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第15話 アキの空

「ねぇ、ノブ。人を許すってどういうことかなぁ」

 アキは車の助手席でスマフォを眺めながら話しかけてきた。

「どうもこうもなくない? 許すっていうんだから、そりゃあ、許すんだろう」

 ノブは車線を変更し、白いワゴンを抜き去った後、また走行車線に戻した。

「ノブってさぁ、そういうところ単純っていうか、シンブルだよね」

 ラジオが夜の11時を過ぎたことを知らせた。ノブがアキを車に乗せたのは今から30分ほど前のことだった。


「速攻迎えに来て」

 短いメッセージのやり取りのあと、二人はお台場で合流した。


「俺はさぁ、なんていうか、複雑なことよくわかんねーけど、許すとか許さないとかって、好きとかきらいとか、良いとか悪いとかと同じで、はっきりしているか、はっきりしないかどっちかじゃねぇ」

 アキはスマフォをバッグにしまい、真横を向いてノブに話し始めた。

「へぇ、ノブって時々すっごい、いいこと言うよねぇ」

「なんだよ、それ。時々かよ」


「わたしもさぁ、好き嫌いははっきりしているほうじゃない」

 アキの話のペースが上がってきた。

「自分的にもそう思うし、他の人から見てもそうだと思うわけよ。アキってはっきりしているわよねぇってよく言われるもん」

「まぁ、そうな。アキははっきりしているわなぁ」


「でしょう。だけどさぁ、許すとか許さないとかって微妙じゃない?」

「そうかぁ? 俺にはわかんねぇ」


 ノブは正面を向いたまま運転をしている。アキは目と目を合わせた話をしたかったが、ノブは決して正面から目を逸らさない。スピードメーターは80キロを超えていた。時々猛スピードで追い越し車線を車が通り過ぎていく。ノブは酒を飲めばべろべろになるまで飲むし、どんなに遅い時間の誘いにも駆けつける。しかし車が絡むと何一つ妥協しない。何一つ乱れない。


「たとえばさぁ。友達に裏切られたとするじゃない。で、それがわかっちゃって、その子と縁を切ったとしてさぁ。時間が経って向こうから詫びを入れてきて、こっちの気持ちも収まっていたら、ノブはその子のこと許せる?」

