第四話 おじちゃん、襲われる
世の中は理不尽だ。
それは、思い通りに行かないからでも、努力が報われないからでもない。
人間が、決まった未来にしか辿り着けないことだ。
確かに思い通りに行かないこともたくさんある・・・かもしれない。
しかし、それは思い通りに行かないのではなく、はじめからうまくいかないように出来ているのだ。
確かに努力が報われないことも・・・あるかもしれない。
しかし、それは努力が報われないのではなく、はじめからどうしようもないことなのだ。
それは、人間が決まった未来にしか進めないからだ。
だが、そのことを悲観することは無い
これは、裏を返せばとてもいいことである。
思い通りに行かないことがある。
それは、逆に言うと思い通りに行くことだってあるわけだ。
いくら努力しても報われない
それは、逆に言うと努力が報われているところがあるということだ。
人間の考えや、将来など
ようは自分しだいで何とでもなるということだ。
だからこそ
世の中は理不尽だ。
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「聞いているのか?おじちゃんよ」
現実逃避していた俺の耳に、偉そうな声が飛び込んできた。
当然、それは“アル”が言ってる訳だが。
「聞いてるよ。だが、確認でもう一度だけ聞かせてくれないか?」
俺は右手の人差し指をたて、アルにそれを見せ付けた。
すると、アルは小さくため息を吐き出すと快く引き受けてくれた。
「これから“おじちゃん”には、勇者として町に行ってもらいたい。と言っても、別に戦ったりさせる訳ではなく、ただ皆に勇者の姿を、我々の希望を見せてやりたいだけだ。」
俺はキレそうなのを必死に抑えながら、アルの話を聞いた。
「まず、言いたいことが二つある。」
「なんだ?」
アルの返事を聞き、俺はいつもより多めに意気を吸い込んた。
「まず一つ目俺は“おじちゃん”じゃねえ“おおじちあき”だもう間違えるなそして二つ目俺は勇者じゃないただの一般人だお前らの期待するようなことは何も出来ない他当たれ。」
俺は一息でそういうと、大きく息を鼻から吐き出した。
「俺の言いたいことは以上だ、分かったら俺は帰らせろ」
すると、アインとか言う奴が鞘からほぼ剣を抜いた状態で、信じられないくらいガタガタと振るえていた。
お~、なんか知らんけど怒ってる。
まあ、俺の知ったことじゃねえ。
「しかし、おじ「違う“おおじちあき”だ。二度は言わないぞ」・・・“おおじちあき”よ、お前は間違いなく勇者召喚によって呼び出された人物に違いないのだ。」
知るか。
どうせメリアスの陰謀だろう?
俺には一切関係ない。
俺は片方の耳に指を突っ込んで、そっぽを向いた。
すると、アルの隣で震えていたアインが、ピタリと動きを止めた。
「モウ我慢ナランッ!!!、今スグコノ私ガ切リ刻ンデヤルッ!!!」
そう叫び声をあげると、アインは剣を抜き放ち、こちらに向かってかけてきた。
アインと俺との距離は相当開いていたにもかかわらず、アインは僅か5歩程度で俺の目の前まで近づいてきた。
そして、右手に握られている剣がギラリと光り、そのまま剣は俺の首めがけて振り切られようとしていた。
(はあっ?!)
俺は、避けようと体を後ろに反らそうとしたが、アインの斬撃の方が早い。
やべっ!!
死ぬっっ!!!
