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ほんじつふたりめ

作者: 幽々

助けて。 助けてください。 目の前の少女は僕に向けて言った。 それを聞き、僕は優しく声をかける。


「どうしたの? 大丈夫?」


「ひっ! や、やめて!」


僕が手を伸ばすと、少女は少し怯えた様子を見せる。 それほどまでに怖い思いをしたのか、それほどまでの何があったのか。 まずはゆっくり、落ち着かせて状況を聞くとしよう。


場所は、雑居ビルが群れをなす路地裏。 時間は、既に日付を跨いだ頃。 季節は、夏。 蝉の合唱も静まり返り、辺りにはすすり泣く少女の声だけが響いている。


「なんで、こんなところに?」


「……ひっく」


僕が尋ねると、少女は泣きながらも男に連れて行かれて、と答えた。 その言葉と、その場所。 僕が少女の身に何が起きたのか、察するまでにそれほどの時間は要さなかった。 このまだ年端もいかない少女は……酷いことをされたのだ。


「もう大丈夫だよ、怖くないから。 僕は、何もしない」


「ほ、本当ですか……?」


ああ、そうだ。 僕は君を助けたい。 人が困っているのを見たら手を伸ばさずにはいられない。 今日だって、大きな荷物を持ったお婆さんを助けた所為で、大学に行きそびれてしまったのだから。 まったく、これでは単位が足りなくなってしまうよ。


「本当だよ。 君、いくつかな?」


安心させるため、僕は彼女に歳を聞いた。 そういうスキンシップは一番重要だ。 相手の警戒心を解くには、これが一番良いと経験上知っている。


「……じゅ、十……七歳です」


「若いんだね。 僕の妹よりも一個下か」


僕には妹が居た。 けれど、その昔……不運な事件に巻き込まれて殺されてしまった。 その妹が生きていれば、目の前に居る彼女くらいの年齢だろうと推察する。 だからだったのかもしれない。 目の前の少女に、少しだけ親近感が湧いたんだ。


「君は、どうして外に居たの?」


「な、夏休みで……友達とカラオケで……それで」


夏休みか。 そう言えば、季節は夏だったっけ。 思い出して、僕は着ていた長袖の腕を捲る。 すると、なんだか寒い気がした。 僕は再び袖を元に戻し、空を見る。


星々が綺麗だ。 こんな、目の前で起きている凄惨なことを忘れさせてしまうくらいに美しい。 だが、だからといってこれがなくなるわけではない。 起きてしまったことは、取り戻せない。


「ごめんね、嫌なこと聞いたかな」


僕はかぶっていた帽子を目深にし、少女のもとへ一歩近づく。


「こ、来ないでッ!」


「あ……ごめん」


怖いのだろう。 いくら僕が助けようとしていたとしても、その酷いことをされたのと同じ男なら、怖いのは当然だ。 こういう気遣いが足りないのも、また僕だな。


「人を呼ぶかい?」


僕はその場にしゃがみ込み、数メートル先でうずくまる少女に向けて言う。 少女は小さく二人で良いと言った。 良かった、スキンシップの効果は確実に出ているようだ。


「……どうして、そんなに優しくするの?」


少女は尋ねる。 僕に対して。


どうして……どうしてだろう? もう、性格なのだから仕方ないとしか答えられないけれど……。 やっぱりここは、ひとつジョークでも言って笑わせてあげるのが良いかな。


「君が君だからだよ。 僕は、美人には優しくしろと教わったから。 だから、今日も近所のお婆さんを助けてあげたんだ。 美人に優しくするのは、今日で二人目」


笑って僕は言う。 しかし、少女はどうしてか更に怖がった様子を見せる。 僕の雰囲気が怖かったのだろうか? そう言えば、あのお婆さんも僕にそんなことを言っていたっけ。


「ごめんごめん、怖かったかな。 悪気はなかったんだ」


「……」


少女は何も言わなかった。 僕のことを怯えた目で見ているのは、最初からずっと変わらない。 やはり、心に負った傷は大きいのかもしれない。


「星が綺麗だね、今日は」


月が綺麗だね、とは言えない。 それは告白になってしまうから、言えない。 だから僕は「星が綺麗だね」と少女に言った。 だって、本当に綺麗だったから。


「……あなた、本当に何もしないの?」


少女は僕の言葉を無視し、そう尋ねてきた。 星が綺麗だと思う前に、僕という人間が本当に信用できるのかが知りたいのかな。 僕としては逆の立場になったことがないから分からないけれど、そういうものなのかもしれない。


「ああ、何もしないよ。 僕は君の味方だから。 君が嫌がることはしないよ」


僕は笑っていう。 少女は少しだけ、安心したような顔をしていた。 良かった、これで少しは心の距離を埋められたかな。


「どうして、あなたは」


「待って」


僕には、君が何を言おうとしたのかが分かったよ。 だから、言われる前に言ってしまおう。


「僕は、君を助けるんだ」


笑って、僕はそう言った。

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