 ノブは胸のポケットから煙草を取り出し、口にくわえたまま答えた。

「どうかなぁ。許したとしても、実際、前みたいに仲良くなれるかっていったら、俺は無理だなぁ」

「でしょう! そうよねぇ。私もそう思う。火つけようか?」

 ノブは右手で軽く『お構いなく』と合図をして、ズボンのポケットからジッポを出して火をつけた。


「友達づきあいってさぁ、結局相手合ってのことじゃん。そんで、自分の気持ちみたいなものもあってさぁ、簡単にはいかないよな」

「そう! そうなのよ。簡単じゃないのよ。その簡単じゃないっていうことがわかってくれないから、また喧嘩しちゃったわけ」


「しかしさぁ、アキもかわんねぇっていうか、成長しねぇっていうか」

 ノブが煙草に火をつけたのを見て、アキも自分の煙草に火をつける。

「何よ、それ。わたしだって結構大人になったわよ」


「大人ねぇ。大人のオンナっていうのは、こんな時間に迎えに来いとか言わなくねぇ」

「うるさいなぁ。しょうがないでしょう。だって、独りで帰れないんだもん」


 アキは泣くようなしぐさでおどけて見せた。正直アキは泣きたいくらいだった。連れ合いとケンカ別れをしたはいいが、どうやって帰っていいか、わからなかったのだ。

「俺もさぁ、電車とかで移動することあんまりねぇから、まぁ、わかんなくもねぇけどさぁ。さすがに『帰れませーん』って、それ、30過ぎた大人のすることじゃねーべ」

「何よ、それ。30過ぎたら犯罪者なわけ?」

「犯罪者じゃねーけど、免罪符は効果をなくすな」

「誰も好き好んで30過ぎたわけじゃないし、なりたくてなったわけじゃないわよ」

「なりたくてもなれないとしたら、それはそれで不幸だけどな」


 話の勢いで不味いことを口にしたと、ノブは思った。そのノブのことを察したのかどうかはわからないが、アキはノブの言葉に対して素直に答えた。

「本当だよねぇ。もう4年になるんだよ。30歳になったあいつはさぁ。どんなオヤジギャグを言って、わたしたちを笑わせてくれたんだろうね」

「アイツさぁ。『電話にでない』とか言うとすぐに『もう、電話にでんわー』とか言っていたじゃんか。スマフォになってもそんなこと言っていたんだろうなぁ」

「何それ、うけるぅ。絶対やっていたよねぇ。そうか。アイツ、スマフォも知らないまま逝っちゃったんだねぇ」


 4年前、ノブの親友が交通事故でこの世を去った。ノブにとっての親友であり、アキにとっての彼氏だった。

「いつもアイツにくっついて歩いていたから、切符の買い方とかぜんぜんわかんなくてさぁ。パスモとかスイカとかわけわかんないんだもん」

「俺が酒飲んでいたらどうするつもりだったわけ」


「その時はその時よ」

「なんだよ、その時って」


「その時は、ノブが電車で迎えに来てよ」

「なんだよそれ」


「なに? じゃあ、か弱い女の子に歩いて帰れっていうわけ?」

「なんでそうなるのさ。お前最近……馬鹿になっただろう」


「ヒドぃ。いいんだ。いいんだ。わたしなんかのたれ死んじゃえばいいんだ」

「昭和か」


「死んでアイツのところにいくんだ」

「アキ、それ洒落になってない」


 沈黙の合間を縫ってラジオから懐かしい曲が流れてきた。

「ほらみろ。アイツ、怒ってんぞ」

 その曲は、死んだ彼氏がよく歌っていた曲だった。


「ねぇ……、許してくれるかなぁ」

「何が? っていうか誰が」


 そのままアキはしばらく口を利かなかった。フロントガラスに映るアキは窓の外を見ながら泣いていた。

「ティッシュある?」

「あるよ」


 アキは遠慮なく大きな音で鼻をかんだ。

「その子ね。昔よく遊んでいたんだけど……、ほら、昔よく行った駅前ビルの居酒屋」

「あぁ、3階の」


「そうそう。そこでバイトしていた子でね。お店が終わってから一緒に遊びに言ったりしていたわけ」

「俺もあったことあるかな」


「どうかなぁ、たぶんあるんじゃない」

「で、その子がどうかしたの」


「アイツにちょっかい出してきてさぁ。でもほら、アイツはそういうの駄目じゃない」

「あぁ、アイツは浮気とか絶対しないからなぁ」


 車は高速を降り、町道を走っていた。

「そしたらその子、アイツと寝たとかそういう噂を自分で言いふらし始めたんだけど」

「ひでぇなぁ」

 信号待ちをしている間は、ノブもアキのほうを見て話をした。


「でしょう。でも、わりと早いうちにわたしの耳に入ったから、その前につぶしたのよ」

「おいおい、穏やかじゃないなぁ」


「違うって、噂をよ。そんな野暮なことしないって」

 ここからアキの家まで、10分ほどで着く。それまでに話が終わるのかと、ノブは気にし始めていた。


「そんでさぁ。まぁ、当然縁をきったわけなんだけど、その後もいろいろあってさぁ」

「いろいろってぇ?」


 信号待ち。ノブはすばやくタバコを取り出し、火をつけた。

「侘びを入れてきたり、逆に嫌がらせされたり、本当、いろいろよ」

「女って面倒くせぇなぁ」


「本当、そう思うよ。でも、まぁ、わたし的には、ほとんど完全に無視していたんだけどさぁ」

「で、なんで今日会うことになったん?」


 アキはタバコを切らしてしまい、ノブから一本恵んでもらった。その見返りに飛び切りの笑顔を見せたが、ノブは小さな子供の相手をするような素振りでそれをいなした。

「もうなんか、いろんな偶然よ。気づいたときには断れない感じでさぁ。まぁ、ちょっとした集まりで他に仲のいい子もいたから、バーベキューしにお台場まで来たわけよ。最初はまぁ、普通に楽しくやっていたんだけど、あの子、前とちっとも変わっていないっていうか、昔のこと思い出しちゃって、すごく嫌な気持ちになっちゃったの」


