古代遺跡の謎箱(リドルボックス)
私の二人の息子に捧ぐ。
ひまつぶしと、ほんの少し伝えたいことを添えて。
私の名前はナノ。
剣と魔法のファンタジーな世界で絶賛冒険中の女の子。
そう、私がこの世界を『剣と魔法の世界』なんて言うのは、そうじゃない世界を知っているから。
私は前世を日本という国で生きていた。その記憶を割と鮮明に持っている。
だからこれは異世界転生。
まあ転生といってもよく分からない記憶を持って生まれちゃった!って感じだけどね。
その記憶のおかげで幼少期はイジメられたりと、いい思い出は少ない。
けれど今は、危険はあっても気心の知れた仲間との冒険の日々で、とても充実してるんだ。
これは私が世界を旅して、そして理解かったことを綴った物語。
―*―*―*―*―*―*―*―
「俺が開けてみたい!」
遺跡の一室で声が響く。
私は探索の手を止めて声の方を見る。そこには私のパーティメンバーがふたり。
声を上げていたのは私の幼馴染のペタ。先ほどまで両手剣を振り回して戦っていた戦士だけど、残念ながらその前に「見習い」とか「ひよっこ」と付く。
年は私の一つ下で、小さい頃は私の後ろをついて回っていた弟分だったけど、今はもう背丈も追い越された。
要所に金属を使った皮鎧に身を包んで、恰好だけは一人前だ。
「いいじゃん。ワナはなかったんでしょ。」
「まあそうだけど。。。」
畳みかけるペタに少し不満げに答えるのはアトさん。
彼女は吟遊詩人の他にマッパー、調理師、開錠師、施錠師、罠師、縄師などを兼任する器用貧乏を絵にかいたような魔法使い。
魔法使いとはいっても、アトさんが普段使っているのはゆっくり落ち着いて使える鑑定や索敵などの補助魔法だけ。だから職業は魔法使いじゃなくて吟遊詩人と答えてるって言っていた。それでも魔法の全く使えない私には羨ましい。
細い体の線とさらさらとしたストレートの黒髪、切れ長の目で、黙って座っていればちょっとした美人さんだ。ただ残念なことに、焦るとすぐパニックを起こしてしまうので冒険者向きではないのよね。落ち着いて出来ることなら任せて安心なんだけど。
ちなみに一回りを12年とすると、私より半回りほど年上のお姉さん。
そんな彼女が本日初のお宝に罠がないことを確認し、いざ開錠というところでペタが横から手を出そうとしている。アトさんはああ見えて自分の仕事の範囲に手や口を出されるのを嫌っているから、ペタはそれ以上まとわりつかない方がいいと思うけど。
ついでに、他のパーティメンバーも紹介しておこう。
いま私たちがいる部屋の少し先の通路で、頼れる年長者のテラさんとイクサさんが周囲の警戒と探索をしてくれてる。
テラさんは筋肉隆々のベテラン戦士で、使っているのは私の身長ぐらいの短めの槍。
ペタより金属部分の多い皮の鎧とフルフェイスのヘルメットを身に付けていて、ザ・戦士って感じ。予備の武器も合わせるとかなり重装備だと思うんだけど、より軽装の私の方が先にバテちゃうんだからタフな人だ。
それからイクサさんは回復魔法を使う魔法使い。
イクサさん自身は攻撃魔法も使えると言っているけど、私は剣で戦っているところしか見たことがない。冒険者を長くやってるみたいで、魔法使いとは言っても剣を振る姿もサマになっている。
ショートカットの髪の上に薄い金属を張った木製のヘルメットを乗せて、同じく皮鎧を着ている。
二人とも私より一回りほど年上だと思う。
この二人はどういう関係なのか、聞いてもあまり詳しく話してはくれないけど、腐れ縁だってイクサさんが笑ってたことはある。
そんな二人がこの遺跡にやって来て、そこに私が加わった。その後ペタが勝手についてきて、最後にアトさんがお金で雇われた。
パーティメンバーはこれで全部。
私にとってはとても居心地のいいパーティだ。まあ、ペタはオマケだけどね。
「なんだこれ、難しいな。」
ペタがさっきからいじっている箱は、全体に組み木模様のようなものがある。どこかを押すか引くかすれば、そこからバラバラと外れていくのかな。
「ちょっと見せてよ。」
気になって覗き込もうとすると「ばっか、離れろよ。」と思春期男子のような返事がくる。
そんなペタの態度に納得できなかったので「なぁにー、聞こえないー。」と棒読みでさらにくっついてやると、たちまちペタが赤くなる。私はお姉さんぶった様子で「あらあら」という顔を作ってやった。まあ今日の所はこんなもんね。これ以上ペタを赤くさせるには残念ながらちょっと胸が足りない。
あと2年待ってなさい。
そんな私達をしっかり胸のあるアトさんが(本当にお姉さんなので)「あらあら」といった表情を浮かべて見ている。
今日も私達は平常運転だった。ほんの少し前までは。
「さっきの奴らの仲間だ!」
切羽詰まった呼び声と共に、この先の通路を探索していたはずのテラさんが部屋に飛び込んできた。
