第1話
安土 竜也 は夜目が効いた。
物心ついた時から、真っ暗闇でも物の形が見えたので、それが当然だと思っていた。
中学生になり、夜更かしをするようになった竜也は、それが特別なことなのだと気付いた。
当時は必死になって親や友人に相談したものだが、その時期特有の症状としてあまり信頼されず、結局それを"ちょっと夜目が効くだけだ"と、そう片付けていた。
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「うわっ」
安土竜也は蓋の無いマンホールに落ちた。
いつも通りの平々凡々な高校生活をこなし、いつも通りの帰路についていた竜也は、すっかり気を抜いていた。
完全にいつも通りの帰路ならば、確かに塞がれていたマンホールがぽっかり口を開けていることに気付かない程に。
真っ暗闇の筒が何処までも続く。
「何処まで落ちるんだ…」
既に竜也が落下を感じてから、少なくとも言葉を発する余裕が出る程の時間が過ぎた。
最初に感じていた下から吹き上げるような風や、重力による浮遊感も今の竜也には感じられない。
竜也は飽きていた。
「本当に何処まで続くんだ…?」
何処までも続く真っ暗闇の筒と、もう死んでいるのかもしれないという諦めのような感情が、竜也にある一つの実験をさせようとしていた。
(よし、筒に触れてみよう)
そう決心した竜也の行動は早い。自分のすぐ横に見える、真っ暗闇の壁に手を伸ばし触れる。
触れた手を思い切り引かれたような衝撃の後に、竜也は背中を強く打ち付け意識を失った。
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ギィギィと金属の軋むような音で安土竜也は意識を取り戻した。
どうやら地面に倒れているようだ。
(此処は何だ…?)
岩を積み重ねて出来たトンネルのような場所の両端に、大きな金属の扉のようなものが見える。竜也の聞いたギィギィという音はその片方から聞こえてくる。
ガコン、という空気の震度と共に音のしていた方から鋭い明かりが差し込み、竜也は目を細める。
「人が倒れているぞ!!」
「中止だ!今回の探索は中止!」
どうやら人が居るということがわかった竜也は、立ち上がりそちらに向かおうと上体を起こした。
すると背骨に鈍くも大きな痛みが走り、頭が揺さぶられているような感覚に陥る。
そのまま視界はボヤけ、竜也は再び意識を手放した。
安土竜也が目を覚ましたのは、蝋燭の橙の灯りの揺らめく石造りの部屋だった。
「目が覚めたようだね。」
ゆったりとしたローブのような服を着た鷲鼻の男がこちらを見ている。
「身体はもう大丈夫だ、起き上がってみなさい。」
鷲鼻の男の言うとおりに竜也は起き上がると、背中にへばり付いていた液体をたっぷり含んだタオルのようなものが剥がれ落ちる。
風が背中を撫でるヒヤリとした感覚に竜也は驚き、思考を取り戻す。
「ここは何処ですか」
ハッとしたようにそう言葉を放った竜也が感じたのはその場の違和感。
薄暗い部屋に揺らめく灯り、そして鷲鼻の男の衣装が、ここが竜也の知る病院やそれに類する場所ではないと主張している。
「何処と言われたら治療室だろうね」
鷲鼻の男は少し間を置いてそう応える。
竜也の座る台から少し離れた場所で何かを探す鷲鼻の男の表情は伺えないが、何処と無く困惑したような声色だった。
「そう、ですか。」
鷲鼻の男の態度に竜也は言葉を窄める。
(ここは何処なんだ…)
鷲鼻の男からその答えは得られない、そう竜也は直感した。
この目の前の男が狂っているのか、それとも自分が狂っているのか、兎に角何か情報が欲しい。そう思った所で竜也は自分の状態に気付いた。
先程背中から剥がれ落ちた液体を含んだ繊維の上に、全く何も着ないで座っていたのだ。
「あの、」
「ああ、これを使いなさい」
竜也が言葉を発すると鷲鼻の男はゴワゴワとした大きめの布を手渡し、竜也の着ていた衣服を、蝋燭の置いてある机に置いた。
「ありがとう、ございます。」
そう言うと竜也は台から降り身体を拭き始める。
背中や足を濡らしていた液体を拭いさっぱりとした身体で衣服を着る。
「さあ、もういいだろう」
竜也が身形を整えると、鷲鼻の男はそう言って燭台を持ち、恐らく出口であろう方向に向かう。
竜也はその後を無言で付いて行く。
「もう来るんじゃないぞ」
明るい場所に出ると、鷲鼻の男はそう言って竜也の視界の外に消えた。
然し竜也はそれを追わない。
「なんだよ…これ…」
竜也の目の前には、何処までも続く青空と、赤茶けた大地が延々と広がっていた。
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安土竜也は落ちてきたのだ、この草臥れた世界に。
2、3話は解説が多めですので面倒な方はn話の方を御読み下さい




