第4話 『それ』
女性における究極の愛情の表現方法は、局部の所持ではないかと思います。「彼のどこが好きなの?」と聞くと、女性が目をキラキラさせながら男性の部位を褒める場面をなんどか見てきました。なんとなく、それって真理ではないかと、筆者は考えます。
私は『それ』を手に取り、しげしげと眺めた。いや、もっとねっとりとした視線だったに違いない。
『それ』は消して軽い物ではなかった。抱きかかえるのにはずっしりとした質量がしっくりと来た。しかし、両手でしっかりと持って、よーく眺めようと腕を伸ばしたりするのは1分も持たない。それは女の私だからと言うわけではなく、それだけ重みのあるものと言うこと。
「この手にしっくりくるかんじがたまらないの」
『それ』がたとえばのっぺりとした丸い球体なら、うっかり手から滑り落ちてしまうかもしれない。かといって岩の塊のようにゴツゴツしていたら、手のひらがデコボコになって痛い。水枕のように柔らかすぎても重心が安定しない。
「ひんやりとした手触りも好き」
鉄球のように温度を奪い取るような冷たさではなく、冬のコンクリートのように乾いていない。みずみずしい果物のような『それ』に唇をそっと当てると、どこか官能的な気分になってしまう。
「食べてしまいたいという衝動を抑えるのもたいへん」
唇を当てるだけでは満足できず、舌の先を押し当ててみたり、軽く歯を立ててみたりする。ぞくぞくとする間隔に目がくらみそうになり、思わずギュッと抱きしめる。『それ』は、表面が柔らかく、それでいて中にはごつごつとした固いものが入っている。しかし、全部が全部固いわけではない。ところどころ小さな隙間があり、指で強く推すとすっと、入っていく。
「この穴の中に指を入れるの……好き。しっとりとして、ベチャットして、どんどんいやらしい気持ちになっていくわ」
『それ』にはいくつかの穴が開いている。一番小さな穴には小指がようやく入る程度。一番大きな穴には無理をすれば手首まで入るかもしれないけど、さすがにそこまでは試したことはなかった。
「ぬくもりなんていらない。『それ』さえあれば私は淋しくなんかない」
自らが望んだこと
自らが選んだこと
自らがなしたこと
心の欲するまま
心の赴くまま
心の命ずるまま
『それ』を眺めてはつぶやき、『それ』を撫でては語りかけ、『それ』を感じては欲情した。
「嗚呼、満たされていく。どんどん、どんどん満たされていく。やがて溢れ出してしまうかもしれない。『それ』は私の想い。『それ』は私の命。『それ』は私のすべて。これからはずっと私のもの。誰にも渡さない。誰にも奪われない。誰にも触れさせない」
『それ』は奇跡であった。彼女の『それ』に対する強い思いが、奇跡を起こしたのだと思いたい。『それ』を納めていたものは、ひどい悪臭を放ちながら、すでに朽ち果ててしまっている。はたして『それ』は美しくもあり、悲しくもあり、哀れでもあった。しかし、『それ』が彼女のすべてである限り、決して朽ち果てることはないのだろう。
残酷さとは、時に悪魔よりも神のなせる業であると、そう思えるほどに『それ』はどこまでも無垢で、どこまでも純粋で、生も死も超えた次元の存在。善も悪も超えた次元の存在。夢も現実も超えた存在。存在を超えた存在。
『それ』はどこかさびしげに見える
『それ』はどこか安らいで見える
『それ』はどこか哀れで
『それ』はどこか愛おしくて
『それ』はどこか神々しく
『それ』はどこか禍々しい
「ねぇ、あなた。買い物に行ってくるから少し待っていてね」
彼女は『それ』の穴に向かって囁き、突起した柔らかな部分にキスをした。
「ここで待っていてね。どこにもいっちゃいやよ」
彼女は『それ』を大事そうに抱え、台所にある大型の冷蔵庫の中にしまいこんだ。それでもなお、彼女は名残惜しく冷蔵庫に手のひらを当てて、しばらく眺めていた。
「ずっと、一緒よ。ずっと、ずっと……」
おわり