そう思った瞬間、俺の視界はガクンと下がり、俺の目の前をアインの斬撃が通り過ぎていった。
俺は、何が起こったのか自分でも理解できなかった。
すると、大きな舌打ちが聞こえ、そのすぐ後にガシャガシャとやかましい音が響いた。
「ミヅチ!!離レロ!!」
「そいつは出来ないんだよね~、気持ち悪いけど(笑)」
気付くと、アレンは背後からもう一人の兵、ミヅチに後ろから羽交い絞めにされて抑えられていた。
アレンは、腕を振り回して暴れていたが、しばらくすると落ち着いたのか大人しくなった。
「落ち着いた?それとも、まだ暴れたりないの?(笑)」
ミヅチは小ばかにするような口調でそういうと、アレンは首を横に振った。
「アレン、後で私のところに来い。」
「・・・ハイ」
アレンは心底申し訳なさそうな顔でそう返事すると、チラリと俺を見てからゆっくりとした足取りで元の位置に戻っていった。
そんな様子を見て、アルはため息を吐いた。
「おおじちあき。本当に申し訳ない、許してほしい」
そういってアルは、戻ってきたアルを横目で見た。
アルは、深々と頭を下げて俺に謝罪してきた。
「いいって、今すぐ俺を帰してくれさえすれば何も気にしない。」
すると、アルは少し難しい顔をして両サイドの騎士をみた。
二人は首を左右に振ることで答えを示したようだ。
「・・・しかたない、了解した。」
お?案外あっさり話が通ったな・・・
この後どう強行突破しようかと思ってたんだがなぁ。
俺は物騒な考えを頭から振り払った
「だが、勇者が居ない事態は困るのだ。せめて、次の勇者を呼び出せるまで此処に留まってくれ。」
「・・・はっ?」
俺は思わず声を出していた。
・・・・いま、なんつった?
次のが来るまで此処に居ろって?
俺は眉をひそめてアル睨みつけた。
すると、アルは心底申し訳なさそうな顔で謝罪した。
・・・クソ
帰れねぇのかよ・・・。
俺は少し気が落ちたが、すぐに此処にすむために何が必要か考え始めた。
いつまでもクヨクヨしてても始まらんからなっ!!
っつっても、本当にどうするか・・・
しばらく一人で思考を巡らせていると、突然アルが口を開いた。
「もちろん君にはこの城に住んで貰う。身の安全は我々が保証しよう、城のものにも客人として扱うように言いつける・・・おおじちあきよ、どうだろうか?」
「よろしく頼む」
即答だったぜ!!
いや~、助かるッ!!
知らない奴らと話すの死ぬほど疲れるんだよな
主に精神的に・・・
俺はそんな事を考えながら、アルの寛大さに感謝した。
まあ、元はと言えばこいつらのせいだから、当然か?
すると、アルは椅子から立ち上がった。
「では、“おおじちあき”の事はそこの巫女に任せる。後のことはまかせたぞ」
「かしこまりました」
アルの言葉に、扉の横に控えていた奴が返事をしてから軽く頭を下げた。
そいつは、俺を此処に連れてきた女だった。
そうか、あいつ巫女だったのか・・・
すると、巫女は俺の近くに寄ってくると、「こちらです」とか言って扉の方へ歩いていった。
俺は、その後についていき、そのまま部屋の外に出た。
俺が扉を出たのを見届けた巫女は、そっと扉を閉め、ホッとしたのか大きなため息を吐き出した。
「し、心臓が止まるかと思いました・・・」
そういって、巫女は壁に手をついてぐったりと頭を下げた。
「おい、顔色悪いぞ大丈夫か?」
俺がそう言うと、メイドは笑みを浮かべた。
その笑顔は疲れの色がはっきりと浮き出ていた。
「はい、勇者様は随分お強いようで・・・」
巫女はそう言うと、壁から手を離し、俺の前へ出た。
「こちらです、勇者様」
そういってフラフラとした足取りで廊下を進み出した。
正直、危なっかしくて怖い。
そんな事を考えながら、黙って巫女の後をついて行く
しばらく無言で廊下を進んでいくと、一つの扉の前で巫女は立ち止まった。
すると、巫女は扉の取っ手に手をかけ、扉をゆっくり奥へ押した。
「こちらです」
そういうと、巫女は手を部屋のほうへだして俺に先に入るように促してきた。
俺は、恐る恐る部屋の中を覗き込んでみた。
すると、そこには俺の想像を超えたものがうつりこんだ。
まず目に入ったのは、でかいベット
ベットは、横にも縦にも長く、5人は問題も無く寝ることが出来るだろう。
さらに、長い枕が二つ備え付けられており、どちらもふかふかそうだ。
次に、でかい窓
正面の壁に、とても開放的なでかい両開きの窓があり、真っ赤な太陽が山の裾野に隠れるところだった。
そのほかのテーブルやタンスなんかも普通の大きさじゃなかった。
そんなでかいものだらけの部屋
当然、そのすべてを収めている部屋の広さも尋常じゃない。
普通の宿のエントランスくらいの大きさがある。
「・・・でかっ!!!」
俺は思わずでかい声を出してしまった。
すると、隣で巫女がびくりと飛び跳ねて、小さくなっていた。
そんな様子を見て、少し申し訳なく思いながらも、部屋の中に入っていった。
「・・・ここが、俺の部屋?」
俺は巫女のほうを振り返りながらそういった。
巫女は少し間を取ってから黙って頷いた。
・・・マジか?
