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第2話 左手の想ひ出2

 眠れないと言っても、眠らないわけではない。深夜ラジオを聴いているうちに、なんだかこんなことで悩んでいる自分がばかばかしく思えてきた。


「普通にしてればいい。何もかわっちゃいない」


 朝になると、昨日のことはすっかり忘れたように、もやもやした気持ちは晴れていた。


「いってきまーす」

 いつもと変わらない朝。いつもと同じ顔がそこにある。


 授業が始まる前のバスケの朝練で軽く汗を流し、教室に入る。窓際が女子の列、栗山が後ろを向いて千恵と何やら話し込んでいる。


「おはよー」

 多少気が引けたが、思い切って声を掛ける。


「おはよー」

 栗山が明るく答える。

「おはよう。朝練だったんだ」

 千恵が振り返る。

「ああ」

 千恵は明るく、そっけなく答えた。少しだけ期待が外れたような気分になった。


 千恵は前に向き直り、栗山と話の続きを始めた。いつもと変わらない朝……、いや、本当はどうなのか? 何か心に引っ掛かるものを感じながらも、1限目の授業の準備を始める。


 キンコンカンコーン


 僕の前の席が空いている。そこにチャイムがなり終わると同時に雄介が現れる。

「なんだよ。また寝坊かよ」

「うるせー、間に合ったからいいだろう」

「どうせまた、オールナイトの二部まで聴いてたんだろう?」

「あったりまえよ!」


 川村雄介は、中学を卒業し、高校、大学と僕が出会いと別れを繰り返してきた中で唯一、現在に至るまで付き合いがある男だ。『腐れ縁』とはまさに雄介のことである。

「録音したかよ」

「それがさぁ、途中で寝ちまって、半分だけよ」

「ちっ! またかよ」

「仕方がねーだろう。120分テープだって、片面60分しかないんだから」


「バッカみたい」

 そこに千恵が話に加わる。


「なんだよ」

「どうせエッチな番組録音しようとしてたんでしょう? やーねー、男の子って」

「俺は違うぞ。こいつが録音してくれっていうから――」

「おっ、おい、なんだよそれ!」

「俺なんかよりこいつの方が何倍もエッチなんだぜ」

「ふざけんな、雄介、バラすぞ! あ・の・こ・と」

「あー、ごめんなさい。わたしがわる~ございました」


「えー、なになに? エッチな本でも隠してるの?」

「おっ、栗山鋭い!」

「雄介やらしい」

「あっ、お前余計なこと言うなよ!」


 千恵が楽しそうに笑っている。改めてみると、いや、最初から分かっていることだ。千恵はかわいい。


「うん? どうかした?」

 うっかり千恵に見蕩みとれてしまった。


「あっ、いや、別に……」

「そう」

「うん、そう」


 いつもと変わらない日常を取り戻せるかと思った。でも、もう戻れなかった。僕はすっかり知恵を意識するようになってしまっていた。


 千恵はどうなんだろう?


 ふと僕は、我に返る。自分には心に決めた人がいるというのに……。


 教室の後ろ側、鉛筆で描かれた落書きを消したあとが残っている引き戸のそば、そこが彼女の席。授業中、ついつい彼女の方を見てしまう。


 時々彼女は大きなアクビをしている。背伸びをしたり、短い髪の毛をくしでとかしたり、顔を机に埋めて寝ているときもある。休み時間、気の合う女友達ととても乱暴な言葉遣いで大騒ぎしていることもある。

「あいつ、信じられないよ。すっごいむかつくー」


 制服の上にいつもジャージを着ている。袖の中に手をしまい込み、両手で頬杖を突く。時々目が合うと、怖い目でにらみつけ、そして笑う。小柄で、ボーイッシュ。男の子のような振る舞い。千恵に比べれば勉強もできない。というよりも勉強が嫌いなようだった。


 そのくせ負けず嫌いで、ごく身近な友達と点数を競ったりしていた。そんなときだけ結構いい点数を取っていたが、その分ほかの教科はぼろぼろだったそうだ。


 これと言って仲がいいわけでもなく、正直なところ、彼女のことはよくわからない。小学校は違うし、1年の時は別のクラスだった。彼女を知ったのはその1年の時のこと。


 当時インベーダーゲームをはじめ、ビデオゲームが大流行していた。みんな点数を競いあい、ゲームセンターやゲーム機が置いてある駄菓子屋にたむろした。当時ゲームセンターは学校の規則では生徒だけで行ってはいけないことになっていた。


 もちろんそんなルールは、学校の中だけのことである。それでもやはり、ゲームセンターには本格的な『不良』と呼ばれる連中も多く集まる。そういうトラブル――カツアゲ、ケンカ、器物損壊、喫煙、飲酒など――も確かにあった。だから、僕らは近所の模型店によく集まっていた。そこには僕が大好きなプラモデルもあるし、ゲーム機が2台、ちょっとした駄菓子や飲み物も置いてあった。


 プチ不良のたまり場のようなものである。


 オーバーオールにTシャツ。とても女のことは思えない格好で彼女は現れた。それも友達の自転車の後ろに立ちのりをしてだ。

「あれはだれだい?」

「あー、奥村、奥村恵子 1組だよ」

「なんで知ってるの?」

「塾が一緒なんだよ」

「へぇー」


「雄介! 何やってんの?」

「見りゃわかるだろう?」

「雄介おごれよ!」

「なんで俺がお前におごらなきゃいけないんだよ」

「いいじゃんか」

「よかねーよ」


 そのやり取りはとても女の子にはみえなかった。

「塾サボる気かよ。雄介」

「うるせーなぁ。ちゃんと行くよ」

「また遅刻か? 雄介」

「もう、勘弁してくれよ。あーっ、やべぇ!」


 ゲームの画面にはゲームオーバーの文字


「きゃはははは! じゃーねー」

「待て―! この野郎!」


 なんて、かわいい顔で笑うんだろう。僕はその笑顔にすっかり心を奪われてしまった。


「あんにゃろう! 絶対女じゃねーよ!」

 雄介は財布を取り出し、中を見るが、どうやらもう、ゲームをするお金がないようだった。

「ちぇっ! 帰るか」


 それからちょくちょく、その店で彼女を見かけた。雄介をいじることを彼女は楽しみにしているようだった。僕も一緒になって雄介をいじった。少しずつ彼女と会話をする機会が増えたが、クラスが違うということは、大きな隔たりとなっていた。それが二年になって一緒のクラスになれたのだ。



 僕は神に感謝し、仏に感謝し、雄介に感謝した。



つづく

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