無機なものと向き合う
~ここまでのあらすじ~
天涯孤独の女の子、ナノは今日も冒険者として遺跡の発掘に勤しんでいた。
そんな彼女は遺跡で謎の箱を拾って持ち帰る。(1話)
しかしその夜、モンスターの襲撃を受け(2話)、相棒のペタが重傷を負ってしまった。
箱の秘密に気が付いたナノは、何とかペタの命を救う。(3話)
しかしそれと引き換えにおかしなナノマシン(なの子)がペタに宿ってしまった。(4話)
まあいいか、と流していたら謎の超回復現象が蔓延し(5話)、同じような箱を持つピコも登場。(6話)
謎の男の子、モコも乱入して(7話)いよいよ恋のさや当てが始まるかと思いきや、モンスターが襲撃してきた。(8話)
雨の降る中モンスターと戦闘していたが、まさかの主人公死亡。
主人公が浮遊霊のまま、しかし物語は進んでいく。(9話~前話)
一つ月の、つまりいつもより暗い夜、町の近くを流れる川の畔に二人はいた。
なぜこんなところに二人でいたのかは知らない。
私が気付いたときにはここで二人で喧嘩をしていたから。
そしてその喧嘩の最中にピコが、私が生きているかもしれないと言ったとき、ペタはひどく納得した表情をした。
「ナノが生きているって言われたら、俺は信じるよ。」
「何言ってるのよ。お墓に一緒に埋めたでしょ。ナノさんは死んでた。間違いなく。」
「言いだしたのはおまえだろ。それに俺はナノの存在を感じる。最初は、ナノの魔道具が俺の体内にあるからだと思ってた。それで何かを錯覚してるんだろうって思ってた。でもそんな残り香みたいなものじゃなくて、もっとストレートに感じるんだ。ナノの存在を。」
ペタは熱に浮かされたように言い切る。
「・・・バカみたい・・」
ピコはかすれる声でようやくそれだけ言う。ピコの言葉が意外だったのか不思議そうな顔をしてペタが一歩離れたその時、か細い月明かりに何かがきらめいて、そしてペタの右腕のひじから先が、飛んだ。
私には、見えていた。
警告を出すこともできず、結果を予測しながら、ただ見ているだけだった。
「えっ」
そのままペタのお腹に剣が突き立てられる。
フードを深く被った、男だった。
ピコの魔法だろう、男の剣を持つ手の辺りで小さな炎が爆ぜる。
威力は小さいが、無警戒の状態から数秒で魔法を発動させただけでもすごいことだし、結果、フードの男は剣を手放すと、そのままバックステップで距離を取り、別の剣を抜いた。
目線はフードに隠れて良くは見えないけど男の狙いは明らかだ。この傷ではペタはもう脅威ではない。そしてピコを魔法使い、つまりただの女の子ではなく脅威と認識した。
威力のある魔法はマナも必要だが、発動するまでに時間もかかる。ピコはけん制の為にすぐに出せる小さな炎をいくつか出したが、男は意に介さず突っ込んでくる。
この距離まで詰められてしまうと、魔法を使うより武器を振う方が速いから、どう頑張ってもピコに勝機はない。
何とかならないの!!
私は誰にも聞こえない叫び声を上げる。
トロールに飛び膝蹴りをかました魔法少女ピコちゃんなら接近戦もできると思うが、たぶん変身シーンは無駄に力が入ってそうだ。そしてフード男は変身中でも容赦なく切り込んでくるだろう。
あぁ、もう!
その時、魔法が発動した時のもやっとしたものがフード男を包み、動きが遅くなった。行動抑制の魔法だけど、ピコはそんなに得意じゃなかったはずだ。
しかしフード男はお構いなしに剣を振る。フェイントを攻撃に織り交ぜていて、武器を使った対人経験が少ないピコは、簡単にそれに引っ掛かる。
避けようのない体勢になったピコに剣が突き立てられようとしたとき、戦力外と思われていたペタが男に剣を投げつけたが、刺さる前に砂で出来ていたようにぼろぼろと崩れていく。
だがペタの剣に気を取られてフード男に隙が出来た。その隙にピコが体勢を立て直す。直後にバーンと空気の弾けるような音がして、ピコは後ろに吹き飛んだ。
強引だが、おかげでフード男との距離は離れる。
でもなんだろう、さっきから使っている魔法がピコらしくない。行動抑制にしても空気爆発で強引に距離を取るやり方にしても、トロールと戦ったときのモコがそうだったように、魔法剣士と呼ばれる人たちが良く使う魔法だ。
この近くに誰かいる?