俺、ここで寝泊りするのか?
もう一度部屋の中をキョロキョロと見渡してみた。
・・・落ち着かない。
こんなところに何日も・・・か。
・・・きついなそれ
そんなことを考えながら部屋の中でうろついていると、扉の横に立っている巫女が
心配そうな顔で俺の様子を伺っていた。
ああ、まだ居たのか。
・・・ついでに聞いてみるか
俺はそう思って、
「え~と、巫女さんだっけ? ちょっと聞いていいか?」
すると、巫女は不思議そうな顔で首をかしげた。
・・・いいのか?
聞いていいのか?
俺は少し迷ったがとりあえず聞いてくれそうなので口を開いた。
「俺が寝てた部屋あったよな・・・そっちに案内してくれねぇか?」
俺がそういうと、巫女は両目をバッと見開いた。
そして、しばらくそんまま固まっていると思ったら顔色が真っ青になった。
「な、なな、なに、か!!ごごご、ご不満な点がございましたか!!」
巫女はどもりながらもそう言い切り、小刻みに震え始めた。
はあ?、なんだ?
・・・俺なんか言ったのか?
「いや、色々でかすぎるから落ち着かないだけだ。別に無理ならここで我慢する」
俺がそういうと、巫女はすごい速さで首を左右に振った。
「とととっ、とんでもありません!!!少々おおおお待ちください!!!」
巫女はそういうと、ぺこりと頭を下げ何処かへ走っていってしまった。
遠くで、何か怒鳴っているような声が聞こえてきているが、まあ気にしなくていいだろう。
巫女がいなくなったことで、俺は部屋に一人になった。
「・・・さて、どうするか」
俺はそう呟くと、窓のほうをチラリと見た。
すると、さっき見たときと同じように、太陽が裾野に隠れるところだった。
(・・・夕日か、久しぶりに見たな)
俺は森に住み始めてから、見えなくなったからな・・・
懐かしいな・・・
最後に見たのは・・・いつだった?
気が付くと俺は、夕日を見ながら昔を思い出していた。
あの時の夕日も、確かこんくらい赤かったな。
気持ちいい風が吹いてて
影がすげー長く見えてたな
ガキの頃に仲がよかった奴と走り回ってたっけ・・・
あのときしてたのは・・・影踏みだっけか?