その声に反応したペタはすぐに箱を置いて剣を抜き、テラさんの隣に移動する。
私も急いで自分の剣と盾を持ちなおした。
非戦闘員のアトさんも下がりながら緊張した面持ちで護身用のナイフを取り出したようだ。
さっきの奴ら、ということはゴブリンだろう。
背丈は私より小さいけど力は強くて、なんというかしつこい。そしてなんとなく気持ち悪い。
「1匹見たら100匹いると思え。」なんてよく言われるけど、どこの遺跡にもいる定番のモンスターらしい。決してゴキブ・・・いや何でもない。
「相手は何匹?」
「一匹倒したら二匹出てきた。」
「この人ったら、はぐれゴブリンを後ろから襲って倒したまでは良かったんだけど、それをさらに後ろから襲われてるのよ~」
ペタの問いにテラさんが答えて、イクサさんがおっとり付け加えてるけど、そんなやり取りをしている最中にはもう、ゴブリンが三匹続けて部屋の中に入ってきてペタもテラさんも戦闘を始めてしまった。
仲間が戦ってるのに最後まで言い終えてから動き始めるのはさすがイクサさんだ。
「三匹じゃないですか!」
「細かいことは気にするな。いつも通りやるぞ。」
いつも通りだとペタとテラさんが一匹づつ、私とイクサさんは二人で一匹を相手にする。
相手にすると言ってもテラさん以外は無理に攻撃せずに身を守ること優先にしている。
ここまでのパーティ紹介でも分かるとおり、このパーティで戦力と言えるのはテラさんだけ。それ以外は、見習い①、見習い②、ヒーラー、戦力外と、私も含めてアテにはなりそうにない面々だ。
かといって私達が足手まといってわけじゃない。テラさんは確かに強いけど、どれだけ強くても一人で複数の敵を相手にするのは難しいからね。遺跡では敵が一度に何匹出るかわからないから、テラさんが一匹づつ始末している間、残りの敵を抑えておく仲間が必要なのよ。
しかしゴブリンでも私達の実力は見抜けるらしい。テラさんが相手をしているゴブリンは完全に守りに入っていて時間稼ぎをしてる。その間に弱そうな私やペタを倒して仲間が加勢に来るんだと言わんばかりだ。
実際その通り私達の方は劣勢で、特にペタは両手剣で盾を持ってないから守りが弱い。
テラさんとペタが動けないなら私が何とかするしかない。二対一でまだ余裕のあった私はうまく相手を誘って移動。ペタと合流して二対三の形に持ち込んだ。
三方から囲まれる、というのはやられてみると分かるけど想像以上に圧迫感があるのよ。
前後を挟まれるのも脅威だけどまだ横に逃げ道がある。だけど三方は逃げられる気がしない。
囲まれたゴブリンはギャーギャー騒いで武器を振り回しなんとか突破しようとするけど、私とイクサさんで盾を前に出して頑張ってけん制する。
あまりギャーギャー騒ぐから、テラさんが相手をしていたゴブリンは状況が悪いと思ったみたい。逃げ出そうとしたところをテラさんが追撃して倒してしまった。そのあとはこちらにテラさんも合流して囲んでいる二匹を始末し、あっけなく戦闘は終了する。
まあ終わってみればあっけなかったけど、仲間と連携する知恵があるゴブリンは割と脅威だ。特に遺跡の中のゴブリンは、戦闘経験を積んでいて結構強いのも多い。
魔法や弓で安全な距離から倒せれば楽なんだけどね。
「私の出番はなかったわね。」
アトさんがナイフをしまって索敵魔法をかけ直しながら声をかけてきた。
ちなみにアトさんは戦闘には参加しないという条件で雇われたのだけど、自分より年下の私やペタが戦っているので、内心は複雑だと思う。
ただ、アトさんが戦うとパニックを起こして何をするかわからないので「アトさんは私達の切り札だからね。」と笑いかけつつ、出来れば永遠の切り札で!というのが全員の思いだ。
ともかく無事戦闘が終了したので、ゴブリンの死体を脇に寄せると、武器の点検とお互いに怪我をしていないか確認をする。
案外、戦闘中は血を流しているのも気付かなかったりするのよ。
「三匹までなら無理なく戦えるな。」
「四匹以上出たらどうするの~」
「勝てるとは思うが無理は禁物だ。逃げるが勝ちさ。」
テラさんとイクサさんはそんな話をしているけど、今日はまだ四匹以上の集団には出会っておらず、おかげで逃げ出すことなくここまで探索できている。私達としてはかなり順調だ。
「さ~て、ペタちゃんには回復魔法が必要かな~」
一人でゴブリンの相手をしていた時に防具の上から攻撃を受けていたようで、防具の下が腫れていた。
「それじゃ、痛いの痛いの飛んで行け~」
「イクサさん、真面目にやってよ。」
なにじゃれてんだか、と心の中で思いながら手持ち無沙汰になった私はゴブリンとの戦闘でぐちゃぐちゃになった部屋の中で先ほどの箱を探す。
箱は、蓋の空いた状態ですぐに見つかった。
結局、表面の組み木のような模様は関係なく、横にスライドすればよかったみたい。さっきの戦いで誰かが蹴とばしでもしたのか、部屋の隅で勝手に開いていた。
