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そうすれば、きっと

作者: すおー

黒髪眼鏡男子小説企画提出作品

 あの時の衝撃が、脳が痺れたようなあの衝撃が、忘れられない。


「悠介?」

 名前を呼ばれハッと意識が戻った。いつの間にか考え込んでしまっていたようで、目の前に座る純が心配そうに視線を向けている。純に軽く手を上げて返事をすると、掛けていた眼鏡をはずして目の間を軽く揉んだ。昨日買い換えたばかりの眼鏡は少しきつめに調整してある為目の疲れが前の眼鏡よりも強い気がする。ぎゅっと目をつむり頭を軽く振った。少しでも目の疲れが取れるようにぐるりと頭を回し、ついでに周囲をうかがうと昼休みの教室には悠介と純以外誰もいないようだった。

「目、大丈夫?」

「んー?大丈夫、ちょっと度がきついかなーってくらいで。まぁ、買い替えたから仕方ないよ」

「そっか……」

「……あのさ、本当に大丈夫だから。純が悪いわけじゃないし。気にしてるなら、やめてよね」

 いつも明るい、煩いくらいの純が大人しいのには訳がある。数日ほど前からクラスでは来たる球技大会の為に毎日昼休みを使ってドッジボールの練習を行っていた。「目指すは優勝!」と意気込む純に手を引かれ悠介も毎日参加していたが、運動が苦手な悠介は毎回早々にボールを当てられて外野に出てしまっていた。そんな悠介を見かねた純がキャッチボールの練習を持ちかけた。「悠介がボールを捕れたら攻撃の幅がもっと広がるよ!」そう笑う純の提案は、当てられるばかりで球技大会を全然楽しみに思えない悠介にとっても渡りに船だった。

 しかし二人でキャッチボールの練習をしてる最中、純の投げたボールが上滑りし悠介の顔面に直撃してしまい流血騒ぎとなってしまったのだ。その衝撃で悠介かけていた眼鏡が吹き飛び、無残にもフレームが歪み壊れてしまった。騒動の後、責任を感じているのか純のいつもの騒がしさはなりを潜め、借りてきた猫のようにおとなしくなってしまっていた。

「でも」

「でもじゃない。怪我だってなかっただろ。ちょっと鼻血が出たくらいですぐに止まったし」

「……眼鏡、高いってお母さんが言ってた」

「最近ゲームのやり過ぎで度が進んでた。かせーきんし?とか言うやつ?多分そんな名前のだったらしいし、どっちにしろ眼鏡は買い替える時期だったってお母さんが言ってた」

「……」

「俺としてはさ、そうやって落ち込まれるよりもキャッチボールの練習付き合ってくれた方がうれしいけど。それに俺、自分で言うのもアレだけど運動神経悪いしさ。きっと純がボールぶつけなくてもどこかで当たってたよ」

 嘘ではない、心からそう思った。だからこそ純がキャッチボールの練習をしようと提案してくれた時は嬉しかったし、同時に気を使わせたことを心苦しく悠介は思っていた。今だって純は大事を取って二、三日運動を控えることになった悠介に気を使い校庭に行っていない。本当は誰よりも優勝を目指していたはずなのに。

「明後日またキャッチボールの練習しようよ。その時しっかりコツとか教えて。そんでチャラにしよ」

「……いいの?」

「いいの。あ、謝るのも、もう無し。昨日さんざん聞いたから」

「……でも」

 純の気持ちを表すかのようにへにょりと情けなく垂れ下がった眉毛をつつくと、むずがる様に頭を振られた。こんな表情を見るのは、初めてかもしれない。悠介と純は幼稚園からずっと同じクラスの幼馴染だが、悠介の思い返す限りいつも純はにこにこと笑って友人たちに囲まれていた。いつも笑顔で、悠介の事を引っ張っていてくれていた。

「あーもー。そんなに気にしないでいいのに。ちょっとした事故だろ。……あ、もしかしてお仕置き欲しかった?何それ引くわ。純さんってばいつからМになったんですかー?」

「なっ!なってないよ!」

 からかうように笑うと、落ち込んでいた純は顔を赤くして立ち上がった。そのまま「信じられない」「心配してるのに」「悠介のばか」などと、いつものようにぎゃんぎゃん騒ぎ始める。悠介の唇がにんまりと弧を描くのをみると、からかわれたとわかったのかより一層顔を赤くし、怒りに震えていた。

「からかってごめんって。……ねえ、こうやって遊んでるよりもさ、校庭で練習してきなよ。俺も明後日からは練習に出るんだし。目指すは優勝、なんでしょ」

「でも……ううん、そうだよね。目指すは優勝!悠介も、明後日まずはキャッチボールだからね!」

「わかってるよ。行ってらっしゃい」

「行ってきます!」

 顏を赤くしたまま駆け出す純に手を振ってから悠介も席を立ち教室を出る。体は動かせない、けれど頭を動かすことはできる。せめて知識だけでも先につけておくのは間違いではないはずだ。図書室ならばきっとドッジボールのルールブックくらい置いてあるだろうし、そこにドッジボールのコツ何かも書いてあるかもしれない。それでうまく動けるようになるかは、わからないけれど。

「足引っ張らないように、したいなあ」

 目指すは優勝、なのだから。









































 本に目を落としながらぼんやりと昨日の事を思い返す。蒼白な顔、罪悪感で震える指を握りしめながら、何回も何回もごめんと謝っていた純。真っ黒な目に涙を浮かべて、それでも泣くまいと必死に我慢していた純。普段の純からは思い描けない、特別な姿を見た衝撃が、忘れられない。

 いつも笑っている純が、いつも友人に囲まれている純が、自分のそばで大人しくしていた。そんなことを考えた瞬間、ゾクリと背筋に震えが走った。きっと本当はこんなこと考えてはいけないんだろうけれど、だけど、でも。

 ぐるぐると終わりのない考えに没頭していたが、外から歓声が聞こえ視線を窓の外に移した。校舎の3階にある図書室からは校庭の様子がよく見える。

「……いっそのこと、がっつり怪我しても、よかったかもなあ」

 そうすれば、きっと。

 ほの暗い笑みを浮かべた悠介の視線の先では友人に囲まれた純が笑っていた。


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