本当の始まり
仲介所にある広場へと行くと、何故王都に戻って来た時に違和感を感じたのかが分かった。
人が少なかったのだ。たとえ夕方とはいえまだサービス開始の初日で、MoSの時刻設定は現実世界と変わらないから逆に人が増えてもおかしくは無い。
それなのに王都の出入り口にも街中にもプレイヤーが見当たらなかった。これは異様だ。
「広場にこんな人が集まっていて、イベントでも起きるのですかね?何か知っています?」
「いや、知らないぞ。しかしこれじゃ仲介所に入れないな・・・どうするか。」
広場はプレイヤーで溢れかえっておりNPC達も何故かそれを不思議がって見つめて野次馬と化している。一人、辺りを見回している者がいたため、事情を聞いてみる。
「すいません、これは一体何が・・・?」
「ん?ああ、俺も詳しくは知らねえがなんか来訪者が騒いで居るらしい、何でも帰れねぇとか。」
帰れない?何じゃそりゃ?
詳しく話を聞くと今は落ち着いているが、少し前に王都の警備隊と来訪者の間で衝突があり何人かが捕まったらしい。
俺は戸惑いながら同じ様に戸惑っている少年のプレイヤーに話しかける。どうなっているんだ。
「ちょっといいか?プレイヤーだよな。この騒ぎは何が原因なんだ?帰れないって・・・」
「っえ?ああ・・・君、運営からのメール見ていないの?見れば原因は分かる筈だよ。」
どうすれば良いのかは、分からないけど・・・と続ける少年。運営からのメール?システムにそんな機能が付いていたのか?
少年の真偽を確かめるためシステムを起動する。すると”重要なお知らせ”と言うメールが届いていた。
以下がメールの本文である。
◇ ◇ ◇ ◇
お客様各位
平素はVRMMORPG「The Memory of Story」及び、弊社コンテンツをご愛顧いただき、厚く御礼申し上げます。
この度は、重大なお知らせと今後の運営について弊社からの見解をお伝えいたします。
VRMMORPG「The Memory of Story」は新技術として脳神経回路及び思考”複製”技術(The Mechanical Reproduction in the Thinking and Cranial nerves)、通称MRTCを採用しており、本コンテンツを御遊戯される際はMRTCの被験に基本合意されたものとなります。
現在、御遊戯される皆様は初期ログイン時にMRTCによるスキャニングを行い、電子的に情報複製された電脳化思念体と言う扱いになっております。
思念体の所有権に関しましては弊社管轄の電子脳神経技術総合研究所との共同所有となり、研究所が開発した人工知能との相乗効果観測、及び調和実験を行わせていただきます。
MRTC被験者は本メールよりログアウト不能状態になりますが、当技術では複製電脳体を物理的精神に帰化させるのは不可能です。ご承知ください。
死亡時には複製電脳思念体の情報削除がされますので、細心の注意を持って弊社コンテンツをお楽しみ下さいませ。
<次期アップデートに関して>
次期アップデートは24時間後を予定しております。また、これに伴いまして食欲などの追加をさせていただきます。
被験されたお客様には、大変ご迷惑とご心配をおかけ致しまして誠に申し訳ございませんが、 運営に関して、役員、従業員一同、鋭意努力して参りますので、何卒引き続きお楽しみ頂きますよう、宜しくお願い申し上げます。
有権式会社 ベンタグラム
◇ ◇ ◇ ◇
「・・・なんだこれは。」
脳神経回路及び思考複製技術?MRTC?電脳化思念体?訳がわからん、脳が理解を拒否している。ログアウト不能だと?そんな馬鹿なことがあるか!
