和感なく(?)出すためのご都合設定ですね。
■ナノマシン同士の会話
仮になの子とピノ子の会話が出来たとすると、どうなるのでしょうか。AIと人間との会話は、このまま技術が発展すればかなり違和感がなくなりそうです。
しかし現行のAI技術は「違和感なく人との会話を模倣する」ものでしかありません。従って「どちらがより正確に模倣できるか」という勝負のようなものになり、少しづつズレていき、お互いにズレた結論にコメントを付け合うようなものになるでしょう。本当の意味で会話をするAIが誕生するには、何らかのブレークスルーが必要です。
どんなブレークスルーが起こり、その結果どうなるのか。それだけでSF小説が一本書けそうですね。
いずれにしても、AI同士が高速ネットワークで接続されて会話をするということは、本来、非常に長い時間かけて行われるような会話も、一瞬で終わることになります。そして、それが私には恐怖に思えます。
人との会話には、結論が得られない方が良いことって、たくさんありませんか。
意見の違い、分かり合えない想い、そういったものが全ての議論を尽くすことで決定的になってしまう。よく分からないから決別しないで済んでいる、理解できた部分だけ見て前に進むことが出来る。
時間切れってある意味ですごく助かってると思いますし、それが起こらない二人が会話すると破滅しかないんじゃないか、そんな風に考えて、会話は出来ないが情報交換は可能、という珍妙な設定になりました。
■ペタの名前
ペタは元々ペタとして書き始めました。
ただ、どうしてもペタが人の名前としてしっくりせず、途中でペコに改名しています。しかし今度は不二家のアレが脳裏をちらつくようになり、今回ペタに戻しました。
混乱させて申し訳ないです。