そういえば、アイツ足が速くて俺追いつけてなかったな
でも、遊びになるように手加減して走ってくれたっけか・・・
思い出してみると、まるで噴水の水みたいにどんどん記憶が蘇る。
俺はそれを懐かしく思いながら、窓を開けてみた。
窓に鍵などはかかって居なかった。
随分無用心だな。
「・・・へ?」
俺は目の前に広がる景色を見て、変な声が出た。
目の前には、真っ暗な空に荒れ果てた大地
見るのもつらくなるくらいボロボロになった家屋
それに、鼻をふさぎたくなるようなこげたようなニオイ
それを運ぶ生暖かい風
窓から外を見たときに見えた夕日や山は、どこにも見当たらなかった。
「どういう・・・ことだ?」
俺は自分の目を疑いながらも、風に乗ってくる嫌なニオイがそれが幻ではないと物語っていた。
「勇者様?、なぜ窓を開けているのですか?」
突然背後から声がかけられ、俺は慌てて振り返った。
すると、そこには不思議そうな顔で首をかしげている巫女が居た。
巫女は部屋の中に入ってくると、俺の隣にたった。
そして、そのまま遠くを見るような目で町を見下ろした。
「・・・ひどい有様でしょう」
巫女はやっと搾り出すしたような声でそういった。
俺は危うく同意しかけたが、寸でのところで何とか言葉を飲み込んだ。
この状況で同意はまずい・・・
何か、いい言い回しはないか。
「・・・」
俺が答えかねていると、巫女はどう受け取ったのか小さく笑った。
「酷いのは当たり前ですよね。でも、貴方は帰ってしまわれるから・・・関係ないかもしれませんね」
巫女はそういうと、俺のほうを見て力のない笑みを浮かべた。
その笑顔を見て、俺はすごく責められているような気分になった。
くっそ!!
なんでこんな・・・
俺は一人でムカムカしていると、巫女が突然うつむきながら何か言いたそうにしていた。
しばらく見守っていると、巫女は顔を上げて俺をまっすぐ見た。
「・・・あの、勇者様。本当に帰られてしまうのですか?」
巫女は、俺の目をまっすぐ見てくるので、耐え切れずに視線をはずしてから答えた。
「すぐって訳じゃないだろ、次の奴が来るまでだ。そしたら俺はすぐにおさらばするぜ?」
当然だろう。
何の力もない・・・いや、一応あるが役に立たない。
ほぼ一般人の俺には出来るはずがない。
すると、巫女は少し・・・いや、かなり残念そうに顔を伏せた。
「そう、ですか・・・」
巫女はそういって視線を空に向けると、また遠い目をした。
(・・・仕方ねえだろ、俺には何の力も-----)
そこまで考えたときだった。
ぎゃあああああぁぁあああぁぁあああああぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!!!
突然、断末魔の叫び声が響き渡った。
俺と巫女は慌てて振り返り、廊下に飛び出した。
すると
うわあああああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・
また叫び声が聞こえてきたが、今度の叫び声はすぐに聞こえなくなった。
すると、巫女は声が聞こえてきただろう方へ駆け出した。
俺も巫女の後を追うように駆け出す。
廊下で、何人もとすれ違ったが、そのすべてがガシャガシャと騒々しい音を立てた鎧の兵士だった。
「巫女様、それに勇者様も!!」
すると、廊下の一角で一人の兵士とばったりあった。
兵士は、素早く頭を下げると、俺らの前に立ちはだかった。
「はやく避難を!!、ここは我々が応戦します!!」
そういうと、兵士は右に方向転換してそのまま走り出した。
その後ろ姿を見送りながら、俺は巫女に声を掛けた。
「お、おい。逃げろって言われてたぞ?、勢いでついてきちまったが・・・一体何が起こってるんだ?」
