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 だが、生き残った者たちにとっては、そうではなかった。

 一端、部隊再編のために後方に送致されている間に、彼らを取り捲く環境が一変していた。

 軍の広報誌で「大戦果を挙げた英雄的な戦い」として大きく取り上げられたのだ。

「これは俺たちも、いよいよ戦争の英雄ってことか!」「故郷に帰ったら、鼻が高いぜ」「村のねーちゃん達から、『キャー、素敵!』なんつって、抱きしめられたりしてよぉ」

「バカ、記事をよく読んでみろ。その記事は俺たちを持ち上げることで、北部軍司令部が早期に部隊の撤退を進めたことを間接的に非難してる。

 広報誌っていったって、そいつは中央で発行された奴だ。軍中央は、北部軍が戦力を最後の一兵まですり潰してでも時間を稼ぐのを望んでるが、それに従わない北部軍司令部をよく思っていない。北部軍司令部は俺たちみたいな現地召集兵の部隊は使い捨てにしても、練度の高い正規兵部隊は早めに後退させて温存させているからな──そう言った、あてこすりが記事に反映されてるんだよ」

 はしゃぐ兵士たちに、ヴーが苦々しく指摘する。

「まずいことになりそうか?」ファンの問いに、ヴーは頷いた。

「……司令部にいる知り合いから聞いた話だが、中央から余計なちゃちゃを入れられない内に、部隊を解散させちまおうって動きがあるらしい」

「まさか!」「そんな!」

「中尉はどうした。まだ入院中だろうが、そんなことになったらあの人が黙ってはいないはずだ」

「……あの人は、駄目だ。連絡がつかん。どこの病院に入院してるのかも、調べても出てこない。そもそも、北部軍司令部付きの将校じゃないらしいという噂もあって──」

「何だと?」

「中央からてこ入れのために送り込まれたらしい。それを言うなら、短期間であれだけの物資を調達したり、北部軍司令部の命令を無視したりと、とても一介の中尉の権限でできることじゃなかったわけだが……」

「そんなことより、部隊が解散したら、俺たちどうなっちまうんだよ!」

「たぶん、原隊復帰──元の部隊に戻されるんじゃないか」

「俺の原隊はとっくに全滅しちまってるよ!」

「いや、そういうのも含めて、また空中機動歩兵に戻されることになる……」

「………………」

 その場に沈黙が下りた。口封じのために、事実上、死刑宣告がなされたに等しかった。

「ヴー、その司令部の知り合いを通じて、部隊解散を避けるための働きかけはできないか?」

「肝心の指揮官が行方不明じゃ、話の持って来ようがない。ただ──」

「ただ?」

「参謀の中に中央復帰を露骨に望んでる奴がいて、そいつが政治工作のために金を必要としてるって話があるが……」

「そいつを買収すんのかよ!?」「いいぜ、俺の手持ちの金を全部出すよ!」「俺もだ!」

「バカ野郎! そんな端金で足りるかよ!」

 騒然となる周囲をヴーが一喝し、ファンの前に顔を突き出して言った。

「金を作ることから始める必要がある。それも尋常な手で収まりの付く金額じゃない。判るよな?」

「……何故、そんな話を俺にする?」

「中尉がいない今、部隊の指揮は分隊長のあんたが執るべきだ」

「ザンがいる。あいつだって、俺と同じ分隊長だ」

「あの人はこういう話に向いてない。軍隊生活が綺麗ごとだけじゃすまないことを、理解していない」

「ここにザンがいないのは、そのためか……」

「部隊の解散なんかさせない。俺たちはバラバラじゃ駄目だ。カバラス峠であれだけの力を発揮できたのは、この面子だったからだ。部隊を解散させられ、またひとりひとりの兵隊になって前線に放り込まれたら、逃げ惑うだけの弱い兵隊に逆戻りだ。判るだろう? この部隊でなきゃ、駄目なんだよ!」

