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第2話 左手の想ひ出3

 女子にしても、男子にしても、いくつかのグループに分かれている。真面目、子供っぽい、ませている、ツッパっている、無関心。そしてニュートラル――つまり普通だ。


 真面目も二つに分かれる。真面目で勉強ができるやつとできないやつ。真面目で勉強ができないやつをバカ呼ばわりするような風潮はなかった。真面目というだけで内申書にはプラスになる。真面目で勉強ができないやつは子供っぽいグループを形成する。彼らの遊びは小学生の延長であり、誰の迷惑にもならないが、誰の関心も引かない。


 ませて勉強ができるやつは無関心グループになる。自分のことはきっちりとやるが他人には干渉しない。スポーツもできるが、クラブ活動はやらない。人と必要以上に関係を持つことを良しとしない傾向がある。しかし、じっくり話してみると、いろいろと面白い。しかし、一緒にバカができないのは面白みにかける。


 ツッパリは突っ張ることでしか存在感を出せないやつと、存在そのものが『とんがっている』やつに分かれる。前者は虚勢であり、後者はカリスマだ。クラスに一人はカリスマがいる。そして、その太鼓もちが何人かつく。仲間というよりは主従の関係に近く、《カリスマ、太鼓もち、使い走り=使いっぱ》の集団はどのクラスにもあった。


 僕はニュートラルを気取り、どのグループにも属さない中立を保つことに勤めた。そのポジションが心地よかった。


 だからというわけではないが、必然学級委員的な役割を引き受けることが多かった。職員室に入り浸り、気の合う先生と、当時聴き始めたばかりの洋楽の話――ビートルズやローリング・ストーンズのこと、ヒッピー文化――や学生運動の話に夢中になった。職員室といえばタバコと輪転機のインクの臭い。


 そしてわら半紙の香り。


 しかし、何よりも僕の関心ごとは勉強でもバスケでもクラスの友達でも他校との喧嘩の話でもなかった。僕は、自分は『誰が一番好き』なのか、すっかり迷ってしまっていた。


 いや、一番好きなのは奥村恵子で間違いはない。僕は日に日に彼女との距離が近づいているのを実感していたし、奥村も少なからず、自分のことを意識してくれているという手ごたえも感じていた。


 彼女は誰にでもあの笑顔を見せるわけではない。


 好き嫌いがはっきりしている。嫌いなやつに対する態度は、誰が見てもわかるほどに遠慮がない。そして関心がないやつに対してはある一定以上の距離を保つ。無視とまではいかないまでも、積極的に話をしようとはしない。というより、怖がっているといったほうが正しいかもしれない。


「ふざけんなよぉー」

 言葉は汚いが、そういってい笑っているときの彼女の眼尻は、極端に垂れ下がり「ムカツくー」と言った時には力いっぱい目を閉じる。漫画で描くと『×』になったような印象をうける。歩く姿は元気のいい小学生のようで、かわいらしい小動物のようでもあった。給食に嫌いなものが出る日は朝から機嫌が悪く、逆にデザートが出るときは上機嫌だった。


「なんでだよー、なんでこの世の中にニンジンなんてあるのさー」

 運動部に所属しているわけでもないのに髪の毛は短めだが、美容院は嫌いだと言っていた。

「美容院行った後、くしゃみがでるんだもん」

 美容院の臭いが苦手だと彼女は言う。フェイスタオルを小さくたたんで口元に当てていると落ち着くらしい。


 彼女との会話は、何もかもが新鮮で、「なんだよそれ」とか「へんなのー」とか言いながら、僕は彼女のことをいろいろと聞いた。いずれそういう行為の積み重ねは、僕が奥村に興味がある「あいつ奥村のことが好きなんじゃない?」という噂がボチボチ出始めていた。


 だからなのだ。


 僕は彼女に夢中なのに、どうして千恵のことが気になるのか、気になるようになったのか、僕にはわからなかった。その当時、背徳と言う言葉を僕は知らなかったが、おそらく、そういう気分になっていた。


 俺は、二股をかけようとしているのだろうか? そういう男なのだろうか?


 それまで奥村に向けられていた僕の視線は、時々千恵に向けられるようになっていた。


 が、あまりにも距離が近すぎて、僕は目のやり場に困った。千恵も週に何度か軟式テニスの朝練がある。そのあと体育の授業が午前中にあるときは、Tシャツにスカートという恰好をしているときがある。セーラー服の夏服よりも下着のラインがくっきり見えるときがある。


 気にするなと言うのが無理な話である。


「わぁー、やらしーい。千恵のことじろじろ見ているよー」

「う、うるせーな。そんなんじゃねーよ」

「やらしい。男子」

「ち、ちがうって!」


 金山は時々そうやって僕と千恵のことをからかう。

「千恵もちょっとセクシー過ぎない?」

「だ、だって、この後体育なんだもん」

「雄介なんか、鼻血でちゃうわよ」

「うるせー、俺はピーナツ一袋食ったって鼻血なんかだすもんか」

「ピーナツ一袋って、アホかお前!」


 僕らの席の周りはいつも賑やかだった。いつまでもそうしていたいと思う気持ちは日増しに強くなっていった。でもそれは、奥村との距離をもっともっと近づけたいという思いと相反するように感じていた。僕は迷っていた。


 そして変化は急に訪れた。


「えっ、奥村、バスケ部に入るの?」

「加奈子に誘われちゃって……、断れなくって」

「高橋加奈子? 確か4組だっけ?」

「女子の部員、やめちゃう人多いみたいで……。男子もいっぱいやめたんでしょう?」

「あぁ、1年の時はあんなに人気あったのになぁ。練習がめちゃくちゃきついし、なかなか試合もやらせてもらえないしで、一時100人近くいた部員が、今ではまともに練習に出てくるのは10人くらいだからなぁ」

「君も、途中から入ったんでしょう?」

「あっ、ああ。1年の時のマラソン大会。部活に入ってないで入賞したの俺だけだったから、あのあと誘われたんだ。部員も少なくなっていたし、今ならすぐに試合に出られるなんて、言われてさぁ。まぁ、レギュラーの連中にはかなわないよ」


 決して運動が得意な方ではない奥村がバスケ部に入ることになったのにはいくつか理由があるが、それは主に彼女自身のことではなく、友人関係の問題で、それもどちらかと言うと不純な理由であることを、奥村は内緒で教えてくれた。

「誰にも言わないでよ。加奈子、好きな子がいるのよ。バスケ部に」

「ふーん。それで?」

「えっ、だ、だから、ほら、同じ部だったら、長い時間一緒にいられるじゃない」

「うーん。と言っても練習は基本別々だしなぁ」

「と、ともかく、内緒だからね」

「あっ、ああ」


 秘密を共有するというのは、ぐっと相手との距離が縮まった感じがして、僕はうれしかった。もちろん奥村がバスケ部に入ったことも、うれしかった。こうして僕と彼女の仲は急に親密な関係へと進展していった。そしていつしか千恵のことは、気にならなくなっていた。



つづく

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