しかし、巫女は俺の質問には答えず、兵士の後を追うようにかけだした。
(おいおい無視かよ)
俺はため息を吐き出しながら、巫女の後を追った。
しばらく走っていると、徐々に怒鳴り声や叫び声が大きくなってきた。
そして、巫女が二つ先の角にさしかかった時だった。
「ギギギギギギッッ!!!!!!!」
「きゃあっ!!!」
突然、奇妙な音を立てて巫女目掛けて黒い物体が飛び出してきた。
巫女の右手に黒い物体がまとわりつき、それを払おうと巫女が何か液体を掛けている。
すると、黒い物体から煙が上がり、ものすごい速さで消えていった。
「お、おい!!!大丈夫か!!」
俺は慌てて巫女の側に駆けつけると、巫女の右手は所々やけどのように赤くなっていた。
「大丈夫です。少し持って行かれそうになりましたが問題は----避けてッ!!」
突然巫女が体当たりしてきて俺は巫女共々後ろに吹っ飛んだ。
すると、さっきまで俺たちがいた所に黒い塊がベチャリッと飛んできた。
「大丈夫ですか!!」
「・・・お、おう」
巫女が切羽詰まったように俺にそう告げると、素早く立ち上がりさっき飛んできた黒い塊に液体を掛け消し去った。
そう言って手に持った瓶をその辺に捨てると懐に手を突っ込んだ。
「・・・しまった、静水がっ!!」
そう言って巫女は手を抜くと、しゃがみ込んで俺の手を掴んだ。
そして、無理矢理俺を立たせると、そのまま一目散に走り始めた。
「お、ちょっ、まっ!!」
「急いでください!!」
俺の静止の声も聞かず、巫女は俺の手を引きながら廊下を駆け抜けた。
俺は引っ張られながら後ろを振り返った。
「ヴギギギギギギイッッ!!!ギギギギギッギギイッッッ!!!!!」
そこには、まるで怒っているかのように音を立てて迫ってくる黒い物体がいた。
物体は、廊下の装飾や壁を破壊しながらすごい速さで迫ってきていた。
(しゃ、洒落になんねぇー!!!!!)
俺は前を向くと、巫女を追い抜く勢いで走った。
途中から、俺が巫女を引っ張って走る様な形になった。
「ゆ、勇者様!!、は、早いです!!!」
「っるせーーー!!!スピード落としたら食われるだろうが!!!」
俺は怒鳴り声を上げながら返事を返す
すると、巫女が突然俺の腕を引っ張って止めた。
「おい!!、何で止めるんだよ!!!、走れ!!!」
「待ってください!!、この部屋なんです!!!!」
俺の怒鳴り声に負けないくらいの大声で巫女はそう言うと、扉を開け俺を部屋の中に引っ張り込んだ。
そして、素早く扉を閉めると、ガンッと何かが扉に衝突するような音がした。
巫女は、扉を背にして押さえながら、俺の方を見た。
「勇者様!!あれを、あれを使ってください!!!」
巫女は、苦しそうに俺の後ろを指差した。
俺は、巫女が指した先に目を向けると、そこには大きな水瓶が大量においてあった。
その中でも、巫女は一際大きな水瓶を指差していた。
俺は、水瓶に飛び込む勢いで中を覗き込んだ。
「白い・・・水?」
中には、真っ白な水が並々入っており、俺が飛びついた勢いで揺ら揺らと水がゆれていた。
(これは・・・巫女が黒いのに掛けてた水かっ!!)
俺がそれに気付いた瞬間
「きゃあっ!!!」
巫女の叫び声とともに、扉がバキバキと音を立てて破られた。
「ヴィィイイイギイイイィィィ!!!!!」
黒いのは、雄叫びのような音を立てて大きく形を歪めた。
まるで、喜んで踊っているようだった。
しばらく蠢いていると、黒い物体はのそのそとした動きで、破った扉の破片を飲み込みながら部屋に入ってくる。
黒い物体は徐々に俺のほうに近づいてきた。
俺は水瓶の影に隠れるように移動する。
すると、黒い物体は部屋の真ん中くらいまでで動きを止めた。
しばらく黒い物体を見ていたが、動くことは無かった。
(な、なんだ?)