「判ってる。判ってるさ……」

 ファンは深く息を吐いた。決断しなければならない。生き残った兵たちを率いる事実上の指揮官として、しなければならない決断をするのだ。

「それで、俺は何をすればいい……?」



 段取りはヴーに任せた。

 元々、娑婆でも裏の世界に通じていたというヴーは、武器庫や燃料補給処の担当者と接触し、瞬く間に物資横流しの組織を構築した。実際の横流しの実務については、歩兵である彼らの出番はない。伝票の操作や、経理のごまかしが主だからだ。その代わり、取引先に荷物を届け、代金を回収するのが彼らの仕事だった。より正確に言えば、彼らの腕っぷし──すなわち「暴力」によって、ビジネスの枠組みを維持するのが役割だった。

 金は面白いくらい簡単に手に入るようになった。戦争中なのだ。物資はどこでも不足している。前線でも、後方でも。表側からだろうが裏口からだろうが、その流れに関わることができれば、莫大な富を約束されたようなものだった。

 結局、ヴーの伝手(つて)で接触したその参謀は、部隊解散を回避するための対価としてあきれるほどの金額を提示してきたが、それを払ってもおつりがくるほどの金が手元には残った。

 ファンはそれを元手に、司令部内や有力な部隊の動向を把握する独自の情報網を構築した。

 例の参謀はほくほく顔で中原(ハートランド)に戻っていったが、自分の後釜の参謀をファンに紹介するのを忘れなかった。以後、北部軍司令部の内情は、ほぼリアルタイムでファンに筒抜けとなった。

 戦況は悪化の一途を辿っていた。いつ何時、部隊が最悪の戦場に放り込まれるかも判らない。いつまでも前線に出ないというわけにはいかないまでも、せめて「勝てる」戦場に、そして「勝てる」ための装備や環境は揃えたい。そのためには、情報はいくら集めても足りなかった。

 お飾りの将校を指揮官にして、実質、ファンとその一党によって運営される部隊は、負け続けの北部戦線でひとり勝ち続けた──勿論、勝てそうな戦場にのみ、投入され続けたからでもあるが。

 だが、そうして構築されたファンの私的な「組織」は、つまるところ、軍隊組織にとって物資の横流しだけでなく、部隊運用にまで恣意的に影響を及ぼす、最悪の寄生体となりつつあった。

 そんなある日、ファンはザンに呼び出された。

「ファン、君たちが横流ししている物資は、本当なら前線で使われるべきものだ」

「知ってる」

「前線で届かなかった武器や、燃料や、食料のために、かつての俺たちみたいに餓えて、怯えながら過ごしている兵士たちがいるって、考えたことがないのか?

 ましてや作戦にまで影響を与えて、自分達だけ助かろうだなんて、そんなこと許されるはずがない!」

「俺は……この部隊を守りたかっただけだ。一緒に戦ってきた仲間たちがばらばらにされて、力を発揮できずに殺されてゆくのを見過ごしにできなかった。だから、俺にできることをやったまでだ」

「違うだろう」ザンは容赦なく指摘した。

「あんたは、ここでようやく自分が認められる自分になれた。だから、それを喪うのが怖いんだ」

「………………!」

 図星だった。図星過ぎた。

 この部隊にいれば、かつての愚鈍で、戦場で何の判断もできない、怯えて逃げ惑うだけの役立たずな自分ではない。分隊指揮を任され、<同盟>軍部隊を何度も叩き潰した優秀な指揮官。戦場では部下から慕われ、勇敢で、的確な判断を下せる一人前の下士官でいられた。

 それができたのは、自分の能力故、と無邪気に信じられるなら、どれほど幸せだったろう。

 だが、これはあの中尉がおぜん立てした、この部隊だからできたことだ。ファン自身がひとりひとり前線から拾ってきた敗残の空中機動歩兵達。敗北のみじめさを知る彼らは、自分たちが「兵士」として尊敬と自負を得られるのは、ここしかいないことをよく知っている。だからこそ強い結束を保つことができたのだ。