この疑問の答えはすぐに飛んできて、フード男の腕に刺さる。
同時に、男の頭が炎に包まれた。こっちの魔法はピコかな。今度はそれなりの大きさの炎だったが、しかしすぐにかき消された。男のフードは魔道具なのか、焦げた様子もない。
ペタがお腹から剣を抜き、左手でピコを庇うように剣を構える。
【今動いたら止血が間に合わないです。マスター。オーナーを止め・・・】
なの子の声が聞こえるが、私には見ている事しかできない。
しかし、ペタにフード男の剣が突き立てられることはなかった。
またバーンと空気の弾ける音がして、今度はフード男が吹き飛ばされる。
ペタが最初に腕を切り落とされてからここまで、5分ほどだろうか。
魔法や弓でペタたちを援護していたと思われる男が茂みから姿を出したと思ったら、細身の剣を手に猛スピードでこちらに走ってくる。
フード男の判断は早かった。茂みから現れた男よりさらに速く、逃げ出す。
細身剣の男はフード男を追うか一瞬迷ったようだが、すぐにあきらめて、こちらに向かって来る。一つ月の薄明りだが、男が誰なのかはすぐに分った。
「モコさん!」
「やはりピコか。炎の魔法を見て、もしやとは思ったが。じゃあ、刺されていたのは・・・」
「ペタさんです。」
「マズいな。とにかく彼を町に運ぼう。」
「え?」
ペタの傷なら即死じゃなければ大丈夫。私もピコもそんな風に思っていた。
「奴に負わされた傷は魔法では回復しない。」
モコは傷を手早く処置しながらそう言った。
―*―*―*―*―*―*―*―
モコに担がれて町に戻ったペタはギルドの医務室に運ばれる。モコの言うとおり、ペタの傷はなの子の力では塞がらなかった。
傷を塞ぐためにナノマシンを送り込んでも、何故か傷口付近でナノマシンが分解されてしまうと、なの子は言っている。
フード男の呪いのような魔法の効果なのか。
今までのように傷が治らないのを見たピコは、切り落とされた右手の接合を諦めて傷口を焼いたが、問題は腹の方だ。
まずは傷を縫合してもらう。
この世界では回復魔法が医療行為の中心だが、外科的手法も併用されている。回復魔法がどういう原理で傷を治しているのかは私も知らないけど、裂けている傷口をそのままにして回復魔法を使うと、傷口が開いたまま治癒されてしまい、見た目にも生活する上でも、かなりキワドイ状態になってしまう。
だから冒険者、特に回復魔法を得意とする人は傷口の縫合も慣れたものだ。
縫合してもらっている間に、ピコはもう閉店していた薬屋にお願いしてポーションを購入。それをペタに飲ませたり傷口に振り掛けたりしたあと、慣れない回復魔法を使った。モコから連絡を受けたテラさん達も来て、そこからはイクサさんがピコに替わって回復魔法を使う。
それらは効いていなかったかもしれないし、そのおかげでかろうじて生を繋いだのかもしれない。
ひとまずペタは、まだ生きていた。
ナノマシンはコントロールさえしっかりしていればかなり万能だ。
例えば、一度変な形に治癒されてしまっても、体組織を分解・再構成することで元の形に戻すことだってできる。
しかしナノマシンそのものが分解されてしまうのでは、対応できることは限られてしまう。ナノマシンの数を増やすことは可能だが、そのためのエネルギーと物質は必要で、それはペタの体内から得ている。つまり、むやみに増殖するとペタの体力を奪ってしまう。
【マスター、ひとまず小康状態にはなりました。感染症対策の病原菌駆除と、傷口周辺の細胞の再生力の活性化は引き続き行います。】
分解されないように傷口の周辺でペタ自身の再生力を高める。しかしそれは、言ってしまえば本来のサイクル以上に細胞分裂を繰り返す「がん細胞」を作っているということだ。
どの場所をどのぐらい活性化させるのか、そしてどのタイミングで元に戻すのか、それらをコントロール出来るのはなの子の存在があってこそかもしれない。
しかし、いくらナノマシンが万能だとはいえ、無から何かを生み出すことは出来ない。かなりの血を失ったペタの体力が持つのか。
【マスター。ピコさんのナノマシンから、ピコさんの血液を輸血してはどうかと打診がありました。】
輸血。この世界にはまだ存在しない言葉ね。
でも、ペタの体内にあるものだけでやりくりしようとすると何かを犠牲にしなければならないぐらい切羽詰まった状況だ。それならよそから持ってくるというのは正しい。
でも簡単に輸血というけど、血液型の問題もあるし注射針などの機材もない。
【ピコさんの血液をオーナーの型に作り替えながら輸血します。あと、注射針は私のナノマシンで構成すれば出来るでしょう。】
ピコは承知してるの?