俺は、首を傾げながら動きを止めた黒い物体を見た。
「・・・ギギ、グググッグウグウウウゥゥ」
黒い物体は唸り声のような音を立てる。
そして、ジリジリと黒い物体は離れるように後退していった。
俺は訳が分からず水瓶の陰から出た。
すると
「ギッ!?、グギガガガァァァッ!!!」
後退していた黒い物体は、突然猛スピードで近づいてきて、空中に飛び上がった。
そして、ウゾウゾと蠢きながらまるでネットのように大きく広がった。
「うおあっ?!」
俺は奇妙な叫び声をあげながら、とっさに手じかにあったものを投げつけた。
重苦しい音を立てて、デカイ塊が黒い物体目掛けて飛んでいった。
俺の手じかにあったものというのは・・・
「・・・あっ、ヤベっ」
白い液体が入った水瓶だった。
水瓶は回転しながら黒い物体との距離を縮める。
黒い物体は、飛んできた水瓶にベチャリとまとわり付くと、水瓶もろとも床に転がった。
すると、水瓶が黒いものの中で逆さになり、まるで、水の中に絵の具をたらしたようにジンワリと白い液が物体の中に広がった。
「ガガギギギッガアアアァアアァアググググウゥヴヴッヴヴヴッヴゥゥゥゥウ!!!!!!!!!」
白い液が混ざったことで、黒い物体は激しく形を変えながらめちゃくちゃに暴れ始めた。
飛び跳ねたりすごい速さで動き始めたり、形を大きくゆがめたりと、暴れた。
そのたびに、白い液体が水瓶からどんどん広がり、やがて、黒い物体の一部から白い液が漏れ始めた。
「お、おお~。溶けてる溶けてる・・・」
俺は黒い物体を観察しながらそんなことを言っていると、不意に黒い物体が動かなくなった。
どうしたのかと少し近づこうとしたその瞬間
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァ・・・・・・・・」
一際大きな音を立てて、黒い物体は大きく伸び上がると、ベタリと地面に広がった。
広がった黒い物体は、白い煙を上げながら消え、水瓶と地面に散乱した白い液体だけが残った。
「・・・死んだ・・のか?」
俺は恐る恐る散らばった白い液のところに近づいた。
白い液からはまだ煙が上がっていたが、不思議と変なニオイや変色した様子はまったく無かった。
「・・・なんなんだ、この水?」
俺は、興味本位で白い水を指でふき取ってみた。
触った感じは・・・少しネットリしてるな。
ニオイは・・・無い。
味は?
俺は少しためらったが、思い切って指ぺろりとなめてみた。
そして、下をころころ口の中で転がして味を確かめた。
・・・間違いない、ただの水だ。
俺は自分の体に変化が無いか、少し様子を見たが特に変わったところも無い。
本当に不思議な水だ。
俺はしげしげと目の前に広がる白い水を見つめた。
ふと、視線を上げると、巫女がぐったりと床に倒れている姿が目に入った。
「あっ、忘れてた」
俺は慌てて巫女の近くに掛けより、巫女が無事か確かめた。
うつぶせに倒れていたので、顔色は伺えなかったが、背中を見ると小さく上下していたのでとりあえず生きているだろう。
俺は、巫女を肩を掴んで、揺らしながら名前を呼ぼうと口を開き、そのまま固まった。
「・・・・こいつの名前、何だ?」
思わぬ問題が浮上し、少し考えてみたが思い出すことは出来なかった。
仕方なく、名前ではなく役職を呼びながら揺する事にした。
「おーい!!、しっかしろ巫女!!、朝だぞー!!」
自分でも笑ってしまうほど間の抜けた声を掛けながら肩を叩き、一定の間隔で巫女の体を揺すった
その度に巫女の首がグワングワンと揺れるが、俺の知ったことではない。
しばらく揺すっていると、巫女から「ううっ・・・」と短い声が聞こえてきた。
お、気が付いたか?
俺は揺するのをやめ、巫女の肩を抱き起こして様子を見た。
すると、巫女はゆっくりと目を開いた。
「ゆうしゃ・・・さま?」
俺を見ながら巫女はかすれた声でそういった。
お~、意識戻った。
よかった、よかった。
俺は巫女がおきて少しホッとする。
そんな様子を見て、巫女はキョロキョロと周りを確認し始め、突然硬直した。
「あっ、えっと、えっ?!、私・・・ええっ?!」
突然、俺の顔を見て慌てだした巫女は、ガバッと起き上がり、すごい速さで俺から離れた
・・・は?
何?どうした?