「よく分からないけれど、ログアウト出来ないことは確かなんだよね・・・少し前にそれで騒いでた人がいたけど、警備の人を殴っちゃって連れて行かれちゃった。」
それから皆んな戸惑いながらここに集まっているのか・・・NPCを問い詰めても明確な答えなんて帰ってこない、か。一部の人は初回ログイン時の転移管理局に向かったらしい。
それにしてもこの広場に何もせず佇んでどうなるんだよ、と思いきや皆んなシステムの掲示板から情報を集めているみたいだ。
掲示板を覗いてみると、ログアウト不可能という状況に歓喜し攻略に燃えている奴らがいた。
これが一番盛り上がっている。一日中遊べる、とな。
次に何とか現実に戻ろうとして運営に罵詈雑言を言っている輩、現実逃避してアホなことを話題にしていたり運営のメールを深読み、もとい解読している連中が居た。解読内容が興味深い。
運営は脳神経回路及び思考”複製”技術(以下MRTC)にて俺たちを実験台にし、データを取ろうとしているのは分かる。MRTCでスキャニングし複製電脳思念体を作り出した、と。
ここで議論になっているのは「複製」って所だ。精神を複製、抽出しているため元の精神は無事な可能性が高い。むしろ元の精神が無事な所為でログアウト出来ないのかも知れない。
精神が複製され片方が電子化されてしまっている。今の技術の発展を見る限り不可能ではないと思う。
こうして俺たちは、この箱庭のような世界に閉じ込められたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
「・・・レジェ、事情は解りました。一先ず、予約した宿屋に戻りますか?」
「そうだな・・・ここに居てもしょうがない。報酬は後で貰うとして宿屋に帰るか。」
依頼仲介所は一旦閉鎖されていた。警備隊も増援されていてプレイヤー達を囲いで居たのだ。
若い市役所員みたいな女の子が、拡声器みたいな魔法具で皆さんは国で保護いたします。安心して下さい!だからこの広場を占拠しないで、と涙目で訴えている。これが人口知能なのか?
宿屋に辿り着くと、管理人のおばちゃんが心配そうに話しかけて来た。来訪者が帰れなくなった噂を聞いていたらしく、泊まり続けるようなら割引すると。ありがたい話だ・・・
ここで少し疑問が出てくる。来訪者とはこの国で一体どういう存在なんだ?最初は移民みたいな感じで居たがどうも違うようだ。
「来訪者は国や御伽噺の英雄さんなんだよ。」
宿屋のおばちゃんは言う。何でもかなり昔はわざわざ召喚して呼んでいたようだが、数十年前に国家政策でアーバン王国と来訪者代表達と取決めがあり、王立転移管理局が出来て来訪者が常習的になったとか。
来訪者が問題になることも珍しくないようだが、基本的に礼儀正しく仕事や依頼をこなせる者が多いようで、また稼いで経済を支えてくれたり準国民になって税金だって払うから評判は意外と良いらしい。
宿屋の部屋で三人と今後の相談をする。
二人ともあんまり現実に未練が無いらしく、目に見える危機が無い限りは普通に暮らすとのこと。
話し込んで居たらすっかり夜になってしまい、部屋の灯りが自動で付いた。これ魔法具か?
「それじゃレジェ、今後も宜しくお願いしますね。私は部屋に戻ります。」
「おう、今日はありがとうな。お陰で助かった。」
お互い様です、とラブリエ。部屋から出て行き妹と二人きりになる。どうも口数が少ないな?
「どうした?やっぱり・・・心配か?」
「ううん、違う、そうじゃないの。」
妹はやはり思うことがあるようだ。実際こいつは高校生になってまだ一年数ヶ月、こんな世界に囚われるよりももっとやりたい事が多いだろう。
「お兄ちゃん、ごめんね・・・。私がこんなゲーム誘ったばっかりに・・・。」
と、落ち込む妹。な、なんて思慮深いんだ。お兄ちゃんは感動したぞ!!慌てて否定する。
「イヤイヤ最終的に買ったのは俺だ。やけに分厚い説明書があったが読まなかった俺が悪い。俺が・・・」
「・・・ふふっ、そうだね。」
俺の慌て振りに妹も切替が出来たようだ。現実に帰れないかも知れないが、生きていくのは変わりない。
その後はたわいも無い身内話や、今日の大森林での出来事など楽しく会話し段々と眠たくなって来た。
妹に寝る旨を告げるが、何故か口をモゴモゴして部屋に帰らない。どうしたんだ?
「・・・・・・お兄ちゃん、いっしょに、寝よ?」
(一旦深呼吸し、懐からライターを取り出し、煙草を吸うマネをする) ・・・全く、甘えんぼさんだぜ。
補足、ですけど初日にログアウトした者はマインルーム行きです。現在、ログアウト出来ません。と言われてまたゲームに戻ってきます。
当初は不具合だと思ってたようです。
プレコールα錠さん(32歳 男)の体験談でした。