 もうすぐアキの家に着く。ノブは車のスピードを落とし、アキにラーメンでも食べに行くかと尋ねた。

「どうしようかなぁ。そんなにお腹すいてないから、餃子とかつまめる所ならいいかなぁ」

「それとも車を止めてきて、どっか飲みに行くか」


「うーん、どうしよう。そういう気分でもないんだよねぇ」


 いつものアキなら飲みに行こうという誘いを断ることはなかった。少なくともノブにはそういう確信があったが、アキは首を縦に振らなかった。

「ドライブでもしようか」

 別段何か宛があったわけでもなく、また、そんな提案にアキが乗るとも思っていなかったが、アキは海が見たいと言い出した。

「青春かよ」

「いいじゃない、青春ぽくって」

 アキはノリノリだ。

「海に向かってバカヤローとか叫ぶわけか? そんでもって波打ち際で追いかけっことかしちゃう?」

「うけるぅ」


 海というだけなら、ここから車を飛ばせば15分もかからない。しかし砂浜となると簡単じゃない。

「湘南とか行っちゃう?」

「湘南かぁ、行くのはいいけど、帰りがしんどいなぁ」


「ノブは明日休みだっけ?」

「いや、仕事、アキは?」


「わたしはほら、今、プーだから」

「あれ? バイトやめたんか?」


「先週やめた。っていうか、切られた」

「そうなん」


「うん」

 アキは沿線にあるスナックを転々としていた。何軒か付き合いで遊びに行ったことがある。アキの彼氏が事故にあってからは、実家に引きこもりがちで、それでも店が忙しいときには手伝いに行っていたようだが、昔のように客を熱心にお店に呼ぶようなことはしていないようだった。


「じゃあ、ちょっくら行ってみますか」

「行こう!行こう!」


 これといってあてがあるわけではなかったが、湾岸道路を横浜方面に向かうことにした。

「あぁ、砂浜とかじゃないけど、本牧ふ頭とか行ってみっか?」

「いいね。なんか青春ぽくない?」


「アキの青春っぽいってバブル世代か」

「えー、だって、なんかそういうの、あこがれない? 昔のドラマみたいで」


 アキとノブは同い年だ。地元が一緒ではあったが、幼少から仲がよかったわけでも、顔見知りだったわけでもない。二十歳を過ぎた頃から、飲んだ席で偶然中学が一緒だということがわかった。お互いに接点がまったくなく、共通の友人もいなかった。どういうわけか馬が合いよく遊ぶようになったが、そのときにはすでにアキには彼氏がいた。


「さっきの話の続き。お台場でバーベキューしてどうしたって?」

「あぁ、なんかさぁ。わたしまだあの子のこと許せてなかったのね。あの子を見ているとだんだん嫌な気分になってきて、そしたらあの子、アイツの話をしだしたから、つい、かぁっとなっちゃって、『ふざけんなぁ!』って、大声出しちゃったの」


「そりゃあ、穏やかじゃねぇなぁ。みんなびっくりしていただろう?」

「まぁ、わたしがブチ切れたところ見たことあるの、あの場にはあの子くらいしかいなかったからね」


「そういえば最近はあまり切れるところみてないっけな」

「わたしも少しはオトナになったってことでいいんじゃない?」


 ノブは正面を向いたまま変顔をし、アキはノブの肩の辺りを叩こうとして、ポーズだけでやめた。運転中に体を触るとノブに怒られると思ったからだが、収まりが付かないので、シートを軽く叩いた。

 路は空いていた。正面に海底トンネルが見えてきた。


「あの子、なんでわたしがブチ切れたのか、ぜんぜんわかんないって顔していた」

 トンネルに入る。車の中をオレンジ色のランプが照らす。走行音が二人の会話の邪魔をする。ノブがタバコを取り出して口にくわえる。そのタバコをアキに差し出す。

「ありがとう」

 大きな声でアキは礼をいい、トンネルを抜けるまでしばらく沈黙が続いた。ノブとアキとアキの彼氏の3人でよくドライブに行った。そんなことを思い出したが、どちらもそれを口にすることはなかった。


「あの事故のこと、話したのか? そいつ」

「うん。ちょっとした話の流れでね。車の事故の話になっちゃったの。黙っていてくれたらよかったのにさぁ。まぁ、わたしも心構えはできていたつもりでいたんだけどね。大声出しちゃった。やっぱりダメね。思い出しちゃったら……」