 他では駄目だ。この戦争が続いている間、自分が「兵士」として生きてゆくには、この部隊が必要だ。

 だから、どんなことをしても、この部隊を守る──

 それらすべてが、ファンの脆弱な精神(ココロ)が生んだ我儘(エゴ)に過ぎないことを、ザンは情け容赦なく指摘したのだ。

 どうする? どうすればいい? これを部隊の他の人間に知られたら──

 いや。その事実を知るのはザンだけだ。

 部隊が設立されるまで、自分がどれほど臆病で無能な兵士であったかを知るのは、ザンだけだ。後になって入隊した兵士の中には、有能な分隊指揮官としての自分以外を知らない者もいる。

 こいつ(ザン)さえ、そのことを口にしなければ。

 こいつ(ザン)さえ、いなければ。

 ザンは泣きそうな表情に顔を歪めて言った。

「判ってくれ。そんなことより、もっと大切なことがあるだろう!」

 判っちゃいない。こいつは本当に判っちゃいない。

 ファンは急速に冷え込んでゆく精神(ココロ)の奥底で呟いた。

 俺にとって、何が本当に大切なのか、何でおまえは判ってくれないんだ?



「北部軍司令部から武器庫の員数調査で将校が来る。たぶん、ザンが密告()したんだろう」

「帳簿の操作は?」

「完璧だ。だが、結局、弾薬庫や武器庫にある実数と付き合わせされれば、それで終わる」

「ならば、いっそ吹っ飛ばすか」

 何の感情も込めずに、ファンは告げた。

「吹っ飛ばすって、お前──」

「跡形もなく吹っ飛ばしちまえば、員数調査もへったくれもないだろう」

「それはそうだが」

「事が露見すれば、懲罰部隊送りじゃ済まない。関係者全員、即決で銃殺されてもおかしくない。それだけ危ない橋を渡ってるんだ、自覚を持て」

 躊躇するヴーに、ファンが冷ややかに指摘する。

「わ、判ってる。だが、将校がわざわざやってくるってことは、よほどのことだ。多分、弾薬庫の調査だけでなく、ザンと接触して証拠か何かを入手しようって(はら)かもしれん」

「なら、あいつもそこに呼ぶさ」

 何気ない口調で、ファンは言った。

「……いいのか、それで? ザンとは、昔からの馴染みなんだろう?」

「爆弾の手配は任せる。日取りが決まったら教えてくれ。ザンには俺から伝える」

「………………」

 硬い表情で言葉を失うヴーを残し、ファンはその場を立ち去った。



「ザン分隊長が弾薬庫の中に入りました!」

「……ファン、やるぞ」

 起爆ボックスを手にしたヴーが、こちらを向いて言った。暗闇の中でも、表情が強張っているのが判る。幾度も修羅場を掻い潜った歴戦の勇士とは言え、顔見知りの身内を騙して吹っ飛ばそうというのだから、抵抗もあるだろう。

「俺がやろう」

「いや、しかし──」

「俺が、やるべきだ」

「………………」

 ヴーから起爆ボックスを受け取ると、無造作に握りこむ。

 爆轟。

 弾薬庫のような引火性の危険物を管理する施設は、半地下に掘りこまれた穴の中に建てるよう、<帝国>陸軍施設隊のマニュアルで規定されている。だから爆炎と衝撃波は周囲には向かわず、遮蔽物のない上空へと吹き上がる。

 その天まで伸びる真っ赤な火柱を見上げながら、ファンは自分の中で何かの感情が永遠に失われ、もう取り戻すこともないのだと知った。

回想編その2です。

どんどん酷い話になってきます。

しかし、少佐(作中ではまだ中尉だけど)は、この頃から怪しげな任務に就いていたのか……。


次回もまだまだ回想編。戦後のファンの人生とザンとの再会まで。

更新は来週10月30日(日)の予定です。

ではまた。

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