俺は眉を顰めながら離れた巫女を見た。
巫女は、両手で顔を押さえてしゃがみ込んでいた。
「お、おい。どうしたんだ?」
俺はしゃがみ込んでいる巫女に声を掛けてみた。
すると、巫女はビクッと大きく体を跳ね、ゆっくりと顔をこちらに向けてきた。
「・・・な、何でもありませんよ?」
穏やかな声でそう答えると、巫女は不自然に笑いながら視線を反らすようにそっぽを向いた。
そして、そっぽを向いた途端笑うのをやめてわなわなと震え始めた。
俺も、そっちを見てみると、そこには、俺が投げた水瓶と散乱した白い液体があった。
「な、な、なんで・・・?水瓶が、倒れてるの?」
巫女は立ち上がると、よろよろと水瓶のほうに歩み寄った。
巫女は水瓶の中を覗きこんで、短く息を吐き出した。
そして、床に広がった白い液体に手を伸ばして、ガックリと肩を落とした。
「そんな・・・なぜ、どうして?」
そういうと、巫女は両膝と両手を地面についてガックリと首を垂らした。
巫女の周りには、はっきりと見えるくらい濃い落胆の色が浮かんでいた。
その様子を見て、とても言いづらかったが俺は口を開いた。
「す、すまん。その水瓶、俺が投げつけた。」
「えっ、・・・」
俺が謝りながらそういうと、巫女が両目を見開いて俺を見てきた。
そして、水瓶と俺を交互に見比べ、最終的に俺の方を向いて動きを止めた。
「本当に・・・勇者様がこれを??」
そういって、巫女は震える指で水瓶を指差した。
俺は、黙って頷くと、巫女の顔色は一気に青くなった。
「・・・ああ、なんてこと」
突然目がグリンと白目になり、泡を吹いた巫女は、糸の切れた人形の様にその場に崩れ落ちた。
俺はそれを見て、慌てて巫女に駆け寄った。
そして、俺はさっきと同じように巫女を介抱していると、ガシャガシャと鎧を鳴らしながら兵士達が到着した。
それからは、兵士の迅速な行動で、無事に巫女は保護され、他数人の兵が現場を調べはしめた。
これで、ひとまず安心だろう。
その後、兵士の一人が俺のところに掛けてきて「話を聞かせてください」とのことで、俺は兵士に連れられて、個室で取調べを受けた。
取調べは割とスムーズに進み、あったことをすべて話すと、俺はすぐに解放された。
これでやっと自由の身とだ
・・・と思ったんだが
その後、アルのところに連れて行かれ、兵士に話したのと同じことを再び言わされた。
兵士のときはすぐに終わったが、アルは話し終わった後も質問が耐えなった。
どうして黒い物体が侵入したのか
なぜ、俺たちが襲われたのか
どうやってあの黒い物体を撃退したのか
などなど
俺が答えられないような質問ばかりを立て続けにされた。
やっと解放された時には、俺はヘロヘロになっていた。
ついでに、部屋を変えて貰えないか聞こうと思っていたが、俺は一刻も早く休みたかった。
そんな俺を見たアルが、何を勘違いしたのか、先ほどの兵士を道案内につけてくれた。
アルからしたら、俺は疲れたではなく困っているように見えたのだろう。
その気持ちは嬉しいんだが、ちょっとずれてるんだよな~・・・
俺は少しガッカリしながらも、ヨロヨロと兵士の後をついて行き、無事に部屋にたどり着くことが出来た。
俺は部屋に入ると、真っ先にベッドへ向かい倒れ込むように体を投げ出した。
部屋の入り口で兵士が何か言っていたが、俺には聞き取ることが出来なかった。
すると、バタンッと音を立てて扉が閉まった。
部屋の中が静かになり、俺は顔を上げた。
視線の先には、時計が
そのまま、俺は気絶するように眠りに落ちた。
このときの兵士の言葉が、とても重要なことだったと気付いたのは、後戻りできない段階まで事態が進行してからだった・・・