「アキ、もう自分を責めるのはよせよ」

「わかっているのよ。わかっているつもりなのよ。でも、どうしようもないのよ。アイツ、一人で行かせなかったら」


「だから! お前のせいじゃねぇーって!」


 4年前の交通事故は、単独での衝突事故だった。スピードを出しすぎ、おそらくはわき見をしていたのだろう。ブレーキ痕から警察はそう判断した。その日、アキと彼氏の二人は、ノブや他の仲間でドライブに出かけた。そのころはノブとアキの彼氏は無茶な運転をたびたびやっていたが、アキが乗っているときはいつも安全運転をしていた。途中、些細なことで喧嘩をし、アキはノブの車に乗り込んだ。


 事故が起きたのはそれから20分後のことだった。紅葉がまだ始まらない、秋の空に、黒煙が舞い上がった。アキはその様子をノブの車の助手席で眺めていた。何もかもが現実離れしていた。


「俺、思うんだよ。あの事故はアキが乗っていても起きていた。あのとき何が起きたのかはわからないけど、おそらく回避できない何かがあったんだと思う。アイツはさぁ、妙に勘のいいところあるじゃん。どんなに無茶なことしてもさぁ、警察が近くにいると誰よりも先に気付くとかさ。きっとアキのこと、守ってくれたんだと思う。俺はそう思うことにしている」


 事故のあと、ノブは乗っていたスポーツカータイプの車を売り、大き目のファミリータイプの車に買い換えた。以来、無茶な運転は一切しなくなった。


「ノブはさぁ、えらいよね。ちゃんと向き合っているっていうかさぁ。わたしはぜんぜんダメ」

「別に偉かぁねぇよ。俺、頭悪いし」


「顔も悪いしね」

「それいらなくねぇ」


「でもさぁ、ノブはやさしいよね」

「そうかぁ?」


「そうだよ。アイツ、いつもノブのこと褒めていたもん」


 もしドライブではなく、どこかに酒を飲みに行っていたらどうなっていたか。ノブはぼんやりと考え始めていた。アキはどうしてノブにこんな話をしてしまうのかと疑問を抱き始めていた。二人とも沈黙が怖かった。

「ドライブなんて久しぶりだね」

「そうだっけ? でも、そうか。目的もなく車乗るっていうのは、確かにやらなくなったか」


「まぁ、正直気分じゃなかったもんねぇ」

「そうだなぁ。でもさぁ、たまにはいいんじゃねーか。こういうの」


「そうかなぁ」

「だって、俺たちはこうして生きているわけだし、飯も食わなきゃならない。寝たら起きる。起きたら仕事。仕事終わったら酒飲んで騒いでさぁ。そんなことと一緒でドライブもいいんじゃねーか」