あの時の態度を考えると、アトさんは最初から気づいていたかもね。
そんなことを考えながら、私は箱の組み木模様をじっと見る。
どうもこの模様が引っかかる。
どこかで見たことがあるような・・・
まあ、それより箱の中身ね。
箱は空だったので衝撃で飛び出したのだろうと、周囲を探す。
すぐにそれらしきものは見つかった。
戦闘で踏まれたのか、いくつもの足跡がくっきりと付いている"紙"だった。一部破れてしまっている。
周囲をさらに探すが、それ以外にめぼしいものはなかった。
「紙・・・?」
特に何か書かれているわけでもない。
元は真っ白だったと思われる紙。
「なんだ、ようやく開いたと思ったら中身は紙だけ?」
治療されたペタがやって来てぼやく。
この世界にも紙はあるし、大量には流通していないけど本もある。私達も含めて町に住んでいる人はある程度の読み書きも出来る。
安くはないけど貴重品というほどでもない。紙はそんな値段のものだ。
「ただの紙ではさすがにギルドも買い取ってくれないわね~。」
みんなは明らかに落胆していたが、私だけは何か引っかかるものがあった。
「この紙、私が貰ってもいい?」
私が尋ねると「俺は構わないが。」とテラさんが真っ先に答えて、周りを見渡す。反対する人もいなかったので、この紙は入っていた箱と一緒に私のカバンに収まった。
それからさらに探索を続けたけどそれ以上は何も見つからず、私たちは町に戻る。
この物語はナノの一人称なので、当然知っているようなことや、逆に知らないはずのことなど、本文中でナノに説明をさせるのが苦しいときがあります。
そこで補足として世界観や細かい設定や解説などをこの場所に書いておこうと思います。
■転生について
記憶を持ったまま新たに異世界に生まれる転生にも、元いた日本の捉え方にいくつかパターンがあると思うのです。
今回採用したのは、日本人が異世界に転生したというものではなく、日本という異世界の記憶を持って生まれた、というものです。ナノにとってのホームは今生きているこの世界であって、かつて生きていた日本が異世界、という立ち位置で書いていきます。
少女漫画に「僕の地球を守って」という、異世界人(異星人)が日本人に転生する話がありますが、あの感じを日本と異世界を逆にしたイメージです。あ、ちなみに「僕の地球を守って」は最後まで読んでないので、私にネタバレはご遠慮ください。そのうち最後まで読みたいと思っているので。
■強さについて
それぞれの役割はありますが、単純に武器を使った戦闘力ということであれば↓のようになります。
テラ>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>ペタ>>>イクサ>ナノ>>>>>>>>>>>>>>>>>アト
ペタとテラで100回模擬戦をやったら100回テラが勝ちます。
テラさん超つえー。
ペタとナノだと70~80回はペタが勝つ感じでしょうか。
ただ集団戦ではフォーメーションや役割分担が重要になるのはサッカーやバスケを見れば分かる通りです。作中でもナノが言っていますが、単純に弱いから必要ないという訳ではないと思っています。
■年齢について
ナノ・・・12歳、ペタ・・・11歳、アト・・・18歳、テラ・・・25歳、イクサ・・・26歳という設定ですが、記録を付ける習慣がないため、本人も自分の年齢や誕生日を正確には知ってません。
年齢を決めるにあたって先に考えたのはこの世界での成人の平均寿命ですが、これは50歳前後としました。
実際の中世ヨーロッパなどはもっと短いようですが、回復魔法の恩恵で怪我での死亡は少ないはずですし、糞尿にまみれた風景の描写はしたくなかった(笑)ので、下水や公衆浴場はあることにしています。公衆衛生の概念があれば平均寿命は延びるはずですからこういう設定にしました。
とはいえ、子育ての期間を考えると一般的には16,7歳で結婚、20歳を過ぎると遅いと言われるでしょう。
ごめん、イクサさん。
また、平均寿命が上がれば祖父母が健在で乳幼児の面倒を見てくれますから、乳幼児死亡率も減るはずです。そこで愛情を持って子育てをしている現代に近い親子関係になっているということにしています。
実際の近代以前は多産多死で子供にいちいち愛情を注ぐわけにもいかず、子供を物扱いすることも多かったようですが、現代で読まれる小説にそんな描写をする必要はないでしょう。
■装備について
絵的な見栄えはともかくとして、この世界での冒険者は、役割に関係なく金属をあしらった皮鎧というのが一般的な装備です。体力や役割に応じて金属の面積が変わります。
また、地下遺跡ですから落石注意ということで全員ヘルメットは完備しており、害虫などの存在を考えれば肌の露出は最低限です。
しかし女性多めのパーティですから、そんな中でもそれぞれがオシャレはしていると思いますよ。