第13話 人妻クリスマス
「クリスマスだっていうのに、君はこんなところで何をしてるのかな?」
よりによって、一番合いたくない奴に、一番合いたくないタイミングで、一番合いたくない場所で出会ってしまった。
「別に、ただエロいDVDを借りにきただけさ。当然だろう? クリスマスなんだから」
「なにそれ、自分向けのクリスマスプレゼントにエロDVD? でもって、エロサンタコスプレのAVだったりするわけ?」
「あー、そうです。そーですとも」
「あー、これだから日本の少子化問題は一向に解決しないのだよ。わかる? しっかりと子供作ってくれないと、この国、亡びるわよ。日本沈没!」
よりによって、一番合いたくない奴に、一番合いたくないタイミングで、一番合いたくない場所で出会ってしまった僕は、よりによって、一番話したくないことを、一番話したくない奴と話していた。最悪だ。最悪のクリスマスだ。
「相変わらず趣味わるいねー、君。新人の女優ものなんて借りたって、しょうがないでしょう? やっぱりなんといっても人妻ものが最高よ。オ・ト・ナの色香」
「あ、あのさぁ、別に今更いうことでもないんだけど、なんでここにいるわけ? ここ、AVコーナーだよ。女人禁制の神聖な場所な訳。わかる?」
「なんでさ、どうしてさ、女だって、エッチなビデオ見るわよ」
よりによって、一番合いたくない奴に、一番合いたくないタイミングで、一番合いたくない場所で出会ってしまった僕は、よりによって、一番話したくないことを、一番話したくない奴と話しながら、AVを選んでいた。最低だ。最低のクリスマスだ。
「しかしさぁ、あんた本当にほかにすることないわけ? ちょっとお金出せば、もう少しましなクリスマスを過ごせるんじゃなくて?」
「そんな金ない。っていうか、もったいない」
「でた、もったいないお化け」
「なんでも、妖怪のせいにするな」
「妖怪だって、もう少し、空気読むわよ。少なくとも、クリスマスにこんなところには現れないわね」
「お前、自分で何言ってるか、わかってる?」
「……ごめん、言い過ぎた」
「いや、そうじゃなくて」
「私が悪かった。謝っているのに、まだ責めるわけ……、死んでやる。化けて出てやる!」
「お前が面白い奴だってことは、よーく、わかっているから、お願いだから、これ以上憑きまとわないでくれるかな」
「私、邪魔……。いらない子なの?」
「邪魔っていうか、悪魔っていうか」
「いいわ、消えればいいのね」
「はい、お願いします。集中できないので、消えてください」
「最低!」
彼女は消えた。
名前も、年齢も、どこで生まれ、どこで育ち、どこで死んだのか。
ただ、顔は覚えている
その首筋のホクロも、厚めの唇も、黒い髪の毛も
透き通るような白い肌に、均整のとれた乳房
敏感な乳首は少し触っただけでピント立つ
おそらく人妻のコーナーのどこかにある、AVに出ていた女優にちがいない。
「お前さぁ、本当は人妻なんかじゃないんだろう?」
返事はない
よりによって、一番合いたくない奴に、一番合いたくないタイミングで、一番合いたくない場所で出会ってしまった僕は、よりによって、一番つまらない質問をしてしまった。どうしようもなく情けないクリスマスだ。
「さぁ、どうかしらね。どうだったかしらね。どうなったのかしらね」
AVコーナーにはクスクス、クスクスと笑う女の声が聞こえている
それは、きっと僕だけに聞こえている
「メリークリスマス」
僕はつぶやいた。
「違うでしょう。それを言うなら、メリークリ……」
店内にはクリスマスによく似合う、あの曲が流れている。
帰りにコンビニで売れ残ったケーキを買って帰ろう。
本当、最低のクリスマスだ。
僕は三本のAVが入った袋を持って、店を後にした。
一本は女優のサンタコスプレ
一本は企画もの
あと一本は……
『人妻クリスマス』