【ピコさんのナノマシンからの情報では、承知しているようですね。】
そう、なら輸血の準備をして。
【分かりました。】
そう言うと、ペタの左腕からチューブがゆっくり生えてくる。なの子がナノマシンで構成しているんだろう。少し時間がかかりそうだ。
ところでさ、なの子はピコのナノマシンと会話できたの?
【いいえ、ナノマシン同士は会話しません。ただ、情報のやり取りは行えます。】
会話と情報のやり取り。同じような気もするけどわざわざ言い換えるぐらいなんだから、なの子のコダワリがあるのかな。
考えてみれば私はなの子とまだあまりお話をしていない。なの子からはマスターと呼ばれているけど、お互いのことをほとんど知らないことに気付く。
いや、違うな。私がなの子を避けているんだ。
もう私と会話できる存在はなの子だけだというのに。
そうね。私が聞かないから、なの子も話せない。
だから、私からなの子に話を聞かなければいけない。今の私の状況がどういうことなのか。
なの子、教えて。私は今どこにいるの。
【ピコさんの持つ箱の空き領域です。】
そうか。だからピコとペタ(なの子)が近くにいるときしか、私は覚醒しなかったのね。
【そうです。】
それは、そこからさらに別のものに移すこともできる?
【多少の劣化・変質はありますが、別の媒体に移すこと自体は可能です。】
媒体ってどんなもの?
【今いる箱が最適なのですが、そこから移動したいということですか。】
ピコとペタが長く別れるようなことになれば、私があなたを制御できなくなるでしょ。
出来ればペタが身に付けているものがいいわ。
【分かりました。媒体ですが、まず有機物はだめです。代謝によって常に変質しているので、保存場所に向きません。あまり変質しない無機物がいいですね。箱やある種の魔石のような特別なものでなければ、鉱石のような単純な構造のものがお勧めです。あとは容量を確保するためにそれなりの大きさが必要です。種類にもよりますが単結晶のものなら親指の長さぐらいからコブシぐらいの大きさは必要でしょう。】
結構な大きさね。どうやってペタにそんなものを持たせるか考えないと。
それから、もうひとつ教えて。
別の媒体に移すのはカット&ペースト?それともコピー&ペースト?
つまり、移動させた時に元の媒体(ピコの箱)にも、私の情報は残るのかどうか、なんだけど。
言い換えれば、唯一無二の魂は実在するか。
それを私は問いかけた。
それに対するなの子の回答は
【やったことがないので分かりません。】だった。
■ペタの一歩
本文中では書きませんでしたが、冒頭でペタがフード男に襲われる直前に、ペタは一歩下がることで直撃を避けて右腕一本で済んでいます。
これはナノの声でなの子がペタの体を操作したからです。ナノは見てるだけで何もできなかったと思っているようですが、ちゃんとペタを救っているんですね。
■モコの攻撃
結局、モコが助太刀したのはどの部分なのか、ちょっと分かりにくいかと思ったので補足です。
フード男との戦いの中で最初にナノが叫んだ時に発動した行動抑制の魔法と、ピコを逃がすための空気爆発の魔法、その音にまぎれて放たれた弓、それがモコの攻撃です。
それから移動時には俊足の魔法も使っていますね。