「そうだよね。ところでさぁ。ユキはどうしているの?」

「知らねぇ」


「知らねぇって、自分の彼女じゃない」


 ノブはあからさまに不機嫌な顔をした。アキはその様子を少しばかり楽しげに眺めていた。

「まさか、あんた。あれから連絡とっていないわけ?」

「なんで俺からする必要あんのさ」


「あー、もうノブってさぁ、女心わかってないっていうかさぁ」

「知らねぇ」


「駄々っ子か!」

「ガキはどっちだよ。まったく」


 アキは大声で笑った。ノブの不機嫌な顔は治ってはいないが、口元は少し緩んでいた。

「だいたい、こんな時間の呼び出しに応じるって時点で察しがつくだろう」

「まぁね。なんだったら、あたいが一肌脱いでやろうか?」


「脱がんでよろしい。おぞましい物見せるなよ」

「あっ、そういうこと言う。言っちゃう。脱いじゃおうかな。もう、スッポンポンになっちゃおうかな」


「変態か!」

「本当は見たいくせに。このエロおやじ」


「アキが脱いだら俺も脱ぐからな」

「なにその変態プレイ」


「裸で運転をしていた男女二人がスピード違反で逮捕! なんて見出しが出ちゃうぜ」

 アキは膝を抱えて大笑いをした。ノブはチラッと横目で巣の姿を見た。アキは膝を抱えたまま話し続ける。

「あたいら、本当馬鹿だよね」

「一緒にするな。アホ」


「でも、おかげでモヤモヤしていたの。すっきりしたかも」

「いや、逆にこっちがモヤモヤしているんですけど」


「ユキにちゃんと連絡してあげなさいよ。喧嘩の原因とか、どっちがいいとか、わるいとか。そういうの、どうでもいいの。一言ゴメンで済むんだからさ」

「だから、なんで俺がユキに謝らなきゃならないわけ。納得しねー」


「喧嘩はよくないよ。早く仲直りしないと…・・・。ねぇ」

 一週回ってもとの位置にもどってしまう。そういう感覚から逃れたいという気持ちが車の速度を上げさせたのかもしれない。

「あっ、やべぇ。危なく通り過ぎるところだった」

「えっ、何? もう着いたの」


「違う、違う。あれだよ、あれ」

 ノブは前を指差した。

「わぁ、きれい」

「だべぇ」


 川崎の工場地帯は有名な夜景スポットだ。

「なんか特撮映画に出てくる都市みたいだよな」

「何それ、ノブってそういうところセンスないよね。もっとさぁ、他にあんじゃん。ロマンチックな言い方」


「なんか前にも同じようなこと言われた気がする」

「えーっ、そうだっけ? 私全然覚えてないなぁ」


「でた、アキの初めて聞いた発言」

「何よ。覚えてないものはしょうがないでしょう……、なんかさぁ、人って不器用だよね。忘れたいことは忘れられないのに、覚えておかなきゃいけないようなこと、わすれちゃったりさぁ」


 アキは夜景を眺めいたが、その目に移っているのは、窓ガラスに映る自分の顔だった。

「ねぇ。帰りもここ通るの?」

「そうだよ」


「写メ撮り損ねた」

「帰りにまた通るから、そんとき撮ればいいじゃん」


「ちゃんと前もって教えてよぉ。一瞬しかないんだからさぁ」

「忘れてなかったらな」


 アキは大きく背伸びをした。

「おしっこ」

「はぁ?」


「おしっこいきたくなっちゃった」

「もうすぐ大黒ふ頭に着くから、それまで我慢な」


 パーキングエリアに入るとこんな時間にもかかわらず、たくさんの車が止まっていた。

「結構、人いるねぇ」

「まぁ、有名な夜景スポットだからなぁ」


「ふーん。そうなんだ」

 車の中という閉鎖的な空間から眺めていた景色が、急に現実感を帯びアキはどことなく不満そうだった。ノブはトイレになるべく近い位置に車を止めようと思ったが、空きがなかったので、パーキングのやや中央のところに車を止めた。


「降りるぞぉ」

 二人は車を降り、トイレに向かった。先に用を足したノブは、アキが出てくるのは待っていた。これ以上ないというすっきりした顔のアキを見たとき、ノブは思わず笑い出してしまった。

「なによ」

「なんでもない。ただ、おかしかっただけ」


「人の顔見て笑わないでよね」

「だってお前、本当にすっきりしたって顔しているからさぁ」


「だって、すっきりしたんだもん」

「それはよかった」


「すっきりしたら、お腹空いてきた」

「なんか食って行くか」


「お蕎麦がいい」

「ああ、そうだな。ラーメンより蕎麦だな」


「あとフランクフルト」

「食いしん坊か!」


 ノブは思った。アキはもう大丈夫だと。そしてあとで彼女にメールをしようと決めた。

「女心と秋の空か」

「えっ? 何が」


「アキじゃねーよ。秋だよ。季節の秋」

「読書の秋の秋?」


「スポーツの秋の秋」

「食欲のアキ」

 アキは自分のお腹を指差しておどけて見せた。


 アキは思った。たとえ誰が許してくれるといっても、自分にとっては許せない。自分自身を許せない。でもいつかきっと、許せる時が来る。ノブを見ていると、そう信じられる自分がいた。


 アキは先を歩くノブの後姿がどうしようもなく愛おしく思えたが、自分で自分を笑った。

「何しているんだかね。あたいら」

「ドライブ」


 アキは思いっきりノブの背中を叩いた。

 ノブの大きな背中に感謝の気持ちを込めて。


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